捌
「劉備軍のお洒落番長こと于文則が南蛮大王・孟獲を生け捕ったのーっ!」
一体何時、誰がそんな風に呼んだか訊きたいんだが、一番お洒落や流行に意識を向けているのは確かで。
田舎と言うのが正しい程に流行には遅れている益州な為に愚痴っているしな。
因みに、世の流行の中心が曹魏なのは、やはり豊かな証拠なのかもしれない。
まあ、そんな事はどうでもいいんだけど。
微妙にツッコミ所の有った勝ち名乗りと共に、戦いの勢いは一気に減る。
程無くして孟獲達との戦闘は終了を迎えた。
終わったからこその感想は石斧・棍棒は然程脅威には成らなかったがパチンコは少々厄介だったという事。
ただ、ゴムじゃなくて弓と同じ様に弦式だったお陰で助かってはいたが。
あの小柄さ俊敏さで近付き近距離射撃を受けた時には正直、ビビったしな。
孟獲に比べると他の娘達は一撃の威力は低かった。
勿論、それでも俺や兵より強かったんだけど。
組織力が低くて良かったと本気で思ったしな。
「ふぅ〜…これで一先ずは安心かな?」
「どうでしょうか…
これで彼女が私達の強さを認めて従ってくれれば一番良いんですけど…」
「まあ、其処だよなぁ…」
側に居る朱里と事後処理の最中の周囲を見回しながら孟獲の様子を振り返る。
……あっ、思い出した。
そう言えば確か、孟獲って諦めが悪かったって印象が強かったんだよな。
どうだったか詳しい内容は覚えてないんだけど。
「どうすれば良いか…」
「そうですね…
こういう時、敵の指導者を処理し、新しい人を置いて統治するというのが基本的な遣り方なんですが…」
「それは無理だろうな…
他の誰よりも絶対に桃香が反対すると思うし」
「…ですよね
私も彼女を処理するなんて遣りたくありませんし…」
まあ、孟獲を排除しようと考えてる者なんて今は誰も居ないだろうしな。
勿論、俺も反対派だ。
だから今は、どうにかして孟獲に納得させる方法しか取れないのが現実。
ただ、その方法が…なぁ。
改めて孟獲の事を考える。
基本的には素直だ。
そして、鈴々みたいに──いや、鈴々よりも単純。
寧ろ、子供っぽい。
加えて物凄く猫っぽい。
桃香に喉を撫でられていた姿なんて正に猫だった。
猫の獣人だよな、あれは。
ただ、獣っぽいからこそ、縄張り意識が強そうな印象だったりもする。
見せ掛けじゃなくて本当に臣従させていないと簡単に裏切ったり反乱したりする気がするしな。
という事は、益州の統治は孟獲が左右する訳だ。
…これ位しか無いかな。
一番増しな方法としたら。
「なあ朱里、こんなのってどうだと思う?」
「ご主人様、何かお考えがお有りなんですか?」
「大した事じゃないよ
要するにさ、今一番重要な点は孟獲自身が納得する事なんだよな?
だったらさ、納得するまで何回でも相手してやろう」
「──えっ…で、ですが、そうなると、かなり時間が掛かる事に成りますよ?」
俺が言いたい事は朱里にも伝わっている。
しかし、時間は止まってはくれない訳で。
当然ながら、朱里としては色々と思う所が有る筈だ。
簡単に賛成は出来無い。
その事は判ってる。
「多少は掛かるだろうな
けど、孟獲を排除する事が出来無い以上、孟獲自身を納得させるしか方法が無い事も確かだろ?」
「それは……はい…確かにそうかもしれません…」
ある意味一番手間の掛かる遣り方しか出来無い。
特に今回の場合にはな。
「色々と心配事が有るって事は俺も判ってる…
勿論、長々と無駄に時間を掛ける気は無いよ
と言うか、孟獲の性格ならそれ程時間は掛からないと思うんだよな」
「…どういう事ですか?」
そう言って、小首を傾げる朱里に苦笑する。
態と、ではないんだろう。
本気で朱里は気付いてないみたいだな。
彼女を見て他の人は馬鹿と言うのかもしれない。
だけど、俺の解釈は違う。
孟獲は馬鹿な娘じゃなくて“阿呆っ娘”なんだ。
「直ぐに挑発に乗ったり、嘘を見抜けなかったり…
ああいう阿呆な娘だったら──ごほんっ…素直な性格をしているんだったらさ、何だかんだで楽に騙されて──ごほんっ…此方の策に嵌まってくれて思う通りに動いてくれる可能性も結構高いと思うんだ」
ついつい本音が出てしまい朱里に苦笑される。
ただ、俺の考えている事を理解してくれたみたいで、朱里は右手を口元に当てて静かに考え始める。
「……確かに、ご主人様の言う通りかもしれません
下手に捕縛したまま説得を続けるよりも、時間的にも早く片付く気がします」
「だろ?、それにあれだけ星に遣られても信じる位だ
絶対に引っ掛かるって」
「あははっ♪、確かにそうかもしれませんね〜
後々の事も含めて考えればご主人様の策が一番効果が有るでしょうしね
では、そういう事で」
「ああ、宜しく頼むよ」
既に星が十分過ぎる悪役を遣ってくれてるしな。
後は俺達で上手く遣って、孟獲を乗せるだけだ。
まあ、それが難しい事では有るんだけどさ。
多分、俺でも遣れるな。
他でもない、孟獲相手なら十分に出来る気がする。
「ご主人様〜、孟獲ちゃん捕まえてきたの〜♪」
朱里との作戦の細かい点の打ち合わせが終わった時、良いタイミングになるのを見計らっていたのかとさえ思える絶妙さで沙和が声を掛けてきた。
今回の一番の功名を上げる事が出来た嬉しさからか、煩わされていた暑さも忘れ弾んだ様子で遣って来た。
その機嫌を損ねる様な事は避ける為にも愚痴っていた事には触れない。
俺は星じゃないから空気は読めるんです。
ちゃんと自重も出来ます。
「ご苦労様、桃香達は?」
「今、部隊を纏めてるの〜
捕らえた南蛮の兵の娘達が思ってよりも多かったからちょっと時間が掛かるってねねちゃんから先に行って伝える様に言われたの〜
沙和が一番功だしね〜♪」
ああ、それはそうか。
今までの敵兵とは違って、今回は“総生け捕り”って桃香が指示したからな。
…主に保護欲の所為で。
まあ、反対者は皆無だし、皆も兵達も遣る気が十分で士気も高まってたからな。
否定する要素が無かったし否定する気も無かったから全く構わないんだけど。
本当、遣れば出来るって、思い知らされたよ。
恐るべし、保護欲。
「そっか、了解
で、手柄元の孟獲は?」
「じゃっじゃじゃーんっ!
はいっ、此処なの〜♪」
そう言って沙和が俺達へと突き出した右腕。
元気良く突き出された手に首根っこを掴まれた状態でプラーンッとぶら下がった孟獲の姿が有った。
「あっ、猫──」
「──誰が猫にゃーっ!」
何気無く、孟獲の姿を見て素直な感想を言った朱里に対して、両耳をピクンッと反応させた孟獲が怒鳴る。
猫とは違って、首根っこを掴まれていても力が抜ける様な事は無いらしい。
じたばた暴れて沙和の手を振り解いて地面に着地。
但し、手足を縛られている為に碌に動けはしないが。
…ヤバい、凄ぇ可愛い。
何これ、可愛い過ぎだろ。
正直、星じゃないんだけど揶揄いたくなるな。
猫って部分をネタに弄れば良い反応が見れるだろう。
それは俺達の想像を裏切る事は無くて。
或いは、良い意味で想像を越えてくれるだろう。
ただまあ、孟獲のご機嫌を此処で損ねたくはないし、絶対に遣らない。
沙和が遣らないかが俺達の心配の種では有るが。
もし、そうなった場合には孟獲にはバレない様にして止める方向で行こう。
猫扱いされて怒鳴った後、“猫じゃないのにゃ…”と泣きそうな声で俯いている孟獲の目の前まで行って、屈んで視線の高さを合わせ話を始める。
その際、然り気無く朱里が沙和を連れて孟獲の死角に移動して耳打ちする。
多分、説明するんだな。
対応が早くて助かるよ。
流石は諸葛孔明だ。
「さて、初めまして孟獲
俺は北郷一刀、宜しくな」
「…お前達と仲良くしようなんて思って無いじょ」
「俺達は仲良くしたいって思ってるんだけどな
まあ、それは置いといて…
戦いは俺達が勝った訳だ
だから、負けた以上孟獲は降参してくれるよな?」
「嫌にゃっ!、美以はまだ負けた訳じゃないのにゃ!
だからお前達に降参なんてしないのにゃ!」
予想通り、と言うか。
そういう感じの事を言うと思ってたよ。
思考が小さい子供と本当に大差無いんだよな。
…いや、“彼方”の現代の子供の方が遥かに賢いって言えるかもしれないな。
その分、捻くれてる感じは多分にするけどさ。
今の孟獲は意地に成ってて此方が色々と譲歩した形で提示したとしても素直には頷いてくれないだろう。
簡単に言うと、プライドや面子を潰されてる訳だし。
だから、孟獲自身が自分で納得出来る様に運ぶ。
「それだったらさ、孟獲はどんな風になったら自分の負けを認めるんだ?」
「うにゃ…それはだにゃ…
もう一回戦うのにゃ!
それでもし美以に勝てたらお前達の強さをちゃーんと認めてやるのにゃ!」
「もう一回戦って、か…
でもさ、孟獲は今、俺達に捕まってるだろ?
どうやって、もう一回戦うつもりなんだ?
戦うだけなら俺達は孟獲に一騎打ちを申し込むぞ?
相手は最初と同じで、だ」
現状を指摘しつつ此方から譲歩する振りをして実際は選択肢を減らしてゆく。
孟獲が星に対し苦手意識を持っている事は俺にだって見抜く事が出来るしな。
それを上手く利用する。
「うぐぐ…一騎打ちはもう嫌なのにゃ…
特にあの青いの、嘘ばっか吐くから嫌いだじょ…」
…星、今、此処に居なくて良かったな。
多分、暫くは立ち直れない心の深手を負ってただろうからな。
「そっか〜…それじゃあ、どうやってもう一回戦う?
何か考えは有るのか?」
「……だったら、今此処で美以の事逃がしてくれたら良いのにゃ」
──良し、先ずは第一段階成功だな。
取り敢えず一安心する。
勿論、此処からも重要だし気は抜けないけど。
何とか成りそうだって思う事が出来たのは大きい。
俺自身の自信になるしな。
「逃がす、か…そうしたら俺達に何の得が有る?
戦うだけなら一騎打ちでも俺達は構わないし、無理に逃がす理由は無いぞ?」
「一騎打ちは嫌にゃ!
……なら、もう一回戦って勝てば美以は大人しく降参するのにゃ」
──心の中で渾身のガッツポーズを決める。
孟獲自身から言わせる事で言い訳が出来無くする為に必要不可欠だからだ。
但し、それを表に出したら駄目なので叫びたい感情を必死に抑えて、平静を装い続ける。
更に、挑発を含めて孟獲を誘導してゆく。
「成る程…うん、判った
それじゃ、逃がしてあげる
でも、孟獲だけな
捕らえた他の娘達は孟獲が勝てたら解放するよ
だけど、俺達も忙しいから長くは居られないんだ
だからさ、仲間が心配なら直ぐに新たに兵を集めて、再挑戦して来てよ?」
「当然なのにゃ!
直ぐに美以の本当の強さを思い知らせてやるにゃ!」
「おお、楽しみにしてるよ
それじゃあ、沙和、孟獲を逃がしてあげて」
「了解なの〜っ♪」
説明を聞き終えて直ぐ側でスタンバっていた沙和へと声を掛けて、孟獲の拘束を解いて貰う。
縛られていた為に、擦れて赤くなった所を撫でながら立ち上がる。
「じゃ、逃げて良いから」
「…本当なのにゃ?
また、あの青いのみたいに嘘吐くんじゃないにゃ?」
「疑り深いなぁ…
大丈夫、逃げていいよ
追い掛けたりしないから」
「……じゃあ、行くにゃ」
何か決心した様に歩き出す孟獲だが、数歩進んだ所で此方を振り返る。
「…本当に良いのにゃ?」
「うん」
再び歩き出し、暫く進むと再び振り向く。
「本当の本当にゃ?」
猫っぽいが故の習性とでも言うのだろうか。
孟獲は何度も何度も後ろを振り返り、警戒しながら、徐々に俺達から離れて──
「バカバーカにゃっ!
お前達なんて次に会ったら泣かした上にギャフンッて言わせてやるのにゃ!」
──と、可愛い捨て台詞を吐いて逃げていった。
本当、可愛いよなぁ。




