弐
曹操side──
“お花見”、という催しは悪くはない。
例の巨大保養地の遊歩道に通じる部分が有る。
まあ、雷華の作った甘味の“桜餅”等に意識が行った者も少なくはない。
雷華的には桜の花を楽しむ事を望んでいた様だけど、それだったら甘味を出さず先に楽しむべきでしょう。
私自身も含め、雷華の作る甘味・料理を前にしたなら他の優先度は下がるもの。
因みに、こういう者の事を“花より団子”と言うとか雷華が言っていた。
…否定したくても出来無い私達を見詰め、揶揄う様に笑みを浮かべていた雷華を無言で睨み付けたのは──細やかな抵抗ね。
(…にしても、いつも通り変わらないわね…)
結達数名と一緒にのんびり桜の木々の中を歩きながら談笑している雷華を見詰め胸中で溜め息を吐く。
他の皆は知らない事実。
“天の御遣い”として負う使命が有るという事。
別に、私達に負けるつもりなんて微塵も無い。
曾て、抗う事も出来ぬまま引き離された悲哀。
己が無力を嘆きもした。
だからこそ、求めた。
如何なる存在が相手でも、絶対に諦めない為に。
抗い、戦い、私達の未来を勝ち取る為に。
その結果として付いて来た“災厄”の始末。
出来るなら、力だけ欲しいというのが本音。
まあ、知っていたとしても結局は力を望んだ可能性が高いでしょうね。
雷華を失う事以上の絶望は考えられないもの。
ただ、だからと言って何も考えない訳ではない。
そう成ったが故に思う事は少なくはない。
だと言うのに──
(…隠すのが巧過ぎるわ)
雷華のあの秘密主義は今に始まった事ではないけれど最近は特に進化している。
…いいえ、そんな風に私が考えてしまう。
その理由は不安から。
雷華を信じている。
其処に嘘も揺らぎも無い。
けれど、何事に於いても、絶対は存在し得ない。
それを理解しているが故に抱いてしまう。
理解力が高ければ高い程に深く、広く、多様に。
…本当、困った事にね。
以前に比べれば私達に対し秘密にしている事は確実に減っている。
それは私達の方も遠慮して踏み込まない、という事を雷華限定で止めたから。
訊かずに放置すれば一生涯誰にも話す事無く、全てを闇に葬る事でしょう。
そういう性格だしね。
けれど、これは──私達の“災厄”に関する事に伴う不安や心配はお互い以外に話す事は今は出来無い。
なのに、雷華は私に対して“甘える”事はしない。
…逆は多々有るのに。
まあ、意地を張っている訳でもないでしょうけど。
本当に気にしていない。
或いは、遣るべき事のみに意識を集中させているからなのでしょう。
そう考えれば私もまだまだ未熟という事かしらね。
──side out
劉曄side──
──四月十三日。
反董卓連合の一連の終焉地として漢王朝を裁く業火の如き大火により滅び去った洛陽の都──その跡地。
この地を歩く事自体随分と久し振りの事になります。
…その景色を見詰めると、色々と複雑な気持ちが胸に溢れてきます。
あの日の黒天すらも染める燃え狂う巨大な炎を。
赤く、紅く、朱く、緋く、全てを飲み込み焼き尽くす無慈悲な暴虐の炎を。
けれど、何処までも虚しく悲哀を映す、涙の様に。
長く続いた、一つの歴史に幕を下ろした夜を。
私は──私達は未来永劫、決して忘れはしません。
それは“起こり得る”事で起こしてはならない事。
再び、その光景を見る事が無い様に心に誓う。
過ちは繰り返させないと。
「…見事なまでの焼け跡に成っているな…」
「炭として使えるかもな」
思春さんと冥琳さんの都の有り様を見ての感想。
一応、曾ての洛陽が故郷という立場からすると何とも言い難いです。
…確かに、全てが真っ黒な状態なのですが。
「…え〜と…それ、二人共冗談ですよね?」
『当然だろう』
「判り難いですよ!」
苦笑を浮かべながら訊ねた斗詩さんに二人は声を揃え“冗談だ”と肯定しますが斗詩さんの仰有る様に私も冗談かどうか判り難いのが本音です。
二人共、普段から冗談など仰有いませんから。
その辺りの要因も有って、尚更に判り難いです。
…私を気遣ってくれての事なのでしょうね。
皆さん、優しいですから。
「炭として使えるなら俺が放置する訳無いだろ…」
「いえいえいえっ!
そういう問題じゃあないと思いますよ?!」
雷華様の本音?に対しても反応する斗詩さん。
灯璃さん(ツッコミ)不在で相手役をされていますが…
やはり、そういう方面にも才能や経験、向き不向きは有るのですね。
普段の雷華様と灯璃さんの掛け合いと比べてしまうと何処か物足りなさを感じてしまいますから。
「いや、結、その様な事は感じなくて良いと思うぞ
私としては止めて頂きたい事でも有るしな…」
そう言って溜め息を吐いて眼鏡を直す冥琳さん。
度の入っていない伊達眼鏡だそうですね。
ただ、掛けていないと何か落ち着かないそうです。
幼少の頃からなので無いと心許ないのでしょうか。
やはり、そういった感覚は眼鏡を掛けている方にしか判らないのでしょうね。
私も暫くの間、伊達眼鏡を掛けてみましょうか。
──side out
顔良side──
何故、この面々の中に私は居るのでしょうか。
場違いな感じが凄まじいんですけど。
いえ、雷華様に指名された事は素直に嬉しいですが。
出来れば、もう少し気心の知れた──と言うか気安い面々が良かったです。
灯璃さんとか珀花さんとか流琉ちゃんや螢ちゃんが。
別に思春さんや冥琳さんが苦手な訳じゃないですよ?
ただ、冗談には聞こえない冗談を言ったりされると、私も凄く困るんですよ?
その辺り、ちゃんと判ってくれてますよね、雷華様?
「お前も十分に重鎮なんだ
いい加減、諦めて慣れろ
……俺みたいに…」
「…すみません」
ずっと表立って立つ事を、避け続けていた雷華様。
でも、色々と理由も有って渋々了承されました。
まあ、華琳様の出産前後の一年〜二年の間のみの限定期間だけですが。
その際は私も賛成派の為、若干引け目が有ります。
ただ、私達の気持ちとして雷華様に立って頂きたい事自体は確かなのですが。
「…まあ、それは兎も角、お前達を選んで連れて来た理由はちゃんと有る」
「私と思春、結は何と無く判りますが…斗詩は?」
少し落ち込む様に溜め息を吐いていた雷華様が思考を切り替え、そう言われると冥琳が率直に訊ねる。
冥琳が疑問に思う気持ちは私自身も理解出来ます。
ただ、本人の居る目の前で堂々と訊くなら、もう少し言葉を選んで下さい。
“言刃”が心を抉るので。
「…冥琳、それでは斗詩が不要だと聞こえるぞ?
もう少し言い方を考えろ」
そんな私の気持ちや考えを察したみたいで思春さんが冥琳さんに注意する。
思春さん、こういう部分が格好いいんですよね。
私達の中で雷華様に仕える最古参の家臣という立場も自慢したりしませんし。
直属部隊以外の兵や官吏、侍女からも高い人気が有る事も判ります。
…私も少し憧れます。
「む…確かにそうだな
斗詩、すまない
配慮が欠けていた様だ」
「いえ、大丈夫ですよ」
“それは私自身が一番理解していますから…”と続く言葉は自然と途切れる。
別に我慢したり、気遣って飲み込んだ訳ではない。
然り気無く、雷華様に頭を撫でられた為です。
…本当、雷華様のこれって反則なんですよね。
私達にとって一番良く利く“特効薬”ですから。
私の自虐気味な思考なんてあっさり消え去ります。
ええ、判っています。
“私は私らしく”ですね。
──side out
周瑜side──
親しみ慣れ過ぎてしまうと時に当たり前の様に配慮を欠いた言動をしてしまう。
それは良く言えば信頼から“これ位は大丈夫だろう”という考えが起きる。
“甘え”と言えば甘えだ。
しかし、如何に親しくともその信頼へと甘え過ぎては元も子も無い。
そう、改めて認識する。
…今この場に珀花や灯璃が居ない事を幸いに思う。
普段、二人を説教しているだけに色々と拙いので。
思春は最古参の家臣だ。
だが、他の誰よりも複雑な経歴を持っている。
それは組織の中に於いては時として悪い方に働く。
…いや、大抵の場合は必ず悪い結果を生むだろう。
曾て、灯璃との間に有った諍いが最たる者だ。
今、そう成っていないのは曹家・曹魏全体に浸透する思想や価値観が有る為。
それは間違い無い。
だが、それ以上の要因には思春自身が皆との間に築く信頼が有るからこそ。
それは地位や役職に対してではなく思春自身への信頼だからこそ意味が有る。
それはある意味、私達では中々得られない信頼だ。
「まあ、本人も自分が何故此処に居るか判ってないし説明はしておくか…」
私達の心中を見抜く様に、雷華様が苦笑される。
一言言わせて頂けるのなら“最初に言って下さい”と言いたい。
「先ず、曹魏国内の運河に関する事になるが…
泱州設立以前から一貫して進めている一大事業なのはお前も知っている所だ」
そう、曹魏の進行している国家事業の中でも、運河の計画は長期的な物。
それは当初の領地の問題も兼ねている為。
仕方が無い部分だ。
それでも、着々と進行し、現状では凡そ三割の所まで完了している。
長くなる一因に私達が氣を使って遣らない事も有る。
だが、それは雇用の問題と“国家”事業であるという事への拘りに由る為。
軍事ではなく、国事として運河の計画は立案をされ、始まっているのだから。
これから先の長きに渡り、運河は活用される。
確かに水軍が絡む事も多少有る事とは思う。
だが、その主要な役割とは貿易・運搬・交通になる。
故に私達が出過ぎる事無く可能な限り、正式な雇用を伴って、国民が一体となり造り上げる事。
其処に意味が有る。
曹魏に於ける最初の国事。
それが運河の計画。
それは水の流れの如く。
この事業に携わった者達の子孫が意志と共に引き継ぎ繋いでくれる様に。
断ち絶える事が無い様に。
そんな願いを込められて。
事業は進んでいる。
──side out
この運河の計画は河水──黄河を中心にしている。
勿論、江水──長江の方も無関係ではない。
先ず、曾ての豫州・兌州・揚州の江北地に南北に縦に延びる一本の運河を造る。
其処から青州と徐州の境、徐州の中央部を通り抜ける運河を黄海に向け造る。
これが“南翼運河”だ。
此方は既に完成し、徐々に運用が始まっている。
特に陸路に比べて長距離の移動時間を大幅に短縮する事が出来るので国内各地に物資や人の往来が活性化し国内需要も高まっている。
で、対を成すのが北に造る“北翼運河”だ。
此方は南翼運河と比べると色々と大変ではある。
先ず、河水全体の整備。
これは涼州にまで及ぶ。
その後、并州は五原の南東辺りで南に向かって曲がる河水の流れから東に向けて三つの運河を造る。
一つは曲がる所から東へと延び幽州を横断し、渤海に注ぐ形になる。
残りの二つは并州の中央と南端部から東へ。
但し、南側の運河は渤海に繋がらず河水に注ぐ。
太行山脈を切り崩す部分は流石に俺達が動く。
危険過ぎるしな。
で、河水に注ぐ渭水の方も整備し、涼州の河水と直接繋がる様に運河を造る。
当然だが、北翼運河の方は幾つかの貯水湖も要る。
水位を一定に保つ為に。
此方は着工したばかり。
完成は早くても二年後。
因みに、渭水の整備後には江水に向けて益州・荊州に南北の運河を造る予定。
此方は大巴山脈・秦嶺山脈が難題になるだろうな。
しかし、この“大翼運河”──南翼と北翼を合わせた連結大運河の呼称──さえ完成すれば今までは困難で偏っていた流通も拡大し、并州や涼州は特に生活環境を改善出来るだろう。
勿論、自然を大切にしつつ繁栄させる上でもな。
まあ、それも集束型都市を実現出来ているからこその事なんだけどな。
宅の民の皆さんが理解有る民で本当に良かったよ。
如何に策を講じても人心を掴みきる事は難しい。
これは華琳や皆の功績だ。




