陸
鈴々・星、それに傷心から立ち直った沙和によって、あっさりと賊は退治されて交戦していた一団を助ける事が出来た。
敵の数は三百程だったが、半分以上は鈴々一人により倒されていた。
最近、大人しいというか、元気が無かった鈴々。
圧倒的な──ではないが、華雄に敗北した事がかなりショックだったみたいで、食事の量が減っていた。
…まあ、それでも俺達より十分に多い量を食べている訳なんだけどな。
ただ、そうは言っても何か出来る訳でもなかった。
武人としての屈辱・苦悩は俺達には判らない。
沙和も“武人”ではない。
自然と星や貂蝉達が頼りで訊ねたら、三人共に揃って“放って置くのが一番”と言い切った。
でもまあ、意味は判る気もしくなくはない。
結局、自分自身で克服して立ち直るしかない。
そういう事なんだろう。
正直、俺には判らないから下手な事も言えないし。
そんな鈴々が戦う姿からは焦りや苛立ちの様な感情は感じられなかった。
最初こそ戸惑っている様な気がしたけど、三十人位を倒した辺りで表情が変わり久し振りに笑顔を見た。
その時、俺達の護衛として側に居た貂蝉と卑弥呼から言われた事は意外であり、納得も出来る事だった。
「要するにねぇん、彼女は“本当の意味での敗北”を知らなかった訳よぉん
だからぁん、自分自身でも小さなお胸の中に芽生えた感情が何なのかはっきりと判らなかったのよぉん」
「それは敗北の“悔しさ”であると同時に、自分より明確に上で有るからこそ、“勝ちたい”と思える者…
全力を出し、打付かって、真剣に闘いたい者…
つまり、好敵手や目標だと思える存在に出逢えた事の“喜び”という事じゃな」
貂蝉と卑弥呼の言葉を訊き俺の脳裏に浮かんだのは、星や彼女──関羽と鍛練をしていた鈴々の姿。
二人にも負けてはいた。
でも、悔しがってはいても落ち込んだ事は無い。
それは多分、星は技巧派、関羽は正統派だから。
鈴々とはタイプが違う。
でも、華雄は同じタイプか似ているタイプだった。
だから、意識した。
強く、強く、強く、強く。
好敵手──ライバルとして華雄に勝ちたい、と。
けど、経験した事が無い為鈴々自身も戸惑った。
その“喜び”の意味が何か理解出来無かったから。
それが、偶々だったけれど賊相手の戦闘をしている中気が付いた。
そういう事なんだろうな。
理解をした鈴々の表情は、以前と同じ様に──いや、以前よりも生き生きとして輝いて見えた。
それを見ていた星は笑顔で“やれやれ…”と言う様に妹の成長を見ている感じの眼差しをしていた。
兎も角、鈴々が立ち直って本当に良かったと思った。
賊退治の後始末を兵の皆に任せて、保護?した陳宮と対面する事にした。
──訳なんだけど…
「鈴々よりチビなのだ!」
「何ですとーっ!?
助けて貰った事に対しては感謝していますが初対面の相手にチビ呼ばわりされて赦す気は無いのですっ!
大体、チビって言った方がチビなのですっ!!」
「にゃにゃっ!?
鈴々の方がおっきいのだ!
だから、お前の方がチビで合ってるのだっ!」
「お前またチビって言ったですねーっ?!」
──と、何故か鈴々相手に口喧嘩が始まった。
しかも、何故か、俺を間に挟んだ格好で。
…俺、関係無いよね?
因みに、陳宮は見た目には犯罪臭がした。
いや、鈴々や朱里もだが、二人の場合には歳を訊いて知っているから“合法”と判ってるんだけどさ。
…うん、まあ、法律云々の問題じゃないんだけどな。
尚、背は朱里の方が上。
鈴々と陳宮は同じ位だけど帽子を脱いだら──一応、鈴々の勝ちだろうな。
大して変わらないけど。
──とまあ、そんな感じで緊張感も逃亡してしまった場の雰囲気は微妙。
悪い訳ではない。
しかし、良くもない。
星は“は、鼻血が…”とか幼女“三人”を見ながら、一人で遣ってる。
可愛らしい光景だけどな。
何か間違ってる気がする。
沙和は笑って見ているが、止める気は無さそうだ。
まあ、下手に止めに入って鈴々の攻撃は受けたくないからだろうけどさ。
朱里は“はわわっ!?”と、狼狽えている。
軍師孔明、何処行った?
早く帰って来て下さい。
桃香は苦笑してフリーズ。
どうしていいか判らなくて思考を放棄したらしい。
ある意味正解かもな。
貂蝉と卑弥呼は、後始末を手伝ってくれているから、此処には居ない。
つまり、残された選択肢は“自力で頑張る”のみ。
世知辛世の中だぜ。
「あー…取り敢えず、鈴々
一旦、大人しくしような」
「ほれ見ろなのですっ!
お前が悪いのですよっ!」
「へへーん、なのだー♪
鈴々はなー、お前と違って“大人”だからなー
お兄ちゃんの言う事聞いて大人しくするのだ♪」
「むっきーっ!?
腹が立つのですっ!!」
「ベ〜ロベロベーっ♪」
…鈴々さんや?
それは大人しくしていると言いませんからね?
陳宮の歳が判らないけど、大人気無いから。
元気が戻ったのは良い事。
でも、ちょっとだけ今まで我慢?していた分だけ何かストレス発散するみたいな真似は止めて欲しい。
子供の喧嘩って止めるのが本当に難しいから。
どうにかこうにか口喧嘩は収まってくれた。
陳宮から八つ当たり気味にドロップキックを貰ったが取り敢えずは終わった。
超小柄な癖に何気に威力が有って吃驚したけどな。
“本当に軍師なのか?”と思わず疑う程度には。
だって朱里は非力だもん。
「え、え〜と…あのね?
陳宮ちゃんは董卓軍に居た軍師の陳宮なんだよね?」
──って、桃香さんっ!?
その訊き方って幾ら何でも不味くないですかっ?!
反射的に大声を出しそうになったけど、視界に入った朱里が目立たない気を付けながら左右に首を振って、“大丈夫ですから”と言う様に見詰めて、頷いた。
それを見て、桃香に任せるという意図を汲み取る。
…心臓に悪いんだけど。
「そうですが…もしかしてお前達は追っ手ですか?!」
「ううん、違う違う!
追っ手とかじゃないから」
両手を胸の前で振りながら桃香は否定する。
確かに追っ手ではない。
と言うか、抑、別に彼女達元・董卓軍は指名手配とかされてはいない。
董卓は死んだらしいし。
…まあ、朱里の見解じゃあ連合軍の会議の場に曹操が連れて来ていた同姓同名の“董卓”が本物で、実際は悪政なんてしていなくて、宦官や袁紹達一部の諸侯がでっち上げた“生け贄”が董卓だったんじゃないか。
その董卓を救う為に曹操は連合軍に参加をしたのではないのだろうか。
という事を言っていた。
ただ、そう考えるとさ。
俺達のしてた事って無実の董卓達を悪者だって勝手に決め付けて殺そうとしてた事になるんだよな。
しかも、自分達の利の為、踏み台にしようとして。
…本当、最低だよな。
その推測を聞いた後暫く、桃香が塞ぎ込んだ。
かなりショックだもんな。
それでも、励ましたりして立ち直ってくれた時には、思わず泣きそうになった。
無意識に抱き締めてたし。
まあ、それは置いておいて兎に角だ。
追っ手なんて存在しない。
普通に考えれば敗戦したら指名手配されたりするのが当たり前らしいけど。
俺達も一歩間違っていたら指名手配されていた可能性が有ったらしいし。
…確か──“勝てば官軍、負ければ賊軍”──なんて言ってたかな。
勝者だけが正義。
敗者は悪者になる。
それが、今の世の中。
今更ながらに凄い時代だと痛感させられてしまう。
自分の認識の甘さもな。
「…だったら何なのです?
お前達はどうしてその事を知っているのですか?」
陳宮の警戒心が丸判りの、野良猫を思わせる声を聞き我に返った。
警戒するのは当然だけど。
「…あのね、あの時私達は連合軍に参加していたの」
「──っ!?」
正直過ぎる桃香の言葉。
陳宮は一瞬驚きを見せたが直ぐ怒りと憎しみ、嫌悪を露にした。
「私達はね、董卓って人が悪政を敷き、洛陽の人達を苦しめてるって聞いて…
それで参加したの…
だけど、華雄さんに敗けて連合軍を離脱して…
改めて、考えてみたの
本当は何が正しかったのか
だから、教えて欲しいの
董卓さんは悪政を敷いて、洛陽の人達を苦しめたのは本当の事だったの?」
桃香の言葉を聞き、陳宮は真剣な表情で悩む。
仮に、真実を話したとして陳宮の言葉を証明する事は先ず難しい事だ。
また、仮に俺達が信じても何の意味が有るのか。
陳宮が悩むのも当然だ。
俺だったら…答えられるか判らない問題だろうな。
ただ、桃香が相手だったら喋るかもしれない。
そう、素直に思う。
「…悪政を敷き、好き勝手遣っていたのは張譲です
董卓様は張譲が自分の身を守る為に、矢面に立たせた──立たせられただけです
しかも、拐われ人質にして脅されていたのです…
誰も、戦いなど、望んではいなかったのです…」
陳宮が口にした真実。
此方も証明は出来無い。
だけど、本当だと思う。
…皮肉な事なんだけど。
曹操という人物の性格等を知っているからこそ。
陳宮の言葉は正しいと。
そう、確信が持てる。
「あのね、世間では董卓は死んだ事になってるけど、“彼女”は生きてるよ」
「──っ!?、それは本当の事なのですかっ?!」
桃香に飛び掛かりそうな程勢い良く詰め寄る陳宮。
驚きながらも、桃香は目を見て頷いてみせる。
「連合軍の会議の時にね、曹操さんが“董卓”という名前の女性を連れて来てて私達に紹介したの
連合軍に参加した人達って“董卓”の事は知らないし男だと思っていたから…
誰も本人だとは気付いてはいないと思うよ」
「…確かに女性というのは隠していたのです
では、董卓様は曹魏に?」
「そういう事になるかな」
本物の、本当の董卓の事を知っている者にしか判断が出来無い真実。
これで、間違い無いという確信を得られた。
心情としては複雑だけど。
切り替える意味で、一つの決着が付けられた事だけは良かったと思う。
「それでね、陳宮ちゃん
陳宮ちゃんはこれから先、どうするつもりなの?」
「それは…判らないのです
呂布殿は曹魏の捕虜…
恐らくですが、軍将として迎えられている筈です」
「まあ、呂布程の者ならば曹操が殺す可能性は低いと言えるだろうからな
そうなるのが妥当か…」
「本当は呂布殿を助け出し一緒に居たいです…
でも、曹魏に勝てるなんて思っていないのです…」
そう言って俯く陳宮。
自分が曹魏に仕えるという事を考えていない。
それは正しいと思う。
曹操は陳宮を必要としないからこそ見逃した。
加えて、必要最小限でしか獲ってもいない。
張遼と賈駆が孫策の麾下に入っている訳だしな。
華雄は現在行方不明。
“もしかしたら…”という可能性は有るけど。
「私達──私はね…
曹操さんに勝ちたい
ずっと、そう思ってる」
桃香が口にした一言。
それには俺達も吃驚した。
でも、直ぐに理解する。
それが、桃香の決意だと。
曹操に、曹魏に勝たないと俺達の理想は実現する事は出来無いんだから。
だから、桃香は勝ちたい。
そう、はっきり口にした。
「…本気なのですか?
本気で言っているのなら、ただの馬鹿なのです…」
「うん、馬鹿かもね
でも──私は勝ちたい
勝って、私達の理想とする未来を実現するの
──だからね、陳宮ちゃん
貴女の力を、私に、私達に貸してくれないかな?」
ゆっくり顔を上げた陳宮を桃香は真っ直ぐに見詰めて彼女の返事を待つ。
暫くして、陳宮は溜め息を吐いて俯いた。
「……音々音、です…」
一瞬、何の事か判らなくて俺達は呆然としていた。
ただ、桃香だけは理解して嬉しそうに笑った。
「私の真名は桃香だよ
宜しく、音々音ちゃん♪」
そう言って陳宮を抱き締め頬擦りをし始める桃香。
一呼吸遅れてから、俺達も理解して苦笑する。
ただ、その桃香らしい姿に確かな希望を、未来を見て決意を新たにする。
打倒・曹操。
困難では有るけど不可能な事ではない。
諦めない限り。
──side out。




