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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
398/915

         捌


皆が笑顔を浮かべる様子を見回していて──一ヶ所で顔を止めた。

真剣な表情で、私をじっと見詰めている御主人様。

今までに見た事の無い顔に私の方も緊張してしまう。



「桃香、俺は“御輿”役を引き受けて一緒に居る」


「──っ…はい…」



もう、一年以上も前の事。

だから忘れてしまっていたけれど私達の“始まり”はそういう関係だった。

今までも、これからも。

ずっと、傍に居てくれると疑う事無く思っていた。


だけど、御主人様は本当は平和な世界の人。

私達の様な戦いを常とする世界とは無縁だった人。

私達と──私と関わりさえしなければ、あんな大怪我だってしなくても済んだのかもしれない。

私と居ない方が御主人様は幸せになれた。

その可能性が脳裏を掠め、胸を激しく締め付ける。

息が出来無くなりそうな程苦しくて、痛くて、辛くて泣きそうになってしまう。

でも、“それは駄目”だと自分に言い聞かせて堪え、真っ直ぐに御主人様の眼を見詰め返す。



「でも、それは俺が着てたあの制服が有ったからこそ出来ていた事だ

もう、俺には“御輿”役は出来無くなった」



“それは違うよっ!”と、叫びたくなる。

けど、そう言ったとしても事実は変えられない。


御主人様“自身”を見て、信頼していた私達。

御主人様の“服”を見て、信頼していた人達。

何方らも確かにな事。

そして、その後者の人達は連合軍に参加していた時の火事で服を焼失して以降、御主人様を軽蔑していた。


“何だよ、偽者なのかよ”

“変だと思ったんだよな”

“だって、俺より弱いし”

そういった陰口を私自身も実際に聞いたから判る。

彼等は“御主人様”を見てなんていなかった。

ただ、名前や格好だけ見て集まっていただけ。


そして、そんな風な立場にしてしまったのは他ならぬ私達──ううん、私だ。

御主人様に、“御輿”役を頼んだのは私だから。


今になって考えてみれば、彼女──関羽さんが最後の別れの時も御主人様の事を認めなかったのは、これが判っていたからなのかも。

…今、確かめる事は私には出来無いけど。

でも、全くの間違いという事ではないと思う。


今はただ、御主人様の出す答えを受け止める。

それしか、出来無い。



「俺は鈴々達みたいに戦う事は出来無いし、朱里達の様な智恵も無い…

それでも、桃香の事を俺は支えて行きたい

桃香の力になりたい

俺に…桃香の事支えさせてくれないかな?」


「──っ、はいっ!

じゅっと、私を、私達を、支えて、くだしゃいっ…」


「ありがとう、桃香」



放たれた矢の様に真っ直ぐ御主人様の胸に飛び込んで抱き締められる。

噛み噛みで格好悪いけど、それでも構わない。

そんな事も気にならない位嬉しいんだから。




ちょっと恥ずかしいけど、凄く嬉しくて泣いてしまい落ち着くまで時間が掛かり場の雰囲気からは緊張感が消え去っていた。


ただ、一言。

私から皆に伝えたい。



「皆、ありがとう

これからも、宜しくね」



そう笑顔で言うと皆からも笑顔が返ってくる。

こういう世の中を、私達は築いていきたい。

そう思った。



「大分逸れちゃったけど…

朱里ちゃん、今の話の続きお願い出来るかな?」


「はい」



仕切り直す、と言うと少し違う気がするけど、大体はそんな感じ。

朱里ちゃんが真剣な表情を浮かべて深呼吸する。



「先程までの説明で御判り頂けたと思いますが…

曹魏は間違い無く、一つの理想的な国です

ただ、それは“曹魏の民”にとっては、です

それ以外の人達の事は全く気にしていません」


「だが、朱里よ

国という物は本来そういう物ではないのか?」


「はい、星さんの言う通りだと私も思います

そういう意味では、曹魏は正しく在る訳です」


「ならば、曹魏の民の立場として見れば、その平穏を脅かさんとする我等の道は正しく悪である訳だな」


「そうなりますね

私達は“全ての人達”の為今有る平穏を破壊するしか出来ませんから」



朱里ちゃんと星ちゃん。

御互いに一切の遠慮をせず苛烈な言葉を口にする。

聞いていて思わず苦笑してしまうのは私だけではなく御主人様達も一緒。

でも、ついさっきまでとは気持ちが違っている。


私は“完璧な聖人”以外は間違いだと思っていた。

だけど、そうじゃない。


朱里ちゃんが言った様に、曹操さんは曹魏の民の事を第一としている。

だから、他は無視。

それは間違いではない。

曹操さんは曹魏の国王。

曹家の当主なのだから。

当然と言えば当然の事。


だけど、言い方を変えると“完璧”じゃあない。

曹操さんは確かに凄い。

私には絶対に真似出来無い凄い人だって思う。

曹魏の様に“全ての民”が一体となる国を築き上げる事は私には不可能。

曹操さんだから出来た事。


でも、曹操さんだけで築き上げた訳でもない。

曹操さんにも臣兵が居る。

一人じゃない。

一人じゃないから出来た。

だったら、私にも出来る。

同じ事は出来無いけれど、私にしか出来無い事。

私の理想を実現する事は、私だけが出来る事。

その為に、私は進む。



──side out



 諸葛亮side──


桃香様は御優しい方です。

それが魅力では有りますが最大の弱点でも有ります。

非情には成れない。

けれど、群雄割拠の時代を戦わずに制する事は、先ず不可能な事です。

戦わなくてはなりません。

平穏である民を苦しめても理想の為に進み続ける。

その覚悟が無くては乱世で覇を唱えられません。


桃香様の理想の実現。

その為には“天下統一”の他には道は有りません。

そして、最大の敵であろう曹魏──曹操さん。

彼女に対する対抗心だけを抱いているのだったら何も心配は要りません。

ですが、桃香様は劣等感を強く抱かれていました。

それを今、払拭出来た事は今後にとって大きな意味を持ってくるでしょう。

本当に良かったです。



「ふむ…だが、そうなるとやはり“天下統一”に最も近いのは曹操か…」


「いえ、違います

寧ろ、曹操さんは一番遠い存在かもしれません」



星さんの当然の考え。

それを否定した瞬間、私を驚愕の表情で見詰めてくる皆さんに苦笑を返す。

そうなる御気持ちは物凄く理解出来ますけど。

私も最初にそう思った時は唖然としましたから。



「え?、あの、朱里ちゃん

それって、どういう事?」


「最初に御話ししましたが曹操さんが圧倒的な支持を集めている事は事実です

ですが、問題となる部分はそれが曹魏以外の地であるという事です」


「それってつまり…って、あれ?、ちょっと待てよ?

それ可笑しくないか?

もし、曹操が曹魏以外でも民の支持を集めているなら星の言った様に天下統一に一番近い筈なんじゃ…」



御主人様の言葉に同意する様に桃香様も他の皆さんも何度も頷いています。

確かに、私の言葉は絶対に矛盾していますからね。

でも、それが矛盾ではないのだとしたら、何かしらの理由が存在している。

そう思い至ったからこそ、その説明を求める様に私を見詰めています。



「確かにそうなんですけど重要なのは曹操さんの事を支持する民の居る領地…

其処が問題なんです」


「それって何処なんだ?」


「今、私達が向かっている益州では、漢中郡・巴郡・広漢郡・陰平郡になります

荊州では、南陽郡・南郡・江夏郡が該当します

司隷よりも北側に関しては現時点は判りませんが…

益州・荊州は間違い無いと言い切れます」



何気無く訊ねる御主人様の言葉に対し、自信を持って私は断言をする。

それを聞いて皆さん揃って小さく息を飲む。

…普段から、こんな感じで出来たら、私の威厳とかも上がるんでしょうか。

…ちょっと真面目に考えて見てみましょう。



──side out



 劉備side──


曹操さんを支持する人達が多い事は理解出来た。

悔しいけど、事実だから。

だけど、その支持を集める場所が天下統一に最も遠い理由になるのか解らない。



「桃香様、泱州新設の際に統合された領地が何処か、覚えていますか?」



急に振られて少し焦るけど落ち着いて考える。

一番最初の領地だから…



「え〜と…確か…豫州と、揚州……の二郡、だったと思うんだけど…」



自信が無い訳じゃないけどさっきの朱里ちゃんみたいに自信満々で断言する事は私には出来無い。

なので、どうしても自信が無い感じで聞いてしまう。



「はい、廬江郡と淮南郡が揚州から外れています」



良かったぁ〜…有ってて。

私、郡の名前までは覚えてなかったんだよね。

今度からはきちんと覚えて置かないと駄目だよね。

うん、頑張って覚えよう。



「その後、黄巾の乱を経て兌州・徐州・青州が併合

青州は平原郡以外ですが…

此処で一つ、疑問が浮かび上がってきます

それは当時は誰も気付かず疑問に思わなかった事…

ですが、今は誰にでも十分気付ける事です」



…ごめんなさい。

考えても気付けません。


そう思ったのは、どうやら私だけじゃないみたいで、御主人様達も同じみたい。

ただ、朱里ちゃんは説明の方に意識が向いちゃってるみたいで気付いていない。

まあ、折角気分良さそうな所を邪魔するのも悪いから皆も黙っているみたい。

こういう朱里ちゃんの姿も珍しいよね。



「曹操さんの旦那さん──曹純さんの側室には皇女の劉曄さんが居ます

何時からなのかは定かでは有りませんが、泱州新設の時点では皇女殿下が誰かに嫁いだ事自体は公表されていました

つまり、曹操さんは揚州の“全て”を手中にする事が可能だった筈なんです」


『──っ!』



その一言に息を飲む。

確かに、可能な事。

皇女──皇帝という最強の伝手が有ったのだから。

揚州の一部だけにする事も青州の一部を残す必要も、無かった筈だから。


でも、そうしている以上、何かしらの意図が有る。

それは間違いなかった。





「沙和さん、揚州の二郡、荊州の三群、益州の四郡…

これらに有る一つの共通点が解りますか?」


「えっ!?、ちょ、ちょっと待って欲しいの〜…」



突然振られた沙和ちゃん。

慌てながらも真面目に考え始めている。

私も考えてみるんだけど…さっぱり思い付かない。

沙和ちゃんも、御主人様も悩んで唸っている。



「全てが江北──つまり、江水よりも北側に位置する郡領なのです」


「その通りです」



ねねちゃんの、自信満々で答える姿を見て、“子供が自分の事を褒めて欲しくて頑張ってる”って思った。

言ったら怒りそうだけど、可愛いんだから仕方無いと思うんだよね。

でも、その内容には納得。

確かに全ての郡領が江北。



「これは私の推測ですが、曹操さんは江水より南には興味が無いのだと思います

そして、それは漢王朝での全領地を得る事──つまり天下統一を目指していないという事にもなります」


「…機を見計らっている…というのも変か…

獲れる機会は有ったのだ

曹操程の者が見逃す事など有り得ないだろうしな」



うん、星ちゃんの言う通りなんだと私も思う。

でも、一つ気になる。



「ねえ、朱里ちゃん

それなら曹操さんより先に漢中郡とか獲れないの?

民の人達の支持は有っても曹操さんが動いていないんだったら、今なら…」


「それは無理なんです」


「どうしてなんだ?

俺も桃香の意見は間違ってないと思うんだけど…」


「確かに益州の四郡は今は曹魏とは無関係です

ですが、無血で帰服させる事は私達には出来ません

いえ、それが出来る存在は曹操さんだけです

私達の、桃香様の風評では挽回は不可能です

もしも、獲るのでしたら…

力ずくしか有りません

ですが、それは“大義”が有ればの話です

今の四郡には突け入る隙が有りませんから、遣るなら文字通りの侵略になります

そうなれば…」


「確実に民の憤怒と憎悪を買う事になる、か…」


「はい、だから今の私達は南に下り、曹操さんの手が伸びていない地で再起する以外に有り得ません」



厳しい現実。

けど、諦めない。

今は進む事だけを考えて、遣るべき事を遣る。

それしかない。



──side out。



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