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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
459/915

        肆



「厳顔さんは、字は文伯、“破撃”の二つ名で知られ世に“三弓”と称される程優れた弓の使い手です

あの孫策さんの武将である黄蓋さんも、その内の一人だったりします

残るもう一人は“蜂穿”の黄忠さんです」


「へぇ〜…」



朱里ちゃんの説明を聞いて感心する様に声を出すけど二人には実感は無いんだと感じてしまう。

本当だったら、“三弓”に関して色々話してあげたい所なんだけどね。

今はそんな悠長にしている時間は無い状況。

だから、思わず此方を見る朱里ちゃんの“…え〜と…どうしましょう?、詳しく説明しますか?”と訊ねる様な眼差しに小さく左右に頭を振って話を続ける事を優先する様に促す。


それを見て小さく頷くと、朱里ちゃんは一つ息を吐き説明を再開した。



「その厳顔さんですが高い実力は勿論、幾多の戦場を経験している猛者です

簡単には勝てません

と言うより、今の私達では正面に戦う事は避ける方が得策だと言えます

もしも戦えば敗戦は濃厚…

勝てたとしても代償となる被害は甚大でしょう」



朱里ちゃんの言う通りだと私も思う。

華雄さんとの戦いで痛感し学んだとは言っても私達と厳顔さんとでは積み重ねた経験の質も量も違う。

“数で押せば勝てる”とか考えて侮っては駄目。

それは先の袁紹さん達が、実証してくれている。

質は量を覆す事を。


ご主人様達も理解しているからこそ、顔を顰める。



「…でも朱里、それじゃあどう遣って勝つんだ?」


「厳顔さんは民に害が及ぶ選択はしないと思います

となれば、此方の接近する姿を確認したなら野戦へと向けて動く筈です…いえ、必ず動くでしょう」



“そういう方だから民から支持・信頼されています”と言う様な、朱里ちゃんの真剣な眼差しに息を飲み、でも、同時に納得する。

その通りなんだろうと。


だからこそ、強敵。

そして、遣り難い相手。

出来れば戦いたくはない。

そう思ってしまう。



「そんな厳顔さんですから話し合いを提案すれば多分応じてくれるでしょう

ですが、その場合は彼女を家臣として迎え入れる事は厳しいと思います

正面から打付かって勝つ…

それ以外には彼女の信頼を勝ち取る術は有りません」


「…朱里の言いたい事は、大体は理解出来た

要するに、その厳顔さんを宅としては見逃せないって事なんだろ?

後々の事を考えれば優秀な将師は一人でも多く欲しい所なんだしさ

けど、その肝心な部分──“厳顔さんに勝つ方法”はどうするんだ?」


「それは大丈夫です

私に考えが有ります」



いつに無く、自信満々に。

朱里ちゃんは笑みを浮かべ私達にそう言い切った。



──side out



 厳顔side──


野戦の準備を整え、出陣を直前に控えた状況。

其処で耳に入ったのは──



「停止しておるだと?」


「はい、彼方には半刻以上動きが見られません」



そう報告してきた兵に対し訊き返せば、半刻以上にも為るという事。

その真意を確かめずして、短絡的に攻める様な馬鹿は此方には居ない。

だが、不審に思う者も居る事は間違い無いだろう。



「…これは連中による策か何かでしょうか?」



そう私に訊ねてきた焔耶。

先程までは今にも出陣して突撃しそうな勢いだったが準備をしている間に冷静になったらしく、落ち着きを取り戻している。

相手の事に思考が向く事は決して悪くはない。

だが、狭窄的な思考に陥る事は望ましくない。

周りが見えなくなるしな。



「策と言えば策だろうな…

尤も、連中には民に危害を加える気は無い様だ」


「…では、狙いは文伯様、という事ですか?」


「さて…それもどうか…」



焔耶の言いたい事は判る。

単純に健為郡を取るならば私を討つ事が手っ取り早い方法だと言える。

速さだけを考えるのならば民への被害は無視。

出たとしても、早期決着を行う事で被害を抑える事に繋がる。

その様に考えれば悪いとは思えない事も確かだが。


基本的に長期戦は無い。

お互いに利が無いからだ。

民への被害を最小限にする事を重要視しているのなら先ずは対話・交渉を求める旨を使者が伝えて来そうな物でも有るのだが。


そう言う意思は有る。

だが、それでは駄目。

だとすれば…答えは僅かに絞り込める。



「ふん…どうやら、連中は我等が欲しい様だな」


「──っ…それはつまり、私達を戦って破り、麾下に加えたいと?」


「そういう事だな」



連中が進軍を止めた理由は野戦に持ち込む為ではなく民に対し危害を加えない為でもなく、私達を配下へと引き入れる事が目的。

そう考えれば、何故連中が停止しながらも此方に対し使者を出さないのか判る。

私の性格等を、少なからず知っているが故だろう。

対話・交渉では引き入れる事が不可能と判断して。

となれば、方法は一つ。

要するに、戦って示す。

それしかない。

そう考えての行動だ。



「皆には指示が有るまでは決して手出しをせぬ様にと伝えて置いてくれ」


「はっ!」



私の指示を受けて、報告に来ていた兵が待機している皆の元へと向かって行く。


それを見ながら、両の拳を握り締める焔耶の姿を見て密かに溜め息を吐いた。




外門を潜り抜け、街の外に出て暫く走ると鶴翼の陣に展開している敵軍が居た。

此方も鶴翼の陣に展開し、その状態で停止する。


暫し、互いに沈黙したまま睨み合う形になる。

そんな中、先に動いたのは相手の方だった。

此方から動く理由は無い為当然と言えば当然だが。


敵陣の中央から二人の者が両軍の中心に向かって進み出て来ている。

それは水浅葱の髪の女と、赤い髪の少女だった。

前者は朱色の槍を、後者は蛇矛を手に持っている。



「…あの朱色の槍を持った女が首魁でしょうか?」



その二人を見詰めたままで焔耶が訊ねてくる。

舌戦ではないにしても先ず“挨拶”を交わす気ならば此処で出て来るのは敵軍を率いる将──或いは主君と考える事が普通だろう。

だが、それにしては二人の格好が相応しくない。



「…いや、恐らくは違う

もし、舌戦代わりに挨拶を交わすつもりならば両者が明らかに武器を持ったまま出て来るのは可笑しい…

あれは恐らく、我等二人と“一騎打ち”にて戦う為の敵の将だろう…」


「挨拶すらする気は無い…

そういう事ですか?」


「或いは、“無駄な事”と判断したか、だな…」


「…っ…舐めた真似を…」



ギリリッ…と、噛み締めた奥歯を鳴らす焔耶。

その気持ちは判る。

侮辱と言ってもいい行為。

それに憤慨し、苛立つのは何も焔耶だけではない。

私達の周囲に居る兵達にも同様の感情が窺える。


その中で、私は冷静に敵を見据えていた。

今更、この程度の行為では平静を失いはしない。

極僅かでも勝てる可能性を上げたいが為の小細工。

“挑発”行動と仮定すれば敵軍が場数の少ない新顔の可能性も見えてくる。

尤も、それは私達を配下に加えたいという意図からも窺い知れる事。

“新顔”と言っても全くの無名では無いだろう。

少なくとも黄巾の乱辺りで動き始め、それから此方に掛けては益州以外の場所で活動していた者。

そして、戦い敗れて益州に“落ち延びて”来た者。

その可能性が高い。


その根拠の一つは目の前の二人は中々の腕前な事。

今の世で今日日まで無名で埋もれているとは思えない者達なのは一目で判る。

しかし、戦の礼儀を知らぬ主君で有る事も確か。

賊退治等の経験は有れど、“戦争”の経験は無い。

それ故に知らない。

戦の礼儀、という物を。





「まあ、無視をしていても事態も話は全く進まぬし、それこそ時間を無駄にするだけだろうな…

予定通り、別命が有るまで待機せよ

決して、手出しはするな

行くぞ、文長」


「はっ!」



確認の意味を含めて指示を出したら、焔耶を伴い前に向かって歩き出す。


遠目にも相手の二人の姿は見えてはいた。

槍を持つ女の方は焔耶より拳二つ分程背が低い。

だが、焔耶自身が女として見たなら長身になる。

そういう意味では、彼女は普通だと言える。


対して赤い髪の少女だが…

正直、遠目にも子供だとは思っていたが、近付く程に小柄で有る事に驚く。

…あれでは十歳の子供とも大差無いのでないか。

──いや、個人によっては彼女よりも背の高い少女は八歳位でも居る。

それ程に彼女は小柄だ。

だが、その体躯に似合わぬ巨大な蛇矛を肩に担ぎ上げ歩いている姿は様に成る。

…恐らくは、我流だろう。

何と無く彼女の姿を見て、そう感じる。

経験故の勘、という奴だ。


ゆっくりと、しかし確実に前へと進み行く私達四人の足音だけが、静寂に響く。

先に中心地点に辿り着いた相手の二人が立ち止まれば私と焔耶の足音だけとなり奇妙な緊張感が生まれる。

私は全く問題無いのだが…焔耶にどう影響するか。

…まあ、此処で負け様とも死にはしないだろう。

相手にも、そんな気は無いだろうしな。

ならば、焔耶に取って良い経験になる。

負ける事で学ぶ事も有る。

私以外の者を見下す部分が無い訳でもないしな。

そういう点だけでも自分を見詰め直す機会になるなら遣る価値は有る。


そう思いながら進んで行き二人の待つ地点に着く。

立ち止まる前から、二人を睨み付けていた焔耶だが、今にも飛び掛かりそうな程熱くなっているのが判る。

…一言注意するべきか?



「…そう睨むでない

私は劉玄徳様に御仕えする趙子龍と申す者…

貴公が“破撃”の厳顔殿とお見受けするが?」



そう言って、焔耶に対して然り気無く挑発しながらも私に話を振り、放置する。

反射的に言い返そうとした焔耶だが、相手が私に対し話し掛けた事で口を挟めず憤怒と苛立ちを噛み砕き、飲み込む様にして黙る。


…先程、趙子龍と名乗った目の前の槍を持つ女だが…中々に慣れているな。

憤怒を焚き付け、精神的に掻き乱す遣り方に。

これは焔耶にとっては最も苦手な相手だろうな。

まあ、現時点では何方等が何方等の相手になるのかは定かではないが。

楽しめそうではあるな。





「ふむ…確かに私が厳顔だ

で?、お主等の主人という者は礼儀を知らんのか?

この様な場合、先ずは自ら進み出て来るものだが…

これはつまり話をする気は全く無いという意思表示と受け取って良いのだな?」


『──っ!?』



そう言って目を細めながら少々殺気を覗かせて遣れば二人は顔を強張らせる。

反射的に手に持った得物を突き付けたり、その場から飛び退いたりしなかった事だけは褒めて遣ろう。

もし、此処でそんな真似をしていたなら、その時点で私は開戦の合図を出した。


今、自分達が立つ此処が、如何に重要な意味を持つか二人は理解しただろうな。

本来、こういう“対話”は主人自身が行うべき物。

そうでないのであれば己が言動が主人の物と同義だと理解した上で、責任を負う事が出来る者だけが此処に立つ事を許される場。

其処に立っているのだと。



「どうした?、私の問いに答える事は出来無いか?」



二人はただ、押し黙る。

いや、正確には何かを言い掛けた少女の方を趙子龍が手で制して止めさせた。

その選択は正しいだろう。


これは挑発ではない。

単に事実確認をしている。

それだけなのだから。

しかし、そんな事ですらも躊躇われるのが、彼女達の実状だと言える。

まあ、此処で引き下がって改めて出直そうなどという巫山戯た事を遣るならば、結局は開戦になるがな。

さて、どうするのか。

答えを示して貰おう。



「黙っていては判らぬぞ?

我等は暇では無い

用が無いのであれば我等は帰らせて貰おう」



そう言って焔耶を促すと、二人に背を向ける。

勿論、油断等はしない。

もし背後から攻撃されたら返り討ちにするだけの事。



「お、御待ち下され!

此度の我等の非礼の数々、我等が主人に代わり御詫び申上げます」



趙子龍に呼び止められ足を止めて振り向けば趙子龍は槍を手離し、その場に座り地に頭を付けて謝っている状態だった。

それを見た少女の方も直ぐ彼女に倣った。


…踏み留まったか。

だがな焔耶よ、若気てよい所ではないぞ。




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