弐
シリアスな雰囲気になり、ちょっとだけ困る。
“悲恋”に終わる可能性が少なくない現状。
だからこそ俺はこの逢瀬を大切にしたい。
「限られた時間だからこそ有意義にしないとな?」
そう言って笑って見せると彼女も悟った様で、笑みを浮かべる。
「ええ、そうね
先ずは、この景色の説明を続けて貰おうかしら?」
「了解」
和らいだ雰囲気の中で話を元に戻す。
「“此処”ではある程度は自分の思い通りに出来る
この景色を造った様にな
でも、制限は有る
例えば、“将来の自分”に成ろうとしても無理だ
俺達は“現在”に在る訳で未来には至れず、過去には戻れない…
また“姿形”は造れても、生命そのものは造れない
まあ、当然なんだけどな」
最後に“仕方無い事”だと肩を竦めて言う。
「貴男は、私にも出来ると言ったけれど…
どうすれば良いの?」
「簡単な事だよ
想像──思い描けば良い」
「…それだけ?」
「それだけ」
想像は“創造”出来る。
それを実現する世界。
「試しに…そうだな…湖に岩の柱でも造るか?」
拍子抜けと言わんばかりの彼女に提案する。
論より証拠。
案ずるより産むが易しだ。
「形を思い浮かべるだけで良いのかしら?」
「デザ──意匠は勿論だが材質等も具体的に“指定”出来れば尚良いが…
想像し易い石材で良い」
「判ったわ…」
湖を正面に捕らえる様に、態々向き直る。
何処を向いて居ようとも、関係無いんだが…
集中を乱さない様に黙って言葉を飲み込む。
大切なのは明確な想像力と高い集中力。
“妄想力”とも言える。
目を閉じ、湖の中に石柱が立つ景色を想い描いているであろう彼女。
その横顔を見詰める。
「………ねえ?」
「ん?、どうした?」
不意に掛けられた声。
よく見ると頬が赤い様な。
「…じっと見詰められると気が逸れるのだけれど?」
半目で睨まれる。
邪魔をされる不快感と──見詰められる喜びと照れが入り混じった眼差し。
表情が不機嫌そうな辺りは意地っ張りな性格故か。
「悪い悪い」
「見てなくていいわ
…恥ずかしいじゃない…」
軽く流し、視界を外す。
彼女の漏らした“本音”も聞こえない振り。
くそぅ…可愛い。
「…惚れた弱み、かぁ…」
ポソッ…と言ったのだが、如何せん二人だけの世界。
ビクッ!と肩を震わせて、固まった彼女。
暫し、気不味い空気の中で佇む事になった。
曹操side──
いざ、遣ろうとすれば彼がじっと見詰めてくる。
視線が気になり集中なんて出来る訳が無い。
しかし、見詰められる事に喜びを感じる自分も居る。
不機嫌な振りをして言うが彼には意味が無いだろうと気持ちを切り替える。
その矢先だ。
“惚れた弱み”とか小声で言われたら誰だって無視は出来無い。
ただでさえ、慣れていない事に戸惑っているのに。
しかも図星。
思わず反応した身体。
その場で硬直し無言のまま暫く佇むしかなかった。
「……こほんっ……」
態とらしく咳をして自分の気持ちを立て直す。
彼も余計な事はしない。
改めて目を閉じ集中する。
(湖の中央に立つ石柱…)
天へと向かって聳える姿。
意匠は簡素に、けれど誰が見ても荘厳な様に。
石質は兎に角思い浮かんだ固さを基準に。
想像する。
真っ白な、悠然たる柱を。
「──おっ?」
耳に入った彼の“驚き”を含んだ声。
促される様に瞼を開けると青と緑の中に一筋の白。
「…これが、この世界…」
私の双眸に映る美しい白の石柱を見詰めながら呟く。
先程までは存在しなかった石柱が当然の様に在る。
想像が創造する世界。
それが、私達が出逢った、今居る“此処”なのだと。
ふと、浮かんだ疑問。
彼は“生命”は造れないと言っていた。
石柱はそうだろう。
しかし、草木等は明らかに“生命”の筈。
彼の方へ顔を向け、静かに見詰める。
「…これは“何処”までが可能なのかしら?」
「“外見”だけなら生物も造り出せる」
スッ…と挙げられた右手に虹彩色の光の粒が集まると形を成して行き──
「……まさか、朱雀?」
鮮やかな朱金の燐火の中、五彩色を羽を持つ鶉の様な姿をした鳥。
それは“四神”と云われる南方の守護聖獣。
古書や屏風、書画等に稀に描かれる幻しの獣。
実在はしないとされるが、縁起物として知られる。
当然、実物を目にした事は有る訳が無い。
しかし、その姿を見れば、つい“生きている”としか思わないだろう。
「…これは…本物──ではないわよね?」
そう口にしながらも右手を伸ばして触れてみる。
何より──彼が“本物”を知っている可能性を否定は出来無いから。
「──ぁ…」
しかし、触れたその瞬間、朱雀は弾ける様に光の粒となって霧散した。
──side out
流石に朱雀は遣り過ぎか。
そう思っても後の祭り。
「…貴男は…いえ、貴男の家系って一体何?」
もの凄い興味津々な瞳で、此方を見てる。
矢継ぎ早に質問責めでないだけ増しか。
「小鳥遊家は“退魔師”の家系だって言ったよな?」
「ええ、“巫史”の類いと思っても良いのよね?」
“巫史”──巫女や神官の古い呼び名だ。
まあ、間違いではない。
「ああ、問題無い
“退魔師”の仕事は主には悪鬼羅刹・魑魅魍魎などの人に、世に害を為す存在を調伏したり討ち滅ぼす事
他にも、封印や“外れた”存在を“在るべき姿”へと戻したりもするな
その関係上で“四神”等の“力有る存在”から協力を得る事も有る」
「…そう、だからなのね
貴男が“朱雀”を再現する事が出来たのは…」
察しが早くて助かる。
ただ、誤解も招き易い事なだけに説明が長くて困る。
「そういう事だけどな…
まあ、全ての“退魔師”が四神等に力を借りられる訳じゃない
血縁でも可能性が高いとか言う訳でもないしな」
「そうなの?」
「“小鳥遊”って変わった姓だろ?
その由来は字のままでな
“小鳥が遊ぶ”という事は害を及ぼす存在…捕食する鷹などが居ないって事だ
だから“鷹無し”の意味と掛けた読み方をする
世に生ずる禍を滅する事を生業としながらも、地位や名誉・金儲けの為の手段にしない、力を与えられた者としての為すべき使命…
そういう一族の志を表す
…尤も、その志も俺の代で終わりだけどな」
「貴男の代で?」
つい、漏れた一言。
彼女が聞き逃す筈も無く、訊ねて来た事に自責の念を懐かずには居られない。
「…小鳥遊家は俺を遺して滅んだ、血縁も俺だけだ
生きる為には“商売”にもしないといけない…
死んだ“師”の口癖でな
“働かざる者食うべからず
誇りを食うては生きられぬ
人は神に非ず、一獣也”
そう教えられたものだ」
「…ごめんなさい…」
“興味本意で聞いた”事を気にする彼女の頭を右手で撫でて、笑って見せる。
“お前は悪くない”と口で言っても軽くなる。
だから、行動で言外に示し伝える。
それに答える様にスッ…と身を寄せる。
“私が居る”という彼女の言外の意志。
「…ありがとう…」
ただ、一言だけ返す。
慰めではない。
彼女の“想い”に対し。
曹操side──
天涯孤独──彼は向こうで独りなのだと知った。
私が言うのも何だが…
彼は子供らしくない。
その理由が判った気がした瞬間だった。
(頼れる者は己だけ…
子供の身で世の中の全てを相手に生きて行く…
それがどれ程難しいか…)
私と彼の世界は違う。
そして──時代も。
だから一概には私の考える世の中とは違うだろう。
それでも、簡単ではない。
それは彼を見れば判る。
そして私が彼の立場ならば同情はして欲しくない。
同情するつもりはない。
これは“好機”だと。
私の本能が言っている。
彼に──私を刻み込む。
(狡猾で、残酷な女ね…)
心に生まれた衝動に胸中で自嘲する。
しかし、止まれない。
止まる気はない。
例え、世界が違っても彼と繋がっていたい──なんて殊勝な考えはない。
生きる世界が違うからこそ彼の心を“私のもの”に、私だけのものにしたい。
彼を私を忘れられなくして縛り付けたい。
世界という壁を隔てても尚私に焦がれる様に。
──私と、同じ様に。
「…ねぇ、貴男の事…
貴男の世界の事を…
もっと教えてくれない?」
“知りたい”と心が叫ぶ。
抑え切れない程の欲求が、私の中で渦巻いている。
「教えても良いが…
俺にも教えてくれるか?
お前だけは不公平だろ?」
そう言って悪戯をする様な笑みを浮かべる彼。
その笑顔に胸が高鳴る。
私の事を知って欲しい。
それは、彼に私を刻み込む事にも繋がる。
「ふふっ、良いわよ?
私の何を知りたいの?」
昂る気持ちを抑えながら、平静を装い揶揄う様に。
挑発的な笑みを浮かべる。
「そうだな…取り敢えずは家族構成から、だな」
「御母様の事は言ったわね
母方の祖父は曹騰
過去三代の皇帝に仕えて、今は相談役をしているわ
祖母は鮑信
若い頃に済北の相・太守を歴任したそうよ
祖父に嫁ぎ、母を産むまで祖父を補佐をしていたとも聞いているわ」
「…父親は?」
意図的に避けた私の心中を察した様で僅かに躊躇った間が有った。
こういう所はお互い様か。
「父は田躊、私が産まれる前に亡くなったそうよ
それ以外は知らないわ」
「…そうか」
私を気遣って、と言うには少し不可解な間。
一体何を考えているのか。
出来るのなら、一度は彼の頭の中を覗いてみたい。
そう思った。
──side out
曹騰は判る、曹嵩が娘でも予想の範囲内だ。
しかし、祖母に鮑信が居て父親に田躊と来たか。
歴史学者が聞いたら卒倒か足を洗う事だろう。
何方らも“曹操”の人生に関わってくるだけに当然と言えば当然なのか。
(いや、否定はしないが…
何か複雑だよなぁ…)
逸そ別物と考え様か。
その方が楽な気がする。
「今度は貴男の番よ?
さあ、何を教えてくれるのかしら?」
実に楽しそうな笑顔。
此方の葛藤には気付いては居ないだろうなぁ…多分。
「その前に、他言無用だと言ったの覚えてるな?」
話をする前に大事な確認。
これは彼女の為だ。
「目覚めても誰かに話せば異端視されてしまう…
故に他言無用、でしょ?」
表向きは、だな。
間違いではないが正解には少々足りない。
「確かにそれも有る
でも、一番は影響力だ」
「影響力?」
「俺の知識や技術は時代を超えた“歪み”を生む
下手すれば“世界”にまで影響を及ぼす…
例え、非現実的な知識だとしてもだ」
彼女が小さく息を飲む。
何しろ、二千年近い人類の叡智の先取りだ。
“歴史”への影響だけでは済まないだろう。
「でもそれは、その知識を教われば、の話でしょ?」
「知りたくはないと?」
彼女の言い分に間髪入れず訊き返してやる。
すると眉間に皺を寄せて、腕組みして考え出す。
まあ、答えは決まっているだろうが。
「……………知りたいわ」
かなりの葛藤の末に拗ねた様に睨みながら答えた。
“意地悪っ!”と普通なら怒ってる所だ。
この程度の抗議に留まったのは知識欲に負けたからと言って間違いではない。
彼女の視線を受け流しつつ話を続ける。
「教える知識を自身の為に用いるのなら構わない
ただ、広く普及させようとするのは禁止だ
理由は生じるだろう影響に対する術を持たない為…
必ず、悪用する輩が現れる
その事態に対してのな…」
“歴史”が証明している。
世の技術や知識は多くが、戦争の副産物。
戦争無くして発展は無い。
しかし、それも時代に相応なればこそ。
悪用する輩の程度もだ。
過ぎた知識や技術は時代を人を狂わせるだろう。
破滅の引き金となって。




