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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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         拾


街全体を覆う都城の外壁の上に立ち、街を見下ろす。

静まり返った街並み。

其処に人影は全くと言っていい程に見当たらない。

本来なら敵──私達に対し侵入を許さない為に兵達を配備する物。

なのに、誰も居ない。

警戒していた私達が馬鹿に思える位に無人だった。

一体どういう事なのか。



「…今は彼是考えていても仕方無いわね

此方は誰も居ないわっ!

門の前に集まってっ!」



城壁の下──外で待機する皆に対して叫ぶと、街へと降りる為に階段を目指して駆け出す。

祐哉も直ぐに我に返り私の後を追い掛けて来る。

その切り替えの早さこそ、祐哉の一番の武器よね。



(──にしても、変ね…)



走りながら再度、街の方を流し見て思う。

やはり、様子が可笑しい。

一般人──戦わない者達が屋外には出ず、閉じ籠もる事は理解出来る。

街中に戦闘が及んだ際には巻き込まれない様に表には出ないのが常識。

無理に逃げ様とすれば逆に身の危険が増えるから。

だから、街中に人気が無い事自体は異常ではない。


だけど、今の場合に限れば可笑しいとしか言えない。

劉表によって住民が人質にされているのだとすれば、そう単純な話ではない。

抵抗・反抗、或いは脱出・救助要請等の為に動く民が出る可能性が考えられれば監視の為に兵達が巡回等をしている筈。

そうでなければ人質として使えないのだから。


それが無いとなると…



(…厄介な状況にならない事を祈りたいわね…)



もし、民家に住民が居て、同時に監視役の兵達も居る状況で迂闊に接触をしたら住民達が殺される可能性が高くなってくる。

しかも、一ヶ所で騒ぐ声が上がれば周囲へも連鎖的に波及するでしょう。

仮にそうなれば救える者も救えなくなる。

一時的、とは言え、此方の混乱や動揺も避けられないでしょうしね。

情報の収集、状況の把握、方針の共有、全体へ指示を出す事等を踏まえたなら、対応するだけでもかなりの時間を費やす事になる。

それは劉表に時間を与える事になるのと同様。


今、迅速な行動が必要。

でも、それ以上に慎重さを持って行動しなくては。


走る速度を落とし、祐哉と並走する様に合わせる。



「祐哉、私は湖孰側の門を開けに行くわ

そのまま突入は一旦待って様子を探ろうと思うの

だから、祐哉は門を開けた後で詠達には待機する様に伝えて欲しいの」


「…人気が無さ過ぎるのが気になるから?」


「ええ、飽く迄私の私見の話なんだけど──」



私は簡単に、祐哉に推測を伝えて納得を得る。

階段を駆け降りると祐哉と分かれて、街の東側に有る湖孰へと繋がる門の方へと向かって加速する。





「──え〜と…雪蓮様〜?

それはつまり〜…不用意に踏み込めないと〜?…」


「そうなるわね」



私の返答に訊ねた穏を含め此方の面々が“嘘〜…”と落胆する。

その気持ちは理解出来る。

でも、仕方無いのよ。

頑張って堪えて頂戴。


私が開けた方の門を目指し進軍して来た宅の一団。

私が門に立って待っているという予想外の展開に足を止めて説明を求めた。

そして、これまでに私達が得た情報と私の推測を伝え待機を命じた。

士気が下がるのは防げないでしょうね。

でも、集中力だけは維持し続けて貰わないと困る。

直ぐに動ける様にね。



「…で、どないなん?

ウチ等が来るよりも先に、斥候は放っとるんやろ?

何か判ったん?」



そんな中で最初に切り替え質問してきたのは霞。

やはり、戦場での経験量が皆とは違うわね。

意識を傾ける上で、今一番欲しい質問をくれる。



「幾つかの民家を調査した結果から言うと住民は全て自宅に居るみたいね

そういう指示が出てるって住民の話らしいわ

飽く迄調べた範囲でだけど住民に監視が付いてるって訳でも無さそうね」



それを聞いて小さく安堵の息を吐くシャオと蒲公英。

まだ完全には大丈夫って訳じゃあないんだけどね。

それでも“全員”が人質の状況ではなくなったという事実は大きいでしょう。

特に、此方としては、ね。



「雪蓮様、それでは此処で作戦は中止しますか?」



控え目な声で訊ねる雛里。

確かに予定していた作戦を継続する事は危うい。

“建業に居る住民達全員の安全を確認が出来るまで”なんて悠長な事を言ってる場合ではない。

下手に動く訳にはいかないけれど、慎重になり過ぎて長引かせる事も駄目。

となると、選択は単純。



「“そのまま”では、ね

穏、貴女は一つ一つ民家を確認して行って頂戴

手伝いにシャオと蒲公英を付けるわ」


「お姉様狡いっ!

シャオも一緒に行くっ!

戦えるんだからっ!」


「駄目よ、いいシャオ?

私達の戦いは民を守って、その上で勝ってこそなの

敵を倒す以上に、民の命を守る事が大事なの…

貴女にも判るわね?」


「…ぶ〜……判った〜…」



“背伸び”したい年頃。

ずっと軟禁生活だったし、いい加減子供扱いされたくないのでしょうね。

そう思ってる時点で子供な証拠なんだけど。

渋々でも納得してくれたし良かったわ。




私は雛里と霞を連れ劉表の居る城を目指す。

連れている兵は僅かに百。

それも全て歩兵。

早さを求めるなら騎馬だが今の状況では目立ち過ぎて相手に気取られる。

そうでなくても静まり返る街には十人程が走るだけで足音が響き渡るのだから。

面倒な事この上無い。


それでも動くしか無い。


──と、横道から此方へと出て来る人影が有った。

霞や雛里、兵達の警戒心と緊張が高まる。



「──っ、何だ雪蓮達か…

吃驚した〜…」


「それは此方の台詞や…

ったく、紛らわしいんにも程が有るっちゅうに…」



まあ、一瞬の事だけど。

相手は祐哉と季衣・繋迦に此方と同じ程度の兵達。

流石は祐哉ね。

私と考える事は同じだったみたいで良かったわ。



「取り敢えず、港かな?」


「ええ、急ぎましょう」



そう私と祐哉が短く意図を確認し合うと直ぐに部隊は合流・再編しながら港へと向かって進む。

途中、予期はしていたけど全く敵に遭遇しない。

…住民が出歩く気配ですらしないしね。

本当にどうなってるんだか誰か、説明して欲しいわ。






港とに着くと船着き場には丁度、船を降りたばかりの祭達が立っていた。

かなり困惑した様子で。


それはそうでしょうね。

私達の作戦は先ず私の居る本隊が攻撃を開始。

突破出来れば侵入して門を解放するし、出来無くても穏達の部隊が別方向からの攻撃を仕掛けて分断。

それでも持ち堪えるのなら祭達が船を使い背後を取る形で奇襲を仕掛ける。

そういう手筈だった。

祭達にしてみれば、戦闘の気配が全くしてこない街の様子を不思議に思う所。

しかも、宅の兵ですら港に居ないとなれば可笑しさは更に増すでしょうね。



「おおっ、丁度良かった

これは一体どういった状況なんじゃ?」


「あ〜…実はね──」



私が祭達に説明をする中、一応皆が周囲を警戒する。

特には斥候や伏兵の類いは居ない気はするんだけど、実際に確認が出来無ければ無闇に気を緩める事は自殺行為に等しい。

だから、気を抜けない。

この警戒心と緊張感だけで精神的に疲労が重なる。

そういう意味では敵の策は成功しているのかも。


事実、私達はこうして城を一気に狙う事が出来無い。

これがもし、宅の軍に及ぶ被害だったら恐らく私達は躊躇せず攻勢に出ている。

被害が及ぶのが無辜の民達だからこそ、私達は慎重に成らざるを得ない訳で。

こうしている間にも私達は劉表に時間を与えている。

その事を苦々しく思う。




祭達と合流し、城へ向けて真っ直ぐに進んだ。

そして警戒しながら城門に近付いて──確かめる。


僅かに空いた門扉の隙間。

春蘭と繋迦が手で押すと、ギギギィ…と重い音を立て門扉は特に抵抗を感じない様子で簡単に開いてゆく。



「…開いているな」


「…そうみたいだな」



そして、視界に映ったのは人っこ一人居ない前庭。

離れている私達の位置から見ても誰も人影は無い。

二人にはもっと殺伐とした光景が見えている気がして掛ける言葉が見付からない状態だったりする。



「……誰も…居ないな」


「……そう…だな」



前庭へと進み入った二人はキョロキョロと周囲を見て敵の有無を確認する。

敵兵の待ち伏せ等の攻撃を警戒していた二人は互いに顔を見合わせて静かに呟き何とも言えない複雑な顔で私達へ振り返った。


…本当、何なのかしら。

訳が判らないわね。



「…あの、雪蓮様…

本当に、この建業に劉表は居るのでしょうか?

飽く迄私の知る限りですがとても劉表の遣る策略とは思えないのですが…」



そう怖ず怖ずと訊いてくる亞莎の言葉に、亞莎の側で聞いていた雛里も驚く。


──劉表が居ない。

別に見落としていたという訳ではない。

その可能性も有るだろうと考えてはいた。

だが、確かに開戦した時に劉表は建業に居た。

使者が対面したのだから、それは確かな筈。


南に逃げる可能性は低い。

逃げるなら船を使い西へ。

その一択だと考えていた。

だから、陸上を進みながら落とした拠点の港は何れも一時的に封鎖して来た。

同時に進軍に合わせる形で船を出して上流から船影を探索してもいる。

それでも劉表を乗せた船は見付かっていない。

故に、居る筈だった。


しかし、此処に来て思う。

亞莎の言う通り。

あの劉表にしては遣り方が綺麗過ぎる気がする。

劉表の陰湿さ・冷徹さ等を知っているからこそ私達は警戒し慎重に動いてきた。

だが、劉表であれば狡猾に民を人質として使う筈。

もっと私達に対し明確に。

しかし、民には気付かれぬ様に慎重且つ巧妙に。


その一点だけでも、私達は“劉表の不在”を疑うべきだったのでしょう。

今、此処に来て漸く私達の大きな失態に気付く。

抑えきれない悔しさが心を暗く、黒く、染める。


それでも、我を見失わない理由は将師・兵・民の間に被害が出ていないから。

それだけが、唯一の救いと言えた。




城内へと踏み入り、私達が目指した場所は玉座の間。

兵には城外の警戒と前庭で待機を命じて置いた。

まだ、油断は出来無い。

憤怒に身を任せてしまって敵の策略に嵌まる事だけは避けるべきだから。

…もう、これ以上は。


溜まった苛立ちを隠せない春蘭と繋迦が先頭を進み、玉座の間の扉を乱暴に開け中へと踏み込んだ。



『──っ!!??』



開口一番に“劉表ーっ!、何処に居るっ!”と揃って叫びそうだった二人。

しかし、何故か、急に立ち止まってしまった。

それを不思議に思いながら追い付くと──視界の中に映ったのは五人の人物。

しかも、その五人が五人共床に正座していた。

春蘭達が驚き、戸惑っても無理は無いでしょう。

訳が判らないもの。



「…御待ちして居りました

久しいですな、孫伯符殿」



正座したまま全く変わらぬ落ち着いた様子で私を見て話し掛けてきた相手に私は見覚えが有った。

灰色掛かった白髪の老人。

歳相応に皺の入った顔。

老獪さを感じさせる鋭利な眼差しと存在感。

しかし、劉表の麾下に在り清廉さを感じる数少ない、正面な人物として私の中に記憶されている。

かなり意外だったしね。


王粲、字を仲宣。

五十歳辺りになる筈の男は荊州でも有名な賢人。

母様の存命の頃には劉表の代行として母様と対峙し、幾度も交渉を熟した猛者。

武の腕前の方は不明だが、事政略に関しては母様達も認めていた実力者。

私も何度か会っているけど劉表に付いている事自体が不思議に思える人物。

だから余計に此処に居ると思えなかった。

確か近年は劉表に疎まれ、冷遇されていた筈だし。



「久し振りね、王仲宣

まさか、貴男が此処に居て指揮をしていたなんてね…

本当に予想外だったわ」



本当に意外でしかない。

王粲に返事をしながら私は室内を見回す。

だが、他に誰かが居る様な気配はしない。

兵の一人でさえも、だ。


此処には居ない筈の王粲が存在していて。

居る筈だった劉表達の姿は何処にも見当たらない。

まるで悪い夢でも見ている気分になるわね。



──side out。



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