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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
424/915

        肆


今回、此処に参戦している部隊は全部で三つ。

兵数は三千。

斐羽・灯璃と私の部隊。

但し、私の部隊は諸事情で泉里が率いている。


“先鋒”を任された灯璃は部隊を率いて所定の位置に待機していたので直前での会話は無かったが、彼女の存在には助けられる。

雷華様と巫山戯ている様で場の雰囲気を上手く調整をしてくれている。

まあ、実際の所は雷華様がそうしているんだけどな。


普段の様子を思い浮かべるだけでも口許は緩む。

緊張していた身体から力が自然と抜けてゆく。

傍に居なくたって雷華様は私達を支えてくれている。

その事を実感して胸の奥が熱くなった。



「……来たか」



柔らかな気持ちに浸る中で現実に引き戻すかの様に、待っていた者が訪れる。

舞い上がる砂塵を見詰め、静かに目蓋を閉じる。

敵の一団の気配が近付き、目の前を横切り通り過ぎて去って行った。


ゆっくりと大きく深呼吸し目蓋を開く。

心身を“刃”と化した後、右手に握る愛槍へと視線を落として──微笑む。



「──宜しく頼むな」



そう言うと、“応”という同調の感情を感じる。

雷華様が言われていた様にこの子達には意思が有る。

今では懐かしい思い出だが本当に大変だった。


最初は気配すら感じる事が出来無かった。

どうしても“武器=道具”だという染み付いた認識が意識から抜けなかった為。

それを打開するのは中々に至難だったんだが…

出来た時には“…え?”と呆然となってしまう位に、呆気なかったりした。


結論から言うとだな。

私達は既に知っていた。

要は紫燕達と意志疎通する状態と大差は無い。

ただ、武器を“生物”だと認識する事が困難だった為出来無かった訳だ。

だから、一度理解さえしてしまえば直ぐに馴染む。

違和感を覚える事も無い。

因みにだけど、私達の中で一番早く愛器と“対話”が出来る様に成ったのは実は螢だったりする。

雷華様曰く“他の誰よりも自然体で居られるからだ”との事だった。

理解してみれば、納得。

華琳様でさえ、認識の壁は簡単には越えられなかった為に螢を誉めていた。

二人から誉められた螢は、物凄い照れていたけどな。


──と、一団の進んだ方で叫声が上がった。

もう一度、深呼吸。

そして、紫燕の首筋を軽く叩いて“宜しくな”と頼み手綱を握った。



「──さあ、始めようぜ」



一つ、大きく嘶き、紫燕は大地を蹴って駆け出す。

昂る気持ちを抑える様に、紫燕は走る。

その背中で私自身も静かに意識を集中させる。


此処で“答え”を示す。

それが私の舞台だ。



──side out



 徐晃side──


韓遂達、涼州連合軍に対し討伐を任された私達。

雷華様から指示されたのは“涼州に逃げ帰る所を待ち伏せて襲撃する”という事だけだったりする。

まあ、細かい段取りとかは泉里に任せて置けば特には問題は起きない。

という事で三将一致。

私達は部隊の調練や準備をしっかりと行った。


で、決戦の当日。

泉里から出された作戦とは至って単純な物。

一部隊が進行方向に待機し機を見計らって動き出して正面から攻撃。

それに対して敵側が展開し陣形を変更した所へ後方と左右から一斉に奇襲を行い一網打尽にするという物。

特に異論は無い。


ただ、一つだけ気になった部分が有った。

後方と左右の部隊配置だ。

当然、“先鋒”を担う者は自分の部隊を率いる。

その事から泉里以外になり残る部隊は二つ。

それを三分割して各将師が率いるのか。

その辺りを確認した。

それに対して泉里が出した答えは少し意外な物。

ああいや、普通じゃなくて“私達の中では”だけど。


泉里の答えは左右に部隊を配置し、後方からの奇襲は“単騎”で、だ。

“普通”の軍でだったら、力の有る将師の単騎駆けは珍しくはない。

寧ろ、少数の兵力でも戦で勝利する為には頻繁に見る事が出来る方法。

広く名を知られる武将には大抵有る武勇伝の定番だ。


しかし、私達は違う。

それは一番避けるべき事。

私達は曹魏の──覇王軍の将師なんだから。

何より、雷華様から私達は指揮を最優先して戦う様に言われている。

それなのに泉里が破る様な真似をする事に驚いた。

斐羽や翠も同じ反応をして斐羽が指摘した。

すると泉里は“雷華様には御許可を頂いています”と平然と答えた。

泉里に策は任せていた為、それ以上私達は何かを言う事は出来無かった。


話し合いの結果──

“先鋒”は私が、左右には斐羽と翠の部隊を率いての泉里という配置。

単騎駆けは翠に決まった。

…本の少しだけ単騎駆けも遣ってみたかった。

我慢し続けるってのは苦手だから此方の配置が私には向いているけど。


まあ多分、泉里なりの翠に対しての気遣いなんだとは私も斐羽も気付いている。

翠の抱えている問題が解決すると良いな。



「──敵影、見えました」


「──総員抜刀っ!

さあっ、狩りの時間だっ!

喰らい尽くせっ!!」



私の号令に雄叫びを上げた皆と共に駆け出す。

遣り過ぎない様に。

それだけを頭に置きながら敵の先頭に走っている者に狙いを定めた。



──side out



 馬超side──


作戦通りに運んでいる様で長蛇陣だった敵軍の陣形は鋒矢陣に変わっている。

斐羽と泉里は私が“頚”に食らい付くのを見計らって仕掛けるつもりだろう。

まだ、姿を見せていない。

だからこそ、敵軍の意識は前方の灯璃達にだけ向いて実に容易く背後を突ける。

ただ、其処に隠されている私への“気遣い”を思うと少々擽ったいけどな。


敵軍の総数は約一万五千。

事前に確認されていた数と変わってはいない。

此方の五倍に当たる。

まあ、流石に韓遂達だって馬鹿じゃあない。

如何に漁夫の利を狙っての袁紹への協力だとしても、ある程度の兵数は出すのが当然と言えば当然。

袁術は出してはいないが、それは立場の違いが有る為仕方が無い事だろう。

付け加えるなら、袁術には孫策に押し付けて楽をする心算が有ったから。


ある意味、見事だと言える韓遂達の引き際には呆れを通り越して感心する。

だからこそ無傷で此処まで来る事が出来たのも確か。

良し悪しは別だけどな。


陣形の都合上、一番離れて孤立している最後尾になる部隊を見詰め──その中に韓遂の姿を視認した。

ドクンッ…と静かに鳴った私の中に燃える“鼓動”を感じ取った様で紫燕が身を僅かに低く構えて、加速。

“一気に突っ込むから”と紫燕の意思を感じる。

それに合わせて私も右手の愛槍を構えた。


其処からは瞬く間の事。

そして──接敵。

完全な不意打ちによって、此方を認識するよりも早く三十程の兵達が命を散らし赫い花を咲かせた。

花弁の舞う中を潜り抜けて標的である韓遂へと迫る。


その一方で、漸くといった感じで敵兵が襲撃者である私の存在を認識していた。

尤も、私に意識が向く前に百人以上が絶命した事実に困惑し、混乱しているのが実状だったりするし、私の正体までは把握しきれてはいないだろうけど。


何故、そうなったのか。

“木を隠すのなら森の中、人を隠すなら人の中”って訳だって事だな。

側に居る私の存在に何故か気付きはしない。

別に氣による隠遁術により私の姿を認識させない様にしている訳ではない。

ただ単に、“敵は外”だと彼等の思い込みが注意力を外ばかりに向けている為。

内側(そこ)には居ない”という思い込みがな。


だから、自分でも驚く程にいとも容易く韓遂の下へと辿り着く事が出来た。




声を掛けた後、私の方へと振り向いた韓遂の反応は、ある意味では予想通り。


そう思えた理由。

それは当然だと言える事。

私は母さんの形見の愛槍を探し求めて旅に出た。

その事を当時から韓遂達は知っていた。

だが、私に刺客を放つ様な真似はしなかった。

それが碌な結果を生まない事を理解していたからだ。


母さんの死後、私達一族は纏まりを欠いた。

焦り、だったのだろう。

不安、だったのだろう。

西涼の部族達の盟主という立場だった馬騰の影響力は絶大な物だった。

それを急に失った馬一族は敗北と戦死を積み重ねて、その結果、私達二人だけを残して衰退した。

実質的な滅亡に等しい。

それでも私達は死ぬ事無く今に生きている。


韓遂達にしてみれば私達は邪魔な存在だっただろう。

しかし、迂闊に手を出せば自分達への不信感を招き、離反や謀叛を生むだろうと理解をしていた。

母さん──馬騰に対しての信頼や忠誠心は西涼の民の常識だったからな。

だから、下手に手は出さず必要最小限にしか手助けもしなかった。

勿論、母さんの生前からの関係を急に変化させる様な事も避けていた。

韓遂達は実に慎重だった。


そんな中で私の一人旅だ。

これを好機と捉えた者達は少なくはなかったそうだ。

しかし、韓遂は馬鹿な事を考えた者達を諫めた。

本の小さな穴が、後になり致命的になる事を経験から知っていたからだ。


そして──私は消息不明の状態になってしまう。

勿論これは雷華様の方針で私達の存在──曹魏の持つ戦力(てふだ)を隠す為には仕方が無い事だった。

それに…あの馬鹿は私より先に消息不明になったし。

まあ、それは関係無いから今は置いておこう。


で、韓遂達は怪しむ。

実際、雷華様の話では私の行方や動向を探る為だけに結構な数の細作が各地へと放たれていたらしい。

当然ながら私の情報を掴む事は不可能に近い。

しかし、敢えて韓遂達へと雷華様は情報を与えた。

それは信憑性に欠ける物。

但し、ある程度の情報数を手にして“推測”を促し、勝手に誤った解釈をさせて納得させる為にだけどな。

そのお陰も有って韓遂達は私を“死んだ”と結論付け警戒を解いてくれた。


だから、驚く訳だ。

徹底した秘匿も功を奏して今日まで考えもしなかったみたいだからな。

“死人”が目の前に現れるなんて考えたくもない。

普通に有り得ない事だし。


それ故に、精神的な動揺の要因になる。

思考を乱し、冷静さを奪う程度には。




表情を強張らせ唇を細かく震わせている韓遂。

見開かれた眼はしっかりと私の姿を捉えていながらも何処か“別の何か”を映し見ている様に思えた。



(雷華様が言ってたっけ…

“恐怖は死ぬまで影を生み蝕み続け、罪も心の深奥で絶えず怯えさせる”って)



“成る程、確かにそうだ”と思ってしまう。

もしかしたら、今韓遂には私に重なって母さんの姿が見えているのかもな。



「そ、そんな馬鹿な…

何故、お前が此処に…」



動揺しまくっている韓遂が面白過ぎて笑い出しそうになってしまう。

それを何とか堪えながら、平静を装って言い返す。



「何だよ、可笑しいか?

私が“生きていて”此処に居るって事が…」


「──っ!?」



ゴクッ!、と息を飲む音がはっきりと聞こえた。

敢えて強調した部分に対し物凄い判り易い反応。

普段は遣られる側の立場が多い私だけど…うん。

これって一回味わったら、病み付きになりそうだ。

それ位に痛快で愉快。

軍師陣の言う“楽しみ”も何と無く理解出来る。



「どうして此処に居るのか訊いて来たよな?

少しはさ、考えてみたか?

私が今、此処に居る理由が何なのかって…」



そう切り返した私の表情は笑っている。

だが、威嚇・威圧する様に眼差しは鋭く韓遂の表情を睨み付けている。

端から見たら、そんな風な感じなんだろうな。


韓遂は私の言葉を受けて、表情を更に強張らせた。

しかし、数瞬の後に巧みに表情を隠してしまう。

やはり伊達に母さんや私を騙し続けて来てはいない。



「…兵が攻撃を受けた以上援軍ではないだろう

ならば、考えられるのは…

我々を討ち取り、馬一族の復興の礎にする…か?」


「お前達を討ち取った所で一族の復興に繋がらないし礎にも成らない

それとも…そうなる理由が有るって事なのか?」


「──っ…」



挑発し、探る様に訊き返す韓遂の言葉を一刀両断し、核心へと迫る為に懐の奥に更に踏み込んで行く。

そんな、曾ての私だったら全く出来無い駆け引きに、韓遂の方が先に揺らぐ。

生憎と私は成長した訳だ。

色々とな。




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