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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
425/915

        伍


図星を突かれ言葉に詰まり表情を顰めた韓遂。

普段の──本来の韓遂なら先ず見せはしない失態。

それは雷華様の打ち込んだ“布石”による所が大きく改めて雷華様の持つ先見が如何に規格外であるのかを感じさせられる。



「どうしたんだ韓遂?

急に黙り込んで?

変な物でも口にしたか?」


「──っ!!??」



雷華様達の見様見真似での揺さ振りだったが思いの外韓遂に効いたみたいだ。

これで調子に乗って遣り、自滅してしまう程私も馬鹿じゃあない。

…べ、別に実際に遣った訳じゃあないんだから?

──って、そうじゃない。

そんな事は置いておく。


雷華様から聞かされていた韓遂の手口を示唆する様に言った一言に過剰と言える反応を見せ、狼狽えた。

それを見て自然と眼差しが鋭くなった気がする。

…当然の反応だよな。


何も言わず、静かに韓遂を見据える私に対して韓遂は明らかに困惑していた。

自信満々で追及されたなら全てを肯定し、開き直って言葉を返せる。

逆に確証の無い“探り”や単なる偶然の発言だったら誤魔化し、全てを隠し通す方向に持っていくだろう。

だが、今の私の言動からは何方らの雰囲気も窺えて、迂闊な反応を出来無い事が韓遂に決断を躊躇わせる。

まあ、私が韓遂の反応には気付かない振りをしている事も大きな要因の一つ。


此処で畳み掛ける様にして追及する事は簡単。

しかし、それでは無意味。

今のこの“揺れ動く様”に意味が有るのだから。



「何か言ったらどうだ?」



挑発する様に発言を促す。

韓遂に罪を認めさせる事が私の目的ではない。

韓遂に自らの口から真相を語らせ、卑劣な罠で穢した母さんの誇りを浄める事。

それが何よりも大事だ。



「──貰ったあぁーっ!!」



ただ、此処は戦場。

如何に容易く韓遂の前まで辿り着けたとしても、全く気付かれない訳ではない。

そして、韓遂は主君だ。

当然ながら指示を仰ぐ為に少なからず韓遂の居る方に顔を、姿勢を、意識を向け──私の存在に気付く。

故に、邪魔が入る事なんて想像し易い。



「──話の途中なんだ

余計な邪魔をすんな」



そう言いながら愛槍を振り斬り掛かって来た敵兵へと一閃を放つ。

小さな呻き声を残しながら地面へと落ちる音。

その間も私の視線は韓遂を捕捉したまま離さない。


“少しでも長生きしたいのなら邪魔はするなよ?”と雰囲気で語る私を見て察し敵兵達は私達二人を中心に静かに後退した。


まるで決闘をしている様に人垣の輪が生まれ、中央で私と韓遂が対峙する。

…いや、決戦だな。

これは色々な意味を含んだ決着の為の戦いだ。




場違い、と呼べる状況。

韓遂の背後では真正面から攻撃している灯璃の部隊に応戦している敵軍の姿。

恐らくだが、泉里と斐羽も動き出す頃だろう。

そうなれば壊滅するまでは時間の問題になる。



(…さあ、どう動く?)



胸中で静かに訊ねる。

少なからず韓遂も今の私の立場──所属をする勢力が何処なのか。

その辺りに関しては見当が付いている事だろう。

情勢を読めば単純な事。

それ以上に、これ程までに完璧に私の存在を秘匿する事が出来る勢力は現状では一つしか考えられない。

故に、韓遂の中では早々に事態の危険性に気付いて、あんな風に訊いた訳だ。

他の勢力で“復興の礎に”なんて有り得ないしな。


とは言え、“生き残る道”は既に存在しない。

韓遂は判っていただろう。

母さんを裏切った時点で、バレてしまったら自分には死以外には無いと。

だからこそ、私達を生かし決して真相に触れない様に気を付けてきた。

それは確かに成功した。

未来永劫、私達は気付かず人生を送っていただろう。

雷華様という格の違う方を相手にしなければ。

私が、雷華様と出逢いさえしていなければ、な。


そう、全ては私が雷華様に助けられた、あの日。

それが全ての分岐点。

そう思うと、韓遂は本当に上手く遣ったと言えるよ。

運が悪かっただけでな。



「………──っ……」



口を開き掛け──閉じる。

諦めから言い掛けたのだが正気に戻った、って所か。

中々にしぶとい。

しかし、韓遂とて袁紹達の様な馬鹿ではない。

今の状況を理解出来無い程愚かではない。

簡単に認めてしまっては、周囲に居る兵達は一転して敵に回ってしまう可能性を秘めている。

その事は、袁紹が目の前で証明してくれた筈だ。

同じ轍を踏む事はしない。

かと言って、私が何処まで知っているのか。

その事を核心出来る確証も獲られてはいない。


それでも、時は流れる。

待ってなどくれない。


韓遂は右手を背中に回して背負っていた槍の柄を握り──構えを取った。



「話す気は無し…か

それとも話せない、か?」



無駄だろうな、と思いつつ取り敢えずは挑発。

やっぱり、袁紹達みたいに単純には喋らないよな。

…いや、違うか。

袁紹達が可笑しいんだな。



「…武人ならば戦いを以て語れば済む事だ」


「へぇー…そうかよ…」



案の定の返答。

ただ、その言葉を聞いて、私の心が急速に温度を下げ鋭さを増した。



「なら──行くぜっ!!」



そう私が言うと紫燕は前に向かって踏み込んだ。




騎馬となる馬達は大多数が“戦慣れ”している。

その中でも、名馬とされる多くに言えるのが、主人の意思や意図を汲み取る様に“自ら判断出来る”事。

韓遂の愛馬もまた、それに漏れない名馬だった。


それ故に引っ掛かった。


駆け出す──と見せての、まさかの紫燕の誘い。

過去の経験から“後の先”を取ろうと動いた。

だが、実際には紫燕は動く“振り”をしただけ。

前に出てはいない。

その事実に気付いた瞬間、韓遂の愛馬は脚を止めた。

それは反射的な反応。

ある意味、仕方が無い事。


紫燕の遣った事は馬術では常識を覆す動きだろう。

誰も騎馬で馬の方が誘いを仕掛けるなんて考えない。

普通は乗り手の動きにだけ注意を払う物だからな。

そんな盲点を突く技術。

誰の仕込みか、なんて事は言わずもがな。


馬は身体の大きさに対して四本有る脚は細い。

脚の付け根──太股になる部位は発達はしているが、膝・脛・足首となる部位は見た目以上に繊細だ。

だから、一度動き出したら簡単には止まれない。

止まろうとすれば、或いは止まったとしたら、大きく体勢を崩す事になる。

小さくない負荷を伴って。

最悪、それだけで骨折して命を落とす事にもなる。

今回は相手も優れているが故に大丈夫そうだが。


ただ、馬自身は止まれても背に跨がった韓遂が止まる事は出来無かった。


普通でも急停止をした時は身体──少なからず上体は流されてしまう物。

予期して準備していたなら対応は難しくはない。

しかし、突然の場合ならば間違い無く、体勢を崩す。

馬上であれば尚更だ。

如何に優れた馬術を持った者で有っても完全な不意を突かれてしまっては反応は遅れ──結果、落馬する。



「っ!?──がっ、ぁっ…」



馬上から前転する様にして地面へと背中から落ちた。

衝撃と痛みからか、小さく呻き声を上げる韓遂。

受け身を取ろうとした為に持っていた槍も手離して、無防備な姿を晒す。


その隙を私も紫燕も見逃す様な鈍い鍛えられ方なんてしてはいない。

自然な動きで前に歩み出た紫燕の背中から韓遂の首に愛槍の鋒を突き付けた。



「武人として、語れたな」



そう静かに告げる。

言外には“判っただろ?、お前には武人として語れる資格は最初から無いって”“卑怯な真似しか出来無いお前には武人として戦って死ぬ事すら赦されない”と意思を示す。


それを正面から受けて──韓遂は小さく笑った。




“何が可笑しいんだ?”と訊く必要は無い。

韓遂の笑みは──自嘲だ。



「…フ…フフッ…ククッ…アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!!!!」



急に笑い始めた韓遂を見て周囲の敵兵の多くは動揺し困惑しながら更に後退して距離を取った。

私も無関係な立場だったら取り敢えず離れてる所だ。

気が狂った様な笑い方。

到底、正気には見えない。



「ハハハハ──ッ!!!!!!」



そんな韓遂だったが右拳でいきなり地面を叩いた。

一度ではない。

何度も、何度も、何度も。

拳の皮膚が破れ、血が滲み地面を紅く染めても。

韓遂は殴り続けた。



「──何故だっ?!

何故お前は死んだ後でさえ邪魔をし続けるっ?!

何故だっ、何故なんだ──馬騰おぉおぉっっ!!!!!!」



それは韓遂の魂の咆哮。

嘘偽りの無い、本心。


それを聞いて──判った。

結局の所、韓遂は今も尚、馬騰に敗け続けている。

そういう事なんだと。


確かに韓遂は母さんの病に突け込んで罠に嵌めた。

ただ、母さんにも油断した部分が有った事も事実。



(…いや、そうじゃない

もしかしたら母さんは…)



気付いていたのかも。

韓遂が自分に対して異常な程の劣等感や対抗心を抱き暗い焔を心の深奥に燃やし続けている事を。

だから、敢えて乗った。

自分の死後でさえも韓遂を縛り付け苦悩させる為に。


韓遂は袁紹達とは違う。

曾て母さんが──馬寿成が認めた武人だった。

だからこそ、意味が有る。

正々堂々と戦って勝利した訳ではない。

卑怯な罠に嵌めて死なせた事実は誰よりも韓遂自身を後悔させている。

未来永劫、勝てないままに死なせたたのだから。



「…………馬超よ、馬騰に薬を盛り、病に見せ掛けて戦死させたのは私だ

この涼州連合軍に参加する諸侯全てが仲間だ

…とは言っても、貴様には既知の事だろうがな…」


「ああ、その通りだよ」



韓遂の自白を聞いて、私は左手を懐に入れて雷華様に御借りしてきていた韓遂達首謀者の血判状を取り出し目の前に突き付ける。

“やはりな…”と呟いて、ゆっくりと目蓋を閉じる。



「…曹操か…敵わぬな…」



訂正しようか、と一瞬だけ逡巡するが止めた。

意味は無いだろうからな。


結局、韓遂が敗れた相手は曹魏ではない。

そう──馬騰なのだから。




真相を語り、死を覚悟した韓遂の首を刎ねる際。

私の心は静かだった。

あれだけ渦巻き猛っていた感情は何処に行ったのかが逆に気になってしまう程に落ち着いていた。


その後は普段通り。

見計らった様に挟撃をする泉里と斐羽の流れに合わせ残った敵を一掃した。

華琳様が宣言していた筈の通りに投降は認めない。

だから捕虜は一切出ないし次への支障も無い。

勿論、此方の被害も無い。

よく考えられているよな。


そう改めて感心しながら、静かに空を仰ぐ。

気付けば何て事は無い。

華琳様が仰有っていた事と同じだった。

“その一件に対して、私が手を出す事は筋違い”と。

それは私にも言えた。

もしかしたら、雷華様には見えていたのかも。

復讐の必要なんて無い。

最初っから、母さん自身の手によって決着は付けられ終わっていた事を。

それを直に知る事にこそ、意味が有る事を。



(…本当、狡いよなぁ…)



一体、何度思う事か。

事有る毎に改めて感じて、更に強く惹かれる。

目指す“高み”と同じ様に想いもまた天井知らず。



「…何笑ってんの?」



そう話し掛けられて声へと顔を向ければ若干心配する様な表情の灯璃が居た。

…何かこう…台無しだ。

気分的な意味で。



「別に…何でもないさ」


「ふ〜ん…まあいいけどね

それより吹っ切れたの?」



その何気無い一言を聞いて思わず目を見開いた。

すると眉根を顰める灯璃。



「何?、気付かれてないと思ってたの?

皆気付いてたんだから」


「………え?、本気で?」


「本気も本気、と言うかね

翠じゃバレない訳無いし

…他人の事言えないけど」



最後に自虐ネタで落として苦笑する灯璃。

その様子を見て──苦笑。

本当、馬鹿みたいだ。

結局の所、一人で悩んでるつもりだっただけ。

皆が私を支えてくれていた事を改めて教えられた。

…きっと、これが雷華様の真の狙いだろうな。

配置は雷華様が決めたし。

意地悪だよな…全く。



──side out。



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