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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
438/915

         捌


邸宅の中を進みながら──部屋ではなく、中庭の方へ足を向ける。

別に深い理由は無い。

何と無く、というだけ。

しかし、全くの無意味には終わらない辺りが私らしい所なんでしょうね。


中庭に着くと、大きな白い物体が二つ、寄り添う様に鎮座していた。

まるで巨大な饅頭の様。

ただ、真っ白という訳ではなかったりする。

片方は黒い衣服を着ている様に見え、片方は彼方此方怪我をしている様な感じで傷痕に思える黒い縞模様が存在している。

そんな二つの白い巨塊が、もぞもぞと動いた。


ぴょこんっ、と片方の塊に二つの突起が生えた。

それがまるで回りの様子を見回すかの様に動く。

すると、ピタッ…と止まり突起──耳の生えた部分がのったりと盛り上がる。

大きく、くりくりっとした二つの宝玉の様な瞳が私をじ〜っ…と見詰めてきた。

暫くすると、私を認識したみたいで身体をゆっくりと起こして立ち上がる。

その為、寄り掛かっていた残った片方の巨塊の身体が支えを失った事で緩やかに傾き、こてん…と転んだ。


その様子を見ていて思わずくすっ…と笑ってしまう。

なんともまあ緊張感の無いのんびりとした空気が場に満ちているのか。

まるで、外界と袂を別った隠れ里の類いのみたいだと思ってしまう。

それ程に穏やかな雰囲気が広がっている。


ぐるるるぅ〜…と鳴き声を出しながら、近付いてのは大の大人数人分は有る程の巨体を誇る白虎。

そのまま私の傍に近寄ると──頭を擦り付ける様に、私に甘えてきた。

鳴き声は威嚇ではなくて、甘えて喉を鳴らしていた訳だったりする。



「久し振りね、周々

貴男も随分と大きく立派に成ったわね〜」



右手を首に回しながら屈み抱き締める様としてみるが予想以上に首も太く育って抱えきれなかった。

…幾ら何でも、これは育ち過ぎじゃないのかしら?

つい、そう考えてしまった私は正しいと思う。

と言うか、野生の虎を見た事は少なからず有るけど、正直、現在、目の前に居る周々の方が大きいと思う。


そんな様な事を考えながらつい、じっ〜…と見詰めてしまったからなのか。

周々は顔を此方へと向けて──こてんっ…と首を傾げ不思議そうに私を見る。

その巨体と貫禄に似合わず可愛らしい仕草をする様に自然と笑みが溢れる。



(まあ、そうよね〜…)



当の本人に“貴男、大きく育ち過ぎじゃないの?”と訊いたって判る訳無い。

仮に、理解をしたとしてもその理由を説明するなんて事は不可能でしょうね。

…だって、ほら、私だって同性から“何をどうしたらそんな風に胸が凄く大きく成りますか?”と訊かれて説明出来無いし。

“そう成った”としか言う事は出来無いものね。




物凄く甘えてくる周々。

久し振りの再会だからって事も有るのかもしれない。

見た目は大きくなったけど甘えん坊なのは小さい頃と変わっていないみたいね。

まあ、小さい頃と言っても約三年前の事だけど。



(…母様が亡くなってから間も無くだったわよね…

親を無くした貴男が独りで鳴いていたのは…)



あの時、私達姉妹は自分を重ねていたのでしょうね。

だから、小さく天涯孤独となってしまった、この子を保護して育てた。

それは、ある意味で私達の“慰め”だった。

この子へ愛情を注ぐ事で、心の傷を癒そうとした。

今思えば、安直な考えだと苦笑してしまう。


それでも、この子が生きて育った事には間違いは無く事実として存在する。

今は、その方が大事。

そして、喜ばしく思う。


そんな私の気持ちに構わず甘えてくる周々を撫でつつのそのそと此方へと近付くもう一体へと顔を向ける。

気怠そうな態度でのんびり歩きながら近寄る様子には自然と苦笑が浮かぶ。

全長は周々よりも小さいが周々よりも真ん丸い身体の所為も有って大きく見えるその正体は大熊猫。

白虎である周々に比べれば然程珍しくはない。

ただ、見た目は可愛らしく動きも緩慢な様に思えるが意外と結構な狂暴性を持つ動物だったりする。

私の傍まで来るとペタンとお尻を地面に着けて座り、仕方無さそうに“…ほら、撫でるなら撫でれば?”と言わんばかりの態度で頭を下げて差し出してくる。


何処か傲慢で自己中心的な印象を受ける態度なのに、それを見て“全く、貴男は素直じゃないんだから”と思ってしまう辺りは家族の情愛が有るからでしょう。



「貴男も相変わらずね〜…

元気だった?、善々」



左手を伸ばして善々の頭を撫でてあげると“…見れば判るだろ?…まあ、一応は元気にしてたよ”と言わんばかりの無愛想な態度で、本の僅かに頷くだけ。

そんな様子を見て“貴男は反抗期に入ったばっかりの負けず嫌いな弟なの?”と言いたくなった。


まあ、周々と同様に私達の弟みたいな物なんだけど。

善々もまた小さかった時に保護し、育ててきた。

種族は違っても長い間傍に居る周々を兄の様に慕い、大体は一緒に行動していて微笑ましく見える。


尤も、二匹共に巨体だからあまり知らないと威圧感や恐怖感が有る事に関しては言い訳は出来無い。

見た目以上に可愛いという事は中々に伝わらないし。

その原因の一つとしては、動物らしい警戒心の強さが有るんでしょうけど。

初見で懐く事は無いしね。





「周々〜?、善々〜?」



パタパタと此方に向かって軽く駆けてくる足音と共に二匹を探している様な声が辺りに響く。

だがしかし、その声に対し私は聞き覚えが無い。

ただ、二匹を普通に呼べる程度には信頼されている者なのでしょうけど。

その証拠に二匹共に身体をピクッ…と反応させた。



「──あっ、居た居た〜♪

──って、あれ?」



二匹の姿を視認したらしく此方に駆け寄って来て──私の姿に気付いたみたいで不思議がる様な声。

同時に足も止まった。

その反応からしてみても、やはり面識は無さそうね。

そう思いながら声の方へと顔を向ける。


其処に居たのは少女。

服装は侍女っぽい物。

背丈は明命より少しばかり高いという所かしら。

小柄では有るけど出る所は出ているので詠と同じ様に言う程に幼くはない。

ただ、歳はシャオと同じ位みたいな印象を受ける。

亞莎と同じ髪の色だけど、性格的には真逆な感じ。

感情豊かな表情は不思議とシャオと重なる。


呆然としていた少女だが、何度か瞬きすると一歩だけ後ろに下がった。

焦った様な表情を浮かべて慌てて衣服を整える。

一見すると姿勢を正す様に見えるでしょうね。

でも、それは間違い。

それを隠れ蓑にしながら、私から自然に距離を取って警戒を強めている。


それだけの事なのだけれど見る者が見れば判る。

彼女は良家の子女。

しかも、中々に高い地位を持った家柄の生まれね。

彼女自身も武を嗜んでいる事も読み取れる。

動きが然り気無い事からもかなり“慣れている”事が窺える辺り、普通じゃない事は確かよね。

普通の侍女だったとしたら先ず今の私を見れば初対面だったとしても注意をする状況でしょう。

“その子達は慣れてないと危ないんですよ”と言って私を二匹から遠ざける事を優先するもの。

その理由は仕える主人への不利に繋がり、自身の責任問題でも有るから。

まあ、大体は後者の理由になるんでしょうけど。


それなのに彼女は私を見て二匹が懐いていると判断し“身内”と仮定した。

しかし、はっきりとは判断出来無い為、私から距離を取る事を優先した。

冷静に考える以上に素早い決断と行動。

それはつまり柔軟で機転が利くという事の証拠。

それだけでも彼女に対して興味が湧いてきた。




狼狽える“振り”を装って動く少女の視線が私の姿を上下に観察している。

…何故かしら?、胸辺りで妙に視線が強くなった様な気がするのだけど。

“別に僻む程、貴女の胸は小さくないと思うわよ?”なんて言いそうになったが彼女の視線には嫉妬よりも尊敬や憧憬の念を感じる。


それ程長くはなかったけど彼女の視線が胸から離れ、私の髪を見て──顔を見て何かに気付いた様な表情を浮かべた。



「……あっ、もしかして、孫権様ですか?」



ちょっと期待していた分、惜しい解答に思わず脱力し膝から崩れ落ちそうになる事は仕方無いと思う。


でも、どうして蓮華なの?

…ああ、そういう事ね。

行方不明とは言え、私より蓮華の方が自由に動ける分可能性として高くなっても可笑しくないわね。



「残念、惜しいわね〜」


「惜しいって事は…えっ!?

じゃあ、孫策様っ!?

ええっ!?、孫策様が何で今此処に居るのーっ?!」



即座に私だと切り替えるが同時に困惑もしたらしく、口調が完全に別物になる。

成る程ね、その元気なのが貴女の素顔って訳ね。

通りで似ている訳だわ。

お転婆な私達の妹に本当によく似ているもの。


そんな私達を他所に今も尚自分から甘えてくる周々と撫でられるがままの善々に“また後でね”と言う様に一撫でしてから、少女へと向かって歩いてゆく。



「色々と驚いている状況で悪いんだけど…

貴女の事、教えてくれる?

可愛い“侍女”さん♪」


「──っ!?」



私に言われて漸く、自分が侍女の領分を逸脱している態度を私に取っている事に気付いて顔を強張らせる。

警戒心が一気に跳ね上がり武器を持っていれば今にも飛び掛かって来そうな程、鋭い眼差しを向けてくる。


確かに、私に周々と善々は懐いてはいる。

でも、だからと言って私が全くの無害だとは限らないという事を、目の前に佇む少女は理解している。

親子や兄弟姉妹で殺し合うなんて珍しくない事。

寧ろ、ある程度の家柄等に産まれて来れば避ける事が出来無い“常識”の一つ。


勿論、私にそんなつまりは微塵も無いんだけどね。

万が一にもだけどシャオを殺したりしたら蓮華が絶対黙ってはいない。

孫家を離れても私達は共に母様の娘で、姉妹だもの。

必ず、私の前に現れる。

まあ、偽の情報で動くとは思わないんだけど。

あの娘も警戒心は人一倍に強かったしね。


さて、取り敢えずは眼前の少女に集中しないとね。




普通に考えれば実姉の私に対して、こんな風な態度は誉められる事ではない。

しかし、ある意味では実は正しいと言える。

私が──姉が妹の命を狙い遣って来た。

その可能性は完全には否定出来無いないでしょう。

そして、何よりも抑として私は自分が“孫策”だとは名乗ってはいない。


髪の色や顔付き、だけなら親族・血族の範疇で似ても不思議な事ではない。

つまり、目の前に居る私が“孫策を騙る偽者”という可能性は有り得る訳よ。

勿論、古参の者達であれば私達姉妹は母様似であり、親族・血族に似ている者が居ない事は知っている。

だから、先ず偽者と思う事自体無いでしょうけどね。


彼女は初対面だから知らず判断も出来無い。

其処を突いた、意地悪。



「あら、どうしたの?

口が利けない──なんて事無いわよね?

つい今さっきまでしっかり話していたんだし〜」



そう言いながら私は笑顔を浮かべて歩み寄る。

一瞬、後退りしそうになる少女だったけど、どうにか気合いで身体を抑え込んでその場に留まる。

その判断は正しい。

もし、半歩でも退いたなら私は剣撃()を出していたでしょうから。


手を伸ばせば簡単に彼女の肩を掴める距離。

其処で立ち止まり、静かに笑顔で彼女を見詰める。



「…私は此方で孫尚香様の侍女をしています

姓名を馬岱と申します」



そう言って恭しく一礼した後で──真っ直ぐに力強い眼差しで私を見詰め返し、瞳の奥には意志(ひかり)を宿して笑顔を浮かべながら静かに口を開く。



「失礼ですが、何方ら様で御座いましょうか?」



そう訊ね、睨み付ける。

互いに表情は笑顔だけれど目は一切笑っていない。

真剣そのもの。


己の失態や主人の面子など気にもしていない。

最優先するのは主人の命。

つまりは身の安全。

その為になら自身が傷付く事を躊躇わない忠誠心。


それを見て、胸中で静かに微笑を浮かべる。

こんな意地悪をした理由は単純に彼女の意志を此処で──シャオの居ない場所で確認したかったから。

あの娘も良い縁に恵まれたみたいで良かったわ。




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