表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫三國史  作者: 桜惡夢
490/915

        拾


 孫策side──


──二月二十五日。


祐哉の体調も戻り、詠達に合流しようとして──ふと考えた。

揚州の領地を取った後は、更に南方の交州を目指す。

それは最初からの予定。

但し、この交州に行くには陸路は厳し過ぎる。

何しろ、生前の母様ですら“陸路で行くのは無理”と断言した位に。

因みに、そんな母様の言に幼く無知で愚かだった私は“母様に出来無いからって私に出来無いとは限らないじゃないの♪”とか言って陸路──即ち山越えに挑み見事に遭難した。

そして、助けに来てくれた母様を見て抱き付き思わず大泣きしてしまったのは…今は懐かしい思い出。

うん、我ながら無茶苦茶な子供だったわよね〜。


──と、それは置いといて要するに、交州には海路で行く以外に無いという事。

つまり船が必要になる訳。

勿論、呉郡や会稽郡の街に港は有るし船も有る。

だけどね、それらは何れも商船である場合が殆んど。

水上戦──船戦をする事は殆んど無い事が理由。


本の一年程前までだったらこの辺りにも江賊が居たし漢王朝の衰退と終焉の影響或いは、群雄割拠に伴って横行していたとしても全く不思議ではなかった。

でも現実にはそんな事にはなってはいない。

それは何故か。

約一年前、江水の流域。

この二つの要素を踏まえて判らない筈が無い。

泱州の新設、魏の建国。

そう、曹操の台頭によって江賊は瞬く間に数を減らし江水の下流域と沿岸部での安全性は飛躍的に高まった事に他ならない。


それに伴い、揚州の軍船は数を減らしている。

一隻二隻は有るでしょうが手入れの程が不安。

おまけに操船技術に関して信頼を置けるかも。


となると、一度建業に戻り以前から準備を進めていた孫家の船を出すべき。

その為には皆で戻るよりも皆には各地で待機して貰い私と祐哉だけで建業に戻り船を出して合流する。

その方が効率が良い。

運が良ければ、シャオ達も戻って来ているでしょう。

そうなれば呉郡・会稽郡の事後処理にも人員を割いて統治政策を進められる。


軍が動く度に、少なくない出費が嵩む。

それは仕方が無い事よ。

だけど、出費を抑える事は出来無い訳ではない。

ある意味、軍師にとっての一番の仕事は少ない資金で如何に成果を出せるか。

そう言っても間違いない。

まあ、常道である“敵より多くの兵を以て当たる”は豊富な資金を持ってないと中々出来無い。

地位や権力に物を言わせて徴兵する事も出来るけど、それは馬鹿の遣る事。

民にとって徴兵とは絶望。

より致死率の高い戦場へと確実に近付くのだから。

当然、その家族などからは恨みや反感を向けられる。

だから、安易に徴兵すれば民からの支持は確実に減り信頼を失ってしまう。

そうならない為にも無駄な出費は省く必要が有る。





「──とまあ、そういう訳なのよね〜」



そう私の考えを言うと額を右手で押さえながら俯いた詠が深い溜め息を吐く。

その側に居る雛里と亞莎は苦笑を浮かべていた。


まあ、気持ちは判るわ。

私も詠達に“其方で合流、待ってて頂戴ね”と簡単な伝言を託した早馬を出して建業に向かったから詳しい説明は伝令役の兵には何も話してはいない。

伝言を普通に聞いたなら、“(陸路を通って)会稽郡に向かうから待っていて”と受け取るでしょう。

詠達に落ち度は無い。



「…この軍師泣かせが…」


「あはは…誉め言葉として受け取っておくわね」



“人の気も知らないで…”なんて言いた気な詠からの抗議の眼差しを受けながら苦笑しつつ、誤魔化す。

詠も無駄に追及しようとは思っていない様で、小さく息を吐くと切り替えた。



「…まあ、その方が確かに無駄を省けるわよね

説明も相談も無かった事を除けば文句は無いわよ」



…それはつまり、その点は文句が有るという事よね。

…うん、何でかしらね。

交州の件が終わったら私が泣いている光景が浮かんで来ちゃうのよね。

今の内に、何とかして詠の機嫌を直して置かないと。

でないと私のお酒が消えて行っちゃいそうだわ。

祐哉も事、お酒に関しては厳しいから頼れないし。



「──と言う訳でですね〜

交州には私と亞莎ちゃん、軍将には祭様と春蘭さん・明命ちゃんが同行する事にしますね〜

勿論、雪蓮様と祐哉さんは確定していますからね〜」



そう、私達と一緒に船にて遣って来た穏が言う。


──って、あれ?、詠は?

詠は行かないの?

それはちょっと──いえ、かなり困るんですけど。

と言うか、駄目でしょ。

此処で別れたら私の大事なお酒の行方が──



「…それが妥当な所ね

呉郡は雛里と霞、会稽郡は私と繋迦・季衣が担当…

穏、丹陽郡と豫章郡は?」


「丹陽郡は建業に小蓮様と白蓮さんが居ますから問題無いでしょうね〜

豫章郡の方は、風ちゃんと真桜ちゃんに任せましたし呉郡の方にも一応は陸路で蒲公英ちゃんに一軍を任せ出して置きましたから〜」


「賢明な判断ね

雛里と亞莎も良い?」


「はい、大丈夫です」


「が、頑張りますっ」



──嗚呼…もう今から口を挟むのは難しいわね。

さようなら、私のお酒。



「…何ぼーっとしてるのよ

しっかりしないと一ヶ月位禁酒させるわよ?」


「…しっかり遣ったら禁酒しないでくれる?」


「…っ…しっかり遣ればね

禁酒させる理由が無いなら遣らないわよ」


「さあ、皆行くわよっ!」



苦笑が浮かぶが気にしない気にならない。

今の私は遣る気の塊よ。

ちゃっちゃっと交州獲ってゆっくり楽しむわよっ。



──side out



──二月二十八日。



「──とまあ、そんな訳で孫策は荊州・揚州に続き、交州も手にする為に動いたみたいだな」


「当然と言えば当然ね」



華琳と二人、洛陽の跡地を歩きながら孫策陣営の近況報告をする。

とは言え、基本的な情報は華琳は勿論、他の面々にも普通に話している事。

華琳にしか話さいないのは主に“彼方”絡み。

未だに華琳以外は俺の事は何も知らないままだ。

まあ、俺も“天の御遣い”だって事を話しても然程は驚かないだろうけどな。

…いや、愛紗だけは複雑な心境になるか。

別に何も騙してはいないが黙ってはいるんだからな。



「何れ位掛かりそう?」


「往復で十日、滞在で三日

余裕を見て二週間だな

交州州牧の士燮は賢明だ

孫策と事を構える様な事は遣らない

抑、孫策の方も無闇矢鱈に侵攻・侵略はしない

だったら、平和的に対話で終結する可能性が高い」



余程、此方の想像・予測を超える事態が起きない限り覆る事は、先ず無い。

或いは、俺の人を見る目が間違っていた場合だな。



「…という事は、孫策達は早ければ三月の末辺りには動いてくるのかしら?」


「さて、どうだろうな…」


「あら、珍しく曖昧ね…

やはり、“災厄”の存在が未だに見えないから?」


「…まあな」



誤魔化しても見破られると最初から判っている以上は無駄な事はしない。

潔く認めるに限る。



「未だ目覚めていないか

或いは巧妙に隠れているか

それは定かじゃない…

ただ、そう遠くはないな」


「…漸く本番な訳ね」


「まあ、そういう意味だと前置きの長い話だけどな」


「それだけを見れば、ね

確かに私達に取って見れば“背負わされた”事だけど無関係では居られないわ

だから、自分で決められる権利を有しているだけでも意味は大きいもの

蹂躙されて、眺める事しか出来無いなんて御免よ

無関係な者に私達の未来を委ねる気も無いわ

私は“覇王”だもの」



そう言って不敵に笑う姿に心から頼もしく思う。


華琳となら、皆とならば、如何なる存在であろうとも敗ける事は無い。

必ず未来は勝ち取れる。




 曹操side──


孫策達の快進撃は予想した範疇の事でしかない。

それには然程も驚かない。

ただ、一点だけ。

気になる事は有る。



「それよりも雷華、孫策の暗殺未遂に関しては?

蓮華には言うのでしょ?」



飽く迄、蓮華の事を気遣う体での質問。

何と無く、率直に訊くのが躊躇われてしまう。

それは多分、未知に対する恐怖が故、なのでしょう。



「飽く迄、事実を、な

まあ、“歴史”的な符合に怖れる気持ちは判るが別に心配する事は無いからな」



そう言って笑みを浮かべて左手で私の頭を撫でながら僅かに抱き寄せる雷華。

流石と言うのも飽きる位に私の心境を見抜いてくる。

…お互い様と言えないのが少々悔しいのだけれどね。



「確かに“歴史”的に見て孫策の暗殺は後々の趨勢を大きく左右する事だ

ただ、“歴史”としてなら既に役には立たない

今の世、この群雄割拠は、既に未知の領域に入った

未だ何も定まってはいない真っ白な“時の一片”だ

仮に後々に酷似する状況が出来上がったとしても単に似ているだけ…

それは似て非なる物だ

それに、孫策の暗殺自体は劉表の事を考慮していれば十分に考えられた事だから別段驚く事じゃない」



その一言を聞いて納得。

態々、冥琳を遣いに使って華佗に手渡した秘薬。

それは万が一の時、孫策を退場させない様にする為に打っていた一手。

結果的には小野寺が孫策を庇い毒を受けたのだけど、孫策が助かる予定には全く問題は無い。

まあ、私達としても二人の早期退場は避けたいしね。

本当、当然と言えば当然の結果と言えるわね。



「孫策暗殺の件に関してはそんな感じだな

蓮華達も納得するだろうし問題無いさ」


「ええ、そうでしょうね」



全く…一体、何処まで先を見ているのかしらね。

まあ、この先見が恋愛事に向いていないのは確かね。


…今更の事だけど、雷華が本気になって孫策や劉備を口説き落とせば、戦う必要なんてないまま天下統一が出来たんじゃないかしら。

そういう質ではない事は、雷華の妻である私達が一番知っている事だけど。

考えるだけは自由よね。

ああでも、孫策は兎も角、劉備は調きょ──こほん…教育が必要よね。

あの考えでは…ねぇ…。



──side out



然り気無く、華琳から出た質問には正直焦った。

出来る限り、不安を与える事が無い様に配慮しているつもりではある。

しかしだ、この我が奥様は如何せん勘が鋭い。

孫策のそれとは違う。

“女の勘”である。

それも俺に関する事に対し異常に特化された物。

最早、才能の域を超えて、チートと呼べる程。

…それは大袈裟だけどね。


実際問題、孫策暗殺未遂は確かに想定内ではある。

但し、誰が行うのかとか、誰が黒幕か、何時なのか、何処でなのか、どんな方法でなのか…と不確定要素は盛り沢山だったりした。

だからこそ、華佗に秘薬を渡していたし、黄山に有る約束の話を教えていたり、意図的に今は呉郡の辺りに居る様に仕向けていた。

ええ、勿論、隠密衆の皆の頑張りによる物です。



(こればっかりは説明する訳にはいかないからな…)



存在の肯定と否定。

イデア理論にも見える様に存在定義は現代に於いても未だに決着してはいない。

それは、ある意味で当然。

価値観は人各々異なる為、イデアの在り方も人各々に異なっている物。

だから、俺の考えの上では有り得る事も、別の誰かの考えの上では有り得ない事だったりする。

これは人が人で有る限り、決して解を得られない事の一つだと言える。

極端な事を言えば器を捨て人工知能等の電脳空間へと入ったならば、基本媒体が同条件となる為、誰しもが同じイデア上に存在すると言えなくはない。

それが正しいかは別だが。


孫策の暗殺。

それは“天の御遣い”達の影響に起因するイデア。

内容は“辻褄合わせ”的な意味も含まれてはいるが、認識しているが故に起きた事だと思う。

人々の有無や性別違い等は“そういう世界なんだ”と慣れてしまえば、基本的に享受状態になる。

それは俺自身にも言える。

しかし、孫策の暗殺。

それは意識しない事の方が難しいのが現実。

孫堅の死去・孫権の不在。

孫呉の興りを知っていれば孫策の生死が既知の未来を左右すると判るが故に。


勿論、必ずしも全てが俺の考え通りとは限らない。

ただ、今回の件に関しては思う所が有った。

ただそれだけの話だ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ