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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
50/914

2 想い交わる先に 壱


 曹操side──


床に就く度に、眠る度に、願い続ける日々。

“会いたい”──想いが、強く、強く、募る。


そして、訪れた。


“あの時”と同じ虹彩色の雲が覆い尽くす世界。

“狭間”の世界だ。


逸る気持ちを抑えながら、駆け出したくなる衝動にも耐えながら歩みを進める。


すると以前とは違う景色が視界に広がった。

澄んだ深い青を湛える湖と彩る様に広がる深緑の林。

臨む草原には色とりどりの花々が咲いている。


その中に──彼が佇む。


ザアァ…と吹き抜ける風が白金の髪を揺らす。

まるで、一幅の絵を思わせ見惚れてしまう。



「…一週間振りだな」



そう言って振り向いた彼が苦笑していた。

私の視線に気付いていたと思っていいだろう。

恥ずかしくなる。



「ええ、そうね

変わりないかしら?」



平静を装い、誤魔化す様に何気ない話をする。



「んー…特には無いな

お前から見てどう思う?」


「…意地が悪いわね」



確信している癖に。

そう思いながらも口に出す事がないのは意地。



「ははっ、そうだな」



笑いながら歩み寄る彼と、お互いを抱き締める。

彼の感触、温もり、匂い、声、姿──全てを起きても覚えていた。


そして──今も。

確かに存在を感じる。


“現実”である夢。

矛盾する不可思議な事象を説明する事は難しい。



「…荘周が見た胡蝶の夢もこうだったのかしらね…」



ふと、考えてみる。

曾て似た体験をした故人はどう思ったのかと。



「…耽ってる所悪いんだが荘周のは只の夢だろう

荘周自身が蝶になる時点で俺達とは違う…

存在の変化は無いからな」


「そういう物なの…」



細かな理屈は解らないが、そうなのだろう。



「お前からすると、何方も同じ様に思えるだろうが」



そう言われた所で気になる事が一つ。



「“お前”は止めて頂戴」


「なら、も──字はまだか

曹操?、操ちゃん?」


「華琳──華やかな琳瑯と書く、私の“真名”よ」



姓名は兎も角としても名に“ちゃん”付けは嫌だ。

子供扱いされる様で。



「前も言ってたよな?

“真名”って何なんだ?

特別な名なんだろうが…」


「貴男の世界に“真名”はないの?」


「特別な名という意味なら色々──文化や風習により存在してるけどな」



世界が違えば色々と違うと改めて感じさせられた。



──side out



“真名”が特別な物なのは察する事が出来る。

ただ、どの位なのか。

それが大事だ。



「“真名”というのはね、私達の真の名…

私達自身を表す名よ

もしも、許し無く呼べば、皇帝で有っても殺されても文句は言えないわ

それ程に尊いのよ」



何とまあ…極端な。

逆に呼ぶ方が怖いって。



「ん?、て事は“それ”を俺に許すって…求婚?」


「なっ!?、ちょっとっ!

何でそうなるのよっ!?」



顔を真っ赤にして抗議する彼女だが──恐くない。

寧ろ、歳相応で可愛い。



「いや、皇帝でも殺されて当然な位に尊いんだろ?

それを異性に許すって事は身も心も許すのと同義だと思ったんだが…

実は其処まで尊くない?」


「そ、それは…」



言い淀み、狼狽える。

その様子を見ながら思う。

多分だが“信頼”の証等の扱いとしての尊重で相手に許可するのだろう。

それが時代的に神聖視され誇張して周知されていると考えるべきか。

“力の有る名”の類いではない様で安心する。



「………そうね

貴男の言う通りだわ

日常的に呼ぶ事も有るから私達の方が価値観がずれた様に見えるわね」


「其処まで言うつもりじゃないけどな…

まあ、世界や時代が違えば価値観は変わってくるし、仕方無い事だって」



そう言うが、一度間違いと気付くと正しく直したいと思うのも道理か。



「貴男の世界で“真名”に相当する物はどう扱われているのかしら?」


「“真名”程重要視される名は持つ者自体が稀少で、殆どが持たないんだ

まあ、強いて言うなら名がそうだろうな」


「なら、貴男は初対面で、私に名を教えた訳?」



小さく驚きを見せながらも訊き返してくる。

文化の違いって理解し難いから良い事ではある。



「其処まで秘匿や神聖視はされてないからな

勿論、初対面の相手に名を呼び捨てにされたりすれば気分は悪いけど…

少なくとも、呼んだだけで命に関わる事はないよ」


「…それは私達が大袈裟に思えるわね」



微妙に凹んでいる。

歳下だからか、妹の様だ。

“保護欲”ってこんな感じなのかと思う。



「言ったろ?

“価値観”の違いだって

あと、指摘序でに言うなら日常的に呼び合うにしても許し合ってる者だけの時は良いけど、知らない者達が居るなら避けるべきだ

字は公的な呼び名だろ?

そういう時は、其方で呼ぶ方が適切だと思うがな」



そう助言してみた。




 曹操side──


“真名”を知らぬが故に、客観的に見る事が出来る。

だから、気付く。

その“ずれ”に。


彼の助言は正論だ。

感心すると共に悔しいとも感じる私が居る。



「…貴男、歳は?

私と変わらないわよね?」


「今九歳だよ、其方は?」


「私は七歳になった所よ

ただ、女に歳を訊くなんて感心しないわよ?」



そう返すと苦笑する彼。

普段なら子供扱いされたと思うのだが、彼の仕草からそういった感じはしない。

私の“負けん気”に対して彼は真っ直ぐに向き合って受け止めてくれる。

だからなのかもしれない。



「それよりも此処の景色、以前とは違うみたいね」



身体を離しながら周囲へと視線を向ける。

このままずっといつまでも抱き合って居たいけれど、それでは惜しい気がする。

私の“欲求”が未知の事に興味を示しているから。



「ああ、これな

俺がやったんだよ」



あっさりと然も当たり前の様に言った彼。

瞬きして彼を凝視する。



「貴男が?、これを?」


「そう♪──というかさ、お前にも出来るよ?」


「だから、お前じゃなくて真名で呼びなさいよ」


「いや、それは…

何かこう…恥ずかしいし?

別に求婚の意じゃないとは判ってるんだけどな…」



その様子に思う。

ああ、煮え切らない相手に苛立つのは同じだ、と。



「その意で構わないわよ

だから、ちゃんと、真名で私を呼びなさい」



彼の頬へと両手を伸ばして挟んで真っ直ぐに見据え、“言いなさい”と訴える。



「…ぅぅ……か、華琳?」


「──っ、〜〜〜〜っ!?」



照れながらも、覚悟を決め言った彼の表情を間近から見たのは誤った。


彼に真名を呼ばれた瞬間、胸が大きく高鳴った。

頬が、顔が、身体全体が、沸騰する様に熱くなる。


いつもの私なら、羞恥心に堪えきれず顔を逸らす。

けれど、今は違う。


家の倉の蔵書の中に有った“恋愛”物語を読んだ際に得た知識の所為か。



(た、確か…このまま…)



実際に経験が有る訳でなく“想像”したに過ぎない。


果たして上手く出来るか。

それ以前に正しいのかさえ定かではない。


それでも“こう”したいと私の中の“何か”が言う。


爪先立ちになり、ゆっくり顔を近付けて──



『……んっ………』



そっと触れた唇が合わさり漏れた吐息が重なった。



──side out



求婚の意で構わないから、“真名”を呼べと言われ、呼んだらキスされた。

というか奪われた。


あまりの恥ずかしさから、混乱し一時思考停止。

その間の出来事だ。


“初恋”の相手以上に望む者は居ない。

ただ、出来れば自分からが良かった。

冷静に──我に返ると今の歳下の娘に“されている”状態が情けないから。

主に男のプライド的に。



(…ん?、長い…様な?)



ふと、気になった。

一応──というか反射的に眼を瞑った訳だが…さて、どうしようか。

マナー的に眼を開けるのは唇を離してからだろうが…致仕方無い。

薄らと眼を開ける。

映るのは眼を閉じた彼女の顔のアップ。

紅潮した頬が愛らしい。


ただ、微妙に震えている。

不安とか恐怖からではなく“息を止めている”から。

うん、無理だよね。


胸中で苦笑し意地っ張りな誰かさんに代わって動く。


左手を腰に回して抱き寄せながら、右手は後頭部へと伸ばして頭を撫でる。

彼女の意識が右手に行くと両手の緊張が解け緩む。

それを見逃さずにゆっくり唇を離して、顔を後ろ側に軽く引いて距離を開けると自然と彼女が顔を離す。


その最中に開かれる双眸が年齢以上に艶を帯びている様に見えた。

女の子って凄いなぁ。


俺の頬から離れた両手は、身体を撫でる様に下げられ胸元で止まる。

パッと見は俺が抱き寄せた格好になっている。


その体勢のまま、お互いに暫し見詰め合う。



「………悪い?」



沈黙を破ったのは彼女。

逆ギレっぽく聞こえるが、彼女なりの照れ隠し。

どうも、素直に“甘える”事が苦手らしい。



「男としては奪われるより奪いたかったかな」


「…んっ…」



本音を言いながら、今度は此方から唇を重ねる。

遣られっ放しでは男が廃る的な意気込みで。

まあ、唇を重ねるだけしか出来無いけど。

知識としては知っていても流石に躊躇われた。


不意打ちのつもりだったが予想していたのか、或いはもう一度したかったのか、彼女は素直に受け入れた。


先程よりは短く。

息苦しくない様に見計らい唇を離す。



「………初めて…よね?」



不意に、ちょっと不機嫌にそう訊いてきた。

何を疑ってるんだか。



「勿論、初めてだよ

証明のしようが無いから、信じて貰うしかないけど」


「…なら、信じるわ

それと…私も…初めてよ」



小声で言う主張。

“初めて”の不安が理由と気付く。

彼女が見せた照れを含んだ微笑みを見て。




 曹操side──


私は彼と接吻──口付けを交わした。


触れているのは唇。

その筈なのに、胸の奥から身体へと広がる。

逆上せそうな程の熱が。

思考が曖昧になりそうで、頭の中が蕩ける様だった。


ただそれ以上に満たされる喜びを知った。


恐い位の幸福感。

だから判る。

人は欲張りな生き物。

私は求めるのだろう。

この幸福を。

更なる幸福を。

貪欲に。



「…それで?、この景色を貴男が造ったというのは、どういう事なのかしら?」



だから自分を誤魔化す様に唐突に話を戻す。

そうしなければ己の欲求を抑え切れないから。



「“此処”は夢だからな

“ある程度”は俺達の思い通りに出来る」



苦笑を浮かべながらも彼は説明をしてくれる。

多分、私の考えや気持ちに察しは付いているだろう。



「“ある程度”とは?」


「その辺の花、摘んでみろ

解るから」



そう言われて、足元に咲く赤い花を一輪摘み取る。



「──え?」



──伸ばした右手の親指と人差し指とで茎を手折った瞬間に感じた違和感。

それは直ぐに形となって、顕となる。


赤い花は私の手の中で光の粒と化し、蒲公英の綿毛の様に空へと上り、融けた。



「…これは?」


「言ったろ?

俺が“造った”って

“形”を失えば、在るべき状態へと還る…

自然な事だ」



花の消えた掌を見詰め──

周囲の、彼が造ったという景色を見回す。



「形在るものはいつか必ず壊れてしまう、ね…」


「“永久不変”など無い

もしも“永遠”が有るならそれは“死”だけ…

“終わり”こそが、全てに等しく存在する理だ」



ならば、私達もいつか必ず“死”が別つ。

いえ、別つ理由は多い。

だからこそ望む。

少しでも一緒に居たいと。



「死は抗う事の出来ぬ理…

軈て来る“終わり”が有る故に“生きる”意志は尊く輝きを放つ…」



彼の言う通り。

死が有るから生が輝く。

生が有るから死を恐れる。


“必ず死ぬ”と解るから、人は“命を懸けて”生きて“何か”を成そうとする。


足跡か、功績か、子孫か…

自らの存在した証を。


“恋”もまた、その一つ。

私を刻み込み、私に刻む。

私の生きた証。



──side out。



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