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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
422/915

        弐


 other side──


戦場を後にし、駆ける。

馬を、兵を走らせて自分の領地を只管に目指す。



(袁紹…やはり使えぬな

だが、せめて“足止め”役程度には役立って貰いたい所ではあるが…)



楽観視は出来無い。

相手は今や天下一と言える覇王の治める強国。

領土こそ漢王朝には劣るが純粋な戦力ならば漢王朝を遥かに上回るだろう。

何しろ、今だ誰も“底”を見ていないのだから。



(袁紹・袁術の同盟勢力は確かに巨大ではあった…

しかし、それを活かしきる将師が圧倒的に不足…

それでも袁術の麾下に居る孫策の一派が加わっていたならば或いは…いや、既に終わった事だな)



今更悔やんでも無意味。

“勝てるかもしれない”や“勝てた時には…”という安易な打算の下に行動した自分が愚かだった。

それを認めた上で、今後の動き方を検討する。


戦場で旗は上げずに居た。

その為、此方の存在自体は気付かれていても、誰かは定かではなかった筈。

勿論、相手が相手な以上は油断してはならない。

それでも追撃されなければ大丈夫だろう。

躱し切る自信も有る。

追撃を躱す事さえ出来れば此方を一方的に“敵”とは呼べない筈だ。

そうなれば僅かでは有るが望みは出て来る。



(分相応に高望みはせず…

そうすれば、死ぬ事は先ず免れられるだろう…)



死にさえしなければ機会は孰れ訪れる筈だ。

何なら取り入る形で地位を上げても構わない。

そうしていれば軈ては首を獲る事も可能だろう。

それまでの辛抱だ。


どの道、戦えば敗北する。

何とか出来ても従属辺りが最高の結果だろう。

同盟等の“対等な関係”は望むべきではない。

強気には出ても、その形を履き違えてはならない。

自分は“弱者”なのだ。

それを忘れてはならない。



「──て、敵襲ぅーっ!!」


「──っ!?」



方針を決めた──その時。

先頭を走っていた兵士から声が上がった。

同時に騒がしくなる前方。

色々と考える事が有る。

だが、先ずは指示。

今は長蛇陣を敷いている。

前方から攻撃を受けたなら左右も警戒すべき。



「伝令っ!、総員停止っ!

鋒矢陣に移行だっ!」


『はっ!』



側に控えていた伝令兵達が指示を受け、行動。

自分の部隊を追い越す形で後続の部隊が左右へ展開。

陣形を変化させる。


──と、その時だった。



「──ぅぎゃあぁあっ!?」



背後で上がった悲鳴。

手綱を引き馬を回しながら少しだけ早く頭だけを向け事態の把握を行う。



「久し振りだな、韓遂」


「──っ!?」



そう話し掛けてきた相手を見て思わず声を詰まらす。

驚くしかなかった。


その者は──馬超。

馬騰の娘だった。



──side out



 馬超side──


昨夜──決戦を明日に控え準備の確認をしていたが、それは中々寝付けない為。

柄にも無く緊張していると私自身でも気付いていた。

配置上、朝が早い事も有り“早く寝ないと…”と思い気持ちが焦ってしまう。

ただ、布団に入っていても寝付ける気はしなかった為部屋を出て、庭辺りを少し散歩でもして気分転換してしようと考えた。


既に他の皆は就寝しているみたいで私邸内には静寂が広がっている。

ゆっくり廊下を歩きながら通り過ぎる皆の部屋の戸を眺めながら、ふと思う。

“今開けて入ったとしたらどんな反応をするかな?”なんて下らない事を。

…先ず三分の一は怒るな。

そして命の危機に陥る。

残りの内半分は起きないで寝ている気がする。

因みに、私も多分そうだ。

気付かない可能性が高い。

で、残った面子は…不明。

はっきり言って全く反応が読めない。

主な利用としては寝起きの悪さが故に。


そんな事を考えつつ着いた場所は中庭。

当然ながら誰も居ない。

普段は皆で朝練をしている場所であり、東屋は茶会や談笑をしたりしている為、見慣れた、慣れ親しんだと言える場所である。

“夜の中庭”という事でも然程珍しくも無い。

夏場、皆で月や星を眺めて小宴を催したりもしたし。


ただ、こんなに人気が無い夜の中庭は初めて。

私自身、滅多に夜更かしはしないからな。



「…草木も眠る、か…」



それは所謂“怪談”の中で度々用いられる言い方。

その為、自分で言って置きながらも若干気味が悪くて背筋が寒くなる。

勿論、それは気分的な物。

実際に何かが有るという訳ではないのだから。


何と無く顔を向けた先には王城が月下の下に陰を纏い聳え立っている。

城内もまた日中に比べれば人気が無くて当然。

本来なら“見回り”なんて不要だったりもする。

まあ、その辺りは対外的な理由が表向き。

裏向きとしては夜間任務に慣れる為だったりする。

因みに私達も遣った。

尚、雷華様や隠密衆による不意打ちも稀に起きる。

そういう意味では気を抜く事は出来無いので実践的な感覚を培う事に繋がる。

…失敗した時は酷いがな。

敗者に対する“罰”は中々容赦無かったりする。

特に精神的な方向で。


今日も誰かが遣っていると思うとつい“頑張れよ”と胸中で密かに励ましの声を送ってしまったりする。




一息吐いて、“外履き”に替え中庭へと降りる。


私邸は基本的に玄関で靴を脱いで上がる形式。

故に私邸内は床が普通より綺麗だったりする。

最初は慣れない習慣だけに戸惑ってはいたけど慣れてしまえば寧ろ良いと思う。

雷華様が“土足厳禁”だと言ってもいたしな。


中程まで進み、空を仰ぐ。

雲は少なく黒天に散らばる星が瞬いている。

ぼー…と眺めて居られる。

そんな美しさが有る。


ただ、季節は今──冬。

ブルッ…と、全身を襲った寒さに身を震わせる。

夏場は曇っている日の方が涼しくて良い。

だが、冬場は晴れていると寒く成り易いので出来れば曇っている方が嬉しい。

日中は晴れて欲しいが。



「…明日も晴れそうだな」



見る限り悪天候になるとは思えない空模様。

明日の決戦では、地上とは真逆の天気になるだろう。

地上には“雨”が降る事が決まっている事だしな。



「…いよいよ、だよな…」



ぽつりと溢れた一言。

それは私自身でも驚く程に弱気を孕んでいた。

…いや、少し違うな。

“弱気”なんじゃない。

それは“不安”なんだ。


その不安の原因。

自分の中に在る“闇”。



「…決めたんだけどな…」



そう、決意した筈だ。

それなのに…いざとなって揺らいでいる。

母さんの想いを知った。

だからこそ、苦悩する。


一度は確かに消し去った。

韓遂達への憎悪。

それが再び種火を生んだ。

想いが強ければ強い程に、激しく燃え上がる。

憎悪とは、そういう物。

そして、憤怒もまた同様。

それは私自身をも灼く。

業炎と化して。


憤怒は兎も角、憎悪のまま己が刃を振るってしまえば獣と同じになってしまう。

一度落ちてしまった人間は簡単には戻れない。

その“成れの果て”の姿を私達は知っている。

だから絶対に間違わない。

間違えてはならない。


それなのに──



「…どうしてなんだよ…」



──消えてくれない。

どうしても、消えない。


それ所か、逆巻くばかりで次第に抑え切れなくなってきているのを感じる。


私が私で居られるか。

染まってしまわないか。

その恐怖が、心を侵す。



「──凍えそうだな」



唐突に掛けられた声。

けれど、驚く事は無い。


今、一番会いたくなくて。

だけど、誰よりも私の傍に居て欲しいと思う人。


だから、不思議は無い。

雷華様が真後ろに居ても。




“凍えそう”と言われて、的確に見抜いた皮肉だろう事を察して、少しだけ唇を尖らせてしまう。

自覚が有るだけに苛立ちを感じてしまう。

それが甘えや八つ当たりに類する事も理解していて。



「…確かに、寒いよなぁ」



空を仰いだまま両手で腕を摩る格好をして見せる。


…まあ、普通に寒いけど。

さっきよりは慣れたからか実際には我慢が出来無い程という訳でもない。

其処は気にしないで置いて皮肉に対しては気付かない素振りをしてみる。


最近は二人だけでなくても言葉遣いは素のまま。

勿論、時と場合を考えて、なんだけどな。


ざっ…と中庭の芝が鳴り、雷華様が近付いて来ている事を教えてくれる。

相反する感情が胸の中にて攻めぎ合っている。

今の私を見られたくなくて──だけど、私の傍に居て欲しくて仕方無い。

自分ではどうしようもない感情の狭間で揺れる。

“矛盾しているよなぁ”と苦笑する自分も居る。


何方らかに簡単に傾くなら苦悩なんてしない。

だから、困ってしまう。

この人は厳しいのだから。



「その割りには随分と掌が冷えている様だが?」


「──っ!」



──しまった。

それが今の率直な感想。


言葉自体を見れば雷華様の“凍えそう”は気温の事を言っていると思える。

それに対して、私の心中で燃える業炎の猛りを指して皮肉ったのだと考えた。


でも、そうじゃなかった。

“掌”は比喩だ。

誰とも繋がっていないから自分ですら気付かない間に冷えてしまっている。

そういう意味が見えた。

雷華様の言葉が指したのは私自身が一人で抱え込んで苦悩している事その物。


勘違いしていたとは言え、誤魔化す様に返した言葉は選択を誤ったと言えた。



「………っ…」



声も出せずに息を飲む。

僅かに開いた唇も閉じる。


何を言うべきか。

何と言えば良いのか。

生憎と、私は口喧嘩をして勝てる方ではない。

寧ろ簡単に負けてしまう。

だから困った。

完全に“詰んでいる”事が判ってしまったから。



「──っ……狡いだろ…」



そして止めを差してくる。

静かに優しく。

前触れすらも感じさせずに伸ばされた両腕は気付けば私を内に捕まえている。

後ろから抱き締められては逃げる事も出来無い。



(…本当、狡いよなぁ…)



その温もりに包まれながら私は目蓋を閉じ俯く事しか出来無かった。




普段だったら──否。

他の事だったら、ゆっくり気持ちを整理しながらでも自分の答えを出せる。


だけど、今回は違う。

ある意味、“答え”は既に出ているのだから。

ただ、その選択が至難。

そして絶対に流れに任せる様な真似だけは出来無い。

遣ってはならない。

その事を理解しているから決断出来無いでいる。



「お前は以前こう言った

“韓遂達は赦せない

でも、母は復讐の為に戦う事を望まない…

だから戦う時は母の誇りを取り戻す為に戦う

私の誇りの為に戦う

真っ向から討ち倒す為に”──覚えているな?」



そう訊かれて頷く。

絶対に忘れる訳が無い。

待ち侘びていた“初夜”の出来事だったんだから。

…勿論、衝撃的な事実だし忘れない話だったけどさ。



「もし、あの時と気持ちが大きく変わってしまったのだとしたら──」



其処で敢えて間を置く辺り厭らしい話術だと思う。

気になり嫌が応にも意識を向けさせられてしまう。

気付いたとして、手遅れ。

逸らす時間を与えてくれる人ではないのだから。



「──それでも構わない

お前の思う様にしろ」



そう言われるだろうな、と判ってはいた。

それでも、言われただけで先程まで重苦しかった心が軽くなるのが判る。

“容認されたから”という訳ではない。

抑、選択もしてない以上は肯定自体が起きない。

では、どうしてなのか。

その答えは単純。

私が何を遣ったとしても、信頼や愛情は失わない。

そう感じる事が出来たからだったりする。

…我ながら単純な物だ。


苦笑しながら目蓋を開き、顔を上げ右肩越しに後ろの雷華様を見詰める。



「…その…ちょっとだけ…お願いしても良いか?」


「何だ?、言ってみな」


「…口付け…して欲しい」



照れて真っ赤になっているだろう事は自分でも判るが今だけは気にしない。

雷華様は少し驚きながらも優しく微笑み私を抱く腕を僅かに緩める。

それを了承と受け取り私は身を捩って体勢を変え──見上げる様にしながら再び目蓋を閉じる。


月明かりに照らされる中、重なり合った唇の温もりに心は穏やかに安らいだ。




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