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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
470/915

         拾


部屋を出ると、侍女の人に案内されて城内を進む。

そして、通された一室。


応接室の様な綺麗な部屋。

だけど、物は少なく簡素で目に付くのは円卓と椅子。

それに壁際に有る小さな台位だった。


そんな部屋の中に居たのは三人の人物。

一人は壁に背を預けて腕を組んで佇む魏延さん。

ちょっと不機嫌そうなのは変わっていない。


円卓を挟む格好で置かれた二つの椅子。

その片方に座っているのはご主人様と同じ茶色い髪の二十代後半位の男性。

鶯色の瞳とキリッ!とした目付きは“出来る男”って印象を与える。

多分、この人が劉璋さん。

そう直感的に感じる。


その脇に佇む黒髪・黒目の劉璋さんよりは少し歳上の感じがする男性。

恐らくは側近の王累さん。

優し気な目元なんだけど、何故か厳しそうな雰囲気を感じてしまい少し怖い。

…何だか怒られそうで。

何もしてないんだけどね。


朱里ちゃん達の姿は無いし私だけが通された。

その事実は否応無しに私を緊張させる。

だって、頼れる人が一人も居ないのだから。



(──って、駄目駄目!

頼るのは良いけど甘えてるばっかりは絶対に駄目!

私だって頑張らないと!)



直ぐに顔を出す弱気を制し気合いを入れる。

特に今回の場合。

誰よりも、何よりも。

私自身の意思を、言葉を、想いを伝える事が大切。

それが全てだって言っても過言ではないと思う。

だから、しっかりする。

これは私の役目だから。



「どうぞ、お掛け下さい」


「し、失礼します…」



その王累さんらしき男性に促されて空いている椅子に近付いて、座る。

…緊張してしまう事だけはどうしようもないと胸中で割り切ってしまう。

そうじゃないと後々の事に色々と響くと思うから。


席に着いたのと同時に私の目の前に出される茶杯。

緊張からか喉も唇も口内も乾いてしまっているから、物凄く助かる。

“ありがとうございます”と返しながら両手で茶杯を取って口元へと運ぶ。



(──あっ…この匂い…)



その瞬間、鼻腔を擽る香に昨日の厳顔さんとの会話が脳裏に甦った。

刹那、理解する。


たった一杯のお茶。

だけど、この小さな茶杯の中には真実が有る。

そして、きっと厳顔さんは私に教えてくれたんだと。


もしも、厳顔さんの部屋であのお茶を飲み、話をしていなかったら。

私は絶対に気付かなかった事を断言出来る。

良くて、厳顔さんの時での自分の反応だと思う。

それ以上を感じ取る事は、先ず不可能だろう。


どうして、お茶の事を私に教えてくれたのか。

その辺の厳顔さんの真意は判らないけれど、一つだけ確かな事が有る。

そのお陰で、私は目の前の劉璋さんの心の根底に有る想いに気付けた事が。





「アレは産まれる時代さえ違っていたなら今より高く評価されていただろうな

乱世の時代には向かん

性根が優し過ぎるからな

だが、人一倍益州の民達の幸福を願ってもおる…

アレはな、そういう奴だ」



──そう、厳顔さんは私に言っていた。

確かに、その通りみたい。

簡単に、それだけしか私に教えてくれなかったけど、それ以上の事を本当は私に教えてくれていた。

その事に改めて感謝する。


一口、そのお茶を飲むと、茶杯を置いて、小さく息を吐いたら真っ直ぐに正面に座る劉璋さんを見詰める。



「心身を“暖めてくれる”お茶ですね

初めまして、私は劉玄徳

今現在、祥阿郡と健為郡を統治する立場に有ります」



毅然とした態度──なのか自分では判らない。

けど、今此処で動揺したり慌てたりは出来無い。

だから、劉璋さんだけに、全神経を集中させる。


本当は立ち会う王累さんや魏延さんの様子も把握して考慮するべきなんだろうと私も判ってはいる。

だけど、そんな器用な事を自分が出来無いという事も誰よりも判っている。

だから、今は兎に角全力で劉璋さんと向き合う。

それしか出来無い。


そのお陰、というべきか。

私の最初の一言を聞いて、劉璋さんの目が本の僅かに見開かれた事が判った。

…多分、先程の私の反応が予想外だったんだと思う。

ただ断言し切れない辺りが私の未熟さだとも思う。



「私は益州を治める州牧の地位に有る劉季玉だ

劉備殿、良く来てくれた

私の申し出に応じてくれた事を先ずは感謝する」


「いえ、本当なら私の方がそうするべきでした…

寧ろ、貴男の申し出により無闇に戦いを起こす事無く話し合える機会を得られた事に感謝しています

本当に民の事を思えばこそ民が犠牲とならない様に…

だから、劉璋さん、本当にありがとうございます」



そう言って頭を下げる。

別に他意は無い。

巧みに交渉が出来るなんて微塵も思っていない。

変に考えて喋ろうとすれば私は伝えたい事さえ正面に伝えられないと思う。

だから、こうしようと私は最初から決めていた。

馬鹿馬鹿しくてもいい。

呆れられても構わない。

ただ、この件で後悔だけはしたくないから。

私は私らしく、思うままを真っ直ぐに伝えようと。


…朱里ちゃん達にも内緒で決めてた事だから、本当は不安も有った。

だけど、この状況のお陰で思い切る事が出来た。




私はゆっくりと頭を上げて劉璋さんと向き合う。

──と、何故か劉璋さんは小さく溜め息を吐いた。



「気を悪くさせるつもりは無いのだが…率直に言う

お前、馬鹿だろ?」


「…………へ?、ええっ!?

ちょっ、劉璋さんっ!?」



いきなり“馬鹿”扱いされ驚いて──戸惑う。

まさか、そんな言葉を面と向かって言われるとは全然考えても居なかった。

それだけに、どう返す方が良いのかも判断出来無くて兎に角、焦った。


そんな私には構わないで、目の前の劉璋さんは椅子に深く背を預けて姿勢を取り先程までの真面目な印象をあっさりと崩した。



「厳顔が統治権を譲る程の人物なら頭も相当切れると思って構えていたが…

まさか、こんなのだとは…

予想外も甚だしいな…」



──“こんなの”っ!?

私“こんなの”って言われちゃったのっ!?

そ、そりゃあ、私だって?

自分がそんなに凄いだとは思ってないけど…。

でも、幾ら何でも初対面で“こんなの”は酷いよ…。

せめて、馬鹿の方が増し…あうぅ〜…ご主人様ぁ〜…心が痛いよぉ〜…ぐすん。



「だがまあ、成る程な…

こんな馬鹿だからこそ、か

厳顔の奴も趣味が悪いな」


「そう言う貴男も偉そうに他人の事を言える立場とは思えませんが?」


「いや、一応州牧だろ?」


「ええ、一応、ですがね」



私が一人で沈んでいる間に目の前では宛ら漫才の様な掛け合いが行われる。

その声に、その雰囲気に、自然と落ち込んでいた筈の気持ちは元気付けられる。


俯いていた顔を上げると、劉璋さん達の視線が私へと真っ直ぐに向けられた。

…うぅっ、何だか物凄〜く恥ずかしいんですけど。



「なあ、劉備、一つだけだ

一つだけ、答えろ

お前は“背負える”か?」


「──っ!!」



直前までの気の緩み切った雰囲気から一転。

冗談の介在する余地の無い真剣な眼差しで劉璋さんは私に問う。

その視線は合わせたまま、しっかりと考える。

その上で、口を開く。



「…私は自分の理想を掲げ実現する為に歩んでいます

でも、それは簡単に出来る事ではなくて、沢山の人が志半ばで倒れました…

正直に言えば、投げ出して逃げたくもなりました

だけど、そうしてしまった瞬間に倒れて逝った人達が無意味な“犠牲”になってしまうから…

だから、出来ません

私は進み続ける事でしか、応えられないから…

だから、どんなに苦しくて辛くても──背負います

理想を実現出来る日まで」




──side out



 魏延side──


結局、私は何だったのか。

桔梗様には自分の代わりに立ち会う様に言われた。

だが、実際には話し合いも碌に行われる事も無くて、グダグダのまま気付いたら劉備に州牧の地位を譲ると劉璋が決めていた。

…いや、本当に何なんだ。

訳が判らない。



「あ〜…魏延?、そんなに顰めっ面をしてたら折角の美人が台無しだぞ?」


「別にそれで構いません

私は男に媚びるつもりなど毛頭も有りませんので」


「あ、うん…そっか…」



どうでもいい事を口にする劉璋にはっきりと答えて、私は劉璋からの桔梗様宛の書状を受け取る──って、おい、何で引っ込める。

さっさと渡せ。

そう言いたいが、桔梗様の代理という今の立場だ。

迂闊な言動は桔梗様の顔に泥を塗る事になる。

なので、口には出せない為睨み付ける事で示す。


すると、劉璋は苦笑。

…この男、本当に噂通りのお人好しの無能か?

私の睨みや威圧を受けても顔色一つ変えないとは。

…いや、それを感じない程無能なのだろうな。

そうでなければ今頃益州は劉備の付け入れる隙の無い状態だった筈だ。

桔梗様が居るからな。



「書状を渡す前に、一つ

お前に訊きたいんだが…」


「………何でしょうか?」



取り合いたくはなかったが話さなければ進まない様な気がして諦めた。

全く、面倒な事だ。



「お前から見た今の益州はどんな風に映っている?」



訳の判らない質問だった。

いや、意味は判る。

だが、意図が判らない。

何故、私に対して、そんな質問をするのか。


しかし、答えなければ話が進まないだろう。

適当に答えてもいいのだが…仕方が無い。

面倒だが、真面目に考えて答える事にしよう。



「…漢王朝と同じです

既に益州と呼べる場所は、この世には存在しません

今、私の目に映るのは単に名ばかりの紛い物…いえ、抜け殻と言うべき物です」



(ひと)が変われば変わる事は必然だろう。

曾ての──幼き日に見た、私の知る故郷(えきしゅう)は既に存在しない。

それはもう、記憶の中。

遠い過去にしか存在しない幻想郷(おもいで)だ。



「…そうか、ありがとう

厳顔に宜しく伝えてくれ」


「判りました」



私は書状を受け取り劉璋の執務室を後にした。



──side out



──十二月三十日。


大晦日を前に私邸も城内も大掃除の真っ最中。

一年の“穢れ”を落として新たな気持ちで新年を迎え頑張ろうという事で。


…まあ、別に普段頑張ろうという気が無い訳ではない事だけは言って置こう。



「…天の時なのかしら?、それとも人の和?」


「あ〜…そうだな〜…

地の利…と言うか運だな」



そう言ったら何とも言えぬ複雑そうな顔をする華琳。

頭に三角巾を着けて右手に叩きを持った格好で部屋の入り口から此方を見ている姿を見て思う。

“家政婦・曹孟徳は見た”──うん、何でだろう。

即日解決する名探偵さんの姿しか思い浮かばない。

しかも、超ドヤ顔の。

なのに、綺麗で可愛いから質が悪い。

…ちくせう。



「しかし、運だけで益州の実権を手にするというのは中々に信じ難いですね…」



そう言うのは華琳と同様の格好をして室内の天井から埃を落としている愛紗。

以前は抱いていた過去への後ろめたさは消えており、劉備達の話題が出て来ても気にしなくなった。

うん、良かった良かった。



「でもまあ、単に運だけで駆け上がれる程に今の世は温い時代じゃない

そういう意味で言うなら、“一度の幸運”は有っても不思議じゃないだろ?」


「…その“一度の幸運”も介在させない貴男の力量は一体何なのよ?」


「全くです…」



華琳と愛紗から愚痴られて思わず苦笑してしまう。

普段の鍛練や勝負等の事を言ってるんだけどね。

未だに負けてはいません。

…ああ、三本勝負なんかは別にして、だけど。

それも最終的には勝つし。



「完全な運頼みのみの勝負なんてしてないだろ?

尤も、遣っても絶対に俺が勝つだろうけどな」


「…大した自信ね?」


「当然だろ?、何たって、“幸運の女神(お前達)”を引き当ててるんだからな」


『──っ!!??』



滅多に──と言うか自分の記憶でも数回有ったかすら怪しい位に言わない台詞をドヤ顔で言ったら、二人に顔を真っ赤にしながら手に持つ叩きで攻撃された。

…解せぬ、何故だ。

軽い冗談なのに。

あと、道具は正しく使って掃除をしましょう。




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