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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
41/907

31 それは御約束


宛を発って五日目。

森を縦断する街道を進む。



「道が悪いわね…」


「此方の都合に合わせてはくれないだろう

仕方の無い事だ」



手綱を持つ仲謀と興覇。

主従ではないが仲は良い。

孫文台が“錦帆賊”を高く評価していたらしく仲謀も興味が有った事で積極的に話をしていた。


“江東の虎”孫文台。

死して尚、影響を齎すか。



(生きている内に対面してみたかったがな…)



故人──歴史上の人物には会えない物だ。

それでも“もしも”と思い考えるのは人の性か。



「でも、間が悪いわよね

雨で崖崩れなんて」


「巻き込まれなかっただけ増しだろう」


「悪路というだけならまだ我慢すれば済みますしね」


「それに正面な回り道か、悪路の近道かなら近道だと言ったは灯璃ですよ?」


「うっ…そ、そうだけど…

ひ、飛影様は?」



仲謀達の話に乗る公明だが公瑾達に正論を返されて、此方に振って来る。



「この程度で悪路?

一度、岩山に行ってみろ

こんなの可愛いもんだ」


「岩山だからでしょっ!?」



ボケとツッコミ。

この面子だと遠慮無く返す相手は公明だけ。

義封はボケ担当だし。



「…灯璃?」


「い、いや、違うからね?

今のって“そういう”流れだったからね?

私が悪い訳じゃないよ?」



仲達に睨まれ弁明しながら距離を取る公明。

まあ、こういう感じでだ、“不敬”と見る傾向が強く笑い話に出来無い。

興覇達古参三人は気にする無意味さを学んだが。



「冗談はこれ位にして…」



仲達の頭を撫でて公明への怒りを鎮めながら、馬車の外へと顔を向ける。



「回り道すると東回りで、二週間は掛かるしな

道が有るなら多少悪くても其方へ行く方を選ぶさ」


「ほ、ほらほら〜

飛影様も私と一緒だよ?」



“私、悪くないでしょ?”と言わんばかりの公明。

そうやって、調子に乗って煽るから──



「…灯璃、此方へ」


「…あ、あれ?

あの…せ、泉里さ──」



襟首を掴まれ馬車の隅へと連行される公明。

笑っていない笑顔の仲達の説教が始まった。



「…やれやれだな」


「うふふっ、平和ですね」



呆れる公瑾と笑う漢升。

他も何方らかの反応。


他愛ない、何気無い日常。

けれど、掛け替えの無い。

得難い物だ。


そして──


そういう時に限って起こる“イベント”が有る。



「空気の読めない連中だ」




俺の呟いた一言に対して、全員が反応した。

周囲へ意識を向け警戒し、武器を傍に置き、いつでも動ける様に備える。

氣を綱の様にして栗花達に繋げて指示を出せる状態で進んで行く。



「止まれえーっ!!」



大声と共に栗花達の前へと飛び出して来た人影。

野太い声から男と判る。


瞬間──“邪魔っ!!”と、栗花達の総意が伝わる。

腹が立つのは判るから我慢してくれ、と説得。

馬車を停止させた。


すると、周囲の茂みや木陰から次々と現れる男達。

予想通りの賊徒。



「手前ぇ等っ、囲めっ!」


「大人しくしやがれっ!」


「逆らったら殺すぞっ!」



叫ぶ事で此方を威圧して、怯えさせた気だろうか。

“無意味だぞー”と教えてやりたい。



「兄貴!、兄貴っ!

見て下さいよっ!

滅茶苦茶上玉っすよっ!

しかもこんなにっ!」


「慌てんな、馬鹿野郎」



此方の面子を見て興奮する子分達を窘めながら前へと出て来る不精髭の男。

というか、アレか。

やっぱり“俺も”女に数えられてるのな。

…どうしてやろうか。



「お〜、確かに良い女達だ

なあ、死にたくねぇよな?

俺達も鬼じゃねぇ…

“愉しませて”くれたら、命は助けてやる

どうだ?

悪くねぇ話だろ?」



下卑た笑みを浮かべる男に苛立ちが募る。

だが、俺以上に殺意と怒気を内に漲らせる者が二人。

興覇と公明だ。

此処までの成果──成長の証だろう。

悟られぬ様に抑えているが俺には隠せない。



(さて、どうするか…)



位置は前方に興覇・仲謀・儁乂・公瑾・俺…

後方に公明・仲達・漢升・義封という状況。


相手の頭は先程“兄貴”と呼ばれた前に居る不精髭。



(…ふむ、悪くないか)



配置は上々。

これなら楽に片付くか。

スッ…と馬車の中で静かに立ち上がる。



「天地に興じ明かすは華、然れど根が咲く事は無く、残りし葉は眠りを妨げず」



詠う様に言った言葉。

突然の行動に意味が判らず呆然とする賊徒共。


だが、その間にも此方側は全員が行動を起こした。


興覇と公明が群がっていた賊徒の中へと斬り込む。

次いで公瑾が前方の指揮を執り仲謀・儁乂が栗花達を守る様に賊徒を排除。

同時に仲達が後方を指揮し漢升・義封が近寄る賊徒を退ける。


その布陣が整うまでに要す時間は僅かに五秒。

付け入る隙を与えぬままに迎撃と掃討を始めた。




 other side──


偶々見付けた馬車。

護衛も無しだという報告を聞いて行商人だろうと思い手下を潜ませた。


やって来たのは五頭引きの珍しい形の馬車。

無傷で手に入れて売れば、良い金に成りそうだ。

大きさはそこそこ。

積み荷を除けば多く見ても十人が精々か。

対して此方は四十人。

余裕な事を確信し、思わず笑みが浮かぶ。



「止まれえーっ!!」



予定通りに一人が飛び出し進路を塞いで止める。

逃がさない様に前と後ろに人数を割いて囲んだ。



(ちょろい仕事だったな)



それに積み荷が良さそうな雰囲気を感じ、売り捌いた後の金の使い道を思案。



(偶には洛陽の色町にでも行ってみるか…)



そう思うと、ついつい涎が出そうになる。



「兄貴!、兄貴っ!」



やけに興奮した様子の声に我に返って馬車に近寄る。

するとどうだ。

馬車に乗っているのは女。

それも、色町でさえ滅多に御目に掛かれない程の極上の女ばかり九人。

野郎共が妙に興奮するのも頷けるって物だ。


女共は、自分達の置かれた状況を理解しているのか、大人しくしている。

俺の提案にも反論もせず、実に静かなものだ。



(此奴ぁ、楽勝だな

さて、どの女から抱くか…くくっ…

迷うじゃねぇか…)



女共を物色していると──不意に、白金の長髪の女が立ち上がった。



(あん?、何なんだ?

今更、命乞いか?)



声を掛け様とした時──

女が声を発した。


詩だろうか。

その意味は解らない。

ただ──

あまりにも自然で美しく、我を忘れて聞き惚れた。


“風”が傍らを吹き抜け、“華”が咲いた。

赫い、赫い“華”が。


それが“何”なのか。

気付いたのは自分の右頬を温かく粘りけの有る何かが濡らした時だった。



「──っ!?

て、手前ぇ等っ!?」



我に返った時、自分の側に立っていた筈の仲間の姿は無くなっており──

その代わりに地面を染める“赫”と屍が有った。



「この糞尼共があーっ!!」



腰にぶら下げた剣を抜き、目の前に居た白金の女へと斬り付けた。


──筈だった。



「──あ?」



だが、女は傷付かない。

何故──と視線を手元へと落とした。

其処には“何も”無い。



「は?、え?、ぁ──」



訳が解らず戸惑う。

そして、気付く。

両手首から先が無い事に。


喉を絶望が上った。



──side out



俺が言った“詩”は一種の符丁だったりする。


“天地”は前後…

“興じ”は興覇…

“明かす”は公明…

“華”は攻撃…

“根”は相手の頭…

“残りし葉”は他の者…

“眠り”は栗花達と馬車を意味している。


つまり──

前後の敵へと興覇と公明が攻撃を仕掛けろ。

但し、敵の頭は非対象。

他の全員で栗花達と馬車の安全の確保、となる。


また指示を省く為、前後で指揮の分担と近い方の敵へ向かう様にと“約束事”にしている。


その結果がこれだ。

高が四十人の賊徒程度では相手にもならない。

前後二十人ずつに分かれた賊徒は殆ど興覇達が二人で片付けてしまった。

所要時間は二分と掛かっていないだろう。


不精髭が我に返った時には唯一人の状態。

逆上して斬り付けて来るが愚鈍過ぎる。

右手で腰の曲剣を抜き放ち男の両手を斬り飛ばすと、返すついでに両足を膝から切り落とし、元へ戻す。

だが、男は直ぐには理解が出来無いで居た。



「あ゛ぁ゛ああ゛ぁあ゛ぁあぁあ゛ぁ゛ーーっ!!!!」



男の絶叫と共に、両手から血が吹き出。

同時に両膝から擦れ落ちて俯せに倒れた。


男を無視し、周囲を確認。

此方の被害は無し。

残敵も増援も無い。


右手に氣を集め炎を生むと転がった屍に放つ。

武器と金属類以外の全てを焼き尽くす。



「“戦利品”の回収を」



皆にそう言うと男の顎先を右足の爪先で掬い仰向けになる様に蹴り上げる。



「た、助…けて、くれ…」



死を感じ、戦意喪失したか命乞いしてくる。

実に浅ましくて嗤える。



「なあ、知ってるか?

鼠ってのは雑食でな

どんな物でも食うんだよ」



俺が言った事の“意図”が解らないのか男は戸惑う。



「此処等にも居るんだろ?

“野鼠”の一匹や二匹は」



男の顔が青ざめる。



「お前に生きる道は無い

夜になれば、血肉の臭いに誘われ飢えた連中が此処にやって来る…

喉を潰し、生き埋めにした状態だとどうなると思う?

生きたまま、じわじわと、喰われるのさ」



愉しむ様に嗤い、狡猾さと狂気を顔に張り付ける。

ガチガチッ…と歯を鳴らし震える男を見て“落ちた”と確信する。



「だが、俺も鬼じゃない

お前に“楽に”死ねる道を与えてやろう…」



それは甘い、甘い誘惑。

悪魔の囁き。



「さあ、どうする?」



聞かずとも判っている。

男は頷くと。




男は死の選択をした。

“楽に”死ねる道を。



「…どう、すれば?…」


「なに、大した事じゃない

此方の質問に答えるだけ…簡単だろ?」



そう言いながら男の表情を見下ろす様に脇に有る岩に腰を下ろす。



「お前達の根城──拠点は何処に有る?」


「…一体、何を?」



疑問に思っま男が訊くが、無視し立ち上がる。

そして右足を喉に乗せて、体重をゆっくり掛ける。



「立場を判っていない奴と話す時間は無駄だな」


「ま、待って…くれ…

も、う…しない、から…

ゴホッ、ガボッ…くっ…」


「二度目は無い」



噎せる男に最後通告して、座り直す。

息が楽になった男が覚悟を決めた様に口を開く。



「…ね、根城は…此処の、北…山の、中腹…」


「捕虜は居るのか?」


「…い、居ねぇ…」



僅かに、だが、男の反応に間が有った。

失血の影響ではない。

それはつまり、捕虜以外の存在が居るという事。



「なら“誰”が居る?」



口を噤む男。

仲間を売る事の罪悪感か、頭目に対する恐怖からか。

だが、今の自分が黙秘した所で無意味だと判らないのだろうか。


言葉で脅し促す事は簡単に出来る。

だが、敢えてしない。

ただ静かに睨み付ける。



「…ら、洛陽の、豪商…

…孟斉の…一人、娘…」



商家の娘と来たか。

脅迫による妨害の類いか、筆頭に上がる金か。



「目的は身代金か?」


「し、知らねぇ…

頭が…仕切る、仕事だ…」



仕切る仕事、か。

黒幕が居るって言ってるも同然じゃないか。

面倒な話になりそうだ。



「その娘は無事か?」


「…手は…出すなと…

…多分…無事、だ…」



手出し禁止って事は殺しは御法度って訳か。

いや、ただ単に“保険”で生かしているだけかもな。



「その仕事の相手は?」


「…俺達は…知らねぇ…」



接触は頭目自身のみ。

場合によっては此奴等全員切り捨てる気か。

小さく溜め息を吐きながら腰を上げる。



「最後に一つ、訂正だ」


「…な、何を?」


「俺は“男”だ」



そう言うと同時に。

戸惑って思考が逸れた間に右手で曲剣を抜き一閃。

男の首を断ち切った。




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