参
陳武達三人と同じ様に敵の軍将と対峙する者が一人。
動きを妨げない様に最低限必要な部分にだけ、防具を身に付けて槍を片手に持ち戦場に立つ男。
それに対するは乍融。
柄の悪い官軍崩れの典型を表す様な長身の男。
対峙する者よりも頭一つ分程度は高い。
手にする得物は戦斧。
繋迦の扱う物と比べて刃が厚く大きな事から、一撃の威力重視の造りだろう。
その分、重量が嵩むな。
「おいおいおいおい…
勘弁してくれってんだよ…
何だよ、このヒョロっこい枯れ枝みたいな奴は…
糞がっ…俺が貧乏籤かよ」
対峙する乍融が落胆を見せ苛立ちを隠そうともせずに晒しているのを見て自分も納得してまうから困る。
いや、実力云々ではなく。
一見して強者や武人の持つ“覇気”が無いのだ。
容姿や格好は兎も角として対峙する相手に覇気が無いというのは曲がりなりにも一武人を自称する程度には誇りや意識を持っている者であったならば落胆しても何も可笑しくはない。
もし、自分が乍融の立場で相対していたなら同じ様に感じ、思った事だろう。
知らぬが故に、な。
「ヒョロっこいって事には反論し難いんだけど…
貧乏籤かどうかは、実際に遣ってみないと判らないと思うけどな…
それとも…臆したのか?」
「──あぁん?」
易い──実に安い挑発。
普通の──一角の真っ当な武人であれば気にする所か面白がって笑う。
或いは、その気概を認め、気に入るかもしれない。
だが、そうはならない。
短絡的で単純、直情的で、自尊心が強い“ガキ大将”的な気性をしている者には実に効果覿面。
現に、乍融は挑発に乗り、額に青筋を浮かべている。
その様子を見ると、自然に口角が上がる。
思えば初めて手合わせした時には新兵達よりも弱く、少々困りもした。
しかし、愚痴を吐きながら弱音は吐きはしない。
決して努力を絶やさずに、日々頑張って来た。
その事をよく知っている。
(自ら言い出した事だとは言っても中々どうして…
“様”になっておるのぉ)
董襲・蒋欽・陳武と自身。
その四人で敵軍将の陳横・張英・薛礼・乍融を討つ。
一人一殺。
言葉にすれば単純な事だが実際に遣るとなれば簡単な事ではない。
陳武達三人は兎も角として彼奴は基本的に、人を殺す事に対して抵抗が強い。
故に戦場では軍師としての立ち位置になっていた。
そんな者が自ら決意した。
初めて“己の意志”で槍を手にして戦場に立つ。
それを喜ばぬ訳が無い。
その者の名は小野寺祐哉。
“天の御遣い”ではない。
一人の人間、孫呉の武人。
我等が認めし男。
さあ、存分に天下に示せ。
己が意志と生き様を。
──side out
Extra side──
/小野寺
ずっと、考えていた。
“このままで良いのか?”
そう何度、心の中で訊ね、答えが出ないまま時だけが過ぎ去って行っただろう。
でも、漸く、決意した。
それは多分、自分の中でも自信が芽生えたから。
あれは何時だったか。
春蘭に言った言葉。
“全てを、なんて言わない
ただ、自分が守りたい人を守れるように”…と。
強くなる、そう誓って。
黄巾の乱の時には其処まで考える余裕が無かった。
ただ必死だったから。
反董卓連合の時には春蘭を守る事が出来たし、詠達も董卓軍の兵も無事に済んで本当に良かったと思う。
董卓軍関連は曹魏による事なんだけどさ。
兎に角、春蘭の失明を回避出来た事が嬉しかった。
自分が怪我して雪蓮達から怒られはしたけど。
少しは“強くなれた”って思えたから。
けど、人間って生き物は、本当に欲が深い存在だって熟思い知らされた。
祭さん達を相手にしながら槍を手に鍛え続けて来た。
それには憧憬が含まれている事は否定する事は出来無い。
心の何処かでは、男らしく格好良く戦いたい。
そんな気持ちが有ったのは確かなんだと思う。
実際、真桜や蒲公英に勝つ事が出来た時は嬉しかった訳だからね。
…まあ、祭さんや霞には、ボコボコにされたけど。
それでも成長は実感出来て楽しかった。
ただ、それでいいのか。
一人になると考えていた。
何の為に強くなるのか。
春蘭に言った言葉には今も何の変わりも無い。
だけど、その対象が前より多くなっているだけで。
将師の事だけじゃない。
日々、生活をしている中で出逢う沢山の人達。
その人達が雪蓮の言う様に心から笑える世の中に。
そうしたいと強く思う。
そして、その為には戦って命を奪う必要が有る。
その必要性と覚悟を。
此処に来て漸くだ。
示す、そう決意した。
初めて一人を殺した時。
結局は、あの一度のみ。
ただ必死だっただけで何の覚悟も無かった。
だから、恐かった。
ずっと、避けてきた事。
皆にも気を遣わせた事。
それも今日此処で終わり。
雪蓮が言った様に。
“俺達の孫呉”を築いて、繋げて行く為に。
刃を手にし、血に染める。
その決意を以て、陳武達と共に敵軍将と対峙する事を自ら提案した。
負ける訳にはいかない。
退く訳にはいかない。
己が身に背負う存在の為に立ち向かい、必ず勝つ。
──side out
孫策side──
祐哉は英傑の器ではない。
確かに機知・機転は利くが安定感が無い。
祐哉曰く“一発屋”という部類の者だろうとの事。
説明を聞けば成る程と思い納得出来てしまった。
とは言うものの祐哉自身が正しく一発屋ではない事は私達が一番知っている。
だから祐哉への信頼等には全く影響は無い。
そんな祐哉なんだけど…
本人に当初にも言った様に武人の資質は低い。
勿論、全く無い訳ではなく私達と比べては、の話。
そう、私達と、だ。
はっきりと言ってしまえば世の男の中で私達を越える武人など先ず居ない。
唯一例外として一部の者が認識している高順。
彼一人位でしょうね。
で、世の男達が実力的にはどの程度なのか。
そう聞かれれば、千人長級辺りが妥当な所。
勿論、一般的に見て。
漢王朝末期の要職に男達が多かったのは単に一時的に才器有る女性が少なかった事が大きな理由。
或いは、其処までの野心や大望を抱いては居なかった為でしょうね。
故に、世の男女の印象とは“男の方が強い”という物になってしまっていた。
勿論、全てが全てではなく実際に時代の英雄と呼ぶに相応しい男も長い歴史には存在していたでしょう。
私は会った事が無いから、飽く迄も可能性の話。
今に伝え聞く歴史や史実が必ずしも真実である等とは思ってはいない。
権力や権威の為に、真実を隠蔽・歪曲・捏造する事は珍しくないのだから。
まあ、それは兎も角。
現実的に見れば宅にだって稀な男の武人も居る。
例えば、白蓮の彼氏である紳だったり、今祐哉の策で戦っている陳武達。
彼等は間違い無く貴重。
軍将に、とは言えないけど副将辺りなら出来る筈。
ああいえ、実力を無視して任命さえすれば誰にだって出来る事なんだけどね。
彼等の様に僅かでは有るが頭一つ抜ける者も居る。
しかし、時代なのか。
彼等を凌ぐ実力を持つ女が多々居る事も確か。
実際に宅の要職に就く者も凡そ七割が女性。
残りの三割の内、古参組や縁者を除いては極僅かしか新規の登用は居ない。
しかも大半が文官。
武官は本当に少ない。
そんな彼等と比較をしても祐哉は決して劣らない。
ただ、見劣りはする。
何せ覇気が無いから。
しかし、実力的には私達も認める程に成長した。
地道に続けた努力の甲斐が有ってだ。
その事は私達──いいえ、私個人として誇らしい。
その努力を知るが故に。
ただ、だからと言って私は祐哉を前線に立たせ様とは思っては居なかった。
寧ろ、その逆ね。
出来る限り遠ざけていた。
戦場に臨む事。
それは仕方が無い。
私だけでなく、皆が祐哉を信頼しているのだから。
その存在の有無だけでさえ士気が違うと言える。
特にあの、祐哉にとっては初陣となった賊徒討伐。
あの時参加していた武官や兵達は祐哉に対し、私達と変わらぬ信頼を寄せる。
普段の対応、という点では私達よりも砕けて気さくに接しても居るしね。
居てくれるだけで私達の、皆の支えに成ってくれる。
しかし、逆に言えば祐哉に何か遇ったとしたら私達は動揺を禁じ得ない。
感情を御し切れない。
だからこそ、前線に立たせ戦わせる事は避けた。
勿論、祐哉が槍を手にして戦う姿を見れば、軍全体の士気は確実に向上する。
それを判ってはいても。
利害を比べ、及ぼす影響の良し悪しを冷静に考えれば祐哉には後方で穏達と共に指揮を任せるべき。
そう判断していたから。
そんな祐哉自身から私達に出された提案。
祐哉自身の前線への参加。
祐哉に呼ばれ、策を聞いた陳武達は嬉しさに笑い合い士気を高めた。
嬉しい気持ちは確かに有り私も賛成したかった。
けれど、簡単に決断出来る案件ではない。
抑、私自身の失態によって生まれた状況。
それを打開する為とは言え祐哉を前線に立たせる事は許容出来無かった。
ただ、相談するべき穏達は此処には居ない訳で。
唯一、私の苦悩を理解して意見をくれそうな祭の方に顔を向けてみれば──既に覚悟を決めていた。
“何を言っても無駄じゃな
祐哉の決意は揺るがん”と重なった視線が語る。
…判ってはいた。
祐哉の眼差しを見た時。
これは無理だと。
止められないと。
何より──誰よりも私が、そんな祐哉を見てみたい。
そう思ってしまったから。
そして、了承した。
その効果は抜群だった。
飛躍的に向上した士気。
それは私達の様に突出した才器に恵まれた者ではなく絶ゆ間ぬ努力で己を鍛え、培った祐哉だからこそ。
ある意味では運命よね。
何故なら、奇しくも祐哉の選んだ行動。
その覚悟と決意の姿。
それは“孫家の当主”たる者が示し続けた在り方。
自ら先陣の先頭を駆け抜け敵を討ち倒すべく刃を手に勇を以て戦に奮う。
ずっと私が見せてきた姿を祐哉に見せられる。
不謹慎にも胸が高鳴る。
そして、気付く。
きっと今の自分は恋をする少女の様な眼差しをして、彼を見ているのだと。
恥ずかしいけれど…ええ、悪くはないわね。
甘く痺れる様な高揚感に、心身を委ねるのも。
──side out
Extra side──
/小野寺
「…上等じゃねえか
くたばりな!、小僧っ!」
挑発に乗ってくれたらしく乍融は手に持つ得物である戦斧を右手だけで振り上げ──俺の頭だけを目掛けて真っ直ぐに降り下ろす。
それは、以前の俺だったら見ている事しか出来ずに、真っ二つにされていた。
そう自信を持って言える。
…変な自信だけど。
けど、今は違う。
乍融の動きが、はっきりと見えている。
繋迦と比べれば雲泥の差。
馬鹿みたいに巨大な戦斧。
確かに威力は高いだろう。
しかし、どんなに高い威力だったとしても当たりさえしなければ無意味。
そう、雪蓮や春蘭・繋迦の手加減の無い一撃を受ける事を考えれば、怖い事など全く無い。
……すみません、嘘です。
当たったら痛いで済まないだろうから怖いです。
だから──避けます。
「──っ!?」
ヒョイッ…と身体一つ分、右側に軽く飛んで躱す。
ズザンッ!、と音を立て、その巨大さ故の重量の為に地面に深く減り込む戦斧。
加えて見下しているが故に予想外の事態に驚き思考が停止して反応が遅れる。
乍融のがら空きで無防備な左側から、前に踏み込んで槍を突き出す。
意外と大きい鎧の隙間。
其処を目掛けて。
入った、と確信する。
ズグンッ!、と実際に槍の刃先から伝わる、肉を突き刺した独特の感触。
それに対する嫌悪感は今も無くなってはいない。
だけど、一々心を乱す様な事にはならない。
流石に人を殺して慣れた、という訳ではない。
先ずは魚から始め、山鳥や兎、鹿に猪…と、少しずつ狩りをして慣れた。
“人だから”という意識は消えてはいない。
しかし、命を奪う行為には躊躇う事はしない。
その覚悟を持てた。
だから、死に逝く乍融から視線を逸らす事無く。
その苦痛に歪んでいる顔を真っ直ぐに見ていた。




