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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
510/915

        伍


 other side──


気付かれたのは厄介だが、距離が確実に縮まっている事も間違い無い。

まあ、連中とて好き好んで捕まろうとは思わない。

だからこそ、必死になって逃げ回るのも当然。

だが、それも時間の問題。

今はまだ馬も走れているが孰れ疲れ果てて、必ず脚が止まる事になる。

何処の馬かは知らない。

此方に来る位だから多少は増しな馬なんだろう。

だが、所詮は漢の馬。

人により大事に育てられた謂わば“世間知らず”だ。

軟弱とは違うがな。

対して此方の馬達は何れも砂漠生まれの砂漠育ち。

その差が孰れ必ず出る。


万が一にも逃げ切れたなら俺の漢の馬に対する認識を改めなければならない。

まあ、そうは成るまいが。



「──っ!?、頭ぁっ!

連中が荷を落としたっ!」


「回収しろっ!

だが追撃は止めるなっ!」



そう指示を出すと馬を止め連中が落とした荷を拾った部下が此方に遣って来る。

確認する為に、どうしても一端脚を止める事になるが仕方が無い事だ。

寧ろ此処で獲物を確認する意味は大きい。

その内容次第ではこの後の行動が変わってくる。

もし大した物でなかったり明らかな囮の荷だったなら追撃は続行する。

勿論、良い物でもだ。

だが、一見して囮に見えて“きな臭い”感じがしたら追撃は中止する。

命懸け、と決断をするには見合わないからだ。


死んでしまっては無意味。

生きてこその物種だ。

生きる為の糧を得る手段が強奪(これ)なだけでな。

手段の為に命を失っては、元も子も無い。

欲を出し過ぎ“引き際”を見誤れば自分だけではなく部下の命も、家族の命も、全てを失う事になる。

そんな真似は出来無い。

それを見極め、判断する。

それが俺の役目だ。



「頭、これでさぁ…」



近寄って来た部下の手から連中の落とした荷と思しき皮袋を受け取る。


部下から手渡された皮袋はパッと見は何処にでも有る極普通の皮製の袋。

使われているのは…多分、猪辺りの皮だろう。

漢の方では多い品だ。

大きさも大した事は無い。

自分の掌を広げて親指から小指までの長さが二つ分、厚みも掌一つ分程だ。

重さは…大きさの割りにはずっしりと重みを感じる。

目一杯という感じではないみたいだが、それでも袋の張り具合から見ると結構な量が入っているだろう。

皮越しではあるが、中身がゴロゴロとしている感触を掌に感じ取れる。

…石、じゃないだろうな。

これが囮だと考えれば十分可能性としては有り得る。

その場合は余程大事な荷を持っているか、此方の事をこれで十分に騙せると侮り馬鹿にしている場合か。

もし後者で中が石だったら連中を絶対に全員捕まえて殺して遣る。


そう決意をしながら皮袋の口を開いた。




中に見えたのは…石の様な白い塊だった。

それが幾つも入っている。

その大きさは…そうだな、親指と中指を合わせて輪を作った位だろう。

其処らに転がっている石と然程変わらない大きさだ。


その一つを右手で摘まんで皮袋から取り出してみる。

暗く閉ざされた袋の中から照り付ける陽の光の下へと晒された白い塊は鮮やかな白さを見せ付ける様にして輝いて見せる。

それを見た部下達が思わず息を飲み込んだ。



「…か、かかか頭っ…

まさか、そそそれって…」



この皮袋を拾って来た者は震えながら右手人差し指で白い塊を指しながら驚きに声までも震えている。

いや、其奴だけではない。

他の部下達も同じだ。

あまりの驚きに続く言葉を口にする事さえ躊躇う。


それでも、一歩を踏み込む者は少なからず居る。



「がが、が…岩塩、で?」



動揺しながらも何とか出たその一言に、他の者も含め揃えた様に息を飲む。

訪れるの沈黙。

そして──



「うおおっ!、凄ぇーっ!

凄過ぎるだろっ!」


「これ全部っすかっ!?

全部岩塩なんすかっ!?」


「おいおい…これ売ったら一体幾らになんだよっ?!

全然判んねぇぞっ!」


「こんな綺麗な岩塩なんて見た事無ぇってのっ!

生きてて初めてだって!」


「これで俺達は一生遊んで暮らせるんじゃねーか!?」


「そんな事有る訳──有るかもしれねーなあっ!」


「だよなだよなっ!」


「うおーっ!、うおーっ!

うぅーおおぉおーっ!!!!」


「馬鹿っ!、みっともなく泣いてんじゃねぇよ!」


「お前も泣いてるって!」


「ちちち、違ぇーよっ!

これは汗だってんだっ!」


「涙汗だよなっ!」


「だから違ぇーてっ!」


「んなの何でもいいだろ!

大金持ちだぞっ!

俺達は大金持ちだっ!!」


「そうだそうだっ!」



一気に盛り上がる部下達。

その気持ちは理解出来る。

好き好んで強奪(こんな)事遣っている訳じゃない。

それしかないから。

だから遣っているだけ。

出来る事なら遣りたくなどないのだから。

誰一人として楽しんでなどいないのだから。

もしも止められるのなら、直ぐにでも止めたい。

そうは出来無いからこそ、続けているのだから。


そして今、それが出来る。

その可能性が目の前に有る状況に歓喜しない理由など無いのだから。

その反応は当然の事だ。




だが、盛り上がる部下達を他所に、俺は右手に持った岩塩と思しき白い塊を見て何故か違和感を覚える。

…いや、何かが奇妙だ、と勘が訴えている。

そんな気がしてならない。

具体的な根拠は不明だが。


改めて右手の物を見る。

確かに岩塩に見える。

だが、部下の一人が言った様に、こんな岩塩を今まで見た事が無い。

真っ白ではなく、半透明。

例えるなら白い靄が掛かり霞んでいるかの様だ。

肩口より少しだけ高く持ち上げると陽の光を浴びて、キラキラと輝いている。

…岩塩の中には稀にだが、こんな物が有ると聞く。

当然ながら高価な品だ。


しかしだ、こんなにも沢山有ると聞いた事は無い。

精々、一塊、或いは欠片が幾らか、という程度。

大体の岩塩は白くない。

だからこそ稀少になる。

そういった事を考えたなら部下達が言っている様に、この全てが稀少な岩塩なら一生遊んで暮らせるだけの金を手に入れられる。

売り払う際には慎重になる必要は有るだろうが。

それは今回に限った事ではないので今更だろう。


万が一にも、売り払う前に足が付いたとしたら適当に捨ててしまえばいい。

岩塩とは言え、塩は塩。

水に溶かせば無くなるし、砂漠に捨てても消える。

要は証拠さえ残さなければ罪に問われる様な事は先ず無いのだからな。

勿体無い事ではある訳だが命には代えられない。

其処は皆も理解している。

その点は大丈夫だろう。


ただ、これ程の逸物を拾う素振りも見せずに逃げ去る連中の事が気になる。

…まあ、部下達は目の前の獲物しか見えていないから気付いていないだろうが。


可能性としては、同じ様な稀少な岩塩を詰まった袋を多数所持している場合。

それなら命と秤に掛ければ“一つ位は…”と思うのも理解出来無くはない。

商人の金への執念は恐いが利害を比べて諦める判断を出来るのも賢い商人だ。

これだけの物を扱う以上は馬鹿ではないだろう。

…そういう意味では此方も後の事は慎重に動かざるを得ないのだろうがな。


或いは単純に襲われる事に慣れておらず逃げ去る事に必死になり、荷を落とした事にすら彼方は気付いてはいないという場合。

もしそうなのだとするなら俺達には最も好都合だ。

連中の追撃は直ぐに中止し引き上げる。

態々欲を出して危険を冒す必要は無いからな。

手配が及ぶ前に分担して、獲物を売り払う為にも。

迅速な行動をすべきだ。




ただまあ彼是考えていても仕方が無い。

浮かれている馬鹿共に対し判断を下して行動の指示を出さなければならない。


手にしていた岩塩を皮袋に戻して口を閉める。

──閉めようとした所で、右手に違和感を覚えた。



「………?」



何が、と訊かれても俺にも何なのか判らない。

右手には特に何も無い。

綺麗──とは言えないが、特に変わった様子は無い。

いつも通りの自分の手だ。



(──いや待て…待てっ!

“何も無い”だとっ!?

そんな馬鹿な事が有るか!

何も無い訳が無いっ!)



自分が手に持っていた物は一体“何”だった?

岩塩──塩の塊だ。

そして、此処は何処だ?

容赦の無い日射しが照らす砂漠のど真ん中だ。

それなのに俺の手には塩が“溶けた”痕跡すら無い。

そんな事、有り得ない。


直ぐ様、自分の右手を舌を出して舐めてみる。

見た目通りの岩塩だったら味の濃さも確かだ。

本の少しでも溶けていれば十分に味はするだろう。



「──っ…」



だが、全く、味はしない。

砂漠に慣れているからこそ汗を掻かない為にと様々な工夫をしている。

当然だが、自分が手に汗を掻いていない事も判る。

…今にも嫌な汗が溢れ出す直前ではあるが。


無味である以上、手にする皮袋の中身が岩塩ではない事は間違い無い。

溶けない塩など無い。


ならば、これは何なのか。

右手を皮袋に乱暴に入れて複数を掴み取る。

そのまま“握り潰す”様に思いっきり力を込める。

掌の中で、ガヂガヂッ!と少々耳障りな音が鳴る。

砕けた感触はしない。

掌を開いて見ても白い塊に変化は見られない。

いや、本の僅かではあるが欠片が掌に有る。

恐らくだが、俺の力により欠けたのではないだろう。

多分、“塊同士の接触”で欠けたのだと思う。


だとすれば、何だ?

これは一体、何なんだ?



「…頭?、どうしたんで?

何かこう…鬼みたいな顔になってますぜ?」


「…鬼?………──っ!?」



その瞬間、脳裏に浮かんだ出来れば外れていて欲しい“当たり”に歯を食い縛るしかなかった。



「追えっ!、逃がすなっ!

奴等を皆殺しにしろっ!」


「…へ?、な、何で──」


「いいから急げっ!

手前ぇ等死にてぇかっ!!」


『へ、へいっ!!』



怒鳴り付ける様に飛ばした命令に従い部下達は追撃を再開し、俺も後を追う。



(畜生っ!、最悪だっ!

どうしてこうなるっ!

…いや、今更何を言っても仕方無ぇ事だ

今は遣る事を遣るだけだ)



絶対に奴等は逃がせねぇ。

逃がせば終わりだ。

もし此処で逃げ切られたら俺達に未来は無ぇ。

全ては此処で決まる。



──side out




「──ぉ?」


「どうしました?」



背後の気配の中に一つだけ他とは違う“感情(いろ)”を感じ取り、思わず出した声に愛紗が反応する。

とは言え、物凄い小声だ。

寧ろ、反応された俺の方が逆に驚いた位だ。

氣で強化もしていないのに烈紅達の走る足音と外套のはためく音に邪魔をされて聞こえない筈なんだが。

…幾ら何でも“愛故に”は無いと思うんだが…



「いいえ、愛故に、です」



──と、自信満々に愛紗に肯定されてしまった。

しかも翠と螢も同意らしくはっきりと頷いた。


…繋いでないよね?

何でこうも読めるかな。

普段は“秘密主義だ”とか愚痴ってくるのに。

そういう部分だけは何故か筒抜けなんだよなぁ。

…俺ってば、そんなに判り易いんだろうか。

ちょっと自信無くしそう。



「それで、何か?」



しかも平然と放置するし。

まあ、もう慣れたけどさ。



「さっきの餌に食い付いた様に思ったんだが…

一人だけ気付いたらしい

此方を追い掛けてる大半は相変わらず、腹を空かせた獣みたいだが最後尾に居る一人──恐らくだが一党の頭目だろうな

其奴だけは“恐怖”して、“焦燥”を抱いた」



あんまり流通してないから気付かないと思ったんだが意外や意外。

中々に知識の有る奴が中に混じってたものだ。

ちょっとだけ始末するには惜しい気もするな。



「…雷華様の事です

先程捨てた皮袋の中身が、食料品ではないという事は私達にも理解出来ます」




食べ物を粗末にはしない。

それが俺の方針だ。

世の中には“食べたくても食べられない”って人々が多々居る。

それは今の時代だけでなく供給過多・過剰廃棄として社会問題となる未来でさえ変わらない事。

世の中は平等ではない。

だからこそ、俺は食べ物を粗末にする事を赦さない。

そんな人々の声を知らない愚かな社会を生み出さない為にも。




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