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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
415/915

       伍


慶閃と共に駆け抜ける先に銀色の一団が立ち塞がる。

いえ、正確には“居た”と言うべきなのだけど。


華琳様の言葉により兵達が戦を放棄したのは袁術軍も同じだったりする。

その為、四万程だった兵は五分の一の八千程に。

まあ、袁紹軍と比べてだと増しな方でしょうね。

彼方は十分の一も残っては居ないのだから。


その理由は袁術側は此処で“兵力の無駄遣い”を避け漁夫の利を狙った為。

袁紹の様に無理矢理に兵を徴兵していたなら十万程は用意出来ていたでしょう。

でも、そうしなかった。

それが結果として離反数を抑える事に繋がった。

それでも全体の半数以上が離反したのだけど。

離反した者と残った者。

その違いは一つ。

“旨味”を知っているのか否か、それだけ。


袁術自身は袁紹以下。

但し、下手な野心も無い。

だから、袁紹と対立をする袁家の古参達は袁術を担ぎ対抗していた。

そういう輩が私兵を持たず清廉潔白な訳が無い。

つまり、残っている兵達は連中と同様・同罪。

他者──弱者を食い物にし腹を肥やしていた者達。

それ故に、選択をする際に迷い──動けなかった。

単純に命を取っていたなら既に戦場(ここ)には居らず避難している。

だが、彼等は考えた。

そして、想像してみた。


もし仮に投降したとして、自分達の生活はどうなるのだろうか、と。

華琳様の性格等は周知され説明も不要でしょう。

先ず、投降した後で兵士に取り立てられるとは考える事は出来無い。

だから、確実に現状よりは立場や生活水準が落ちると思い至ったでしょうね。


それは至極当然の事。

しかし、気付いていない。

それは自分が“強者”だと錯覚している事に。


“弱肉強食”は唯一無二の真理に間違い無い。

私達は他の生命を糧として生きているのだから。

それからは逃れられない。

生きている限り。


だが、彼等は知らない。

真理は常に公平だと。

それ故に“強者”の前では“弱者”になる必然を。


“弱者”を自覚する者達は生命を優先出来る。

しかし、“強者”を騙った愚か者は“我欲”を優先し判断を誤ってしまう。


彼等は今まで味わって来た“旨味”を捨てきれずに、己が命よりも優先した。

それが“生きている”から得られる事、価値の有る事なのだと判らずに。


それに気付いた時には全て手遅れとなっている。

生死の選択に、遣り直しは存在しないのだから。


彼等の未来(けつまつ)は、既に決している。

だが、覆す事は可能。

それは至極単純な事。

私達よりも“強者”となり打ち倒せばいい。

たったそれだけの話。


真理は誰にも公平だから。




袁術軍の兵達が接近をする此方に気付いて振り向く。


何故、彼等は戦場(ここ)で余所見をしているのか。

その理由は簡単。

彼等は正しく“駒”だから命令を待つしかない。

いざとなった時でさえも、命令を待つ事が正しい事と覚えてしまっている。

だから、動けない。

勝手に動いてしまった後で罰せられる事を怖れて。

──否、嫌って、よね。


今、彼等が出来る事。

それは──



「て──」



“敵襲”を報せる為に声を目一杯に張り上げる事。

けれど、それは叶わず私の振るった愛槍の一閃により紡がれる事無く、散る。

一気に広がる動揺。

だが、時間は止まらない。

彼等の思考は止まっても、私達は動き続ける。


私の振るう愛槍が敵を斬り慶閃の進路(みち)を生み、慶閃は一切躊躇う事も無く全速力で駆け抜ける。

端から見ていたとすれば、兵達が避けているかの様に見えるかもしれない。

ふと、そんな風に思う事に小さく苦笑を浮かべる。



「──か、韓胤様っ!?」



──と、後方から上がった悲鳴に顔を向ける。

それは一瞬だけの事だけど私達には十分過ぎる。

視界に映ったのは、兵達に囲まれた中で胴を左側から七割方まで斬り裂かれて、崩れ落ちる男の姿。



(…ああ、確か居たわね)



その名前を聞き、袁術派の一人だった事は判ったが、名前を呼ばれて顔を見ても記憶の糸を手繰らなければ合致しなかった。

接点が然程無かった相手の為に顔と名前が一致しないままに兵達と一緒に斬ってしまっていたらしい。

どうでも良いのだけれど。



(んー…考え事をしながら戦うのは不味いかしら?)



主に、敵の将師を気付かず斬り捨ててしまうから。

討ち漏らす事は無いけれど流石に少しは良心が痛む。

……全然、痛まないわね。


よく考えてみれば袁紹軍の一部の将師や兵の様な輩は袁術軍(こちら)には皆無に等しい。

袁術の側近の張勲位だ。

他の連中は等しく己が為に戦場(ここ)に居るのだから良心を痛める理由が無い。

その意志を尊重しないまま斬り捨ててしまう、という気遣いは不要。

ただただ、殺し尽くす。

それだけで良い事に気付き──静かに嗤う。



「──だったら、遠慮無く遣ってみましょうか…」



“先”へ至る為に。

私は眠っていた獣(本能)を静かに解き放つ。

──瞬間、ザワッ…と髪が逆立つ様な感覚。

実際には駆けているが為に髪が揺れているのを敏感に感じ取って勘違いしただけなのかもしれない。

けれど、これだけは確か。

私の中で暴れる異常な程の衝動が吼え、求める。


──肉を、血を、死をっ!!




慶閃の背中から飛び降り、着地と同時に前へ。

自分の身体よりも遅れて、ゴゴンッ!!、と鈍い悲鳴を地面が上げた。


それを傍ら──間近で見た慶閃は後に語った。

“ちょっと太ったって程度じゃなかったわね”と。

冗談だったとしても親友にそんな事を言われた蓮華が平気な訳も無く、暫くの間無意味なダイエットを遣る事になるのだが──それは別の話だったりする。


慶閃を一瞬で置き去りにし敵兵(えもの)へと躊躇わず襲い掛かっていく。

本能的な物だろうか。

一人が此方を向いた。

視線が合った──瞬間には頭から縦に真っ二つにして通り過ぎていた。

その際、周囲に立っていた兵達を横薙ぎに分断。

彼等は“死”を知覚せずに生の終焉を迎えた。


足は止まる事無く動き更に生命を狩ってゆく。

十、二十、五十、百…

普通では数える事が出来ぬ程の速さで数を増やす。

その中には将師の姿も有り金尚・恵衢・周尚だったと思うのだけれど…確認する事が出来無いので、飽く迄攻撃したという認識止まりにして置く。

確認は後で忘れずに。



(──というか何っ!?

こんなのを御す訳っ?!)



慶閃から降りて僅か数秒で五百を越える敵を斬り捨て暴れている自分を内側から冷静に見ている私(理性)が思わず叫ぶ。

暴れ馬なんて物ではない。

一体何なのか、これは。


ただ、一つだけ解ったのは氣は使用していない事。

確かに今の私は本能の侭に動いているのだけど、氣を使わない理由は本能の域で雷華様を最優先にしている事の証拠だと言える。

だって、氣を使うなという厳命が有るもの。

破る訳にはいかない。

…色んな意味で。

──という嬉し恥ずかしな事実に対して、身悶えする私(理性)が居たりする事は取り敢えず置いておこう。



(もし氣を使っていたら、この程度では済まないわね

…我ながら寒気がする位の暴れ様だわ…)



ただ、ちょっとだけ自分の今の姿を客観的に見たならどういう印象を受けるのか気になってしまった。

…考えて凹んだけど。


でも、そんな事をしている間にも獣(本能)は新たなる獲物を求めて走る。

敵の数は無限ではない。

暢気にしている猶予は無く遣るべき事を遣らなくてはならないと意識を切り替え集中力を高めていった。




先ずは状況の把握と整理。

私(理性)が存在している為獣(本能)の侵食は完全には発生しないと言える。

また、それは同時に身体の主導権だけを、獣(本能)が持っているという事。



(となると、御す事自体は不可能ではない…筈?…)



正直な話、雷華様(えさ)に釣られて楽観視していたと言えない事はない。

勿論、遣る気は有るけど。

具体的な策は無し。

と言うより遣ってみないと何も解らないというのが、本当の所だったりする。


──で、実際に遣ってみてどうなのかと言うと…

はっきり言って何をすれば御す事が出来るのか、皆目見当が付かない。

ただ、一つだけ言える事。

それは華琳様は出来ているという事実が存在する以上決して不可能な事ではないという事。



(…まあ、同じかどうかは判らないけど…)



別に姉妹という訳でもなく似た境遇や生い立ち・環境という訳でもない。

だから、参考になるなんて甘い事は考えない。

寧ろ、参考にするのならば母様か姉様だと思う。



(でも、母様の事で参考に出来る事って無いし…)



必然的に姉様になる。

記憶を手繰り思い出してはみてみるのだけど…うん。

あまり参考にはならない。

と言うよりか、御している様には思えない。

寧ろ、自分の方から進んで染まっている気がする。



(………ちょっと待って…もしかしたら…)



姉様は染まってはいるけど自我を失った様には私には見えなかった。

単純に戦いを楽しんでいる印象の方が強い。

その楽しさに興奮し過ぎて酔いを越えて思考が飛んだという感じに思える。


そうだとすればだ。

要は逆転の発想。

馬に乗る時と一緒。

言う事を聞かせようとして手綱を握っていては決して此方を受け入れてくれる事なんて有り得ない。

此方から、理解をしようと歩み寄らなければ信頼してくれる訳が無い。



(つまり…“これ”を受け入れれば良いのよね…)



勇気が要る事ではある。

狂気と呼ぶに相応しい程の獣(本能)を受け入れた後、私自身が一体どうなるのか全く想像出来無い。

私自身は何方らかと言えば理性的な性格をしていると自分では思う。

彼是考え過ぎてしまう辺り本能的とは言えない。

それだけに恐怖は大きい。

対極に有り、今まで自分が遠ざけて来た事だけに。


それでも遣らなくては先に進む事は出来無い。

だから、覚悟を決める。




激しく逆巻き、荒れ狂い、猛々しく燃える炎。

深淵の闇さえも焼き尽くし全てを赤く、紅く、朱く、緋く染めてゆく。


そんな印象を受ける。

一体何を発生源としたなら其処まで燃えるかという程辺り一面に広がる炎。

右も、左も、前も、後ろも天も、地も全てが燃える。

その中に一人、佇む。


本の僅かに、一瞬でも気を抜いてしまえば飲み込まれ焼き尽くされてしまう様な気がしてしまう。

そんな場所に立っている。

にも関わらず、思っていた程の恐怖は感じない。

あんなにも感じていた程の“熱”も嘘の様だ。

寧ろ、疎外感を感じる。

冷たく、凍える様だ。

周囲から距離を取られて、孤立しているかの様な。


──と、其処で気付く。



(…ああ、そうなのね…)



此処に来て、本当の意味で漸く理解する事が出来た。

獣(本能)は私自身。

いえ、当然と言えば当然の事なのだけど。

そうではなくて。

この情景は、感覚は、全て私自身を映し出した物。

鏡の様に反転していながら本質は変わってはいない。



(この獣(本能)は私の奥に在り続けた現実──)



幼い日、いつだったかさえ覚えていない程に遠い遠い過去(むかし)の事。

普通の子供よりも聡い為に周囲の感情を感じとって、期待に応え様とした。

けれど、“違う”事を知り生まれた距離を知った。

いつしか、何よりも孤独を恐れる様になった少女は、誰よりも正しく在ろうとし道に迷ってしまった。



(この“熱”とは私が抱き続けてきた願望──)



ただ、認められたくて。

ただ、一緒に居たくて。

ただ──寂しくて求める。

その想いの丈が燃え続けて在り続けているだけ。

幼く、無力で、不器用な、寂しがり屋の少女の願い。

その渇望の現れ。



(ずっと心奥(ここ)に居て叫び続けていた──)



そう、これは少女(わたし)自身だった。

だったら、話は簡単。

受け入れる事に何の躊躇も疑問も必要無い。


だって──少女(わたし)の願いは既に叶っている。

私はもう孤独ではない。

何より──求め続けていた雷華様(いばしょ)が在る。

だから──もう、大丈夫。


今、長き時を経て戻る。

真に在るべき“私”へと。




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