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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
403/915

       参


 周瑜side──


唐突とも言える変更。

それも、総指揮の、だ。

正直、戸惑っていないとは嘘でも言えなかった。

華琳様と雪那と思春だけは落ち着いている様子。

いや、雷華様なのだから、無意味に遣る事ではないと判ってはいるのだが。

如何せん本当に唐突過ぎて軽い混乱を強いられたのは私だけではないだろう。

紫苑ですら声は出さずとも驚いているのだから。


──と、思考の片隅で何か引っ掛かる物が有った。

だが、直ぐには判らない。

抑、何が引っ掛かったのか定かではないのだから。


ただ、私の中に糸口は有るという確信が生まれた。



(…この状況から考えるに蓮華に関してだが…)



周りの動揺や反応は無視し静かに思考の海に沈む。

但し、話し声だけは聞いて記憶していく。

これは別に私だけが出来る事ではない。

華琳様や軍師陣は皆出来、軍将の一部も出来る。

当然ながら雷華様の指導で会得した技能だが。

まあ、関係無い事だな。


蓮華に関する多くの情報を頭の中で整理する。


雷華様曰く記憶というのは箪笥の引き出しや本棚等と同じ様に、普段は仕舞われ必要な時にだけ情報を出し入れするそうだ。

それを意識して出来ると、普通では埋没してしまって忘却されてしまう程些細な情報も留め扱える様になるとの事。

実際に、確かに以前よりも多くの情報を記憶出来て、思考も速くなった。

氣を使えば更に速くなるが普段は使用しない。

人間、楽を覚えてしまえば成長・進歩が止まるから。

雷華様の受け売りだがな。


ふと、記憶の中で気になる場面が有った。

それは魏の建国以前の事。

まだ、泱州設立後間も無い頃の記憶だった筈。

今の様に記憶を意識的には扱えていない頃という事も有って少々拙いが。



(…そう言えば確か以前、雷華様に訊かれたな…)



脳裏に甦る情景。

あれはそう…雨の日の事。

雷華様に誘われて街に出た時の事だった。

まあ、桂花と一緒にだった訳なんだが。


確か、農業関連の話をして急遽変更を…ああ、そう、思い出してきた。

その時、本題を終えた後で蓮華の事を訊かれた。

彼女の──王としての器をどう思うか、と。

そして、思い出す。

あの時の雷華様の言葉を。


その瞬間だった。

雷華様と目が合った。

一瞬だけ、私にだけ見せた双眸に浮かぶ獰猛な光。

思わず身震いしそうになる程に、ゾクッ…とした。



(…全く…怖い御方だ…)



間違い無く後世に語られる事になるであろう一戦。

それを、一人の成長の為の糧にしようとしている。

後の世の為、な事は確か。

しかし、本音は単純。

見てみたいから、だ。

彼女の咲かす──才花を。



──side out



 孫権side──


会議を終えると、皆各々に予定通りに動き出す。

──唯一人、本来なら別の役割だった私を除いて。


城内の自分の執務室に入り窓を開けると椅子を持って窓辺に座って空を仰ぐ。

冬の肌寒さを象徴する様な水色をしている。

白い雲は見上げる人の吐く吐息の集まりだろうか。

天気は良い。

冬場は空が済んでいる程、夜になれば冷える。

今夜は身体の芯から温まる汁物か鍋物がいいわね。

後は…お風呂に浸かって、ゆっくり眠りたいわね。


──先程の一件が、夢だと思いたいから。



「………はぁぁぁ〜〜…」



暫しの沈黙の後、項垂れて自然と漏れ出たのは盛大な溜め息だった。

いえ、他に出ようが無い。



「随分な溜め息だな?」


「──っ!?」



唐突な声に頭上げる。

視界の中、右側に映るのは一件の主犯──雷華様。

壁に背を預け、窓に添って立っていた。

驚きと、羞恥心と、不満と不安が入り混じる。

どう言えば良いのか。

どう反応すれば良いのか。

判断も出来ずに、戸惑う。


そんな私を見詰めながら、雷華様は笑みを浮かべられ左手を私の顔の下を通して頭を撫でて来る。

腕枕をして貰っている様な気分になり目蓋を閉じるとスゥ…と気持ちが安らぐ。


──ふと、思い浮かぶ。

もしも今、“無理です”と言ったなら断れるかも。

しかし、浮かんだと同時に“有り得ないわ”と自分で否定してしまう。

雷華様の事を知っているが故の結論だった。



「そんなに気負うなって」


「…それは無理な話です」



励ます様に掛けられた声に目蓋を開きながら、拗ねる様な眼差しを向けて抗議。

雷華様が苦笑する。

でも、それが事実。

今でこそ増しになったけど元々私は悪い方にばっかり考えてしまう質。

特に不安になると…ね。



「なあ、知ってるか?

男って生き物は単純でな

異性の前だと無意味な程に遣る気を出す物なんだ」



脈絡の無い話に眉根を顰め小首を傾げる。

本当に訳が判らない。



「特に憧憬や好意を寄せる相手の前だと──倍々だ」


「──っ!」



そう言われた瞬間だった。

今、雷華様の言いたい事を私が理解出来たのは。



「任せたからな、蓮華」


「はいっ!」



ええ本当、単純な物ね。

好きな人──雷華様に私の良い所を見せたい。

ただ、それだけで先程まで抱いていた不安は消えて、遣る気が湧いてくる。

どうしようもない位に。


“御褒美”に釣られている気もしなくはないけど…

それでも構わない。

私は私の遣るべき事に向け集中して取り組む。

ただ、それだけで良い。



──side out



蓮華を激励──と言うより遣る気にさせてから城内を自分の執務室へ歩く。


擦れ違う侍女や文官達から挨拶され、言葉を交わす。

因みに巡回している兵士は居なかったりする。


ちょっとした相談事だとか雑談なんかも混じる。

度が過ぎない範疇でだが、喜怒哀楽も見せてくれる。

緊張感は全くと言っていい位に感じられない。

開戦を目前にしていながら何ら変わりの無い城内。

その様子には我ながら苦笑してしまいそうになる。


だが、これで良い。

決して皆が無関心や他人事だという訳ではない。

主君・重臣を信頼しているからこその不動。

仮に敗れたのなら心中する覚悟故の平常。


戦場に立ち戦うだけが戦争ではない。

こうして日常を守り続ける事もまた戦いの一つ。

戦争の為に日常が崩れては何の為に戦うのか。

その意義を、意味を見失う事になってしまう。


だから、俺の持論としては戦場に赴き戦う者達より、その“帰る日常”を絶やす事無く守ってくれる者達が真の功労者だと言える。

日常を支えてくれている。

その信頼が有るからこそ、迷わず戦場で戦える。

“護るべき存在”の為に。



「まあ、言うは易し…か」



そう呟いて苦笑する。

理想を実現する。

それは口にするより遥かに多くの困難を伴う。

想像すら出来なかった事も起こり得るだろう。


実際、此処まで出来るのは時間を掛けて、一から全て築き上げてきたからだ。

華琳だけではない。

曹家だけではない。

魏の民、全てが一丸となり築き上げてきた事の結実。

決して揺るがぬ骨子。

それは互いが互いを支える信頼に他ならない。


静かに見上げる空。

人間の下らない争いになど意を介さない穏やかさ。

馬鹿馬鹿しく思える。



(“俺が居なくても”とか言ったら猛反対を食らうんだろうけどなぁ…)



そう考えて、再び苦笑。

今更否定はしない。

華琳を、皆を、指導して、在り方を示したのは俺だ。

“今存在する魏”とは俺の信念や持論を礎にしている国である事に間違い無い。


何だかんだ言って表舞台に立ちたくはなかったが…

覚悟は出来ている。

この“戦い”を始めたのは華琳に違いない。

だが、その“道”を歩ます切っ掛けは俺だからな。

“責任”は取らないとな。




 曹操side──


会議を終え、向かった先は蓮華の執務室。

激励──というよりかは、遣る気を出させる為。

蓮華の性格を考えたのなら間違い無く、情緒不安定になっているでしょうから。



(全く…あの秘密主義には困ったものよね…)



直す気は無いでしょうから言っても無駄。

寧ろ、此方が見抜く方向で成長する方が良い。

その方が面白いし。


私にさえ事前説明も無しに唐突に発表された変更。

蓮華の総指揮。

元は私が総指揮を行う予定になっていた。

当然と言えば当然。

この一戦は魏の群雄割拠の開幕戦になるのだから。

…まあ、相手が相手だからという理由も有る。

そう言った事を考えれば、蓮華の重圧は大変。

心の準備なんて全く出来ていないでしょうからね。


──と、考えて執務室へと向かっていた足を止める。

あの雷華が遣る事。

当然ながら理由──目的が存在しているでしょう。

では、今回は?

態々、開戦を目前にしての不意打ちの変更。

それは間違い無く蓮華への何かしらの課題。

それは間違い無い。

だとすれば──私が此処で激励しなくても、最適者が責任を持って動く筈。

そう結論付けると、小さく苦笑を浮かべて方向転換。

再び歩き始める。



(妥当なのは…そうね

蓮華に“殻”を破らせる事という所かしらね…)



蓮華は“王の器”。

それは間違い無い。

“歴史”に関係無く彼女は才器を持ち得ている。

但し、それは治世の王。

王道を行く王者。

それは間違い無い。

姉の孫策は真逆。

だから、乱世を孫策が制し治世を蓮華が治める。

そうすれば孫家は安泰だと言えたでしょう。

蓮華自身“姉とは真逆”と思っているしね。


けれど、気付いていない。

自身の内へ眠る受け継いだ“血”の胎動に。


普段から修練で蓮華と刃を交えるからこそ判る。

昔は判らなかった。

でも、今は違う。

はっきりと、その息遣いを感じ取る事が出来る。

彼女の中にも虎の血脈──“覇者”の才が宿る事を。



(雷華が気付いていない筈無いでしょうから…)



この一戦で総指揮を任せる目的は促す為。

或いは、此処で開花の刻を迎えさせる為。


何方らにしても楽しみ。

私と同じく“覇王”の域へ至る事が出来る。

その目覚めが待ち遠しい。



──side out



自分の執務室へと入った、その瞬間だった。



「相変わらずの誑し振りね

見事な手腕だわ」



拍手をしながら皮肉る様に笑顔で言ってくる華琳。

まあ、実際は揶揄っている訳なんだけどさ。

まるで見ていたかの様だが実際には経験から来る予想だろう事は判る。

ただ、目的を果たしている事も有って此処での反論は出来無い。

それを察して“ほらね”と言外に示す華琳。

…読まれてるなぁ。



「華琳がしても良かったと思うんだけどな?」


「あら、それは駄目よ

貴男が遣るから効果抜群になるのでしょ?」


「訊き返すなっての…」



少しだけ、照れから視線を逸らすと楽しそうに笑い声を漏らす華琳。

まあ、これ以上は無意味に揶揄われそうにはないから良しとして置こう。



「それで、蓮華は目覚めを迎えられそう?」



流石と言うべきか。

気付いているな。

ストレートに訊いてきたし隠す必要も無いか。



「既に“下地”は十分…

後は最後の一押しだけだ」


「蓮華の事ばっかりを気に掛けてるのかしら?」



若干拗ねた様な、嫉妬した様な態度を見せる華琳。

勿論、態とだ。

揶揄っている訳なんだが…そうそう主導権を渡してはやらないからな。



「心配するな、華琳

蓮華に総指揮を任せた方がお前が自由に出来るだろ?

いつまでも“溜めて”たら身体に悪いからな

だから──仕事が済んだら後は好きにしていい」


「──っ!」



それは華琳からしてみると余程予想外だったらしく、目を見開いて何度も瞬きし視線で“え?、本当に?”と訊ねてくる。

それに対し、笑顔で首肯を返すと静かに此方に向かい歩み寄って来る華琳。

そのまま抱き付いてきて、顔を見上げてくる。



「…言質は取ったわよ?」


「心配しなくても大丈夫

頑張って此処まで我慢して来たんだしな

思いっ切り遣ればいい」


「…ありがとう…」



囁く様に返る言葉を聞いて抱き締める。

主君という立場。

その為に、誰よりも激情を圧し殺してきた。

戦いの結果がどうなるかは別としても、好きにさせて遣りたいと思う。

滅多に言わない我が儘だし後々に引き摺らない為にも此処で発散させて遣る。




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