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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
401/915

6 鵠立つ時 壱


──十二月十五日。



「──とまあ、そんな風に茶番劇を演じて、劉備達は李洪一派を一方的に攻撃し始末をして見事に故且蘭を手に入れましたとさ〜

目出度し、目出度し〜

はい、拍手〜」


「わ〜──って、あれ?」



俺の説明を聞きながら直ぐノって来たのは灯璃のみ。

パチパチッ…と一人だけの拍手が虚しく響いた。

灯璃としても他に二〜三人程度は“皮肉る”意味でもノって来ると思ったのか、意外そうに驚いた顔をして周囲を見回した。

その視線が探した相手には珀花と桂花が居たのは…

まあ、追及はするまい。



「因みに、こうなるだろうとは最初から思っていた」


「雷華様っ?!」



まさかの俺の裏切りに対し灯璃は先程よりも大袈裟なリアクションを取る。

だがしかし、効果は今一つだと言えた。



「…いい加減止めなさい」


『えぇ〜…』



華琳の声に灯璃と二人して不満の声を上げたら、鋭い眼差しで睨まれた。

雷華と灯璃は逃げられなくなってしまった。

…いや、華琳の命中力上昇とか急所的中率上昇?

或いは必中だろうか。



「今から全員休暇にして、妻として皆で“旦那様”を労ってあげましょう」


「すみません、止めます

だから、赦して下さい」



その場で即座に土下座して赦しを請う。


最近、この手の冗談が中々通じなくなって来たので、華琳の本気度も判る。

と言うか、袁紹と劉備。

この二人の所為で華琳から殺気が度々漏れている。

まあ、華琳がそういう状態だからこそ、こういう風な冗談でも言って雰囲気等を和らげ様としている訳で。

華琳以外の皆も、その事を理解をしているから何にも言わずに見守っている。

感情を隠す様に表情も消し人形の様に佇んで。



「…………………はぁ〜…私が悪かったわ

雷華、皆、御免なさい」



玉座から立ち上がって頭を下げて謝罪する華琳。

先ず、王という者の見せる姿ではないだろう。

だが、そういう意味でなら華琳が俺に土下座をさせた事もまた“傲慢”と見なす事も出来る訳だ。

それを理解出来るからこそ華琳は素直に非を認めて、俺達に謝った。

威張るだけの王には絶対に出来無い事だろう。

其処に、信頼が生まれると知らないのだから。



「…そんな姿で微笑んでも様にならないわよ?」



土下座から上半身だけ上げ正座している状態で華琳を見詰めていたら照れ隠しに皮肉ってくる。

頬が赤いけどな。



「我を見失っているよりは様になってるだろ?」


「…可愛くないわね」


「男ですから」



そんな遣り取りをしながら華琳は一息吐いて、ふっと浮かべた笑みは有りの侭の素顔に戻っていた。




 曹操side──


我ながら情けない話よね。

殺意に振り回されて自分を見失っていたなんて。

しかも、それを気付かず、気付いた時には最愛の夫に土下座なんて真似をさせてしまっている始末。

皆にも気を遣わせていたと見て取れたし。

本当に…拙いわね。


“甘えている”と言えば、雷華は笑って赦してくれるでしょうけど、私が自分を赦せない。

まあ、だからと言って変に気にして引き摺っていては更に気を遣わせるだけ。

“借り”は別の機会にでも返す事にしましょう。


今はしっかりと切り替えて遣るべき事に集中ね。


私が玉座に座り直したら、雷華も立ち上がって何事も無かったかの様に佇む。

…私が始めた戦いだけど、さっさと戦いは終わらせて玉座(ここ)を雷華に譲ってしまいたいわね。

私より余程人を統べるのに向いているでしょうに。

何で、そういう野心とかが無いのかしらね。

其処が魅力でも有るけど。



「劉備が故且蘭を獲った、という事は益州の奪取へと動き出した証拠ね

諸葛亮は宅の“仕込み”を知り気付いたのかしら?」


「先ず間違い無いな

と言うか、劉備だけでなく孫策にも気付く様な状態に整えて置いたんだ

それで気付かなかったら、その程度だって事だ」



まあ、そうでしょうけど。

…私も何でこうも二人には拘るのかしらね。

“因縁”、なのかしら。

或いは“宿命”なのか。

個人的に言えば嬉しくないのだけれど。


“歴史”という一つの形。

例えそれが“異世界”での物だったとしても。

例えそれが“私”自身ではなかったとしても。

その宿命が、避けられずに引き寄せ合う。

そういう物かもしれない。

私達の意思を介す事無く、避けられぬ“世の分岐点”として存在するのなら。

決して抗えぬ物。


──但し、その“結末”は別の物として。



「劉備達は狙いを理解して故且蘭を獲った…

先に漢中郡を獲れるのに…

相変わらずの甘さね」


「それは“侵略して”だ

劉備は勿論、孫策も同じ

無辜の民を襲う真似なんて出来無いからな

何処かの勢力に属している相対する“敵”としてなら遠慮無く殺せても、だ」


「ええ、そうね」



皮肉たっぷりの真実に対し思わず笑ってしまう。

私だけではなく皆の中にも居るし、苦笑も有る。


私や桂花等より余程辛辣な言葉を雷華は言う。

それは目の前に当の相手が居ようが居まいが関係無く言いたい時に言う。

ただ、それだけ。

だから、言い返す事が結構難しかったりする。

正鵠を射ているしね。



──side out



やれやれ、と言うべきか。

宿敵?、の二人だから意識しても不思議ではない。

“歴史”的に、とは言えど少なからず影響が有るから全く無関係という事は無く寧ろ、避けられぬ物。

“起こる”事は、な。



「各々の今後の予想は?

劉備は益州獲りに集中するでしょうけど…」


「そうだろうな

先ずは、祥阿郡を獲る事が最優先では有るが、実際は粗手中にしたも同然だ

太守の費詩は劉備と争いはしないだろうからな

李洪が倒れた今、祥阿郡は劉備の物だと言える

尤も、費詩を麾下に加えて太守の地位を譲渡されても全てが従う訳じゃない

祥阿郡全体を掌握するには今少し時間を要するな」


「何れ位と見ているの?」


「最大で二週間、だな

早ければ、一週間も有れば十分に可能だろう」



祥阿郡だけを見れば、な。

宅の獲る予定──実質的に言えば既に統治下だが──である四つの郡領を除いた郡領を獲るには、ある程度時間が掛かるだろう。



「…四郡領以外となると、時間は掛かるわね

宅が四郡領を含めて予定の領地を獲り終えるのとは…

微妙な所かしら…」



袁紹がいつ頃動くのか。

それによっては宅より先に益州の郡領を平定し終える可能性も無い事は無い。

その場合には宅の四郡領が侵略されそうだが…

まあ、それは有り得ない。


表向き、四郡領は未所属。劉備達は手を出せない。

交渉で口説き落とす事等も不可能だと言える。

有り体に言えば、“始まる前から勝負は着いている”という事になる。


勿論、敢えて未所属の形を継続させている事自体にもちゃんと意味は有る。

無意味な“敵”を一掃する為の隙の様な物。

其方らも予定通りに意味を成してくれている。

皆じゃないが、張り合いや手応えは感じ無いよな。



「劉備達の事は放置しても問題無いだろ

宅の“仕込み”を理解した上で尚、四郡領を獲れると思っているなら別だが…」


「その時は“大義名分”を私達にくれる訳でしょ?」



いつもの調子が戻った様で華琳は不敵に笑む。

その笑みに笑みを浮かべて返答としながら思う。


それで良い、と。

曹孟徳が追い掛けるなんて似合わない。

不敵に、悠然と、不動にて構えて居れば良い。

あらゆる全てを真正面から迎え撃ち、打ち倒す。

頂点に君臨する“覇王”に相応しい態度で。




 孫権side──


劉備の話が終わった。

次は姉様達の話。

宅の──雷華様の妻である面々には両陣営に血縁者や友人等の縁者が居る。

特に姉妹は多い。

まあ、関係者の中では、と一言付くのだけれど。



「孫策の方はどう?

まだ袁術に従っている気で居るのかしら?」


「腹の中──あー…いや、心中では従ったつもりとか全く無いだろうけどな」


「揚げ足を取らないの」



雷華様の言葉に拗ねた様に少しだけ眉根を顰めながら睨み付ける華琳様。

その姿に、言動に、私達は心から安堵する。

あと、雷華様の言い直した気持ちも何と無く判る。

姉様の性格を考えるのなら“腹の中”が似合うから。



(…でも、華琳様が正常に戻られて良かったわ…)



此処最近、華琳様の機嫌が──否、殺気が、日増しに悪化していっていた。

雷華様の指示によって私達──つまりは妻以外の者は暫くは華琳様に近付けない様に裏で動いていた。

私達ですら恐怖を感じる程禍々しい殺気。

当然ながら、他の者達では心身共に耐えられない。

下手をすれば、擦れ違っただけで死んでしまう場合も有り得るだろうと雷華様が明言した位だ。


…まあ、確かに殺気のみで人を殺す事は可能。

私達も鍛練の一部として、雷華様の殺気を受ける事も少なくない。

始めの頃は失神する事など当たり前だったし。

…慣れって凄いわよね。


──っと、話を戻すけど、華琳様の状態が危険な事は雷華様も理解していた。

それでも今日まで放置した理由は華琳様自身に自分の状態を理解させる為。

本当、厳しい人よね。


まあ、一見すると理解して合わせていた様にも思える灯璃は単純にいつも通りに反応していただけ。

それでも、意図を外れないのだから凄いわね。

…それとも、そういう風に仕向けられる雷華様か。

何方らにしても、私達には出来無い事だけど。


…ただ、華琳様の気持ちも判らないではない。

私で言えば、黄祖。

或いは劉表が絶対に殺意を抱かずには居られない存在でしょうね。

一応、その役割は姉様達に譲ってはいるけれど。


華琳様の場合は憎悪・怨恨ではないのでしょうけど、殺意に変わりはない。

私だけでなく、皆の中でも半数近くは理解出来る筈。


だから、なのよね。

雷華様が態々、私達の前で華琳様に気付かせたのは。


殺意に囚われてしまっては自身が死んだも同然。

そういう状態に陥るな。

一人で背負い込むな。


そう、言外に示す為に。





「…で、どうなの?」


「んー…そうだな…冥琳

お前はどう見る?」



華琳様の言葉には答えずに雷華様は私達を見回して、冥琳に訊ねた。

華琳様も、冥琳達軍師陣も予想は出来ている。

だから、無駄を省く意味で雷華様に説明を任せる事が殆んどなのだけど…偶に、雷華様は話を振る。

単純な“答え合わせ”にはしない様にする為に。

その意図を判っているから華琳様も私達も素直に従い自分の意見を述べる。

そう遣って学ぶ事も私達は少なくないのよね。



「孫策が独立する事自体は現時点でも可能でしょう

ですが、今動いてしまえば北に居る袁術だけではなく東の劉表、場合によっては西の劉璋辺りも敵に回し、三方からの包囲戦を受ける可能性が出てきます

西は不確定では有りますが劉表は袁術に付く筈…

戦い自体は出来たとしても揚州──江東の民に被害が及ぶ事は望みません

故に現状で孫策が動く事は無いでしょう」


「では、動くとすれば──翠、何処でだ?」



冥琳から翠へと移す。

こんな風に問う相手を急に変えたりするのも雷華様の遣り方だったりする。

最初の頃は油断をしていて焦った事も懐かしい。


翠は焦る事無く、しっかり自分の考えを整理する。

それも短時間で。

…日々の何気無い行動でも私達の糧に成っている。

それを改めて実感するわ。



「恐らくは…私達が袁紹を破った直後、かと…

幾ら馬鹿な袁紹でも自分の手勢だけで宅に勝てるとは思ってはいない…

だとすれば、一番手を組み易い相手は曹魏の西に居る袁術になる…

で、袁紹が敗れるって事は袁術も敗れるって事…

だから、孫策は労せずとも楽々と独立出来る…筈…」



自信を持って答えながら、最後の最後に弱気になった翠に私達軍将陣は苦笑。

でも、気持ちはよく判る。

私達には、言い切る事って不安なのよね。


それを判っている雷華様は笑顔で肯定してくれる。

それだけで嬉しくなるから私達も単純な物。

本当、惚れた弱みよね。



──side out。



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