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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
379/915

        参


スイ元進→字が無いので、 近い畦の字を当てます。


韓キョ子→字が判らない為 距の字を当てます。




即座に指示を飛ばし隊列を縦列陣へと変化させる。

一隊五千、一列二十人にて構築し、接敵に備える。

各々の先頭近くに自分達が位置取り、一番早く状況を把握出来る様にする。


臨戦態勢のまま大きくなる砂塵を見詰める。

──と、違和感を覚えた。

此方が視認しているのなら当然、彼方も視認している事になるだろう。

だが、そうなると有るべき物が存在していない。



「…伝令、別命が有るまで待機するように通達だ

絶対に手を出すな、と…」


『はっ!』



側に控えていた伝令兵達が三人の所へと走って行くが視線は砂塵を見据えたまま静かに思考する。


敵影らしき者に足りない物──それは、声だ。

本来なら敵を目の前にして雄叫びの一つも上げないで突撃する事など先ず無い。

それを遣られる方としては異常さが不気味だが。

士気を高め、恐怖心を抑え薄れさせる為にも兵士達を興奮・高揚させる。

それには軍や隊全体が一体となって声を上げる方法が一番手っ取り早い。

だから、いざ戦闘となれば彼方此方で声が飛び交い、街中の喧騒さえ静かな物に思える状態になる。

故に、声が全く聞こえない状態は可笑しい。



(…使者──は無いな…)



攻撃される前に降伏したり同盟を結ぼうとするのなら疾うに遣っている筈。

それに砂塵の具合から見て二千人は居るだろう。

使者という数ではない。


──なら、奇襲か?

奇襲をするので有れば姿を見付けられる様な愚行は、絶対にしない。

砂塵を上げ、近付いて来る姿を晒すなど有り得ない。

だが、実際にはその状況が目の前で起きている。

“奇行”という事ならば、間違いではないが。


──では、正々堂々と?

いや、それも有り得ない。

抑、砂塵を上げているのは自分達の後方からだ。

此処──易県に限らないが冀州の北部は山が多い。

幽州・并州との州境もまた例外ではない。

加えて、この辺りで大軍が行軍出来るのは今自分達が進んでいる場所だけだ。

如何に騎馬の脚が速くとも山越えとなれば脚が落ち、時間を要する。

騎馬を主戦力とするのなら尚更に難しくなる。

つまり、公孫賛の正規軍の可能性は低いという事。


──なら、援軍等か?

可能性としては、否定する事は出来無い。

だが、既に冀州は袁紹様の領地となっている。

今更、公孫賛に寝返る者が出るとは思えない。

人質等でも捕られていれば話は違うだろうが。

後は、烏桓等と手を組んで其方の部隊が潜伏していて動いて来る場合だが…

それは奇襲の件と同様。


以上の事を踏まえた結果、近付いているのは味方。

その証拠として視線の先で二つの旗が上がった。

其処に刻まれている名は、見知った者達の物だった。




その将旗を確認した時点で全体の緊張が緩んだ。

しかし、完全に油断してはならない状況である事には何等変わりない。

故に兵達に左右と前方──幽州側を警戒させる。

その中で、我々は到着した二人を出迎える。



「…何だよ、手前ぇ等まで此方に来たのか?」


「着いた早々、いきなりな挨拶じゃないかい趙叡?

そう嫌そうな顔をしないで欲しい物だね

僕は君と一緒に戦える事が嬉しいんだけどね?

君はとても頼りになるし、足を引っ張ってしまわないだろうか不安だよ…」



笑顔を浮かべながら機嫌が悪くなった趙叡を明らかに揶揄う様に言う優男。

名を畦元進。

技巧派の将であり、袁家で随一の槍術の名手。

柔軟な態度と整った容姿で女性にも人気が有る。

剛力派で強面な趙叡とは、仲が悪い様な、良い様な…微妙な関係だ。

今も軽い口喧嘩の状態。

まあ、日常茶飯事の事故に誰も止めはしない。

だが、互いに認めており、信頼もしている。


二人の遣り取りを眠た気な表情で見ている一際小柄な少年とも見間違えてしまいそうな背丈の男。

名を韓距子。

背丈は兎も角、四肢は太く強靭な肉体を誇る。

また顔は見た目に反して、老け顔だったりする。

老獪な翁の様な立派な鬚を蓄えている事も一因だが、本人は気に入っている様で全く気にしてはいない。

…因みにこの場に居る者の中では、最年長になる。

それでもまだ三十六歳。

まあ、見た目には五十歳を越えているんだが。



「韓距子、どういう事か、説明して貰えますか?」


「…ん?、くわぁあぁ〜…

…っん…んぉおぉぉ〜っ…

…ふぅ〜…了解した」



…相当眠かったらしい──ではなくて、本当に立って寝ていたらしく、背伸びと欠伸をして意識を切り替え普段の状態に戻った。

その暢気な様子に趙叡達も毒気を抜かれたらしい。

一息吐いて言い合いを止め此方に意識を向けた。



「儂等が此方に来たのはの

郭図の指示じゃよ」


「郭図の?」



袁紹様の参謀の一角。

袁家の中でも歳の若い方で私達とも交流が有る。

歳上の許攸達よりは気軽に話が出来るのでな。

若いと言っても三十二歳。

飽く迄も、重臣の中では、という事になる。

しかし、歳の割りに狡猾で策謀に長けている。

袁家の敵ではないからこそ頼もしく思うがな。




韓距子に“郭図の指示”と聞かされ、何かしら意図が有る事は察した。

だが、それが何なのか。

其処までは判らない。



「…韓距子、郭図の指示で貴男達は我々に合流した

それは間違い無い事だとは思います

ですが、何故、郭図は態々後から合流を?

最初から一緒に行軍させた方が早いでしょうに…」


「──っ!」



呂威興の言葉を聞き脳裏で一つに繋がった。

郭図の意図が何なのか。

それも理解出来た。



「…そういう事か」



理解してしまえば何と言う事はなかった。

…いや、“お節介めが”と帰ったら言って遣ろう。



「兄者、どういう事?」



首を傾げている高覧。

同様に趙叡、呂威興でさえ未だ理解出来ていない様で不満そうにしている。

対して、意図を知っている韓距子や畦元進は生暖かい眼差しを向けてくる。

その様子に、一つ溜め息を吐いてから口を開く。



「簡単に言うとだな…

郭図は二人を使って我等に“戦う公孫賛を侮ったり、油断をしない様に”という戒めをしたかった訳だ」


『………は?』



高覧と趙叡が声を揃えて、今一理解が出来無いらしく間抜けな顔をする。


対して呂威興は先程自身が言った言葉の中に埋もれた答えに気付き見逃していた事に深い溜め息を吐いた。

その気持ちは判る。


まあ、今は理解出来てない二人に説明する方が先か。



「要するにだ

郭図は後方から態と二人を遅れて合流させる事により“敵襲”である様に見せて我々に危機感や緊張感等を持たせ様とした訳だ」


「また面倒な事を…」



回り諄い真似だから趙叡が呆れた様な態度をするのも仕方が無い事だろう。

ただ、意味は有る事だ。



「だが、必要な事だ」


「ええ、そうですね

私達は偶々二人が合流する直前にこそ気付きましたが気付かないままに公孫賛と戦っていたとしたなら…

手痛い結果になっていたのかもしれませんしね

そう考えれば、敵襲を装い私達に警告をしようとした意図は正しい事です」


「……チッ…」



呂威興の言葉を理解して、渋々ながらといった態度で趙叡は納得する。

まあ、本心としては私同様“お節介”に対して文句を言っている所だろうな。


言葉遣いや態度は粗暴だが趙叡は愚かではない。

友の気遣いを貶す様な事は流石に言いはしない。


ただ、やはり郭図にしても公孫賛に対しては警戒する必要を感じている様だな。

…袁紹様には申し訳無いが簡単には終わりそうにない気がしてきたな。





「──で、お前達が連れて来た兵数は何れ程だ?

郭図から他に指示の類いは預かっているのか?」



このまま立ち話をしている場合ではないので遣るべき事を済ませてしまう。

取り敢えず兵数を確認し、部隊の再編、郭図から何か指示が有れば従う方向にて考えなければならない。

既に州境も近い以上、敵と交戦する可能性は有る。

あまり悠長に事を運んではいられない。



「儂等が連れて来た兵数は全部で四千じゃな」


「では、私達の先発部隊と合わせて二万四千…

均等に分ければ一人四千が割り当てになりますね」


「千人減っても、その分は俺達が頑張れば良いんだし特に問題は無いっしょ」


「寧ろ一々指揮する手間が減りゃあ楽だしな」



韓距子の話を聞き呂威興が直ぐに再編を思案。

取り敢えず口にした一案を決定案の様に高覧と趙叡が続いたのを見て、呂威興は呆れた様に溜め息を吐く。

ただ、二人の意見も全くの間違いでもない。

まあ、だからこそ呂威興も何も言わないのだがな。


相手よりも多くの兵を揃え戦う事は戦の常道。

しかし、兵の数が増す程に統率を取る事は難しい。

だからこそ、調練によって平時から兵に軍隊としての行動を教え込む。

最低限の統率を得る為に。


けれど、それは兵の話。

個人の武勇に優れた将には兵は“枷”でしかない。

指揮などせず、好き勝手に戦う方が高い戦果を上げる事が出来るだろう。

尤も、その場合には個人の信頼は得られない。

だから、仕方無いと理解し将として兵を指揮する者は少なからず居る。

…まあ、中には威張りたいだけの馬鹿も居るがな。



「高幹殿、如何します?」



このまま放って置くと話が取り返しの付かなくなると判断したのか、呂威興から決断を訊ねられる。

一隊が将一・兵四千。

それを六隊。

それでも別に悪くはない。

普通ならば、このままでも呂威興も文句を言わない。

だが、これから相対すのは其処いら辺に転がっている凡夫ではない。

間違い無く、傑物の一人。

用心して損は無いだろう。



「…第一から第四隊までは兵五千で構成し、その将に順に韓距子・趙叡・呂威興・畦元進とする

残る四千は高覧に任せる」


「俺達は構わないんだが…

兄者はどうする気だ?」


「私は総指揮を執りながら基本的には高覧の隊と共に行動しようと思う」


「では、高覧の部隊が実質本隊という事ですね

私は異存は有りません」



そう呂威興は答えて頷き、他の面々も首肯した。




先ず、隊の編成を仮として終わらせて韓距子を見る。

何かしら郭図からの指示が有るかの確認の為だ。



「儂は郭図からは特に何も言付かってはおらんよ

お主はどうなんじゃ?」


「僕も同じだね

と言うより、僕が郭図なら韓距子に言わない事を僕に言付けないと思うよ?

忘れられて困るし」



韓距子に振られるが、全く悪びれもせず平然と答えた畦元進に皆溜め息を吐く。

此奴の最大の欠点は大事な話をいい加減に聞いている事だろうな。

まあ、状況によっては、と付け加える事が出来るだけ増しなのだろうが。



「畦元進、手前ぇ…

忘れっぺぇ自覚が有んなら治せってんだよな

この若呆けが…」


「生憎と僕の頭は袁紹様や美しい女性達の事で一杯で余計な事を覚えて置く様な余裕は無いんだよ」



趙叡の皮肉でさえも笑顔で気にする様子も見せないで切り返す畦元進。

袁紹様に関しては構わない事だし、当然なのだが…

女にばかり気を向けるのは感心出来無いな。

今更な問題では有るが。



「まあいい、取り敢えずは先の編成通りで行く

布陣は本隊を中心にして、右前に趙叡、左に韓距子、右後に呂威興、左に畦元進とする、以上だ」


『応っ!』



指示に声を揃えて答えると隊の編成に散らばる。

その中で韓距子だけが側に近付いて来た。



「どうした?」


「先程はな、皆が居るので言わんかったが…

郭図から一言だけ言伝てを預かっておる」


「──っ!」



静かな声と真剣な眼差しに思わず息を飲む。

郭図が態々皆には聞かさぬ様に頼んだのだとしたなら余程の事だろう。

あまり良い予感もしない。

思わず緊張してしまうが、仕方が無いだろう。

場合によっては“覚悟”を決めて臨む事になるな。



「…では、伝えるぞ?」


「ああ…頼む」



韓距子はゆっくりと静かに息を吐いて、口を開く。



「“私の取って置きの酒を勝手に飲んだのだろう?、帰って来たら覚えていろ”──だ、そうじゃ」



そう言って楽しそうに笑う韓距子を呆然と見詰め──揶揄われたと気付いた。




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