30 彩りも其々に
黄忠side──
孫権──蓮華さんと合流し少し遅い昼食を取った後、私達は宛を発った。
“加減”されているからか普通よりも早い速度なのに私達も“酔う”事は無い。
彼女の愛馬の慶閃は直ぐに颶鵬達とも馴染んだ。
私達は蓮華さんの血筋等を知っている分、どの程度で接して良いか悩む。
飛影様は“皆と同様に”と仰られるけれど。
殆ど物怖じしない思春でも多少は戸惑っていたのに。そういう点では葵や珀花、灯璃の性格が羨ましい。
馬車の上では各々が自由に過ごしている。
勿論、手綱の担当者二名は雑談しか出来無いが。
蓮華さんは飛影様から氣を呼び起こして貰っている。
私も先達として出来る事が有ればと思う。
(それにしても…ふふっ…微笑ましいですわ)
視線の先には眠る飛影様に膝枕をしている思春。
その表情はいつも通り──ではない。
周囲の目を気にして平静を装っているが、嬉しいのが抑えきれず顔が綻ぶ。
それに気付くと引き締めるのだが、恥ずかしさからか照れが出ている。
それを何度も繰り返す。
(飛影様が起きている間はもっと反応が強かったのは仕方無い事ね…)
飛影様も判っていて思春の反応を楽しんでいる。
その様子を私も楽しむ。
因みに、元々は冥琳の件で無理をした際に私が膝枕をした事が発端。
以後、飛影様が休まれる際“誰か”がする様に。
一応、順番が有る。
飛影様に教わった“猜拳”にて勝負した結果の。
公平に、順番で行う。
ただ、他の娘の中に羨望を向けている者も居る。
私自身は嫉妬する事は殆どなかったりする。
私は他の皆と違い飛影様に恋愛感情を抱いて臣従した訳ではなかった。
勿論、女として惹かれない訳ではない。
子供を産むのなら飛影様の子が良いとは思った。
それでも彼女達程の想いを持っていなかった。
けれど、それは過去の話。
一緒に居れば居る程に私は惹かれていく。
怖い位に強く、深く。
(飛影様の居ない人生など考えられないわ…)
臣下として離れるつもりはなかったが、今は女として生涯離れる事が出来無いと感じている。
明確な切っ掛けが有った訳ではない。
それは日々の積み重ね。
小さな想いの紡ぎ重ね。
重ね、重ねて、合い至る。
(飛影様の立場上…
私だけを、とは言いません
ですから、皆と共に御側に置いて下さいね)
貴男の“道”に。
──side out
宛を発って三日目。
益州・荊州に続き司隷へと入っている。
今は、自分が最初に現れた大巴山脈の北に並び連なる秦嶺山脈の山中。
山道を外れ、森の奥に有る滝壺の脇に居た。
「はあっ!」
ガキン!と金属音を響かせ剣が打つかり合う。
「くっ…」
鍔迫り合いの状態のままで押し切れない事に焦る。
引くか、往なせば良いが、向きになっている。
負けず嫌いなのは良いが、熱くなり過ぎは頂けない。
「──よっ、と…」
「──あっ、きゃっ!?」
鍔迫り合いから剣を引いて力を往なすと、前に崩れた所を手首を掴み足を払って一回転。
地面に届く程の桃色の長い髪が宙に広がる。
柔道の投げの用量で優しく地面に落とした。
「…とまあ、こんな感じに突っ込み過ぎると一転して致命的になる」
そう言いながら掴んだ手を引き上げて立たせる。
驚きと悔しさから、何とも言い難い表情の仲謀。
「…強いだろうとは思っていたけれど…」
「意外か?」
「あれだけの緻密な策謀を考えられる事を知れば私に限らず誰でも“知能派”と思うわよ…」
揶揄う様に訊ねると仲謀は拗ねるに答えた。
口調に関しては“公私”で使い分けるらしい。
「その“思い込み”を利用するのも戦略だ
そう思わせる事もな」
笑みを浮かべながら右手でポンポンと撫でる。
「興覇、儁乂、お前達から見てどうだった?」
各々、柔軟と準備運動等を済ませて見学していた所へ声を掛ける。
「…悪くはないです
ただ“上積み”はそれ程の期待は出来無いかと」
「そうですね…
上手く言えませんが動きに違和感を感じます」
何方らも剣を主要武器とし実力も有る。
見立ても間違っていない。
仲謀は複雑そうだが。
「母や姉への憧れで始めた剣術だろうからな
自分の適性と違っていても不思議はない」
「……私の適性って?」
不満──いや、不安そうな表情で訊いてくる。
笑顔を返しながら──
「“此奴”だ」
そう言いながら脇に立てた翼槍を手に取って見せる。
仲謀は目を丸くして驚き、“あの時”を思い出してか顔を顰める。
「お前は“長物”向きだ」
「長物…」
「それに剣の経験も後々に活きてくる
知ると知らざるでは大きな違いが有るからな」
翼槍を見詰める仲謀。
その意志の宿った眼差しに“開花”を楽しみに思う。
徐晃side──
新しく臣従した蓮華さん。
飛影様曰く“長物”向きと言う事らしい。
私達の殆どが剣を主とする事も有って指導に関しては飛影様が大半を占める事になるだろう。
そう思うと羨ましい。
だって、二人きりの時間が多いって事だし。
(私達にも教えてくれると思うけど、飛影様以外との手合いが多いんだもん…
もうちょっと私にも二人で教えて欲しいなぁ…)
飛影様に真名を預けたいと皆が思ってる。
積極的に仕掛けても上手く躱されたり、流される事が多くて実に手強い。
なのに、此方側は日に日に惹かれてゆく。
(改めて考えると…
何〜か、狡いよねぇ〜…)
振り向いてくれないけど、いつも見てくれてる。
然り気無く、私達に対して気遣いをしてくれる。
当たり前の事を当たり前に出来るし、してくれる。
(冥琳が言ってたっけ…)
“雄として英ている”から“英雄”なんだと。
飛影様は英雄扱いなんかは嫌うだろうけど。
私達にとっては唯一無二の“英雄”に違いない。
(でも、沢山居すぎるのも複雑では有るかなぁ…)
泉里は別に良い。
一緒の旦那様っていうのも悪くないと思う。
皆良い人だし、好きだ。
それでも“乙女心”は独占したいと訴える。
(まぁ…私が決める事じゃないんだけどね…)
結局は飛影様次第。
飛影様の選ぶ女性の中に、自分が居る事を願う。
居られる様に頑張る。
(簡単じゃないんだけど)
恋敵は自分以外の全員。
文官──軍師を勤める筈の泉里と冥琳は別にしても、武官側は強敵揃い。
現状、一番歳ぅ──ひっ!?──お、お姉さんな紫苑は名実共に一歩抜けている。
ただ、私達程に独占したい感じは無い。
歳ぅ──お姉さんの余裕と言うのだろうか。
“新入り”の蓮華さん。
まだ実力は未知数だけど、飛影様が認めた位だ。
油断は出来無い。
葵は多人数でも良いらしく一安心かな。
実力は私より上だけど。
問題は二人。
珀花とは実力伯仲。
力の私と、技の珀花。
歳上だけど、そんな風には感じない。
冥琳曰く“中身が子供だ”との事…成る程ね。
そして──思春。
色々と因縁の有る同い年。
実力は確実に上。
様々な経験も有る。
誰より負けたくない相手。
同時に尊敬もしている。
だからこそ、負けない。
いつか追い付き…勝つ。
その為にも頑張る。
一歩一歩、進む。
前へ向かって。
──side out
孫権side──
彼と“実力を見るから”と手合いをした。
結果は完敗。
てっきり文官寄りな方だと思っていたから吃驚。
子供扱いだった。
彼が思春と葵に私の評価を訊ねると──容赦無く私に剣の才は無いと言った。
彼にも母様や姉様への憧れからだろうと言われた。
図星だけに言い返せない。
(はっきり言ってくれれば判り易いけど…傷付くわ)
自分でも“これ以上”には期待出来無いと感じていただけに冷静ではあったが。
出来るなら、もう少し剣の腕を上げたかった。
私の“適性”を示された。
その時、母様の形見である翼槍を彼が手にして。
思い出す、“あの時”を。
不安が心に広がる。
けれど、彼の笑顔と声に、私の頭を撫でた掌に安心し不安が消えた。
彼が居てくれるだけで私は前を向いて居られる。
前へ進んで行ける。
その事を強く感じた。
適性は“長物”──つまり槍や棍等だ。
全く扱った事が無い訳ではないので大丈夫だろう。
「……槍……ぁ…」
ふと、思い出す。
“今のお前には無理だ”と彼は言った。
“お前には無理だ”でなく“今の”と言った。
反射的に彼を見た。
私の心を見透かすかの様に彼は笑顔で頷く。
(母様の…母様と同じ…)
込み上げる喜び。
けれど、今の私は憧憬には染まらない。
(前は“私”じゃなかったから無理だった…
でも、今は…これからは、私は“私”で在り続ける)
直ぐには無理だろう。
でも、それで良い。
今はまだ、私には早い。
彼の下で一歩一歩歩む。
(そして相応しいと貴方に認められる様に…)
その時が、私が手にするに至った時だ。
「さて、続けるか?」
両手に棍を持った彼が私に訊ねてくる。
私の答えは決まっている。
「勿論よ」
彼を真っ直ぐに見詰め返し答えると、彼は右手の棍を私へと放って寄越す。
それを右手で掴み、手首を捻って軽く振るう。
“適性”が有ると言われ、向いていると判ったからか手に馴染む気がする。
実に単純な理由。
随分と判り易い性格だと、胸中で苦笑する。
だが、悪い気はしないのは私が変わった証だろう。
「お願いします!」
棍を構え、対峙する。
彼──飛影様に出逢えて、本当に良かった。
私は誓う。
永久に──貴男と共に。
──side out
仲謀の初稽古に熱が入り、他の皆にも飛び火した結果気付けば空は黄昏。
今夜は此処で夜営する事になってしまった。
まあ、水辺でも有るし場所としては悪くない。
「こ、こう?」
恐る恐る、戸惑いながらも言われた通りに鋒を身へと差し込んで行く。
「そうそう、そのまま骨に添って刃を進めて──」
仲謀の後ろに立って両手を添えて教える。
「くっ…普通に出来る身が妬ましい…」
「くっつき過ぎです!
不潔です!
私と代わりましょう!」
「飛影様、飛影様!
私にも教えて下さいっ!」
興覇・仲達・義封が後ろで騒いでいる。
因みに他の面子は──
漢升・公瑾は栗花の世話、儁乂・公明は薪拾い中。
不意に悪戯心に火が点く。
小さく溜め息を吐きながら振り返りつつ、左手を外し仲謀の腰へ回す。
「やれやれ…
何を言ってるのかと思えば俺は単に“料理”の仕方を教えてるだけだろ?
仕事を放り出してる様なら夕餉抜きになるからな?」
三人を窘めながら、仲謀を左手で抱き寄せる。
突然の事に驚きながらも、抵抗はしない仲謀。
耳は真っ赤になっている。
一方、注意なんて右から左状態で目を見開く三人。
驚愕、嫉妬、羨望…様々な感情が心中で渦巻いて混乱しているのだろう。
「なぁ、仲謀…
“誰に”教わりたい?」
耳許で優しく囁く。
僅かに触れる吐息に小さく身動ぎする仲謀。
「…あ、貴男に…」
「ん?、誰に?、はっきり言ってくれないと──」
チラッと三人を見る。
「──俺は他の“誰か”に教えようかな?」
ピクッ!と三人が反応。
我に返ると期待する様に、仲謀を凝視。
その視線を受けて気付き、見詰め返す。
黙ったまま睨み合う。
「私は“飛影様”に教えて貰いたいわ」
“負けない”“譲らない”そういう意志を強く込めて答える仲謀。
三人も“今回は”潔く退き自分の受け持ちの仕事へと戻って行く。
「…趣味が悪いわね」
「嫌いになったか?」
「…狡いわ…
判ってる癖に…」
フッ…と笑みを浮かべると仲謀の頭を撫でて、料理の続きに戻る。
毎日はしない。
だが、たまにはこんな風に悪戯するのも有りだろう。
形式的な主従は要らない。
自分達の在り方は自分達で築き成して行けば良い。
誰の真似でもない。
俺達だけの在り方を。