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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
431/915

9 雌伏の終わり 壱


 孫策side──


━━武陵郡・孱陵


江水に臨む岸にて袁術から送られて来た使者と会う。



「──という状況です

曹魏による追撃が此処まで及ぶかもしれません

ですから、孫策殿には交戦準備を整えた上で袁術様をお守りする様に、と」



厚かましさしか感じない、そんな指示を感情を隠して平静を装って聞く。

まあ、袁術ではなく張勲の指示なんでしょうけどね。

あの小猿に正面な策なんて考えられる訳無いし。



「元々、交戦するつもりで準備をしていたしね

特に問題は無いわ

それより、当の袁術が此処まで無事に来られないと話にならないわよ?」



当然と言うか、前提条件の一番の肝となる部分に対し訊ね返してみる。

張勲が“正しく”此方側を見極めていないだろう事は伝えてきた指示で判る。

ただ、その程度が曖昧。

それを確認する為の質問。

まあ、雛里の案だけどね。



「そ、それは…」


(…ふ〜ん…成る程ね〜)



言い淀む使者の反応を見て確信を得る。

張勲も袁術と大差無い。

いや、少なからず此方への警戒心は抱いている。

ただ、状況が状況。

判断力が狂っている様ね。

此方としては好都合だから全然構わないけど。



「此方は見ての通りよ

全部隊が対岸に渡る為には準備に日数が掛かるわ

かと言って、少数の部隊で戦える相手でもない…

だから、此方からの戦力は一切出せないわ」


「──っ…」



きっぱりと“態々、袁術を助けに行く気は無い”事を使者に対して告げる。

勿論、嘘でもない。

曹魏相手に少数で戦おうと思うなんで自殺行為。

…いえ、破滅行為、ね。


だから、戦うなら全戦力を注ぎ込むしかない。

小手先の策や罠なんて物は全く役に立たない。

勝つには正面切って戦い、叩き伏せるしかない。

そういう相手な訳よ。

曹魏っていうのは。


その為には江水を渡る為に準備を必要とする。

交戦の準備は出来ていても渡河の準備は出来ていない──と言うより、最初からしていない。

という事は、全てを一から準備しなくてはならない。

その為に日数を費やせば、袁術は確実に死ぬ。

それはそれで此方としては大歓迎なんだけどね。



「その上で訊くけど…

貴方達はどうする気?

此処で袁術を待つ?

それとも──戻る?」



私達は動けない。

動く気も無いけど。


でも、彼等は違う。

こうして実際に、此処まで渡って来ている。

なら、もう一度渡って戻る事も難しくはない。

──袁術の為に死ねる。

その覚悟が有るのならば。


彼等は互いに顔を見合せ、頷き合って決断する。



「…悔しい事ですが我々が戻っても役に立てる等とは思えません…

ですから此処で待ちます

袁術様を信じて…」


「そう」



本当、便利よね。

“信じてる”って言葉は。




使者達に情報が伝わらない様に距離を置き、兵を配し壁を作って皆を集める。



「雪蓮様〜、使者さん達は如何でしたか〜?」



そう訊ねたのは穏。

けれど、表情に緊張感した様子は窺えない。

まあ、元々穏は緊張感って言葉と無縁な方だしね。

別に緊張しないって訳じゃないんだけど。

元来の性格が、だからね。


でもまあ、今回に限っては穏だけではない。

皆の表情に緊張感が無い。

雛里や明命・亞莎ですら。

斯く言う私自身も先程からつい緩みそうになる口元を必死に堪えている状態。

使者達の目は届かないから緩んでも構わないのだけど何と無く雰囲気を重視して我慢していた。

だけど、それも此処まで。

穏の言葉を合図に、解く。


獲物を前に舌舐め擦りする獣を思わせる様に、自然と口角が釣り上がる。



「全て、期待通りよ」



私の一言を受け、皆の顔も今まで以上に獰猛に笑む。

本当だったら大声を上げて笑ったり、歓喜したい所。

でも、それを遣ってしまい全てを台無しにする真似は絶対に駄目。

だから、我慢する。

今日まで堪えてきたんだし今暫く位は問題無い。



「…長かったのぉ…」


「はい、長かったです…」



祭と明命が目蓋を閉じて、過ぎ去った日々を振り返りながら、沁々とした様子で静かに呟く。

祭には色々と“泥”を被る役回りをさせたし、明命は蓮華と引き離されたりして苦悩させた。

皆の中でも、私達姉妹とも長い時間を共に過ごした分思う事も多いでしょうね。



「漸く、だな…」


「やっとなんだね…」



春蘭と季衣も私と同じで、我慢強い方ではない。

それでも堪えてきてくれた事には本当に感謝する。

真っ直ぐな分、我慢も大変だったでしょうからね。



「よー焼く、焼ーといて、ちゅー事やな」


「空気が読めていませんし零点ですねー…

無理にボケようとしたのが敗因でしょうかー…」


「──ぐはっ!?

…戦う前に味方から止めを刺されるんは痛いでぇ…」


「なら言うな、阿呆」


「酷っ!?、姐さん酷いっ!?

あんなにウチの事──」


「……ぐー…」


「──寝るんかいっ!?」



真桜に風に霞はいつも通り淡々としている。

当の真桜も以前に比べると自信が付いたみたいだし、逞しくなったわ。

…まあ、祭や霞に扱かれてボロボロになってたけど。

成果は出ている様ね。





「…はぁ…煩いわねぇ…

少しは正面に緊張感とかを持ちなさいよね」


「あ、あはは…」


「えぇ〜と…」



真桜達の様子に呆れた様に溜め息を吐く詠と苦笑する雛里、反応に困る亞莎。

まあ、詠も本気ではなくて“普段通り”にしている。

ただそれだけの事。


出逢った当初の頃に比べて雛里は実に堂々としている様になったと思う。

まあ、未だに普段の生活は人見知りだけれど。

それは彼女の愛嬌よね。

可愛らしいし。


亞莎も私の期待に応えて、短期間で才能を開花させて此処に来てくれた。

指導をした穏・雛里・詠の存在も大きいでしょうけど何よりも彼女自身の努力が有ってこその結果。

直向きで強い意志と信念を私に示してくれた。

よく頑張ってくれたわ。



「本当、緊張感無いな…」


「あ〜…否定は出来無い」



そんな様子を俯瞰する様に呟くのは白蓮。

ただ、そう言っている彼女自身も緊張感は無い。

その白蓮に同意する祐哉。

普段は一番緊張し勝ち。

でも、その割りには祐哉は此処一番で私達よりも驚く言動や判断をする。

それに助けられているから不思議と言えるわよね。



「んー…やっぱり、此処にお姉ちゃんが居ないのって寂しいかな〜…」


「孫権様、だっけ?

シャオ様の下のお姉さん」


「各々の道や事情も有る、という事だろうな…」


「そうなんだけど〜…

考えちゃうな〜って…」



そう言っているのは私達の末の妹の孫尚香。

真名は小蓮。

愛称は“シャオ”ね。

漸く、再会出来た愛妹。

相変わらずのお転婆さには祭も振り回される始末。

祐哉を気に入ったみたいで懐いている。

まあ、それは良いんだけど手を出すなら話は別ね。

本気じゃないのなら認めるつもりは無いわ。

姉として、女としてね。


そのシャオと一緒に私達と合流した者が二人。

一人は元々、後から接触し何とかして宅に引き入れる予定だった華雄。

交換した真名は繋迦。

シャオに助けられた上に、字と真名を貰った事も有り完全にシャオを主人として仕えている。

良い傾向だけどね。


で、もう一人が馬岱。

真名は蒲公英。

あの馬騰の姪っ子。

愛称の“シャオ”と呼ぶ事から見ても親密度は判る。

ただ、完全に見逃していたというのが本音。

新しい歳の近い侍女って事だったしシャオ自身が採用したって事だったからね。

我が妹ながら大した物よ。


でも、漸く時が満ちた。

今日という日を本当に長く待ち侘びていた。

本当に……長かった。

そう思いながら蒼天を仰ぎ静かに目蓋を閉じる。




──三年前。


それは激しく雨の降る日。

唐突に届けられた。

“文台様が殺されました”と村人によって。


その日、母様は狩りをしに一人で出掛けていた。

それ自体は珍しくはない。

それまでも何度も有った。

母様としては自分を餌にし“釣り”を楽しんでいた。

それだけの事だった。

私も母様の立場等を踏まえ理解はしていた。

“母様、偶には私も混ぜて欲しいんだけどな〜”とか言っていた位だ。

その程度にしか思ってなどいなかった。

それは私自身も持っている“勘”が会ったから。

それが、危機感を薄れさせ判断を誤らせた。

──当時、最初はそう思う事は出来無かったけれど。



「──母様っ!?」


「お母様ーっ!?」



屋敷の中へと運び込まれた母様は雨と泥に塗れていて“英雄”らしくなかった。

只の“弱い人”だった。


冷たくなっている事だろう母様の身体にしがみつき、泣き付く蓮華と小蓮の傍で私は黙ったまま母様の顔を静かに見下ろしていた。


──巫山戯ないでよっ!!

そう、叫びたかった。

確かに私は妹達を持つ姉、孫家の長子だ。

でも、まだまだ未熟だ。

その事は誰よりも私自身が理解している。


そして、何より──



(──勝ち逃げするなんて卑怯じゃないのっ!!)



誰よりも勝ちたくて。

誰よりも認めて欲しい。

その母様(あいて)が勝手に死んだ事に対して、憤りを禁じ得なかった。

殺した相手ではなく。

無様に殺された母様に対し憤怒が胸中で暴れた。


ただ、その一方で誰よりも冷静だった私が居た。

母様が死んだ。

その事実を素直に受け入れ遣るべき対応を遣る。

その為の思考を始めた私は非情だとも言えた。


けれど、それは当然の事。

だって、そう出来る様に、私は母様に育てられた。


胸中の激情を深く飲み込み泣いている妹達に、死んだ母様に背を向ける。

私の目の前には孫家の──孫文台に仕えている家臣が並んでいる。



「…今、この時を以て私が孫家の当主になる…」



出掛ける前“狩りの邪魔になるから”と言って母様が私に預けた宝剣・南海覇王の柄を握り──正面へ向け真横に持って突き出す。



「…皆、悔しいとは思う

だが、今は堪えよ

今迂闊に動けば多くの命を犠牲とする…

それを孫文台は望まない

軈て、時は必ず満ちる

その時まで──堪えよ!」



それが、私の当主としての最初の命令だった。




それからは大変だった。

自分の未熟さを痛感した事なんて数え切れない。

それでも、その度に学び、成長してきた。

孫家の悲願と母様の悲願。

それは似て非なる物。

ただ、母様の抱いた悲願を知る者は極僅か。

だから、なんでしょうね。

皆、心の何処かに常に暗い鈍く光る焔を宿すのは。

それは勿論、私自身だって例外じゃあない。


孫家の悲願の、その先に。

母様の悲願は有る。

私は、そう思っている。


だけど、私個人の抱え込む感情は厄介な物だった。

母様を失った事により生じ同時に行き場を失った。

その激情は、ゆっくりと、しかし確実に。

私の中で大きくなる。


戦場に出て、熱くなる事は昔から起きていた。

初めて“それ”を体験した時には自分自身が判らずに恐怖に苛まれた。

一睡も出来無い程に。

今の私からは想像出来無い事だとは思う。

けれど、私だって最初から今みたいな訳ではない。

だから、その次の日。

直ぐに母様に相談した。

まあ、“暴れ馬と同じよ、乗り熟してみせなさい”と言って新しい戦場へと再び放り出されたけどね。


それ自体は本当に直ぐ。

母様の言った様に乗り熟す事が出来る様に成った。

結構、自棄になってたから恐怖(よけいなこと)とかは一切感じなかったし。

全く…とんだ荒療治よね。


でも、母様の死後になって私を蝕む激情は熱くなると私を狂気に駆り立てる。

敵味方を問わずに、なんて事にはならない。

ただ、渇望が凄まじい。

殺しても殺しても殺しても満たされる事は無い。


そして時が流れて行き──私は祐哉に出逢った。

祐哉の存在が。

祐哉と出逢い得た想いが。

少なからず、弱めてくれる気がしていた。


けれど、それでも不十分。

根本的な解決にはならない事を私は理解した。


あの日、虎牢関で見た戦いこそが全ての答え。

私の渇望が終わる瞬間。

それを、高順と呂布を見て私は知った。




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