28 平穏は何処に
孫権と見送り一息吐く。
“筋書き”は教えてあるし記憶力も有り、弁も達つ。
懸念は精神面の弱さだが、“姉”が一緒だ。
安心感や対抗意識も有るが“孫家の為”という思いが背中を押すだろう。
「久し振りに、ゆっくりと散策が出来るか…」
江陵、襄陽、新野…
何れも滞在期間ニ日以下で自分に限れば、それ以下。
…自業自得なんだが。
「飛影様、彼方!
彼方へ行ってみましょう」
「いいえ、此方です
飛影様、参りましょう」
現在地は十字路の手前。
両隣から義封と儁乂が腕を引いて来る。
義封は右に居て右の道へ、儁乂は左に居て左の道へ、一緒に行こうと。
因みに他の面々は後方にて呆れたり、苦笑したり。
「む…儁乂さん、其方より彼方の方が良いですよ?
美味しい甘味の御店が有るそうですし」
「いえ、義封さん、此方の通りでは行商人達が露店を連ねているとか…
中には珍しい物も有るかもしれませんよ?」
両者が笑顔で向き合う。
まあ、笑ってないが。
「…葵さん、甘味はお嫌いですか?」
「珀花さんこそ、買い物は如何ですか?」
『…………』
感情的になったか呼び方が字から真名に変わり笑顔で睨み合う。
しかし、そんな両者の手は俺の腕を掴んでいる。
男の本能が警鐘を鳴らす。
『飛影様っ!!』
グリンっ!と、二人同時に此方へ向く。
“お約束”通りの展開。
「間を取って直進で」
即答し、有無を言わさずに二人を引き摺り歩き出す。
「ひ、飛影様!?
甘味ですよ!?、甘味っ!」
「ただ単にお前が食べたいだけだろう」
「ち、違うからね冥琳?
そそそんな訳ないですよ?
あ、あは、あははは…」
公瑾に図星を突かれ慌てる義封が態とらしく笑う。
「私は飛影様の決定に従うだけです」
「そうですね」
興覇と漢升が賛同する為、儁乂は素直に引き下がる。
まあ、儁乂の方は俺に対し“アピール”していただけだろうからな。
「後で露店を回ってから、甘味処で休憩しよう
孫権との待ち合わせ場所も一緒の通りだしな」
自分でも“甘い”とは思い胸中で苦笑。
「流石は飛影様ですっ♪」
「調子の良い奴だ…」
喜ぶ義封に呆れる公瑾。
“いつも”の風景に自然と皆に笑みが浮かんだ。
その平静を──
唐突に頭の中に鳴り響いたけたたましい音が破った。
宛を出て西へ疾駆する。
皆には適当な理由を言って別行動を取った。
(これは初めてのケース…と言っても、まだ三度目…
比較するだけの情報量ではないんだがな…)
小さく苦笑する。
けたたましく鳴り響く音は翼槍と曲剣が“共鳴”する警鐘の様な物だ。
そして、それが何を意味し報せるのか…
(久し振りに出たか…)
この子達が背負う宿命。
“澱”の出現だ。
だが、先の二件とは違って“共鳴”が起きた事に対し疑問が浮かぶ。
──何故“共鳴”した?
最初の時、曲剣の対になる“大蜘蛛”には無反応。
二度目、大太刀の対になる“大貝”の時も同じ。
己が“対”にのみ、或いは全てに反応するのが普通。
しかし、実際には今回だけ反応した。
──なら、何が違う?
所有する数?
“澱”への認識?
氣の練度?
何れも異なる為、比較材料としては弱い。
ふと思う。
先の二件では、既に対器を所有していた。
だが、今回は違う。
まだ、手元に無い。
(…だとすれば“仲間”へ導いている…
或いは呼んでいる、か…
何れにしても先ずは行ってみるしかないか…)
そう考え、足を速めた。
走る事、凡そ十分。
方向を確認しながらだった分だけ、距離以上に時間を要したが。
「…八つ目、か…」
今、目の前に有る。
黒の唐草紋様の深緑の柄、銀の鬣を持つ藍色の獅子の装飾が施された…
清廉とした水と銀の輝きを纏った偃月刀。
ゆっくりと歩み寄り地面に刺さった偃月刀の柄に手を伸ばし──掴む。
刹那、一際高く──けれど不快ではなく清澄な音色を響かせる。
同時に“共鳴”が止む。
“担い手”を呼んだ。
そう考えるのが妥当か。
しかし…今更だが、一人が複数所有するのはどうなのだろうか。
いや、確かに“澱”を討つ事が使命なら、より勝率の高い者を選ぶのも判る。
それでも一ヶ所に、一人に集まるのは如何な物か。
“対”を討てば、後は自由ではあるだろうが。
(…まあ、それよりも何故“今回だけ”?)
確かに曲剣は凌統の鈴が、大太刀は旅の商人が…
“仲介”役として見る事も出来無くはない。
今回は“同胞”を頼ったと考えれば。
しかし、“それだけ”とは思えない。
ならば、可能性は一つ。
「…封印が解け、目覚める“対”を討つ為に、か…」
その言葉を肯定する様に、世界が揺れる。
強い“力”の余波により、世界が軋む。
ただ“これ”を感じ取れるのは自分だけだろう。
(華佗や皆が此処に居れば“異変”には気付いたかもしれないな…)
そう思うと“適材適所”と言えるのか。
訳の解らない“運命”とか“宿命”は御免だ。
考えたくもない。
胸中で愚痴りながら震源と思しき方へと向く。
深い山林の中、不釣り合いとも言える存在。
白石の十字架が有る。
いや、石質というだけで、石とは限らないが。
「…これが封印状態か」
もう少しで解ける。
漏れ出る気配と“楔”たる十字架に生じた罅が如実に物語っている。
十字架からは以前、大貝の時に回収した石柱と同様に“人払い”の力を感じる。
十字架に触れ、氣を流して術式を読み解く。
封印への影響は無視。
どうせ再封印は不可能。
そもそも封印が切れる事、解けた事に対して無反応な“龍族”は既に任を放棄、或いは…絶えた、か。
何方らにしても“澱”には自分しか対処出来無いなら好きに出来る。
多少は利益がないと。
(………これは…)
深く術式を解析して見れば納得出来てしまう。
使われているのは“氣”で間違い無いが、術式自体は“術者”としての知識等がなければ理解不能。
恐らく“この世界”の人が行使するのは不可能だ。
いや、人に限らない。
“龍族”の中でも限られた者しか出来無いだろう。
(まさか“龍脈”から直接氣を汲み上げて封印維持に転用しているとは…)
確かに強力な封印を築け、半永久的に維持が可能。
ただ封印術式自体の劣化は仕方無いが。
その為に“管理者”が居る訳なのだから。
「…得る物は有ったな」
氣を運用する術式。
これを解析すれば他の術も再現出来る可能性が有る。
尤も術者はかなり限られるだろう。
自分以外で何人が施行する事が出来るか。
(“術”とは不特定多数の使用を前提とした体系化が基本なんだが…
まあ、仕方無いか…)
知識・技法の“術”と違い特定の資質・才能・適性が必要とされるのだから。
術者には“常識”の事も、一般人には非常識。
それだけの事だ。
「さて…そろそろか…」
硝子の様な、岩の様な音を響かせながら罅割れる。
漏れ出す力の気配も次第に強く、濃くなっている。
「──っ、出るか!」
一際大きく音を上げて軋み十字架が砕け──
閃光が奔った。
光に次ぎ、衝撃が襲う。
備えていたとは言え身体が後方へ押された。
警戒しながら周囲を確認。
しかし、辺りの草木は強く揺れた程度。
折れた枝も無い。
(…今の衝撃、強風程度の威力じゃなかったが…)
だとするなら、何か理由が有る筈──
(………そういう事か)
周囲の気配の変化を感じ、その理由を理解した。
感覚を研ぎ澄ませて探せば辺りの“木々”から多数の“澱”の気配がする。
(木を隠すなら森…
今回はまた厄介な奴だな)
偃月刀を影に仕舞い背中の翼槍を手にし構える。
ベキバキッ…と周囲の木が枝や根を動かし、ゲームの植物モンスター宛らに動き囲んでくる。
「先ずは…小手調べだ」
翼槍が炎を纏う。
それを見てか、一斉に枝を此方へ向ける木々。
葉を散らして、鋭く尖った枝先で突いてくる。
一番最初に間合いに入った枝を翼槍で一閃。
切り裂くと同時に着火。
瞬時に焼き尽くし枝を灰にしながら幹へ向かう。
残る枝も同様に。
そして、幹へと至った炎は噛み付き、飲み込むが如く木々を灼く。
自分を中心にして生まれた炎の環の中、意識を集中し“それ”を捕らえる。
「灼き浄めよ」
“実戦”での初使用。
今、広がる炎は翼槍の力で生まれた物ではない。
自分で生み出した物。
そして──至る。
“浄炎”の域に。
確信と共に翼槍を一振り。
風が炎を薙いで灰と燐火を舞い散らす。
その中に在り、視線の先に巨躯を晒す“澱”の本体。
「今回は巨大な妖樹か…」
鋒に炎を収束、レーザーの様に撃ち放つ。
大妖樹の幹を軽々と貫き、其処から発火。
あっと言う間に炎が覆う。
(このまま行けるか?
…やっぱり、そう簡単には行かないか…)
炎の中で蠢く黒い影。
今の“浄炎”は分体程度は浄化出来ても、本体までは効かない様だ。
尤も、この程度で効くなら“世界”が持て余す事などなかっただろう。
(とは言え“対器”が最も効果的なら、他を試すには丁度良いか…)
翼槍を影に仕舞い、同時に矛槍を取り出す。
「さあ、初陣だ」
氣を与え、解き放つ。
その身に宿す力を。
頭の、心の中で──
雫が落ち、波紋を生む。
瞬間、理解する。
「薬も過ぎれば毒となる」
そう言いながら、氣を使い周囲に生み出す。
穢れ無き深き青──
万物を湛える“水”を。
一部は水流の大蛇の様に、一部は水泡の衣の様に。
主を護り、敵に仇なす。
「木に水は糧だが、腐らす原因にもなる…
さて、お前は何方だ?」
スッ…と静かに鋒を向ける動きに合わせ、水の大蛇が大妖樹に襲い掛かる。
既に“ただの炎”となった残り火を消し去り、歯牙を剥いて噛み付いた。
次いで、胴体部分が分岐し小型の蛇となって大妖樹の巨躯に巻き付き、その顎で四肢を食み拘束する。
其処へ守護の水衣を数多の弾丸に変える。
「千衝、穿て」
タクトを振るが如く矛槍を掲げ──振り下ろす。
刹那、それを合図に弾丸が一斉に飛翔。
大妖樹を撃ち抜く。
弾丸は円錐形で、螺旋状に回転し貫通性を高めた。
そして“水”の弾丸は貫き崩れた後、再び装填。
大妖樹を全方位から包囲し二度目の斉射。
三度、四度、五度──
幾度も穿ち、削り殺す様に攻撃を繰り返す。
水飛沫と土埃と木片と塵の混ざる煙幕の中──
煙を貫いて飛来する物体。
唐突な反撃。
──だが、届かない。
攻撃する間に影から出した花杖には既に氣が与えられ準備は完了している。
「虚を隔て」
その言葉を顕現する様に、淡く輝く光を帯びた透明な“壁”が目の前を覆う。
光の壁に阻まれ、無惨にも砕け散ったのは木の針。
普通の鉄板なら3cm程度は貫ける威力だろう。
強化、硬化が加わってたら少し危なかったか。
「高い耐火性と再生力…
分体に飛針…形状変化?
氣を糧にしての生成?
まあ、打ち止めっぽいが」
鼬の最後っ屁、という事か気配が弱々しい。
やはり“寝起き”だけに、十分な“餌”を喰ってない為の“ガス欠”か。
(此方としては好都合…
取り敢えず落とすか)
花杖で大妖樹の周り六面を囲み正立方形の密閉空間を作り上げる。
花杖を地面に刺し、翼槍を出して炎を纏わせる。
そのまま収束させながら、温度を調節。
矛槍は水を纏わせ鋒に集め可能な限り冷却。
既に“種”は仕込み済み。
最初の水撃で生じた蒸気と“水”を使って攻撃しつつ飛散した飛沫は霧状で漂い空間内に充満している。
「じゃ、おやすみ♪」
矛槍を振って水塊を放ち、稍遅れて翼槍を振り炎塊を水塊に打付ける。
瞬間、二つの塊が反応し、周囲の水蒸気を巻き込んで大きく膨張──爆発。
引き起こされた爆音が森に響き渡った。




