33 掛け違った糸
甘寧side──
拐われた商家の娘を見付け実は“皇女”という状況に驚愕していると、視界から飛影様が消えた。
直後、私達の背後で鳴った剣戟の音に振り向く。
曲剣を抜いた飛影様と──大鎌を持った少女が対峙し鍔迫り合いをしていた。
喉から声が出そうになった瞬間に二人が動く。
飛影様を呼ぼうとした声を呑み込んだのは私だけではなかった様で周りを見れば皆が戸惑っていた。
何故なら、二人の戦いから目が離せない為に。
鍔迫り合いから互いに飛び退くと少女は着地と同時に前へ踏み込む。
そのまま飛影様の懐に入り大鎌の鋒を右斬上に振るい飛影様が曲剣で受け流す。
少女は大鎌を回しながら、身体を捻り逆胴を放つ。
飛影様は一歩下がって躱し曲剣を突き出す。
大鎌を背中越しに回し刃の腹で受け流すと、くるりと一回転。
その勢いのままに、大鎌を振るい左斬上に放つ。
息吐く間も許さない様に、二人が斬り結ぶ。
私達の──いや、第三者の入り込む余地の無い程に、高い領域での攻防。
見ているだけで息を呑み、魅入ってしまう。
(…彼女は一体何者だ?)
少女の使う大鎌という物は非常に特殊な武器だ。
形状から刺突は出し難く、長物と違って間合いが狭く扱い方が限られる。
“癖が強い”と言う事だ。
しかし、少女は手足の様に自在に操っている。
それに単純に私達の誰より技量は上だろう。
膂力は判らないが。
(背は私と変わらないか)
恐らく歳も近いだろう。
飛影様より深い金色の髪は両側で纏め、螺旋を描く。
青い──蓮華の瞳より深く蒼い双眸は力強く。
飛影様を見据えている。
(……何故だ…)
飛影様が負けるとは微塵も思っていない。
だが、何故だろうか。
二人を見ていると心の中が騒ついてくる。
(………ああ、そうか…)
不意に、気付く。
二人共に殺気は全く無く、どこか楽し気に。
踊る様に、戯れる様に──剣戟の音に舞う。
少女はただ、飛影様だけを見ている。
(“いつもの”か…)
或いは“既知”の間柄か。
何れにしても放置して問題無いだろう。
視線は二人から外せないが皆の雰囲気からは警戒心が消えている。
まあ、違う意味で警戒心を抱いている者は居るが。
(全く…せめて一言くらい言って下されば良いのに)
胸中で溜め息を吐いたのは私だけではないだろう。
──side out
斬り結ぶ度、目が合う度、感情が心に響いてくる。
その都度、言い訳したり、苦笑したくなる。
正直に言えば、このままでもっと楽しんでいたい。
しかし、そうもいかない。
今は事情が事情だ。
向こうも判っている様で、“次が最後”と目が語る。
回転しながら速度と威力を上げ続けた終の一撃。
ギャギィンッ!、と撃音を響かせ──ガシャッ!、と獲物が地面に落ちた。
──彼女の大鎌が。
右手の曲剣が彼女の首筋に突き付けられている。
“残心”のまま暫し見据え彼女が小さく息を吐く。
それで曲剣を引く。
「ふぅ…全く、まだ貴男に届かないのね」
「そう簡単に追い付かれはしないさ」
そう言って互いに笑い合い曲剣を収める。
「久しいわね、“子和”」
「ああ、久し振りだな
十年になるか、“孟徳”」
“再会”を懐かしみながら抱擁を交わす。
後ろの方で驚いている様な反応をしている。
まあ、そうだろう。
俺の“名”を知っている訳だからな。
「それで?、あの娘達は?
私を放って置いて女遊びは感心しないわね」
両腕を俺の首に回し身体を密着させながら耳許で囁く様に顔を寄せる。
まあ、本命は後ろの皆へと見せ付ける事だろうが。
「揶揄うのは程々にな」
「あら、面白くないわね
少しくらい慌ててくれてもいいんじゃない?」
態とらしく、拗ねた振りをしてもバレバレだ。
反応を面白がってるだけの愉快犯なんだからな。
「お互い様だろ?」
「ふふっ…そうね」
そう言うと腕を外したので皆の方へと向く。
ぎこちない、困惑を隠せず無理矢理作った顔。
その表情から心中が複雑な状態なのが判る。
「…あの…飛影様?
其方らの女性は?」
そんな中、切り込んだのは意外にも興覇だった。
“飛影様”が疑問系なのは仕方無い事か。
「彼女は俺の──」
「妻の曹孟徳よ」
『──つ、妻ーっ!?』
珍しく揃った反応。
特に漢升や公瑾のこういう表情は稀少だ。
「言い切ったな…
正確には許嫁…と言うより将来を誓い合った仲だろ」
「あら、私は貴男以外とは“番う”気はないわよ
それとも、貴男は何処ぞの誰かに私を渡すと?」
「んな訳有るか」
一切の躊躇無く即答すると照れながらも、嬉しそうに微笑む。
というか、自分で言わせて照れるな。
此方まで恥ずかしいだろ。
「俺達の事は後で話す
それよりも今は状況を把握するのが先決だ」
羞恥心を誤魔化す訳でなく話を進める為に。
皆も冷静になって頷く。
「豫州刺史・曹孟徳です
劉曄様ですね?」
「はい」
孟徳の問いにが答える。
やはり“劉曄”だったか。
“この世界”では第一子、第一皇女らしいが。
「お前は行方不明になった皇女様を探して?」
「ええ、そうよ
私だけではなく、洛陽から多くの捜索隊が出たわ
私は別用で洛陽に来ていて協力する事になったの」
「だからって単騎で捜索は無茶だろ…」
「大丈夫よ、高が賊相手に遅れは取らないわ
それに殿下の所在と安否が判れば一度戻り兵を率いて出直すだけよ」
間違ってはいない。
彼女の身体の問題を除いて考えれば、だが。
「俺じゃなかったら今頃は“遺体”と御対面だったと聞いてもか?」
「…本当ですか?」
俺の言葉に眉間に皺を寄せ彼女が病弱だという情報を思い出したのか劉曄を見て確認する。
「はい、飛影様の仰る通り私が生きているのは他でもない飛影様のお陰です
一度は死を覚悟しました
今は嘘の様に身体の調子が良いのですが…」
「…何をしたの?」
「秘密♪」
そう笑顔で言うと拗ねた様に睨み付けてくる。
「まあ、その件に関しては本人に説明するから後だ
時に行方不明になったのは皇女様なんだな?
商人・孟斉の娘とかじゃあないんだな?」
「孟斉の娘?
何の関係が──まさか…」
俺の言葉を訝しんでいたが気付いた様だ。
肯定する様に笑う。
「俺達が此処に居るのは、賊の一部に襲われてな
ちょっと“訊いた”ら色々教えてくれたよ
で、誘拐が有ったと知って遣って来た訳だ」
「そう、そういう事…
つまり此処の連中は殿下を“孟斉の娘”と人違いして連れ去った、と…」
「俺はそう見てる
皇女様、貴女は拐われた時どういう状況でしたか?」
「街に有る御店で御菓子と御茶を頂いていました
その時に見知らぬ男性達が近付いて来まして…」
「…はぁ…頭が痛いわね」
劉曄の説明に孟徳が右手で眉間を押さえる。
だが、まだ甘いぞ。
「参ってる所悪いが真相はもう少し複雑だ
どうやら“依頼人”が居る可能性が高いからな」
「…だから、なのね
“それ”を生かして置いた理由は…」
そう言って、倒れたままの賊の頭目を見た。
曹操side──
拐われた皇女を探しに来て見れば彼が居るなんてね。
十年振りで成長していてもお互いに判るわ。
(というか、何かしら?
貴男の周りの娘達は?)
“挨拶”代わりに一撃。
そのまま“手合い”へ。
鍛練を怠ってはいなかったけれど、まだ遠い。
たった一合で解る。
(可愛くないわね…)
容姿は極上なのに。
とか、考えていたら彼から受けた一撃。
思考を読まれた様で怒気が籠っていた。
(怒りたいのは私の方よ)
互いに口にせず、刃と瞳に想いを込めて交わす。
誰にも邪魔出来無い。
私達だけの舞踏の中で。
手合いの結果は私の敗北。
まだ精進が必要の様だ。
彼の連れと思われる娘達に紹介される際、先制攻撃で“妻”だと名乗った。
予想通り、皆、彼に対して好意を抱いている様子。
全く、天然の女誑しね。
私との関係を訂正しようとするから揶揄ってみれば、迷わず即答するし。
自分で言わせた事だけど、恥ずかしいわね。
嬉しいのだけれど。
彼の主導で話は現状の把握へと向かう。
先ずは私が名乗って殿下に確認した。
彼は正規の捜索隊ではなく偶然居合わせただけ。
直接は関係無いだろう。
彼は私に経緯を訊き捜索の実態を確認した。
私を心配してくれた事に、胸が高鳴ったのは秘密。
こういう然り気無い台詞で喜ばせるのだから。
それより殿下が“遺体”になっていた可能性が有った事に驚いた。
確かに彼女は幼少の頃から病弱で滅多に城の外に出る事も無かった筈。
それを思い出し殿下に確認すると肯定された。
ただ、その殿下を助けたと思われる“何か”に関して彼は口を噤んだが。
(何が“秘密♪”よ!
勿体振ってないでさっさと言いなさいよね!?)
別につい“可愛い…”とか思った訳ではないわ。
ええ、気のせいよ。
まあ後で殿下に話す様だし病状か原因に関する事なら無理強いは出来無い。
此処は大人しく退く。
彼に“孟斉の娘”と訊かれ“何の話を…”と思ったが直ぐに理解した。
そんな馬鹿げた理由で都を混乱させたとは…
正直、頭が痛い。
しかし、そんな状態の私に追い打ちを掛ける様に彼は可能性を口にした。
そして、納得する。
彼の性格上、賊を生かして置くとは思えない。
ならば、理由が有る。
今回は“情報源”として。
抜け目無い事ね。
──side out
尋問を始める為に劉曄には退出して貰おうとしたが、立ち合いたいと希望されて“残酷な事”をするからと説明して了承した。
「ほら、出番だぞ?
寝てないで起きろって」
賊徒の頭目を蹴り起こし、その手足を翼槍で容赦無く突き刺す。
「ぅぎゃああぁあぁっ!?」
“寝起きドッキリ”ならぬ寝起き“グッサリ”か。
うん、面白くない。
「ぅぐっ、て、手前ぇ…」
踞ったまま此方を睨み付け見上げてくる。
お〜、感心感心。
抵抗する気力が有るのは、実に良い事だ。
主に俺の捌け口に。
「おはよう、誰かさん
気分はどうかな?
もう一刺し、行っとく?」
「ま、待てっ!
何が目的だ!?、金か!?」
翼槍をチラつかせるだけで戦意を失った。
御決まりの台詞だなぁ。
もう少し個性を出そうよ。
「お前さ、誰に、頼まれて誘拐なんてやったの?」
「っ!?、な、何の事だ?」
「部下が喋ったぞ?
“依頼人”…居るんだろ?
後、残ってるの、お前だけだからな?」
「なっ!?」
笑顔で言う事で、狡猾さを印象付ける。
「…話すから見逃してくれ
証拠になる書状も有る
なっ?、アンタ等にとって悪い話じゃないだろ?」
態度を変えて“取り引き”しようとする。
だが、残念だったな。
今回は相手が悪い。
「あのさ、お前等が拐ったあの娘なんだけどな…
この国の皇女様だぞ?」
「………は?」
「“商家”の娘じゃなくて“皇帝”の娘だ
この意味、判るか?
お前には“死”しかない
だけどな、話せば道連れは出来る訳だ
さあ、どうする?」
自白を促してみる──が、考えた末に“良い事”でも思い付いた様に笑う。
碌でも無い事だろうが。
「俺が死んだら、依頼人も書状の在処も判らなくなる
判ったか?、俺を見逃せ、それが条件だ」
やれやれ、案の定か。
馬鹿には付き合えんな。
「お前、剣を使うのか?
その割には腰の物は随分と身が“薄い”様だな?」
「っ!?、こ、これは…」
「残念、もう用無しだ」
動揺した事で確信。
翼槍を一降りして首を撥ね飛ばし尋問を終えた。
血溜まりから男の剣を拾い宙に放り、一閃。
鞘が割れ、中から紙の束が出て来た。
それを掴み、広げて見れば大当たりだった。