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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
395/915

         伍


※ソウカ郡→字が無い為、 “祥阿”を当てます。




 劉備side──


──十二月八日。


御主人様達の身体も十分に回復した私達は荊州を抜け南へ向かっていた。

私達の──私自身が掲げた理想を実現する。

その為の再出発の地へ。

益州へと、進み行く。



「なあ、朱里…どうして、祥阿郡なんだ?

益州って事でなら漢中郡や巴郡の方が近いんだろ?」



そう朱里ちゃんに何気無く訊ねたのは御主人様。

そう言えば私もまだ詳しい理由は聞いていない。

ただ、“今”という時期を逃してしまえば、力ずくで遣るしかなくなる。

そう言われてしまったら、私としては避けたい。

だから直ぐに移動する事を決断して行動した。

そういう訳だったりする。


そんな朱里ちゃんだけど、少しだけ表情が強張る。

その様子を見て訊ねた筈の御主人様も驚きを露にして戸惑った様に私達を見た。

でも、何も出来無い。

何も、判らないから。



「…荊州の領に入ってからずっと情報収集を続けて、桃香様にとって最良となる時機を窺っていました」



その事だったら私達もよく知っている。

朱里ちゃんと、兵の人達が日々頑張っていた事を。


私も何か手伝いをしたくて星ちゃん頼んで街に行って遣ってみたりもした。

…成果は微妙。

と言うか話だけ聞いてると私でも出来そうだったのに実際に遣ってみると難しく簡単に出来る物ではないと思い知らされた。

正直、私が役に立てたとは全く思えなかった。

寧ろ朱里ちゃんだけでなく星ちゃんにも気を遣わせてしまって申し訳無く思う。

…思い出しただけでも今も凹んでしまいそうになる。



「…その中で、ある情報を知る事になりました」


「…ごくっ…そ、それって…な、何なの〜?」



緊張しながら、息を飲んで訊ねる沙和ちゃん。

まるで怪談話を聞いているみたいな反応をしている。

ちょっとだけ、なんだけどその気持ちは判る。

“怖い物見たさ”という、危ない好奇心だよね。



「…曹魏の──曹操さんの圧倒的な民衆の支持です」


『……………………え?』



私達全員が、朱里ちゃんが一瞬何を言ったのか。

それが判らなかった。


…民の、皆からの支持?

…誰を?、曹操さんを?

…それも、圧倒的な程?



「な、何だよそれっ…っ…

朱里、どういう事なんだ?

判る様に説明してくれ」



思わず声を大きくし掛けた御主人様だったんだけど、朱里ちゃんを責める様にも見える事を察したみたいで何とか声を抑えていた。

だけど、御主人様の反応は物凄く理解出来た。

もし、御主人様が言わずに居たら多分、私が同じ事を朱里ちゃんに訊いた。

訊かずには居られない。

私達に──私にとっては、彼女の存在は特別だから。




流石に朱里ちゃんも移動をしながらでは拙いと感じたみたいで一旦休憩の時まで保留するという事に決まり微妙な──と言うよりも、苛立ち・焦燥感・劣等感・疑問・不安…様々な感情や思考が入り混じり掻き乱す心境のまま、重い雰囲気で行軍する事になった。


はっきり言って足が重い。

頭の中で“どうして?”が繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し…ずっと鳴り響いている。


…ある意味では仕方無い事なのかもしれない。

私の理想の前に間違い無く曹操さんは立ち塞がる。

それはもう、絶対的に。


彼女を──関羽さんの事が有ったからじゃない。

…ううん、全く無いって訳じゃあないけど。

それよりも前の問題。

家柄だとか、地位だとか、そんな事は関係無い。

私と彼女との違い。

大きな、決定的な、違い。

それは“覚悟”の差。


私は理想を掲げた。

その理想を信じ、目指し、沢山の人達が集まった。

でも、私は間違った。

それだけで、私は私の抱く理想を実現出来る。

そう、思ってしまった。


そんな事は有り得ない。

それが紛れも無い現実。

だけど、私は現実を見ずに理想(ゆめ)ばかりを見詰め妄言(りそう)を語った。


きっと彼女から見たなら、滑稽だっただろう。

何も判らない、何も見ない愚かな妄言者の戯言。

そう、言われても私自身は何も言い返せない。


以前のままの私だったら、“そんな事無いです”とか“それでも私は信じます”“絶対に実現出来るから”なんて言ったと思う。

本当に、愚かだったから。


でも、今は言えない。

そんな簡単に言っても良い事ではないと知ったから。

沢山の、罪の無い人の命を犠牲にした、その結果。


本当は止めたかった。

もう、怖くて、悲しくて、辛くて、痛くて、苦しくて嫌になった。

でも──止められない。

もし私が止めてしまったら其処で犠牲になった人達は一体何の為に亡くなったか判らなくなってしまう。

だから、止まれない。

止まってはいけない。

私は“私”を殺してでも、ただ只管前に向かって進み続けなくてはならない。

それが、私の背負う物。


私が、始めた戦いだから。

私が、逃げ出せない。

私が、諦められない。


きっと、赦されるのは──戦いの果てに成就した時か私が散った時。

私はもう、“血の路”から外れる事は出来無い。

この魂魄は赤く、紅く──赫く穢れているのだから。



──side out



 Extra side──

  /北郷


正直、朱里ちゃんの話にはショックを隠せない。

それでも、多少冷静なまま居られたのは俺の成長。

…或いは、後が無いが故の開き直りかもしれない。


皆の様子は心配だ。

だけど、特に桃香だ。

一番曹操に関して気持ちが傷付いているから。

だから、声を掛け様として近付いて行った。


──その時だった。

部隊の前方が騒がしくなり行軍の足が止まった。

…嫌な予感がした。



「も、申し上げますっ!

前方に砂塵を確認っ!」


「──っ!?」



慌てて走って来た兵士から報された状況。

それを聞いた瞬間だった。

身体を悪寒が包んだ。

嫌な汗が流れた。

物凄く気持ちが悪い。

小刻みに、次第に激しく、身体が震える。

動かしたくても、強張った身体は言う事を聞かない。

呼吸が乱れ、荒くなる。

自分の息遣いが、鼓動が、瞬く間にボリュームを上げ他の一切の音を掻き消す。

イヤホンかヘッドホンでも付けているかの様に自分が世界から隔絶されてゆく。

そう錯覚してしまう。

不安だけが急速に膨張し、神経を過敏にさせ精神的に削り取ってゆく。

まるで削岩機に因って岩を砕いているかの様に。


脳裏を過ったのは──



「──大丈夫よぉん」


「──っ!?」



そう、声を掛けられながら背中に温もりを感じた。

それは──掌の熱。

大きくて、安心出来る。

まるで、父親の様な掌だ。


不思議と驚く事も無くて、強張っていた筈の身体から自然と力が抜けていた。

気付けば、つい先程までは感じていた不安や不快感は消えている。

ただ背中に触れている。

たったそれだけの事なのに感じる安心感は大きい。



「…ありがとな、貂蝉」


「ぬふふふっ♪

どう致しましてよぉん♪」



巫山戯ている様で有っても俺達の事を支えてくれる。

その存在は本当に助かる。

事実、俺自身を含めて命を救われたんだからな。

感謝してもし足りないよ。


そう思いながら、一つ息を吐いて間を置く。

思考を切り替え、現況へと意識を集中させる。


一瞬の事では有った。

しかし、確かに感じていた“死”に対する恐怖心。

一人だったら逃げ出す事も出来無いと思う。


でも、一人じゃない。

支えてくれる人達が在る。

そう思えば──抱く恐怖は和らいでゆく。

消えはしないが…大丈夫。

俺は、立ち向かえる。




桃香達の側に行ってみると誰かが交戦中らしい。

片方は賊っぽい身形らしく珍しくはないそうだ。

ただ、もう片方が俺達には少しだけ問題だった。


その片方は遠目から見ても格好が統一されている様に見えたらしい。

粗統一されている格好なら何処か一勢力の軍隊である可能性が必然的に高まる。


俺の居た現代社会とは違い全員の装備を統一する事は簡単ではない。

まあ、お金が掛かるという意味でなら同じなんだが。

将師ともなれば区別の為に他とは違う格好もするが、基本的に一般兵は統一する事が多い。

理由としては格好が異なる場合には賊と間違われたり警戒心を抱かれるから。

また、意思統一をする為の一つの手段でも有るから。

例を挙げるなら黄巾党。

身形という点では統一等はされてはいなかった。

しかし、全員が頭に黄色い布を巻いていた。

それが唯一の特徴であり、同志の証だった。


野球とかサッカーなんかのユニホームとかを着たり、特製のTシャツを着たり、グッズを持ったりする事で仲間意識を明確にしているサポーターやファンの様な感じだって事。

そういう“一点”だけでも共通していれば、意外にも簡単に仲間意識を持つ事は可能だったりする。

信頼関係とは別問題だって事も理由になるんだろう。


──で、件の交戦している一団の事なんだけど…



「──董卓軍の?」



少し眉間に皺を寄せながら桃香が訊ね返した。

桃香にしては珍しい反応。

でも、そうなる気持ちは、よぉ〜………くっ、判る。

“良い思い出”じゃない。

と言うか、悪夢と言っても可笑しくない位なんだし。

ある意味当然だと思う。



「はい、恐らくですが逃げ延びた残党だと思います」



桃香の問いに答える朱里。

その返答に迷いも無いし、間違い無いだろう。

問題はどうするか、だな。



「…ふむ…朱里よ、隊旗は上がっているのか?」


「いえ…ただ、聞いた限り呂布は曹操さんへ、張遼と賈駆は孫策さんへと下ったみたいです

ですから、残っているのは陳宮と…華雄になります」



“華雄”の名に、皆の顔が渋面になってしまう。

言い難そうな顔をしていた朱里の気持ちも判る。

皆、複雑だもんな。

俺は貂蝉のお陰で増しにはなったけど、沙和の顔色はあまり良くない。

だから、そっと右手を出し沙和の左手を握った。

顔を向ける沙和に対して、“大丈夫だ”と想いを込め見詰めると、沙和は笑みを浮かべて頷き返した。




沙和を励ましてから正面に顔を戻したら、皆の暖かい笑みが向けられていた。

沙和と一緒に照れ臭くなり視線を逸らしてしまうのは仕方無い事だと思う。

かなり、恥ずかしいな。



「さて、話を戻しましょう

もしも、華雄であったなら賊程度に遅れを取る事など考えられませんな

そうなると可能性的に…」


「陳宮、でしょうね」



星と朱里の言葉に頷く。

華雄の実力は俺達が誰より実感し理解している。

其処らに居る賊なんかでは相手にもならない。

“大人と子供”と言ってもプロのスポーツ選手相手にド素人の幼児が、相手側の土俵で挑む様な物。

先ず正面に遣っては勝てる訳が無い。

それ位の格の差が有る。



「陳宮って…確か、軍師で合ってるんだよな?

実力的にはどうなんだ?」


「賈駆と比べてしまっては目立ちませんし、基本的に呂布の副官みたいな立場に居たみたいですが…」


「呂布の、となれば特には遣る事も無し、か…」


「そうなりますね…

ですから、本当の実力等は判りません」



確かに、華雄よりも有名で飛び抜けた実力を持つ事で知られている呂布。

その副官ともなれば、然程目立たないだろうな。



「…でも、軍師なんだよな

だったら欲しいよな?

朱里の負担も、少しは軽くなるだろうしさ」


「御主人様…」



驚きながらも、感動してか瞳を潤ませるながら朱里が俺を見詰めてくる。

…ちょっと照れるな。


他所の陣営を見ても軍師は複数人居る事が多かった。

俺達は義勇軍からだったし以前は朱里だけでも何とか出来ていたと思う。

でも、領地を持ったりして仕事が増えたら朱里の方が先に倒れてしまう可能性は高いと思う訳だ。

だから、呂布の副官だった陳宮は有望だと思う。

いや、今の俺達にとっては一人でも有能な即戦力級の将師は大歓迎。

喉から手が出る程欲しい。



「助ければ恩を売れますし可能性は有るでしょうな」


「そうですね、可能不可能という話では可能ですし、彼方としても“拠り所”が欲しいでしょうからね

宜しいですか、桃香様?」


「うん♪、それじゃあ早く助けてあげよう!」





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