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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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29 我が道の在処


爆発の衝撃は光壁に防がれ外へは届かない。

矛槍を一振りし、その面で生じた風が爆煙を散らす。

動かなくなった大妖樹。

右手に持つ翼槍を仕舞い、花杖を取って光壁を解き、影へ仕舞い近付く。



「今回は何が判るか…」



出来れば“龍族”に関する情報が欲しい所だ。

そう考えながら、大妖樹に右手を伸ばした。



「──っ!?」



──刹那、大妖樹が咆哮。


悲鳴とも、雄叫びとも…

狂った様にも取れる叫声。

枝が、根が再生し、うねり襲い掛かって来る。


左手の矛槍を一回転。

枝・根を薙ぎ払い、大きく後ろへ飛び退く。



(ちっ…油断した…)



探れば未だ“澱”の気配は弱々しいままだ。

だが、別の気配が強くなり存在を支配している。



(…こういう事の可能性も考えられた筈だ…

見通しが甘かった…いや、“世界の欠片”が侵食され堕ちるとは考え難かった

それが本音だな…)



小さく溜め息を吐く。

だが、現実は変わらない。

思考を切り替える。


大妖樹に満ちている気配は深い憎悪に染まっている。


冷静になれば、固定観念を捨てれば判る。

如何に“世界の欠片”だと言っても、“自我”を持つ以上は“感情”を持ち得る事も有るだろう。

ならば、“憎悪”に染まる理由も生まれて然り。



「話が出来るか判らないが“それ”を断ってやる

だから──」



矛槍を回しながら右手へと持ち替えて鋒を向けると、右足を前に半身に構える。



「──お前の全てを曝せ」



その言葉に答えるかの様に大妖樹は叫び鳴く。

その声に、感情に、衝動に“澱”が共鳴する様に力の気配が増大した。


枝が成長する様に伸び太り幾つもの巨腕と成る。

根が無数に分岐し波打ち、蛇の如く蠢いて迫る。


群がる根を斬り裂きつつ、巨腕の剛撃を捌く。

隙を突いては本体に水弾を撃ち込んで牽制。

そうしながら観察する。



(共鳴というより“澱”を喰らっていると言った方が近いだろうな…)



より正確には力だけを奪い暴走している感じか。

“澱”が己を維持する為に彼等を必要とし取り込んだのならば、逆も然り。

“澱”の力を強引に奪取し行使している。


──厄介だ。


“澱”に取り込まれた事で憎悪が増大されたと考えていいだろう。

“負”に属す存在同士故に引き合う事も有る。

そして加算ではなく乗算の効果を生む事も。


だが、問題は別の点だ。




本来、“澱”の存在…力は“世界”に反する。

それを“世界”の側に在る存在が使うのは不可能。

現状で“澱”の力を奪い、行使出来るのは理性を失い暴走状態の為。


先の二件の二人が“澱”に屈していたのが正常。

力関係で言えば、侵食する“澱”の方が上。

自衛に徹する事で己を保ち維持し存在していた。


だとすれば、正気に戻した途端に主導権を奪い取られ逆に呑まれる可能性が高く“消失”の危険が有る。


出来れば還してやりたい。


例え、無に──“世界”に還る事を同じにしても…

“本来の存在”のままで、在るべき形として。



(…甘い、んだろうな…)



殺す事も、力を振るう事も躊躇う事は無い。

しかし、救えるのならば…掬い取れるのならば…

取り戻せるのならば…

“そう”してやりたい。

“そう”したい。


師に言わせれば“甘さ”、自己満足に他ならない。

自分でも、そう思う。


それでも──



「…結局、俺自身が決める事には変わらない」



だから──出来る。

その業も全て背負う。

俺が“俺”で在る為に。


強く、右手の矛槍を掴むと主の意志に応えるかの様に矛槍の鼓動が心に響く。


“主が意の侭に”──

そう言わんばかりに。


思わず浮かぶ笑み。

その志に応える様に全身に氣を巡らせて強化。

矛槍の刃に氣を纏わせると変化させる。


それは禍々しく、毒々しく暗く、鈍く、妖しく…

赤紫と黒に輝く。



「彼奴の技が“活”なら、俺の此れは“殺”…

対極の──死の業だ」



本来は氣を使う相手に対し用いる事を前提とした物。

所謂“殺し技”だ。

しかし、想定する使い手が自分や華佗レベル…

必然的に其れは過剰な域へ踏み込んでしまった。

結果、自ら“禁”とする程物騒な代物に成った。


大妖樹も本来なら本能的に危険性に気付き、警戒したかもしれない。

けれど、自我を失っている現状では無理だった。

俺の向けた“敵意”対し、攻撃を仕掛けてくる。


蛇の如き根を、巨腕の枝を妖しき刃にて断つ。


其処で生じる異変。

再生していた筈の四肢が、突如として機能を失う。

漸く、危険だと気付く。



「だが、遅い」



そう呟きながら前へ。

幹へ向かい更に斬り刻む。


その刃は“死”を齎す。

宛ら猛毒の如く生命を侵し蝕んで行く。

防ぐ、或いは治す術は世に唯一つのみ。

より強い“活”で打ち消すしかない。




どんなに強大な力を持ち、圧倒的な存在だとしても…“無限”には至れない。


生命が生命で在る限り。

存在が存在で有る限り。


“澱”もまた例外でなく。


手足の如き枝と根を断ち、懐となる幹に肉薄。



「憎しみ、悲しみ、怒り…

何れも負に属す物だ

だが、それらは必ず後から生じる物でも有る

痛みに、傷に、苦しみに、囚われて見失うな

有った筈だ

お前にとって“それら”を知るに至らせた想いが…

想いを紡がせた存在が…

その事を──思い出せ」



そう言って上段から矛槍を真っ直ぐに振り下ろす。


断末魔の如き絶叫が響く。


真っ二つにはしない。

敢えて斬り裂くに止めた。

両断してしまえば“澱”と共に消滅してしまう。

それでは元に戻せない。

いや、戻れないが正しい。


“堕ちて”しまえば最後、外部干渉は“切っ掛け”に過ぎない。

戻れるか否かは己次第。

その想いの強さが決める。


此方の間合いギリギリまで下がって、矛槍に氣を与え水を生み、霧状に散布。

影から左手に花杖を出し、自分と大妖樹を囲む様に、光壁を展開する。

右手の矛槍を影に仕舞い、偃月刀を取り出す。


其処で──変化が生じる。


大妖樹を染めていた気配、“憎悪”が薄まる。

それは深い靄が陽光の中に融けてゆく様に。



「そうだ、お前の中に在り失われぬ存在を…

裡に息付く想いを…

思い出し、戻って来いっ!

在るべき、己へとっ!」



此方の声に反応する様に、これまで暗く濁り“澱”と同調していた気配が澄んだ暖かな気配へ変わる。


同時に、同調が解けた為に両者の間で摩擦が生じる。

共存・共生の関係が一転、攻めぎ合う。


しかし、それを黙って許す訳は無く──動く。

偃月刀に氣を与え宿す力を解放する。

振るうと刃から、青を纏う銀の輝きが生まれる。



「咲き、散らせ」



光壁の内側に満ちる水気が大妖樹を包み込む様に集い根元から凍らせる。

広がる氷塊が花弁を思わせ半透明な花に見える。


偃月刀を振り葬送の十字を空に切る。


それを合図に亀裂が入り、静寂の中に儚くも清澄な音を響かせて砕けた。



「眠れど、忘る事無かれ」



そう言うと目の前に佇んだ成人の女性は微笑む。

“ありがとう”と唇が動き静かに目を閉じた。

薄れゆく姿に別れを悟る。


ダイヤモンドダストの様に舞い煌めく氷塵の中に融け消え去って逝った。




光壁を解く中、光が集束し形を成していく。



「“御礼”か…」



現れた物は二つ。

一つはグミっぽい軟性質の鼈甲の様な塊。

もう一つは神聖な雰囲気の純白の樹枝。


以前に貰った物と同様に、影の中へと納める。

花杖と偃月刀も仕舞って、常備の翼槍を取り出す。



「仕方無いとは言え…

もう少し情報が欲しかった所なんだけどな…」



全く得られなかった訳ではなかった。


封印の術式と龍脈。

“澱”の力は条件次第では奪取或いは支配が可能。

そして“龍族”は高確率で任を遂行不可能な状態か、放棄している可能性。


中でも術式は大収穫。

利用・応用の幅が広い。

予想以上に嬉しい。



「ただ…“龍族”が動いた気配すら無いのがなぁ…

人間との間に何か有って、見限られたか?」



異種族間のトラブルなんて珍しくもない。

まあ、人間故の感性・感覚なのかもしれないが。


人間は文化や風習等の違いだけで殺し合える。

他の種では有り得ない事を当たり前の様に行う。

それは人間という種だけが自然摂理の中で異端が故。


唯一“不完全”な種として世界に存在する。

しかし、それは“可能性”という不確定要素。

人間だけが“摂理”を外れ“変化”を齎す。

良くも、悪くも、だ。

繁栄も、滅亡も人間だけが生み出す事象。

それは種の存亡も同じ。

一面では害悪。

だが、人間の居ない世界に“変化”は無い。


“世界”は望む。

害悪でありながらも人間が齎す“変化”を。


故に人間は存在する。

その身に深き業を宿し。

“変化”を生む為に。



(“この世界”が望むから俺は此処に在るのか?

それとも、別の何かが?)



改めて考えてみても結論が出る事はない。

だから余計な思考に逸れ、下らない事を考える。

悪循環だと判っている。

それでも考えてしまうのは人間の業の一つだろうか。



「………さっさと帰るか」



皆で居る事に慣れたのか、一人だと無駄に悪い方へと考えている。



(…認めたくないなぁ…)



気付くと恥ずかしい。

ネガティブ思考が皆と居る事を大切に想うが故の不安から来ている、とは。

失いたくない、護りたい、そういう想いが有る事に。



「…ぅ…想像したよ…」



“ツンデレ乙〜♪”とか、楽し気に言いながら揶揄う師の姿が浮かび、苦笑。


小さく溜め息を吐きながら宛に向かって走る。


“帰る場所”へと。




━━宛


往復二時間程で戻れた為、皆からの詮索は無かった。

丁度、露天を見ている所で誤魔化せたのも有る。


その後は当初の予定通り、甘味処の並ぶ通りで色々と食べ歩き。


まあ、甘い物も食べ歩きも嫌いではない。

ただ、一々俺に勧めたり、“あーん”を求めるな。

ゆっくり楽しませろ。



「一刻程とは言え御一人で動かれたのですし、少しは私達に付き合って下さい」


「…毎回、思うんだが…

顔に出てはないよな?」



溜め息を吐きながら右隣に座る漢升に訊ねる。

ポーカーフェイスには自信有る方なんだが。



「ええ、出ていませんよ」


「……なら…何で判る?」



訊くか否かで逡巡したが、敢えて踏み込んだ。

あまり踏み込みたくはない話題だったが。



「“女の勘”ですわ」



いつもと変わらぬ笑顔で、答える漢升。

“ああ、無駄だな”と悟りそれ以上の追及を止める。

“女の勘”は男の自分には理解し難い物だし。



「…しかし、義封と公明はよく食べられるな

甘い物は別腹とは言え…」


「初めて聞きますね

飛影様、それはどういった意味なので?」



ボソッ…と呟いた一言に、対面に座る公瑾が反応。

その隣の仲達も首肯。



「普通は腹一杯になれば、もう食べられない

でも、甘い物なら大丈夫

まるで腹が二つも有る様だという様子──主に女性を比喩して言うけどな」



そう説明すると三者三様の反応だが、一様に義封達を見て納得した様に頷く。


少し離れた所では義封達を見て呆れながら静かに茶を楽しむ興覇達。


他愛ない会話、日常…

それらを“悪くないな”と感じる様になった。


本の少し前の自分からでは考えられない。


けれど、それは当然。

現在の自分は“過去”には存在しない。

“現在”の先に有る自分を想像は出来ても確定させる事は叶わない。

それでも、それを望むなら歩き続けるしかない。

目指す自分を目指して。


通りに顔を向ける。

“此方”へ歩いて来る姿を見付けると笑みが浮かぶ。

その様子を見ていた様で、他の面子も集まる。


世界が空気を読んだのか、単なる偶然か。

周囲の人気が無くなった。


自分の前まで来ると跪き、抱拳礼を取る彼女。



「姓名は孫権、字は仲謀、真名は蓮華…

私の“道”は貴男と共に」





姓名字:孫 権 仲謀

真名:蓮華

年齢:20歳(登場時)

身長:164cm

愛馬:慶閃(けいせん)

   河原毛/牝/四歳

備考:

母・孫堅は元・揚州州牧。

三姉妹の次女。

二年半前、当主の母が死に孫家は荊州・南陽郡太守・袁術の下に身を寄せた。

その後は姉妹・家臣は各地へと散り散りにされた。

自身は新野に“県令補佐”の名目で軟禁状態となる。


“家族”に対する強い想いを持つが、同時に劣等感に苛まれ苦悩していた。

母や姉に倣い剣を扱うが、成果は芳しくない。

指揮に関しては基礎知識は有るが実践経験は皆無。

政務に関しては雑務を押し付けられる事も多い為か、中々の手際。

家事能力は未知数。




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