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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
500/915

       拾


 劉備side──


──三月二十日。


━━成都


長かった南蛮遠征も諸々の処理も含めて漸く終了。


ご主人様の案で試してみた水の浄化装置は…半々。

飲んでみて無事だった人も居れば、お腹を壊しちゃう人も居たから。

南蛮から出て直ぐに手近な村で体調を崩した人の為に駐屯し、回復を待った。

其処で三日を要したけど、その間に村の近辺を荒らす山賊を退治出来た事は良い結果だったと思う。


そんなこんなで約三週間の南蛮からの帰宅。

今夜は自分の寝台と布団で眠れると思うと嬉しい。

本当に疲れたから。

今も留守中の報告を受けて会議は終了したのに私達は謁見の間にて、思い思いに座って一息吐いている。

気が抜けたから立ち上がり自室に戻るのも億劫。

そんな感じだったりする。


元気なのは城内を見て回る美以ちゃん達位かな。

兵の人達もぐったりだよ。



「うむ、此方の予想を全く裏切らぬ有り様だな」


「──あっ、厳顔さん!」



唐突に掛けられた声に対し私達は身体を弾ませた。

しかし、その声の方に顔を向けて驚いた。

でも、それ以上に私自身は嬉しかったりする。

思い掛けない来訪者に対し自然と笑みが浮かんだ。



「久しいですな、劉備殿

南蛮では苦労されたのでは有りませんかな?」


「あ、あはは〜…はい…」


「はははっ、でしょうな

まあ、涅邪の族長・祝融は他の者達とは違って、話の通じる者ですしな

礼を重んじるきちんとした使者さえ出せば戦う事無く対面出来ますから往き来の大変ささえ我慢出来たなら簡単でしたでしょう」


『……………………え?』



厳顔さんの一言に私を含む全員が声を揃えた。

…え?、もしかしなくても厳顔さんって南蛮の事情に結構詳しかったの?

…で、でも、朱里ちゃん達訊いて、たん…だ…あれ?

朱里ちゃんが物凄い驚いた顔をしてるよ!?



「…あー…朱里よ?」


「──あっ…は、はわわっ

す、すみません!

厳顔さんには御訊ねしてはいませんでした…」



朱里ちゃんの一言に対して場の空気が重くなる。

別に朱里ちゃんを責めてる訳じゃあない。

朱里ちゃん達が忙しかった事は私達もよく知ってるし大変だったって判ってる。

ただ、同時に私達の誰かが気付くなり、確認するなり出来無かったのかなって、思ってるから。



「…その様子では戦った後という事か…」


「…はい…」


「あ、あの厳顔さん!

先程の祝融さんって…」


「涅邪族の族長だ

祝融という名は代々族長が継承する継名でな

何でも彼女等の崇めている一族の始祖の名らしい」


『…………』



──って事は、もう一度、南蛮に行かないと駄目って事なんだよね…これって。

…私、行きたくないなぁ。

あの娘達は可愛いけど。





「…え〜と…げ、厳顔さん今日はどうしたんですか?

此方に来てくれるなんて、初めての事ですよね?」



場の重〜くなった雰囲気を何とかしようと厳顔さんに話を振ってみる。

と言うか、他に良い方法が思い付かなかったから。



「ああ、僅かな間とは言えお主達を見ていたのでな

一応、挨拶をと思ってな」


「…挨拶?」


「うむ、儂と魏延、それに他数名は益州を離れる」



再び、場の空気が固まる。

立て続けの驚き。

だけど、悪い方に重なると正面に思考も出来無くなり茫然としてしまう。



「──はぁっ!?、ちょっ!?

何でそんないきなりっ!?」



そんな私達の中、一番早く反応したのはご主人様。

その当然の疑問に同意して私達は一様に頷く。



「…彼奴等の弔いにな」


『────っ!!!!!!』



その一言で十分だった。

今、厳顔さん達が弔う人は考えるまでもない。

劉璋さんの一家だ。



「別に以前彼奴が何処かに行きたいなどと言っていた訳ではない…

故郷が嫌に成ったという訳でもないだろうしな」


「…それだったらさ、別に態々益州から離れなくても良いんじゃないのか?

俺達だって劉璋さん一家は手厚く葬るつもりだしさ、やっぱ故郷の土で眠る方が嬉しいだろ?」


「それは確かだろうな」


「だろ?、なら──」


「しかし、無理な話だ

故郷の益州(ここ)に葬れど墓を暴かれ、骸を穢され、安らかに眠る事は出来ぬ…

如何にお主達が声を上げて訴えた所でな…」


「そんな事──」


「──現に、劉備、お主に益州州牧の地位を渡したが故に劉璋達は殺された

恐れる要因を失ってな」


「──っ!!」



ご主人様との会話を黙って聞いて居られずに口を挟み事実を突き付けられた。

私はただ口を閉じる事しか出来無かった。



「お主の声が益州の民達に届いていたのなら、今回の事は起きなかっただろう

…何しろ、事の下手人達はお主が最初に手にした地、祥阿郡の民なのだからな」


『……………』



何も、言い返せない。

何も、否定出来無い。

ただただ厳顔さんの言葉が重かった。



「彼奴等が心安らかに眠る為には他に葬る事が一番と考えての事だ

理解しろとは言わん

儂等はお主の臣下ではない

故に止める権利もお主には存在せんからな」


「…っ……判り、ました

厳顔さん、劉璋さん達の事宜しくお願いします」


「ああ、心配は要らん

お主達も健勝でな、では」



引き止める事は出来無い。

ただ、見送るだけ。


“あの日”を思い出す。

溢れそうになる感情。

でも、それを必死に堪えて一息に飲み込んでしまう。


前へと進み、戦う為に。



──side out



 other side──


城壁の上に立ち、去り行く厳顔の後ろ姿を見送る。


劉備達に謁見しに来た事を知った時には、流石に少々焦りはしたがな。

別段何事も無いまま終わり拍子抜けだったと言える。



「…だが、喰えぬ奴よな」



“破撃”などと大層な名で呼ばれてはいるが…確かに実力は高いだろう。

個人的に言えば、全く脅威足り得ぬ者ではあるがな。

だが、出来れば劉備の元で“駒”となってくれれば、良かったのだが。

…まあ、劉備達とは違って勘の働く奴だ。

下手に居られるよりかは、他所へと流れてくれた方が危険性は減るだろう。


別に、まどろっこしい方法でなくとも他にも遣り様は幾らでも有りはする。

だが、それでは折角の劇が詰まらない、面白くない。

悲劇(きげき)は滑稽な程に結末が盛り上がる。

其処へと辿り着くまでに、如何に傀儡(やくしゃ)達に気付かせずに組み上げて、最後の最後に崩し去る。

その瞬間の絶望する表情を見る事が楽しみで愉しみで仕方が無いのだから。



「…ふむ、どうせならば、奴も何かしらの役に立って貰いたい所では有るが…」



此処は自重しておこうか。

細工し過ぎてしまっては、気付かぬ場所で駄目になる可能性も高くなるのでな。


今はまだ、“奴”が居る。

此方の存在に気付かれては全てが不意になる。

悔しくはあるが、現状では“奴”には敵わぬだろう。

今はまだ、静かに身を潜め大人しく時を待とう。



「──あっ…」



不意の声に、現実へと引き戻されて振り向けば劉備が其処に立っていた。

沈んだ表情なのは劉璋達の一件なのだろうな。



「…厳顔さんの見送り?」


「見送りという程の事では有りません…

単なる自己満足です

何も気負う事は有りません

貴女らしく歩いて下さい」


「……ぁ…」



そう言い残すと背を向けて城壁を後にする。

本心などではない。

所詮は戯れ言。

その言葉に意味は無い。


だが、聞く側も同じだとは限らないだろう。

あの劉備の反応。

感触としては悪くない。

劉備を誑し込んでみるのも一興かもしれんな。

あの“天の御遣い”の顔が如何なる絶望を宿すか。

それを愉しむのも丁度良い暇潰しになるやもな。



──side out



──三月二十三日。


冬も終わりを迎え、春へと山々が衣替えをし始める。

白無垢を思わせる雪化粧を落とすと、想いを彩る様に色とりどりに着飾る季節。

“恋の季節”だと言われる事も納得出来るだろう。


尤も、その恋を映す色彩も必ずしも喜嬉だけの物とは限らないのだが。

出逢いも有れば別離もまた有るのが人の縁という物。


まあ、俺達には関係の無い事かもしれないが。

お前は早く旦那を見付けて連れて来なさい。

そういった気持ちを込めて見詰めれば、抗議する様に一鳴きして飛び立つ飛雲。

拗ねてしまったらしい。


…将来、我が子達が正面に巣立つのか不安になる。

子育て、頑張らないとな。



「…………ねえ、雷華?」



不意──という訳ではなくずっと俺の左隣に座って、一緒に日向ぼっこ中である華琳から声を掛けられる。

陽気に微睡みながらなので今は緩々だったりする。



「…ん〜?」


「…狼って、確か哺乳類、なのよね?」


「…ん、哺乳類だな〜…」


「…胎生、なのよね?」


「…そ、胎生だな〜…」


「そう………………………だったら、どうして卵から狼が孵るのよっ?!

可笑しいでしょっ?!」



そしてついに爆発。

まあ、あれだ、常識人って時々大変なんだよな。

落とし所を探す意味で。



「説得力の有る言葉ね!

それで、どうなのよ?」


「そうだな〜…先ず最初に狼じゃなくて、龍な〜」


「……………………は?」


「だから、龍、だって…

ああ、あの龍族とは無関係だからな〜」



そう言いながら俺の太股で猫みたいに丸くなっている仔狼──と言うか、仔犬の様な姿の龍である真っ白な毛並みに真紅の双眸をした熾昊(しこう)は頭を右手で撫でてやる。

あの“望映鏡書”の卵から産まれたのがこの仔達。

そう、この仔“達”だ。

対である真っ黒な毛並みに青蒼の双眸の瀰旻(みみん)は華琳の太股の上。

因みに、この仔達に雌雄は存在していない。

生物ではあるが特殊な部類になると言える。

公表しなきゃ誰も判らないだろうけどな。


そんな瀰旻が華琳を見上げ“……きゅぅぅ?”と鳴きじっ…と見詰める。



「──ぅくっ…そ、そんな円らな瞳で見詰めたって…見詰め…たっ…てぇ…」



後世に名を遺す大英雄。

それが“可愛い”に屈した歴史的瞬間だった。


尚、その事実は未来永劫に厳守される事となる。




俺達の太股から降りて庭で飛雲と戯れている熾昊達を見詰めながら、ほっこり。

…癒されますなぁ。



「和むのは良いのだけど、“彼方”はどうなの?」


「未だに動きは無し、だな

余程慎重に運ぶ気らしい」


「まあ、そうでしょうね…

私が同様の立場だとしても慎重に行くわね

貴男の事を知らなければ、違っているでしょうけど」


「…だろうなぁ…」



まあ、一応、自覚は有る。

“天の御遣い”と言っても彼方が警戒している存在は俺一人だろうからな。

他の二人は無力だ。



「…“歴史”を知っている可能性は無いのよね?」


「…多分、それは無いな

過去の“天の御遣い”でも喰って知識や記憶なんかを吸収してたりしない限りは大丈夫だろう」


「…想像したじゃないの」



そう言って頬を膨らませて抱えている左腕の二の腕をギュッと抓ってくる。

いやいや、華琳さんや。

貴女が訊いたんですよ?

俺はただ有り得る可能性を言っただけなんですが?

其処の所、如何な物で?



「……悪かったわ…ん…」


「…んっ…赦す」



謝罪からの口付け。

バカップルと言われ様とも構いませんとも。

人前ではしませんが。



「まあ、懸念材料が少ない訳じゃない事は確かだけど気にしても仕方無いしな

遣れる事を遣るだけだ」


「はぁ…気楽な物ね…」


「気負っても変わらないし良い方向には行かない

俺達が気負うだけで問題がどうにかなるなら幾らでも気負って遣るけどな」


「…ええ、その通りね

私も今は大分、肩から力を抜いているつもりだけど…

元々の性分でしょうね…」


「俺の場合は慣れだな

子供の頃から慣れ親しんだ分野だからな」


「それは大きいわね…」


「まあ、気楽に行こう

俺達は俺達らしく、な」





 運命という歯車は廻り

   噛み合い行く


 逃げ場の無い舞台へと

  演者達は導かれる


  永き果ての終端へ




    五章 成世ノ伝

         了



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