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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
447/915

         漆


──十二月二十六日。


一夜が明け、俺達は彭沢を出発して次の目的地に向け行軍を再開していた。


そんな中、一緒に馬に乗る事になったのは、風。

ええ、未だに一人で乗ると不安なんですよ。

で、その風なんだけど…

俺の前に座ってのんびりと眠っていらっしゃいます。

ですが、風さんや。

お願いですから起きて。

俺、一人では乗れる自信が無いんですから。


そんな無言の懇願を込めて手綱を放した右手を伸ばし風の肩を小さく揺する。



「…んー…駄目ですよー?

そういうのはきちんと夜に閨でお願いしますー…」


「何言ってんのっ!?

て言うか、起きてるんならちゃんと起きててっ?!」



何か、思いっ切り場違いな事を口にする風に大慌てでツッコミを入れる。

いや、“原作”でも時々は下ネタを振るシーンとかが有った気がするけど。

せめて、状況を考えてから振って欲しい。

今、そんな余裕無いから!

俺、必死だからっ!

馬から落ちない様に必死にバランス取ってるからっ!!



「……ぐー……」


「──寝ないでっ!?

お願いっ!、風っ!

お願いだからっ!!」



恒例となったボケも、今は全く笑えませんからっ!

──あ、今のってツッコミじゃないからね?

本気も本気の懇願だから。

其処は間違えないで。



「…むー…そこまで必死になって頼まれてしまったら仕方有りませんねー…」



“やれやれ…”と言う様に俺が持っている手綱を取り両手に掴むと──俺の方に寄り掛かる様に身体を倒し預けてくる。



「…風さんや、何を?」


「いえー…ちょっと確認をして置こうかとー…」



“…は?、何の確認?”と首を傾げる俺を無視して、身体をモゾモゾと動かして──此方を肩越しに見詰めニヤニヤと笑う風。

“おやおやー?…”とでも言いた気な表情。

…何故か、嫌な予感がして首筋を汗が伝い落ちる。



「もー、駄目ですよー?

風に欲情してはー…」


「してないからっ!?」



その一言で風が“ナニを”確認しようとしていたのか即座に理解した。

正確に、正直に言えば風は魅力的ではある。

だかしかし、今の状況下で反応出来る程に俺に余裕は存在していない。

それはまあ?、もし一緒に乗っている相手が、雪蓮や祭さんだったとしたら少し位は有り得るかもしれないだろうけど。

いや、本の少しですよ?

はっきり言って馬に乗って欲情出来る程、余裕を持つ事は無理だし。

だって、落ちたら大怪我、悪ければ死亡ですよ?

もしも俺がそれを気にして居られるんだったら一人で乗る事も出来てるって。


本気で難しいんだから。

叶うなら上手くなりたい。

そう心から思う。




上手くならないんだったら安全に乗れる工夫をしよう──とか考えたりもした。

現代式の鞍を──あの足を掛ける所が有る奴の開発を考えてみた訳ですよ。

しかし、冷静になってみて曹魏が使用していなかった事を思い出した。


あの曹操が、高順が、何故実用化していないのか。

そう考えて──気付く。

アレは見よう見真似程度で近い物を再現出来る。

もしも、今の時代の兵達が今以上に安定した状態での騎乗が出来る様になったら困難とされる騎乗射撃等を容易く可能にするだろう。

そうなれば、色々な部分で戦力・戦術・戦略に於いて変化が生じる。

“高が鞍一つで…”なんて考えてはいけない。

まだ騎馬が主力という時代だからこそ、価値が有る。


それを理解したからこそ、俺も実用化は止めた。

秘密裏に試作品の開発等を続ける事も考えはしたが、曹魏と違って宅は機密性に問題が有った。

袁術の客将という立場だし仕方が無いんだけどな。

その辺りの事は雪蓮達にも話してある。

穏達は造りたがったけど。



「…どうしましたー?

お兄さんの彼処に比べると元気が無い様ですがー?」


「──っ……っ…」



風の言葉に思わず、何かを言い掛けるが、止まる。

何を言っても碌な展開にはならない気がしたからだ。

此処は沈黙し、流す。

取り敢えず、何か話題でも振って逸らそうかな。



「そう言えばさ、風は以前旅をしてたって言ってろ?

その間に仕えたいと思った相手は居なかったのか?」



“──例えば、曹操とか”

そう言い掛けた声を飲み、何とか平静を装う。

別に今更になって風が宅を離れるとは思わない。

だけど、そう言った瞬間に曹操と雪蓮、曹魏と宅との“格付け”が決定的になる様な気がした。

それは俺の、ただの勘違いかもしれないのだけど。



「…そうですねー…」



静かに、考え込む様に呟く風だったけど、本の僅かに間が有った。

その微妙な間が気になってしまうのは邪推だろう。

…まあ、判ってはいても、不安は無くならない。

“原作”という名の流れを知るからこそ、だろう。


そして、何より──彼女の場合には有名過ぎるだろう代名詞となる出来事。

改名イベントが有る。

ただ、それは曹操の下での話だった訳で。

出逢った時点で改名済みな事も含めて気になる。

このタイミングで訊くのも変な気もするが。

何と無く、今が良いという気もしているから。

今は静かに風の答えを待ち耳を傾ける事にする。



──side out



 程翌side──


お兄さんから訊かれた事に思わず考えてしまった。

それ自体は別に悪い事ではないんですけどねー。

今更別の方に仕えようとは思いませんし。

それに私にとっては何より“この人の(ここ)”は、居心地が好いですから。


ただ、単純な可能性として考えるのは仕方無い事だと思うんですよー。

まあ、変に誤魔化すよりは此処では正直に話した方が良いでしょうね。



「…お兄さんは、風が以前一緒に旅をしていた二人の事は覚えてますかー?」


「趙雲と郭嘉の事だろ?

ちゃんと覚えてるよ」



何気無く言いますけどー…実際に言われた方としては少なからず嬉しく思える物なんですよー?

判ってますかー?

まー、“好意を抱いている相手だからこそ”、という訳なんですけどねー。

あと、風は真桜ちゃんとは違いますからねー?

単なる冗談で卑猥な表現は口にはしませんよー。

それに関してはお兄さんが気付いて下さいねー。

風は言いませんからー。



「お兄さん、実はですねー

以前の風は程立という名前だったんですよー」


「それは改名したって事で良いんだよな?」


「…そうですよー」



平静を装いながら答えつつ本心では驚いている。


……あれー?、今の反応は可笑しいですねー…。

お兄さんの性格だったら、此処は“え?、本当に?、そうだったのか?”なんて反応してくれそうなのに…どういう事なんですかー?

ちょっと残念ですねー。

んー…もしかして、これも“天の御遣い”というのに関係有るんですかねー。

だとしたら凄いですけど。

まだ風の知らない秘密とか有るんでしょうかねー。

それはそれで興味深い事になりますねー。



「風が今の名前に改名したのはですねー…

丁度、郭嘉ちゃんと別れる少し前の事でしたー…」


「それって…趙雲と別れて暫くしてからって事?」


「はいー」


「じゃあ趙雲は今の名前を知らないのか…」


「ですねー…」



そう言われて気付いた。

今度星ちゃんに会った時に改めて自己紹介をしないといけませんねー。

どういう反応をしてくれるでしょうかねー…。

…何なら、宝慧も改名した方が良いですかねー…。

意外と、それも面白いかもしれませんねー。

その時はお兄さんに新しい名前を決めて貰うのも有りかもしれませんねー。





「風が改名した理由って…訊いてもいいか?」



そう遠慮勝ちに訊ねられて思わず“おぅおぅ兄ちゃん

女の秘密を訊くなんてのは無粋ってもんだぜ?”とか言いそうになる。

自分が不器用といいますか少々変わっている、という自覚は有りますからねー。

今みたいに率直な言葉にはつい誤魔化してしまいそうになってしまいますねー。

でも、お兄さんの気遣いはちょっぴり胸の奥を暖かくしてくれますよー。



「…あまり自慢する事では有りませんから他の人には秘密ですよー?」


「ああ、判った」


「もしも他の人に話したら責任取って下さいねー」


「勿論──って、え?

責任?、え?、ちょっと、責任って何の──」


「実は風が改名した理由はですねー…」


「風?、風さん?、ねえ、聞いてます?、聞いて!?、もしもーしっ?!」



戸惑うお兄さんを無視して話を進めてゆく。

それ程には知り合ってから経ってはいませんけどー…お兄さんが“押しに弱い”という事は宅の皆さんとの遣り取りを普段から見て、判っていますからねー。

此処は押し切りますよー。



「夢を見たんですよー」



兎に角強引に全く取り合う素振りを見せず、話を進め勝手に語り出す。

まあ、ある程度お兄さんが聞く体勢が出来るまでは、待ちますけどねー。


暫くの間、黙ったまま一切動かずに居る。

すると、お兄さんは諦めて深々と溜め息を吐く。

其処で引いてしまう辺りにお兄さんの人の良さが強く滲み出ていますねー。



「…はぁ……夢を見たってどんな夢なんだ?」



無理だと判断して大人しく会話に参加してくる。

そのままで無視していれば話は有耶無耶に出来るのに優しいですよねー…。

尤も、折角お兄さんの方も聞く体勢になっているのでちゃんと話しますけど。



「それはですねー…話せば長くなるのですがー…」


「出来れば手短に」


「むー…お兄さんってば、判っていませんねー

其処は“どうせ暇なんだ、幾らでも付き合うよ”位の男気を見せる場面だと風は思うのですよー?」


「いや、幾ら長くなるって言っても限度は有るだろ?

其処ら辺の事は一応考えて貰いたいからな」


「お兄さんの言いたい事も判りますけどー…むー…

雰囲気が台無しですー…」


「判った判った…悪かった

ちゃんと聞きますから

お願いします、風さん」



まあ、そうまで言われては仕方有りませんね。

では、話しましょうか。





「その夢自体はとても単純でしたねー…

大地に立った風の頭上には日輪が浮かんでましてー…

両腕を伸ばすと丁度両手で支えている様に見えてー…

で、改名したんですよー」


「へ〜──って、短っ!?

さっきの勿体振った台詞や態度って何処行ったのっ!?

もう少し──痛っ!?

ごめんっ、悪かったっ!

だから抓らないでっ!」



右手で丁度良い所に有った右の太股を抓る。

それはもう、思いっ切り。



「お兄さんはもう少し位は空気が読めると思ってたんですけどねー…」


「うっ…すみません…」



本当に仕方無いですねー。

まあ、今は風の言い方にも多少問題が有りましたから赦してあげますけどねー。



「まあ、風が改名した理由自体は他の人にしてみれば奇妙だと思えてしまっても仕方有りませんが──」


「“吉夢”って言う位だし変じゃないだろ?

信じる信じないは人各々、自由なんだしさ」



…本当、もう少しは空気を読んで欲しいですねー。

そんな真面目な声音と顔で言われたら、胸が高鳴ってしまうじゃないですかー。

もー…ずるいですよー…。



「…それでですねー…

風は考えてみたんですよー

風にとっての“日輪”とは誰を指すのか、とー…」


「…それで?」



お兄さんの声が緊張を帯び震えている事が判る。

安心して大丈夫ですよー?

風は何処にも行くつもりは有りませんからー。



「ですけどー…その答えは直ぐには出ませんでしたー

その後、郭嘉ちゃんと別れ色々有りましたがー…

答えは意外な形で得る事が出来ましたねー…」



本当に意外な形でしたよ。

しかも、風は勿論ですが、稟ちゃんの予想していた事とも全然違いました。



「…意外な形?

それってどんなの?」



その声に振り返って見れば肩越しに小首を傾げているお兄さんの顔が有る。

疑問を浮かべる、その瞳を真っ直ぐ見詰めると自然と笑みが溢れてしまう。

その答えを教えようか。

どうしようか。

正直、迷ってしまう。

悩ましい問題ですねー。

本当、困りますよー。




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