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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
462/915

         弐


だが、馬鹿者は馬鹿者でも“大馬鹿者”ならば或いは化けるやもしれんな。

それも、飽く迄も可能性の話としては、だがな。

…良い暇潰しにはなるか。



「その在り方が間違いとは幾ら何でも言いはせん

しかしだ、忠誠を誓うには全然足らんな」


「……っ…」



そう、はっきり言えば顔を俯かせて必死に堪える様に身体を小さく震わせる。


こうして接してみて判る。

この劉備の甘さは、周囲の存在に因る所が大きい。

今の、ではない。

幼い頃からの様々な、だ。

勿論、趙雲達にもそうなる要因は有るだろう。

劉備自身の人柄は悪いとは言い難い。

人当たり、という意味では親しみ易いと言える事から滅多に嫌われる様な事態は起きないだろう。

ただ、強固な信念を持った曹操の様な者にしてみれば劉備は“半端者”だ。

それ故に嫌悪する気持ちは私にも理解出来る。

…まあ、曹操が劉備の事をどう思っているのか。

どの程度なのか。

それらは定かではないが。



「…だが、“見所”が全く無いとは流石に言わん

お主が何処まで出来るのか

暫し、観て遣るとしよう」


「──っ!!、それじゃあ、私達の仲間に──」


「そう慌てるでない」



絶望の淵に立っていた様な表情が一転して、花が咲く様な笑顔を見せる劉備。

その笑顔を見た瞬間だ。

“…ああ、成る程な”、と納得してしまった。

碌に“人の(けがれ)”を知らぬ者や、今の世に対し失望・絶望している者には直向きな劉備という存在は正しく“拠り(きぼう)”なのだろうな、と。


自分の様に、色々と経験を積み重ねていれば簡単には心を許しはしない。

だが、それが出来る者など今の世の中では数える程と言えるだろう。

つまり、大抵はその笑顔に騙されてしまう訳だ。

…ああいや、その言い方は少々酷いか。

劉備に騙す気は無い。

もしも、そういう者ならば疾うの昔に上手く取り入り確かな地位へと上り詰める事が出来ているだろう。

そうではないから劉備には価値が有る。

本人が自覚をしている事は無いだろうがな。

劉備は演技等が上手いとは思えぬし。

周りも態々、唯一の武器を潰す真似はするまいて。


観察は、これからの時間で存分に出来る事。

取り敢えず、今は目の前の問題を片付けるとしよう。



「お主の歩みを、生き様を観る為にも暫しの間行動を共にはして遣ろう

但し、“客将”として、だ

お主に仕える訳ではない

その為、行動は我等自身で判断して決める

我等の忠誠を得られるか…

それは、お主次第だ

精々、死ぬ気で励む事だ」



そう言い、私は劉備に対し右手を差し出す。

劉備と交わす握手。


此処に戦いは決着した。

それは対等な物ではなく、私達が主導権を持つ関係の締結を意味しているという事を劉備が理解しているか否かは判らないがな。



──side out。



 魏延side──


巫山戯た連中だと思った。

無礼で、愚かで、外道。

それが私の連中に対しての最初に抱いた印象。

それ自体は、今でも大して変わりはない。


だが、一騎打ちで対峙した趙雲に敗北した。

その事実が悔しかった。

実力や経験、相性等という事は関係無い。

そんな印象を持った相手に敗れたという事が、だ。


ただ、趙雲個人に対しての私の印象・評価は少しだが変化した事は間違い無い。

…まあ、口が達者な奴だと思った事は変わらないが。


単純な力比べをしたならば私が圧勝するだろう。

それは武の性質の違い。

真正面から撃ち合ったなら先ず間違い無く私が勝つ。

だからこそ、相手は決して真正面から撃ち合う真似は遣らない。

一番忌避する事だろう。

それは卑怯でも何でも無く立派な戦術。

普段、桔梗様を相手にして“如何にして勝つのか”を考えさせられて、身を以て叩き込まれているからこそ理解出来る事。

もし仮に、そうでなければ自分にとって不都合な事を遣る輩には“卑怯者”等と罵っていただろう。

私自身、自分が緻密な策を器用に用いれるとは少しも思ってはいない。

人間、向き不向きが有ると判ってはいるしな。

…いや、まあ…出来る様に成れたらとは思うが。


趙雲との戦いは私にとって“新鮮(しげきてき)”だと言う事が出来た。

桔梗様は強い。

真正面から立ち向かおうが策を用い様が、全てを悉く叩き潰される。

勿論、簡単に勝てる等とは露程も思ってはいない。

そうなる事にしても単純に“当然の事だ”等とは全く考えてはいない。

昔は──師事した当初こそ考えはしたが。

それは桔梗様に説教されて止めている。

“その様な気概では永遠に私に勝つ事など出来ぬわ”

“己が持てる全てを賭して勝つ事だけを考えんか”と教わった事も大きい。

“勝てないと思った時点で勝つ事は出来無くなる”と心身に叩き込まれたが故に私は対峙した相手に決して“卑怯者”とは言わない。


…それはまあ、人質を取る様な輩に対しては別だが。

と言うか、その場合は私は“外道”と言うだろうな。


そんな訳で、敗れはしたが趙雲との戦いは私にとって良い経験になった。

この敗北を糧として、私は更に成長するが出来る。

それを私は心から喜ばしく思う事が出来る。




私と趙雲の戦いが終わり、桔梗様と趙雲による決着の一戦が行われようとした。

その矢先の事だった。

趙雲達の陣の方から一人の女が此方に向かって叫声を上げながら走って来た。

それを見た趙雲が様付けで真名らしき名を呼んだ為、その女が趙雲達の主人なのだろうと察した。


その女──劉備なのだが…

容姿や年齢・性格は全くと言っていい程に似ていないのだけれど…雰囲気が妙に亡くなった姉に似ていた。

尤も、それに気付いたのは趙雲・劉備と共に地面へと正座させられて桔梗様から説教を受けている時の事。

集中していないと判っては説教が長くなる為、即座に思考の外へ放り出した。


──で、説教が終わった為改めて考える事にした。


桔梗様が劉備と二人だけで話がしたいと仰有ったので私は素直に従う。

既に撤退した兵達の居ない荒野は先程まで開戦を前に緊張感が漂っていた様には思えない程に静かだった。


此処からでは二人の話し声は聞こえない。

政治的な意味合いの話なら私が居ない方が良い。

そう考えながら、劉備へと視線を向けた。


じっくり見詰めてみるが、やはり似てはいない。

何方らかと言えば私の姉は小柄で細身の女性だった。

劉備の所で言うとしたら…趙雲と諸葛亮の中間位か。

私とは違い、淡い栗の様な色をした長い髪は柔らかくとても美しかった。

幼いながらに私は羨ましく思ったものだ。


性格的には私とは正反対で物凄く大人しく人見知りで一緒に暮らす妹の私ですら日に数える程しか姉の声を聞く事が出来無い位にまで口数も少ない人だった。

でも、芯は強く、時に私が困る位に頑固だった。

一方で、とても女性らしく家事全般も得意だった。

……私?、私は……まあ、人並み程度には出来る。

…………とは思う。


歳は……劉備の家臣は今一年齢がはっきりしない。

特に小っさいのが多いし。

だが、諸葛亮が私よりかは歳上な事だけは判る。

私を見た時、絶望と同時に家族の仇を見る様な視線を向けられたからな。

勿論、短い時間の事だが。

アレは“可能性の低さ”を理解しているからこその物なんだろうしな。

だから、彼女は歳上だ。


特別病弱という事はなく、姉は中々に高い身体能力を持っていたと思う。

…それを帳消しにする様なうっかり屋では有ったが。

それなのに何故か掠り傷を負う事も無いから不思議。

あれだけは未だに理解する事が出来無い謎だ。


ただ、“ふんわり”とした雰囲気が似ている。

何に起因する印象なのかは定かではないが。




そんな事を考えている間に話は纏まったのか桔梗様が劉備と握手を交わした。

和解──かどうかは実際に聞かないと判らない。

だが、少なくとも現時点で開戦となる事は無くなったとだけは言えるだろう。

でなければ、あの桔梗様が握手などする筈が無い。

劉備が裏切る可能性自体は否定は出来無いが、演技が上手いとは思えない。

だから大丈夫だろう。


そう思っている私の所へと桔梗様が歩いて来られた。

私は直ぐに訊ねる。



「如何でしたか?」


「うむ、暫し共に行動する事で話は纏まった」



それを聞き、素直に驚く。

だが、“行動を共にする”という事は臣従したという訳ではないのだろう。

要は客将として、という事なのだろうな。

それにしても珍しいが。

一体劉備の何が、桔梗様にそう決断させたのか。

気にならない筈が無い。


だが、気乗りはしない。

飽く迄個人的な意見だが。



「…焔耶よ、そう嫌そうな顔をするでない」



気持ちが顔に出ていた様で桔梗様が苦笑された。

いえ、本音を言ってもいいのでしたら言いますが?

はっきり言って嫌です。

一体何の意味が有るのかが私には判りませんので。



「なに、学ぶ事は必ずしも優れた者からとは限らん

愚かな者を知る事によって判る事も世の中には有る」



私の心中を察して桔梗様はそう仰有られる。

その意味は理解出来る。

しかし、納得が出来るかは全くの別問題だと思う。



「私は桔梗様が居て下さるだけで十分です

あの様な連中、私には必要有りません」


「まあ、そう言うな焔耶

お主にとっても学べる事は有るだろうよ」



…桔梗様を疑いはしないが私には到底連中に学ぶ事が有るとは思えなかった。

趙雲は別にしても。


しかし、此処で私が如何に文句を言い反対をしても、既に桔梗様と劉備との間で締結された話。

今更覆す事は出来無い。

…開戦覚悟なら別だが。

流石に私も自分の我が儘で戦は引き起こせない。

故に従うしかない。

桔梗様と別れる気は今の所私には無いのでな。

そうするだけの理由が私に出来れば別だろうが。


まあ、兎に角だ。

日も沈むし、街に帰ろう。

汗と泥を流し、夕餉を食べゆっくりと寝たい。

…多分遣る桔梗様の晩酌に巻き込まれない内にな。



──side out



 貂蝉side──


奇襲を受けない為に私達は御主人様から離れて周囲の警戒に当たっていた。

それでも、私達の視力なら十分に戦況を見る事は可能だったりするのだけど。



「…むぅ…一撃、か…」


「…鈴々ちゃんにとっては相手が悪かったわねぇん

彼女、相当な力量よぉん」



卑弥呼と二人、のんびりと戦いを評価する。

尤も、鈴々ちゃんに限れば評価しようが無いけど。

あれでは流石にねぇ〜。



「星ちゃんは流石よねぇん

相手の娘も将来性を感じる逸材じゃないかしらぁん」


「うむ…確かにのぉ…

磨けば光るじゃろぉな」



それは皆にも言えるけど…

やっぱり、此処までの感じ甘いと言わざるを得ない。


確かに大きな敗北を経験し兵や軍に対する皆の認識は一変したと言ってもいい。

でも、それだけ。

兵や軍を強化する為には、多くの時間と労力と資金と──何より経験が必要。

その何れもが欠けている。

それらは気合いや奇策等でどうにか出来る範囲内の事ではない。


だからこそ、その為に皆に益州攻略は欠かせない。

私と卑弥呼が出てしまえば簡単に決着してしまう。

それは貴重な経験を積める機会を奪う事になる。

故に、こうして裏方に回り皆を見守っている。

…はらはらしちゃうけど。


でもまあ、取り敢えず今は新しい仲間を歓迎よね。

特に私達以外に厳しくする事が出来る存在が加わった事には喜ぶべき。

急激には強くなれないけど着実に前へと進める。

その積み重ねが大事。



「時代は着実に動く…

貂蝉よ、いつまでも儂等も気を抜いては居られんぞ」


「判っているわよぉん

このまま皆が劉璋って人を倒しちゃったらぁん、少し暇を貰って鍛えるわぁん」



そう言って見上げた空は、変わらずに平穏そう。


いつまでも“傍観者”では居られはしない。

私達は“主役”ではない。

けれど、無関係でもない。

“役”を与えられた者。

故に、その“舞台”上へと上らなくてはならない。

望む望まないを問わず。


それが、私達の存在意義。

存在理由なのだから。



──side out。



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