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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
486/915

        陸


厳虎と対峙し睨み合う中、自陣の方から上がる声。

私を呼ぶ皆の声が有り──次いで聞こえる指示の声。

背後から響く地鳴り。

振り返る必要など無い。

敵軍が動いた。

その事実に小さく舌打ち。

全てが後手後手になる事に苛立ちを禁じ得ない。


普通、舌戦の最中に攻撃や進軍は行わない。

それが一つの礼儀。

しかし、今回は違う。

主君自身が戦いの礼儀など無視する輩だ。

そうなる事も無理は無い。

誰かの責任・失態と言えば簡単なのでしょうけど。

これは流石に読めない。

厳虎を本当に理解している者でなければ判らない。


ただ、戦争とは“そういう物なんだ”と思い込む程に定着していたが故に生じた穴だとも言える。



「──っ!」



そして頭上を通過してゆく幾つもの風切り音。

反射に身体が強張る。

そんな私の視界の中、空に流れる黒い筋の波。

それは矢の雨だった。


矢の向かう先──降り注ぐ場所が何処なのか。

態々確認するまでも無い。

それを立証する様に上がる自軍からの叫声。

しかし、この程度の事なら対応が出来無い様な軟弱な臣兵ではない。

故に過度な心配はしない。


だが、不安は募る。

此方へと近付く地鳴りは、一瞬毎に大きくなる。

動けない私の心中を他所に刻々と状況は変化する。


そして瞬く間に、私の直ぐ背後にまで迫って来て──私達を避ける様に、二つに割れながら通り過ぎる。


驚く私の事を見据えながら厳虎は口角を上げる。



「この闘いを邪魔する様な無粋な真似はさせん

儂が仕掛けた時点で敵軍に攻撃を開始する様にと予め命じてはいたが…

まあ、そんな事は戦ならば当然の事だろう?」


「…それだったら最初から私との一騎打ちにしてれば良かったんじゃないの?」


「ククッ…クカカカッ!

それでは“戦”に成らん!

戦に善悪など無い!

それは勝者が定める事!

勝者だけに許された傲慢!

貴様の家臣を助けたくば、無意味な戦を止めたくば、この儂を討ち倒す事だっ!

さあっ、掛かって来いっ!

力を以て己を示せっ!!」



──本当に厄介な相手だ。

この男は何処までも戦人で武人で──闘者だ。

戦いに、戦う事に、何一つ自分以外の理由を持たず、言い訳すらしない。

ただただ戦に対して愚直。

清々しいまでに、愚直。



(…ったく、何なのよ…

本当、調子が狂うわね…)



厳虎は英雄の器ではない。

だが、紛れも無く本物。

本物の、敬意を払うべき、生粋の戦人だ。


小さく深呼吸し、思考から余計な事を消し去る。

ただ愚直なまでに目の前の闘いに集中する。



「“紅虎”の児、孫伯符、押して参るっ!」



今はただ、全身全霊を以て愚直で真剣な刃に応える。




劉鷂と比べれば雲泥の差。

今まで見てきた男達の中で厳虎は五指に入る傑物。

頂点は不動だが。


厳虎の言った通り、私達の一騎打ちを邪魔する敵兵は一人として居なかった。

寧ろ、邪魔をし掛けたのは此方の臣兵だったし。

だからと言ってその者達が悪い訳ではない。

ちょっと、場の“空気”が読めなかったというだけ。

若干の気不味さは有ったが闘志を殺ぐには至らない。



「──という所ですね〜」


「…そう、それじゃ、穏

負傷者の手当てを最優先

元気な者には移動の準備を急がせて頂戴」


「了解しました〜♪」



戦闘結果の報告を受けて、簡単に指示を出す。

流石に今夜の野営は心身に堪えるだろう。

呉県の街までは一刻程。

もう一踏ん張りして貰ってゆっくりと休みたい。


戦いは激闘と成った。

短期決戦だったとは言え、それは厳虎側が守る意識が全く無かったから。

あの主にして、臣兵有り。

主君同士の一騎打ち。

軍将同士の一騎打ち。

軍師の指揮下で激突し合う両軍の兵士達。

常識的な礼儀など無視した開戦になったかと思えば、その実、蓋を開けてみれば愚直な程の真っ向勝負。

各々の一騎打ちには決して手を出さぬ徹底振り。

まるで“死に様を”穢さぬ様に敬意を払っている。

そう感じさせられた程だ。

…いえ、事実でしょうね。

諦めていた訳ではない。

自棄になった訳ではない。

ただ、命を懸けるからこそ悔いの無い戦いをする。

そんな主君の生き様に。

その為だけに、彼の臣兵は命を捧げて仕えた。


そして、厳虎の言葉通り。

私が勝ったと共に。

戦いは終幕を迎えた。

それはもう、いっそ私達も感心してしまう程に見事な引き際だった。

軍将同士の戦いは、何れも既に決着済み。

此方の全勝では有ったけど全くの無傷ではなかった。

ただ、敵軍将は皆死亡。

仕方が無いとは言え惜しい人材だった事は確か。

対して、軍師陣で生存する者は皆大人しく投降。

勿論、兵士達も。

それもまた厳虎の命令。

…本当、食えない男だわ。


此方の方は将師・文武官に死者は出なかったけれど、兵の死者は少なくない。

それでも、必要以上に命を無闇に犠牲とする事無く、終結した事に納得する。


納得した所で、進軍の為に皆の所に向け踵を返す。



「──策殿おおぉーっ!!」


「──っ!?」



祭の声が響いた直後。

衝撃が走り、私の視界内に赫い花弁が舞った。



──side out



 Extra side──

  /小野寺


“原作”をプレイしたなら一度は考えると思う事。


…呉の死亡率、高ぇよ…。


実際、作中で死亡するのは全て呉の関係者だけ。

他の陣営に死者は出ない。

唯一、夏侯惇の隻眼のみが回避不可能イベントとして存在している位だ。

死ぬはずの董卓が救われ、袁紹・袁術ですら全ルート共通で生きているのに。

何故か、呉の者が死ぬ。

具体的には、孫策・周瑜・黄蓋の三人だけだが。

人数の問題ではない。


孫策・周瑜は呉ルートで。

黄蓋は魏ルートで。

そして何故か誰も死なない意味不明な蜀ルート。

幾ら主格意志である劉備の理想を反映している為でも無理矢理過ぎる。

寧ろ、蜀ルートこそが一番死亡率高い筈なのに。

史実の劉備って屑だよ?

と言うか、各ルートを見て同じ北郷一刀じゃないって思えないよね。

あれ、全員別人でしょ。

そうじゃなきゃ、魏ルート同様に呉の悲劇だって回避出来てる筈だしね。

…いや、今は関係無いか。

それらの件は忘れよう。


今の自分の様に“原作”の知識を持った者が関わり、全員生存させる事を目的に動くのであれば魏ルートが一番理想的だと思う。

但し、如何にして曹操から信頼を得られるか。

そして、早期段階で曹操の意識改革が出来るか。

それが最大の焦点。


呉ルートは不確定な要素が多い事が不安だな。

早々に袁術の元を去って、曹操に取り入る方が色々と可能性が有るとは思う。

少なくとも死亡率は大きく下げられる筈。


もし、自分が蜀ルートなら劉備を説得・改心させて、曹操か孫策の麾下に入る。

劉備が劉備のまま動く限り現実的に見れば犠牲が出る事しか想像出来無い。

あんな御都合主義のままに事が運ぶ訳が無い。

現実を舐めんなっての。


袁紹・袁術は厳しい。

少なくとも、数年前からのスタートなら可能性も出て来るとは思うけど。

董卓軍ルートは魏ルートと似た様な課題かな。

洛陽行きを如何に回避する事が出来るかが全て。

西涼──馬一族ルートだと天下統一は険しい道程。

董卓軍や劉備陣営や孫家を取り込めれば…かな。

益州ルートも如何に将師を早期に増やせるか、だな。

それさえ出来れば可能性は高くなると思う。

…公孫賛?、かなり厳しい──と言うか無理ゲー。

だって、ソロプレイだし。

あれって絶対虐めだよね?

弄られキャラだけどさ。

まあ、趙雲や劉備達を取り込めれば可能性も出るけど公孫賛が王って…うん。

想像出来無いな。

良いお嫁さんには成れると言い切れるんだけどね〜。




とまあ、此方に来てからは色々考えた訳です。

特に自分が呉ルートだからというのが大きいかな。

今はただ、普通に皆の事を死なせたくないだけ。

それだけが理由だ。


で、具体的にどうするか。

先ず、考えるべきは死因。

対象の死因は主に二つ。

孫策と黄蓋の戦死。

周瑜の病死。

現実問題として宅に周瑜は存在していない為、除外。

今回は考えない。

と言うか、病死に関しては華佗に頼む以外の方法とか思い付かないし。

ただ、その華佗も氣を使う治療法じゃないらしいから病死は回避が困難だろう。

だから気にし過ぎない様に健康に気を付ける。

それしか無さそうだから。


懸念すべきは戦死組。

時期的には群雄割拠に入り独立して間も無く、曹魏が攻め込んで来た事を利用し許貢の残党が単独行動して孫策を暗殺する。

黄蓋は赤壁の戦いで。


但し、現実的に考えて今の曹魏の侵略や赤壁の戦いは有無が微妙だと思う。

前者は殆んど無い筈。

起きたとすれば此方の方に過失か失態が有る場合か、或いは第三者の策略。

…まあ、曹魏が引っ掛かる気はしないけど。


可能性という点で言うなら赤壁の戦いは有り得る。

とは言うものの、当然だが曹魏からの侵略に対しての物でもなければ、宅からの仕掛けに因る物でもない。

魏・呉・蜀の成立。

それにより生じる事になる所謂パワーバランスの為に呉蜀同盟が成った場合には起きる可能性が高い。

まあ、そうは言っても現在呉の領内である赤壁を態々戦場にする必要は無い。

宅には積極的に曹魏と戦う──敵対する理由が無い。

だから、理由が有るだろう蜀の領内で戦う方向に事を持っていけば良い。

蜀側が拒否すれば同盟自体白紙にして戦うだけ。

曹魏を相手にするよりかは遥かに勝率が高い筈だし。


抑、関羽を引き抜かれて、董卓・呂布・賈駆も居らず鳳統・公孫賛・馬岱も不在という状況。

蒲公英の話だと馬超だって居るとは思えない。

居たら隠す余裕なんて無い劉備達の陣営に居る筈だ。

つまり、戦力的に見た場合“原作”よりも弱い訳だ。


逆に宅は人材が多い。

孫権・周瑜・甘寧と主力を失ってはいるが、補って尚加算される戦力が有る。

はっきり言って蜀相手には負ける気がしないし。

…まだ蜀じゃないし。


ただ、曹魏の真意が未だに不明瞭なので皆も思う様に“一度は”戦う事になる。

その可能性も高いと思う。




そういう諸々の事情を考え状況の回避は可能。

また、春蘭の隻眼回避にて魏ルートの一刀君みたいな頭痛症状も無し。

多分、大丈夫…な筈。


黄蓋──祭さんに関しては現状での死亡率は低い様に思っている。

あれは偏に“天の御遣い”という存在の強調の為。

史実に重点を置いていない構成である以上、キャラの死亡は実際には不必要。

呉ルートの場合は一刀君や孫権達への覚悟を問う為、意志を引き継がせる為。

その為の演出だと思う。

だから本来は無くても良い死亡だと言える。


勿論、現実として見るなら戦場という死の蔓延る場に立つ以上、群雄割拠の世に御旗と意志を掲げる以上、戦死は常に起こり得る事に間違いは無い。

しかし、それ故に回避する事は不可能ではない。


現実的に考えた時。

孫策──雪蓮の死亡だけは可能性が低く成らない。

それは孫権が不在となり、雪蓮の当主としての立場や影響力が増しているから。

今や呉王の地位も目前。

暗殺という言葉が日に日に這い寄って来る。

そんな気がしている。


雪蓮が死ねば呉は終わる。

シャオでは孫家の当主にはなれても、群雄割拠の世で孫呉を導く事は出来無い。

この世界に来てから色々な人物を目にしてきた。

その経験が言っている。

シャオに王の才器は無い。

孫権の“代役”は不可能。

だから、孫呉が孫呉として群雄割拠を生き残り存在し続ける為には絶対に雪蓮は必要不可欠だ。


その雪蓮を護る為になら、俺一人の命で済むのなら、こんなに楽な計算は無い。

だから──



「──っ!?、祐哉っ!?」



その時、何一つ迷う事も、躊躇う事も無く、動く事が出来た。

投降した厳虎の兵達の中、不自然な動きをする数人が目に付き、その視線の先を追い──声も出さずに。


寸での所で俺は雪蓮を突き飛ばし、矢を身体で遮り、護る事が出来た。

疲弊したフラフラの身体が内側から焼かれる様に──煮え滾る様に熱くなる。

傍から聞こえる筈の雪蓮の声が意識と共に遠ざかる。




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