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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
383/915

        参


グァーンッ、グァーンッ、グァアーンッ!!


岩肌に挟まれた狭い道へと銅鑼の音が谺する。

その中を掻き消すかの様な地鳴りを響かせて此方へと舞い上がる砂塵が迫る。


──騎馬による突撃。


真っ先に脳裏に浮かんだ。

だが、どう対処する?

本来なら騎馬を受け止め、進攻を阻む筈の大盾部隊は壊滅している。

後方から兵を回して大盾を回収させている暇は無い。

…いや、そんな事をしても良い的になるだけだ。


なら、最善の策は?

突然の開戦になったけれど配置は間違っていなかった事を一人確認する。



「槍兵!、趙叡が単騎にて時間を稼ぐ間に移動!

前衛を再構築します!」



振り返る事なく、眼差しは死んだ兵達の亡骸を退かし大盾を左手で広い上げて、来るであろう敵兵に備える趙叡の背中を見詰める。

普段は粗野で乱雑で馬鹿で短絡的な男ではあるのだが“こういう時”には本当に頼りになる。



(フフッ…懐かしいですね

こうして貴男の背中を見るなんて一体いつ以来か…)



若い頃は互いに無謀な事を何度も遣っていた。

そんな時、互いに助け合い補い合っていた。

初めて二人で部隊を任され出陣したのは…そう、確か山賊退治でしたか。

数も多く、悪知恵の利いた面倒な相手でしたね。

あの時も、今の様に不測の事態に陥ってしまった。

そして、趙叡が身体を張り時間を稼いでくれた間に、私が部隊を指揮して状況を打開し窮地を脱した。

互いに出来る最善。

ただ、それをしただけ。

不思議と怖い物など無く、どんな敵に相対していても二人でなら敗ける気持ちは全くしなかった。


それは今も変わらない。



(…そうでしたね、趙叡

この程度の窮地など今迄に何度有った事でしょう…)



“もう無理だ”“死んだ”“終わった”…そんな事が頭が過った事も一度や二度ではない。

それでも、私達はこうして生きて新たな戦場に立って戦っている。

そういった状況になる度に“死”に抗い、覆して来て現在に到っている。


今回も同じだ。

現状は窮地に違い無い。

しかし、自ら諦めない限り完全に終わりはしない。

戦場では絶望こそ最悪。

例え、奇跡の様な希望でも抱き続ける事で、可能性は目の前に現れる。

だから、私達は諦めない。

それを信じて戦う。



(………?……何です?)



──不意に感じた違和感。

それが何なのかは判らないのだけれど、胸中に不安と焦りが生まれる。

視界の中に可笑しな点など見当たらない。

砂塵は今も上がっているが敵影は無いし、矢が飛んで来る様子も──っ!?



「趙叡っ!、直ぐ其処から逃げなさいっ!」



理解した瞬間に叫んだ。

しかし、その私の声に対し僅かに顔を向かせた瞬間、趙叡の身体を凶刃が貫き、血を舞い散らせた。



──side out



 高幹side──


砦に陣取り、先発隊からの連絡を待つ。


先の奇襲は“誘い”という可能性が高い。

反射的にも性格的にも直ぐ後を追いそうになっていた趙叡を踏み止まらせたのは好判断だったと言える。

仮に直ぐに追っていたなら趙叡と部隊は全滅していて可笑しくないだろう。

判断・対応・指揮が出来る軍将が冷静さを失っては、勝てなくて当然。

その点、二人になった事で互いに補い合えるのならば心配は減る。

加えて、あの二人は長年の付き合いだ。

呼吸・信頼は高い。



(不安は無い…筈だが…)



何か、胸の奥が騒付く。

背後──易県側から北へと抜ける形で奇襲される事は可能性として低いとは言え無視出来無い。

だから、部隊を分けた。

敵軍の戦力が定かではない以上は危険な賭けだ。

しかし、場所を考慮すれば態々迂回して一度南下した後で北上というのは中々に考え難い事。

勿論、そういう裏を掻いて仕掛ける可能性も有るが、それならば北上はせず南下してしまうだろう。

そして、その可能性は更に低くなると言える。

公孫賛とて袁家の力を全く知らない訳ではない。

仮に、我々を足止めしつつ南下し袁紹様を急襲しても勝てるとは思わない筈。

彼の“白馬義従”が如何に精鋭部隊でも少数。

到底、袁家の軍を撃ち破り到達する事は不可能。

故に、此処で戦う事の方が勝てる可能性が高い。

公孫賛は好戦的でもないし愚か者でもない。

だから、確実に我々に対し応戦するだろう。

その読みに間違いは無いと確信はしている。


それなのに消えない不安。

如何に冷静で居ても焦燥感を覚えずには居られない。


だが、それでも切り替えて集中しなければならない。

そう自分に言い聞かせるとゆっくりと息を吐く。


──その時だった。


グァーンッ、グァーンッ、グァーンッ!!



「──っ!!」



山間部へと響き渡る銅鑼の音に弾かれる様に顔を上げ先発隊の進んで行った道を見詰める。

通り抜けた訳ではない。

接敵──戦闘開始だろう。

空に戦の気配を感じる。



「──全軍っ、進めっ!」



予想してはいた事。

しかし、容易く勝てるとは微塵も思っていない。

犠牲は覚悟の上。

全ては袁紹様の為に。



──side out



 趙叡side──


正直、舐めていた。

公孫賛など所詮田舎大将に過ぎねぇだろう、と。

如何に“白馬長史”なんて呼ばれていても雑魚相手に戦果を上げただけ。

大した事は無ぇだろ。

そう、考えていた。


──だが、現実は違った。

確かに最初こそ見え透いた“誘い”に乗り掛けたが、それは自分の問題だ。

制止してくれた呂威興には感謝している。

口じゃ言えねぇけどな。


山間部の狭い道を進み──其処で奇襲された。

予期せぬ状況下で飛来する矢の雨に前衛に居た兵達は為す術無く倒れた。


俺達は矢には気付いた。

だが、それだけだ。

俺達も何も出来無かった。

そして漸く理解した。

公孫賛は強敵だと。

居た場所が幽州だったから目立たなかっただけ。

その実力は本物だと。


──七十六。

砦で受けた先の奇襲により死んで逝った奴等の数だ。

その命を無駄にはしねぇ。

そう、心に誓った筈なのに結局はこの有り様だ。

全く以て、情けねぇったら有りゃしねぇよ。

奴等の命を無駄にした上に更に犠牲を出しちまった。


勿論、これは戦争だ。

犠牲を出さずに勝てるとは全く思っちゃいねぇ。

それでも、今回の犠牲者は出さずに済んだ犠牲だ。

俺達が──俺が。

もっと早く公孫賛に対して認識を改め慎重且つ真剣に対峙していれば出なかった犠牲なんだ。


そう考えていたら、身体は弾かれる様に動いていた。

愛用の槍を右手に持って、前へと駆け出す。

飛来する矢を弾きながら、最前列に居た兵達の所まで一気に突き進んだ。

不幸中の幸い、と言うべきなのかは判らねぇ。

ただ、倒れた兵達の全員が既に死んでいた。

死に掛けは一人も居ない。

それは助ける必要が無い、という事だ。

非情な言い方になるんだが今は“死に損ない”に一々構っていられねぇ。


地面に転がっている大盾を左手で拾い上げ、身を守る様に構えて矢を弾く。

近付いて来る砂塵からして騎馬の突撃が来る可能性が一番高いだろう。

それを受け止めるのが今の俺の遣るべき事だ。


──と、急に矢が止んだ。

矢が尽きたのか?

そう、疑問に思った。

いや、味方を巻き込む事を懸念し止めたのかも。

そう考えれば納得出来た。



「趙叡っ!、直ぐ其処から逃げなさいっ!」



だから、不思議に思った。

焦りを孕んだ呂威興の声に疑問を抱き、反射的に顔を後方へと向けた。


──その一瞬だった。


左手を襲った強い衝撃。

そして左脇腹を“何か”が通り抜けていく感触。

まるで前から押された様に身体が後方へと傾いた。





「──趙叡ぃいぃーっ!!」


「──っ!?」



一瞬、飛び掛けた意識。

だが、幾多の死線を潜って生き抜いてきた戦友の声が俺を今一度現実へ呼び戻し踏み止まらせる。

よろけた身体を右足を強く踏み込んで支える事により倒れる事は免れた。


悲痛、とさえ言える声。

彼奴のそんな声は今までに一度も聞いた事が無い。

だが、そういう状況なんだという事を察する。


顔を戻し、左手と身体へと視線を向けた。

頑丈に造った分、厚く重い大盾を貫き、俺の左脇腹に鎧も無視して突き刺さった巨大な太い──木の柄。

一目見ただけなら槍を先ず想像する所だ。

だが、皮肉な事に、俺には“それ”が何なのか一目で判断出来てしまった。



(…チッ…此奴は弩か…)



弩は基本騎馬に対し用いる貫通力を重視した大型矢を発射する為の弓。

実際には普通の弓と扱いは違うのだが構造的には似た物だと言える。

曹魏との決戦に向け袁家で準備していた物だからこそ一目で理解出来た。

但し、袁家の物と比べると矢が非常に大きい。

それこそ槍と見間違える程太く長い箆。

こんな物を普通の矢の様に射たれては簡単には防げはしないだろう。



(…だが、弩ってのは連射出来ねぇ代物だ…

こんな物を飛ばす位だ…

その弩はかなり巨大な筈…

数人…いや、十数人掛かりかもしれねぇ…)



つまり、一撃必殺の武器。

しかも弩の特性上、味方が前に居ない時にしか使用は出来無いだろう。

なら、今が唯一の好機。



「──呂威興ぉおぉっ!!」


「──っ!?」



振り返らずとも彼奴の顔がどんなだか、想像出来る。

それこそ泣きそうな面でもしてんだろうな。

全く…情けねぇ奴だ。



「手前ぇとは、昔っからの腐れ縁だったが…

…俺ぁ、悪くなかったぜ」



脳裏に思い出す日々。

馬鹿馬鹿しくも、楽しくて忘れえぬ大切な記憶。

喧嘩した事も有った。

喜びや悔しさに、共に酒を酌み交わした夜も有った。

常に、お前が居てくれた。

だから、俺は戦えた。


──ありがとよ。



「趙叡、何を──」


「“道”は俺が拓くっ!

手前ぇ等…俺の屍を越えて行けえぇえぇぇえぇっ!!」


「趙おぉ叡ぃいいぃっ!!」



呂威興の叫びを背に受け、残された力を全て絞り出し見えない敵に向かって地を蹴って駆け出す。


もう、碌に戦えはしねぇし助かりもしねぇ。

だから、これが最後だ。

文字通り、死力を尽くして後続(なかま)の道を作る。

それが、俺の戦いだ。



──side out



 呂威興side──


叫んだと同時だった。

いとも容易く、と言うべき威力を目の当たりにした。


最前列の兵に持たせていた大盾は矢は勿論、剣や槍も簡単には通さない様に厚く造られていた。

その分、大きく重いが。

それは仕方の無い事。

けれど、それ故に騎馬での突撃にも耐える事が出来る強度を持っていた。

しかも、動かない的という訳ではない。

真正面から受けてしまえば貫かれてしまう可能性など十分に有る。

だが、僅かでも逸らす様に受けられたなら、簡単には貫かれはしない。

故に大丈夫な筈だった。


しかし、敵は此方の予測を上回っていた。


趙叡の身体を貫いた凶刃は槍に見えた。

だが、違うと判る。

“あれ”は弩の“矢”だ。

恐ろしく巨大な矢。

普通の槍と変わらない矢を射ち放つ弩も凄い。

しかし、それ以上に圧倒的だと言える貫通力。

この弩を前にしては大盾も確かに無意味だろう。


そして、そんな矢によって身体を貫かれた趙叡。

彼はもう…助からない。

寧ろ、今も尚、大盾を共に貫かれたままの身体で動く事が出来るのが奇跡。

普通ならば絶命している。

それは彼だから。

趙叡だから、出来る事。


そして、彼は託した。

残された僅かな命を燃やし絞り出す様に叫ぶ。

死を怖れずに駆ける。

私に、私達に、先に進めと“道”を切り拓いて。



「──っ、総員構えっ!

趙叡の後に続きますっ!」


「「「「「「「「「「「「

雄おぉおおぉおぉっ!!!!!!

」」」」」」」」」」」」



歯を食い縛る。

今は悲しみに足を止める時ではない。

辛くとも、前に進む時だ。


彼の意志を受け、混乱した兵達が奮い立つ。

軍将が身体を張り自分達に示した勝機を逃さない。

兵達もまた決死の覚悟にて足を前へと踏み出す。


恐らく、私も此処で倒れる事になるでしょう。

けれど、それで構わない。

勝利を出来るなら。

後続(なかま)の為に死力を尽くして託すのみ。

趙叡と同じ様に。



──side out。



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