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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
417/915

       漆


袁嗣とその私兵を片付け、次の相手の元へ走る。


袁嗣は兎も角、その相手を私が討つのは適切な事とは言えない。

本来なら姉様の役目。

けれど、戦場(ここ)に居る以上は関係無い。

雷華様にも私の好きにして構わないと言われている。

だから、私が討つ。



「っ!?、て、敵襲ーっ!」



敢えて姿を見せ報させて、その直後に叫んだ者と周囲に居た兵達を纏めて倒す。

崩れ、倒れる敵兵の直中で静かに佇み、姿を晒す。


私を見て、袁嗣と同じ様に表情を驚愕に染める。



「──っ!?、そ、孫権!?

何故お前が──まさかっ!?

おのれ、孫策の奴め!

曹操と組みおったかっ!」



それでも、袁嗣とは違って考えられる可能性を即座に選び出せる辺りは流石。

伊達に昔から母様の傍らで交渉等を担ってはいない。


まあ、真実に辿り着けない辺りが限界なのでしょう。

その“歩み”を止めた者に成長は有り得ない。

“限界”を自ら決めたり、満足をした時点で終了。

その先には至れない。

成長とは、そういう物。

眼前に居る者は疾うの昔に“歩み”を止めた。

故に、私の知る以上の事は出来無い。


私は嘲笑する様に顔を作り落ち着いた声色で返す。



「久し振りです、伯父上

御気分は如何ですか?」



伯父──つまりは母の兄。

名は孫羌、字は聖台。

孫家の“裏切り者”だ。



「よもや儂を裏切るとは…

恥を知れいっ!!」


「その台詞…貴様にだけは言われたくは無いが?

なあ、そうだろう?

我等の母であり孫家の当主であった孫文台を裏切り、袁術に尾を振った下郎よ」


「ぐっ…」



図星を突かれて押し黙った孫羌を侮蔑の眼差しをして静かに睨み付ける。


母様を殺したのは黄祖。

それを命じたのは劉表。

その事実は変わらない。

しかし、もう一つ隠された孫家の仇敵が居る。

それが目の前の孫羌だ。


この男は妹であり女である母様が孫家の当主を務め、自分の“上”に有る状況を快く思ってはいなかった。

それは母様自身も理解し、頭を悩ませていた事。

ただ、叔母・孫静は母様を信頼し支持していた。

だから、孫羌は迂闊な事は出来無かった。


そんな中、孫羌は劉表達の狙いを事前に察知しながら隠蔽していた上、極秘裏に袁術──正確には袁術派の袁家の家臣と取り引きして母様亡き後の孫家の当主に成ろうと企んだ。

しかし、その事に気付いた叔母や古参の家臣達により次の当主に姉様が選ばれ、孫羌は成れなかった。


その背景には単純に家臣の支持を得られなかっただけではなく、既に姉様自身が民に信頼されていた事実が有ったりした。

武功も含め、亡き母様にも似ていた事も大きかった。




だが、それで潔く身を引く輩ではなかった。

孫羌は孤立無援となって、劣勢な状況を利用した策を袁術陣営に提案。

そうして袁術は孫家という手駒を手に入れた。


その際、袁術達に現当主の姉様を廃して自分を新しく当主にする様に求めた。

しかし、そうした場合には孫羌だけではなく袁術にも孫家の家臣達や慕う民達の憤怒と憎悪が向けられると言われて渋々納得。

孰れ、然るべき時期が来た暁には、という事で約束し当面は袁術の家臣としての地位を得る事になった。


だから、姉様が“飼い犬”状態だったり、私達が各々軟禁状態だった間も孫羌は自由にしていた。

それこそ本当に孫家の事を考えていたなら袁術を騙し上手く遣って、私達の為に動いてくれていても良いと思う位には、だ。


勿論、孫羌にそんな意思は微塵も存在しない。

だからこそ、誰も当主には推さなかった。

母様と比べてしまったら、雲泥の差では済まない。

それもう、持って生まれた“器”の差だと言える程に完璧に有り得なかった。


ただ、それでも望む辺りが私達“人間”という種族が内包する宿業──欲の深さなのでしょうね。

孫羌の野心の灯火は胸中で消える事無く燃え続けて、今へと到っている。


だから、真っ先に浮かんだ可能性は“姉様”を中心に考えた物だった。

孫羌にとって最大の敵とは姉様に他ならない。

いえ、もしかしたら本当は母様なのかもしれない。

孫羌はずっと母様の存在に怯えているのだろう。

その事に、孫羌自身は全く気付いてはいない。

気付いていたのなら此処で姉様を──孫家を絡ませる事なんてしない筈だから。

そう思えば、孫羌は実際は哀れな人生なのかも。

同情する気は無いけれど。



「まあ、視野狭窄に陥った貴様には判らないか…」


「っ…どういう意味だ?」



馬鹿にした様な私の言葉に対して、思わず怒鳴る様な反応を仕掛けた。

しかし、私の言った意味が判らなかった事で、それを知る事を優先した思考から怒気を抑え込んだ。

その姿勢は評価出来た。

もし、怒りに任せて攻撃を命じていたなら袁嗣と同様瞬殺して終わらせてしまうつもりだったし。

それとも孫家の血が孫羌に僅かながらの生き長らえる機会を与えたのか。

定かではないけれど。

その判断は正しい選択だと言える物だった。





「どういう意味も何も…

言った通りだという事だ

貴様は何も見えていない」



小さく溜め息を吐きながら更に挑発的な言い方を重ね怒りと苛立ちを煽る。

冷静な判断が出来無い様にじわじわと攻める。

こういう話術での戦い方は昔の自分では考えられない遣り方だったりする。

そう思うと面白い物だわ。



「今のこの状況で考えれば容易く判る事だと思うが?

もしも仮に、孫家が曹魏と手を組んでいたとして…

ならば何故、戦場(ここ)に孫家の者が居ない?」


「ぐ…ぬ…それは…」



そう私に言われてから漸く孫羌は孫家から切り離して状況を考察し始める。

そして、私の顔を見詰めて先程以上に驚愕に染まった表情を見せた。

それを見て僅かながらだが溜飲が下がる思いがする。



「…まさかそんな…いや、だがしかし…それしか…」



辿り着いた答え。

けれど、容易く信じる事は中々に難しいでしょう。

何しろ、私達姉妹が互いに信頼し合い、孫家の為──いいえ、母様の悲願の為に力を合わせて生きてゆく。

その姿を、決意を。

孫羌はよく知っている。


だから、“孫家を離れる”という私の言動を聞いても孫羌は信じなかった。

これは後々になり雷華様に伝えられた事だが…

私達が正式に曹家に臣従を誓った辺り──丁度許昌に入って間も無い頃だ──で孫羌は私が孫家を離れたと知った為、行方を探す為に各地に密偵を放っていた。

同様に袁嗣も密偵を放ち、張勲も独自に密偵を放って私の動向を探っていた。

勿論、雷華様が、曹家が、そう易々と私の存在を他に掴ませる訳が無かった。

袁嗣と張勲は泱州新設頃に私は“死亡したのだろう”という形で結論を出した。

正確には、ずっと気にする訳にはいかなくなった為にそういう事にしただけ。

まあ、そうなった理由とは他でもなく華琳様。

つまりは曹家と泱州。

当然と言えば当然だけど。


ただ、孫羌は両名とは違い黄巾の乱が終わってもまだ私の行方を探り続けた。

曹家の組織力なら表向きに私の死亡を偽装するなどは簡単な事だと言える。

でも、雷華様は敢えてせず孫羌を放置し続けた。

それは孫羌の母様に対する異常な敵愾心を理解した上での判断だった。


答えを求めている相手に、“望んだ答え”を与える事自体は容易い。

その相手が袁紹・袁術達の様な輩であれば尚更に。

その動向を此方の思う様に動かす事も可能。

しかし、孫羌の様な相手は逆に疑いを深める。

故に雷華様は孫羌が自分で諦め納得するのを待った。




相応の時間は掛かった。

それでも思惑通りに孫羌は私の捜索を止めた。

勿論、その後で直ぐ尻尾を掴まれる様な事もしない。

今日という日まで私自身も気を付けていた。

だからこその、想定外。


ただ、私を一目見た瞬間に私が動いたという事実から姉様の動向へと直結させた孫羌の思考には驚く。

確かに私自身は孫家を離れ曹家の家臣、雷華様の妻と成った身では有れど今でも“姉妹”である事自体には何も変わりは無い。

その点だけを見たのなら、孫羌の推測は当然だから。


結論としては、それが原因となって視野狭窄に陥ってしまっているが。



「貴様の考えは正しい

私は曹魏の軍将だ

孫家とは一切関係無い

孫家を離れた、あの日から私が仕える主は変わってはいないのだからな」



増えてはいるのだけど。

そんな事を態々教えてやる必要性も理由も無いので、無駄な事は言わない。



「では孫策は──奴は何故此処に居ないっ?!

奴は袁術にいい様に使われ動いていた筈だっ!

一体何処で何を遣っているというのだっ?!」


「はぁ…馬鹿か貴様は?

孫家を離れてからは一度も有ってさえいない私が知る訳が無いだろうが…」



実際には知っている。

但し、それは姉様と連絡を取ったりして知ったという事ではなくて、曹魏の中で伝えられた情報として。


と言うか、少し考えたなら察しが付くでしょうに。

要は自分と同じなのだし。

孫羌にとって姉様の存在が邪魔な様に、姉様にとって誰が邪魔なのか。

その事を考えさえすれば、姉様の狙いは判り易い。

尤も孫羌自身が言っていた様に“飼い犬”という風に認識している内は先ず理解する事は出来無い。

しかし、袁術を“巨大”と考えている内も、正解には辿り着けはしない。

此方には関係無い事だが。



「抑、どうであれ貴様には関係の無い事だ

此処で死ぬのだからな」


「──っ!?」



死を宣告しながら、右手に持った愛槍を孫羌に向けて静かに突き出す。

それを見て息を飲む孫羌。

宣告に対してではない。

今、私が右手に持つ愛槍を──母様の愛槍を見て。


私達姉妹も探し求めた。

大切な形見だから。


だが、孫羌も私達と同様に探し続けていた。

孫家の家宝であり、代々の当主が“証”として継承し携えてきた物。

宝剣・南海覇王を姉様から奪い取る為の“交換材料”として使う為に。




槍を見て、驚きに染まった表情は苦々し気に歪む。


悉く、自分の目的の邪魔を私達姉妹がしている。

その事に対して、だろう。

完全な逆恨みなのだけど…気付く訳が無いわね。



「さて、これ以上無駄話を続けても仕方が無い…

始めるとしようか…」



そう言って愛槍を軽く振り構える事まではしないが、戦闘の姿勢を見せる。

途端に孫羌の表情に焦りが浮かんだのが判った。


孫羌とて母様を長い間見て知っている。

戦場で舞う母様の姿を。

血を思わせる姉様の姿を。

だから、重ねた筈だ。

今の私に──母様の姿を。



「ま、待て、孫権!

こうなった以上戦い続ける事には何の意味も無い!

儂等は大人しく投降する

確かに儂は妹達と仲が良い訳ではなかった…

だが、儂等は血の繋がった家族ではないか?

だから槍を納めて──」


「──孟徳様に対して私に取り成せと?」



言葉の続きを読み、遮って先に言う。

すると、“お前は話がよく判っているではないか”と言う様な笑みを浮かべた。

…本当に愚かな男だ。



「貴様を“家族”と思った事など一度も無い

一族の恥さらし──或いは面汚し、という事でならば昔から思っていたがな」


「──なっ!?」



考えてもいなかったのか。

それとも私の言葉を聞いて自分に都合の良い様にだけ解釈した結果か。

ばっさりと切り捨てた私に心底驚いている。

…まさか本当に自分が今も一族の間で“家族”として認識されているだなどと、信じていたのだろうか。

…そうなのだろうな。



「熟、愚かな男だ貴様は」


「言わせて置けば…」


「何より、孟徳様が貴様の様な下郎を麾下に迎えると本気で思ったのか?

だとしたら目出度い頭だ

自分が如何に“無価値”か理解出来ていないとは…

笑う所か、哀れだな」



我慢の限界、という感じで耳の先まで真っ赤に染めた孫羌が叫ぼうとする。

その瞬間を読み切った上で僅かに早く声を出す。



「曹魏に“腐った”死体の捨て場所は無い

此処で、片付けるだけだ」



そう言って冷めた眼差しを向けて最後の一押し。

せめて、孫一族の者として戦って死ぬ程度には気概が欲しいからな。




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