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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
376/915

        伍


単独で動けば、氣無しでは私達でも苦労させられる事間違い無しの恋。

前漢の悲運の軍将・李広に準えて武勇に長けた傑物を“飛将軍”と称するのだが彼女の実力に相応しいと、頷ける二つ名だ。

ただ、二番煎じな点だけが個人的に気にはなるが。


そんな恋が今、部隊の皆と“共に闘う”という意志を見せている。

慣れない指揮を一生懸命に出しながら、相対している流琉の攻撃を捌く。

実力という意味では三割も発揮出来ていないだろう。

単騎戦闘と軍隊戦闘とでは何もかもが違う。

その違いに戸惑ってしまう事は誰しも一度は経験し、そして成長してゆく。

氣を使って視力を高めれば彼女の表情もよく見える。

表情の乏しい──と言うか長い間感情を押し殺した為自己表現が下手なだけで、よく見れば感情が窺える。

そんな彼女があたふたして頑張っている。

ある意味、微笑ましい。



『──っ!!』



それでも、そんな恋の姿に部隊の面々が魅せられて、導かれて、引き寄せられて徐々に同調してゆく。

それは見ていると気持ちが高揚し、全身の毛穴が開きぞわっ…とする。

正に──“開花”の瞬間。



「恋と直属部隊を見ておけ

決して、損は無い」



雷華様が私と蓮華に初戦を見学する様に指示されて、恋以外の私達全員に対してこっそりと告げられた事。

その意味が、漸く判った。


慣れてしまうと忘れ勝ちになってしまうけれど私達に何より必要な事。

言葉や理屈ではない。

行動で示す。

そうする事の大切さ。

改めて再認識させられる。



「………ふふっ…」



──と、感心している隣で不意に蓮華が笑った。

別に彼女が笑わないという訳ではない。

以前は公私できっちり分け堅い印象も有ったのだが、“妻”となってからは自分自身が女である事を認め、その言葉遣いも公私問わず本来の物になっている。

それでも、見学中とは言え笑い声を漏らすなどという事は彼女には珍しい。

と言うか、私自身の中では記憶に全く無い。



「…どうした?」



訊くかどうか逡巡するが、思い切って訊ねた。

訊かずに悶々とするよりは一時的に気不味くなっても其方らの方が後々すっきりするだろうと考えて。



「いえ、あの娘を見てると姉様を思い出してね…」



そう答えながらも、蓮華はくすくす…と笑う。

思い出し笑い、だろう。

本当に珍しい事だ。


幸い、と言うべきか。

私達の直属部隊の者達とは見学している位置が違い、それなりに離れている。

別に悪影響は無いだろうが蓮華の普段の印象と違う為皆が戸惑い兼ねない。

私でさえ戸惑うのだから。


まあ、見たら見たで互いの距離は更に縮むだろうが。

近過ぎるのも、な。

距離感は人各々。

私は少し位距離が有る方が好ましいのだがな。




蓮華の姉──孫策。

“江東の虎”の長子であり孫家の現当主。

雷華様が曹魏と並び立てる存在──勢力として認め、期待をされている者達。

事実、黄巾の乱・連合軍で結果を残している。

袁術の“飼い虎”のままで居るのは雌伏の時が故に。

袁術という愚者を隠れ蓑に着実に力を蓄えてきた。


そして、袁術との関係も、今や無意味な物。

既に独立し、群雄割拠へと躍り出る力を付けた。

後はただ、静かに“機”を窺っているだけ。

正に虎視眈々と、だ。



「特に恋と似ている様には思えないのだが…」



思い出す孫策の姿。

容姿は蓮華を“鋭く”した様な印象だった。

蓮華は“可愛い”と言った方が似合うしな。

姉妹揃って美人で、体型も整い魅力的な事に対しては少しだが嫉妬した。

別に私達姉妹も容姿等には問題無いとは思うが。

これで末妹も同様だったら驚きを越えて感心するな。


性格、という点では飽く迄見た目の印象になるのだが恋の様な純朴さは彼女には感じられなかった。

誰かと言えば華琳様に近い印象と言えるだろう。

純粋な部分も有りながら、清濁合わせ飲む事の出来る“王の器”を思わせた。

後、悪戯好きそうな感じの印象も受けたしな。

ただ、臣兵との距離感ではかなり気さく──と言うか近過ぎる気がしたが。



「“今の”姉様にはね」



私の言葉の意図を理解し、蓮華は苦笑を浮かべながらそう答えた。



(成る程…“今の”か…)



つまり、蓮華が思い出して重ねているのは曾ての姉。

それならば思い出し笑いも当然の事だな。

恐らくは、それなりに昔。

幼い頃の事なのだろう。

だとすれば私には判らない事だから仕方が無い。

孫策でなくても蓮華ですら昔の事は判らないのだから想像もし難い。

姉妹でも性格的には蓮華は“似ていない”と、以前に言っていたしな。


因みにだが、私達の視線はずっと戦う恋に向けられたままで話している。

こんな風に最近では視線を向けずとも氣の応用により周囲の状況を“視る”事が出来る様になった。

まあ、多用しない様にとの注意を雷華様に受けている為に限定的に、だが。

慣れ過ぎると頼り過ぎる。

それを避ける為にだ。


優れた技術は便利な反面、人を堕落させる害悪。

雷華様の教えの一つ。

全く、その通りだと思う。





「…昔は──まだ、母様が生きていた頃はね

それはもうお転婆で…

母様や臣兵の人達からさえ姉様は“じゃじゃ馬”って呼ばれていたのよ」


「全く想像出来無い、とは言わないが…むぅ…

やはり、難しい所だな…」



孫策を幼くし、お転婆──珀花や灯璃みたいな感じで想像してみた物の違和感が半端ではない。

そんな私の様に苦笑しつつそれを理解出来るからこそ可笑しそうに笑う蓮華。

不意に思うと、蓮華と私がこんな風な会話をする事も表情をする事も珍しい。

…いや、曾ては考える事も無かった姿だと言える。

これも成長であり、変化。

孫策にも同様の事が言える事だろう。



「姉様はね、ふらっと姿が消えたと思ったら、全身が泥だらけになっていたり、衣服の彼方此方を破いたり時には傷だらけで帰ったり母様に“産まれてくる時に性別を間違えたみたいね”なんて言われていたのよ」



蓮華の言葉を聞いていて、何故だか今度はすんなりと幼少の頃の孫策が想像出来一人で首を傾げた。

そんな私の様子に気付いて蓮華が此方を気にしている気配を感じ取る。



(──ああ、成る程な…)



その瞬間だった。

何故、そうなったのか。

ストン…と填まった。


そして、自然と口元が緩み苦笑が浮かんでいた。



「…秋蘭?」



今度は立場が逆転する。

蓮華が私の様子に首を傾げ不思議そうに訊ねた。

今なら、先程までの蓮華の気持ちが理解出来る。

“これ”は思い出し笑いも仕方無い事だろうな。



「いやな、私にも姉が居る訳なんだが…」


「秋蘭の…あ、そう言えば確か、今は姉様の所に──孫家に居るのよね?」


「ああ、そうだ

相変わらず元気そうな姿を連合軍でも見られたしな

彼方は彼方で仲間と上手く遣っているのだろう」



あの病気一つした事が無い姉者には、戦死する以外の死に方が思い浮かばない。

暗殺は微妙な線だが。

少々短気──と言うよりも短絡的な所は有る姉者だが周囲と打付かって仲違いをしていない辺り、姉者には水が合っているのだろう。

歩む道は違えど、姉妹だ。

戦うのであれば手加減など一切する気は無い。

だが、元気で居て欲しいと思ってしまうのは当然。

特に不仲という訳でもないのだからな。

それは多分、私も蓮華も、同じ気持ちだろう。

好き好んで仲の良い姉妹の破滅を願いはしない。

…不仲なら別だろうがな。





「最初に蓮華が言った時は幼少時の孫策の姿を脳裏に思い浮かべ難かったのだが次に聞いた時には意外な程容易に想像出来てな…

それで私も思い出した

宅の姉も、そうだったと」



そう、実に判り易い実物が私の身近に居た。

今までの私の人生の中で、その大部分を共に過ごした双子の姉が。

姉者もまた、孫策と同様。

歳の近い男の子を前にして彼等が“軟弱”と思える程男勝りで活発だった。

…いやまあ、言い方として身内の加点が有る事は私も否定は出来無い。

客観的に見たら、かなりの姉者は問題児だったのかもしれないがな。



「…それは…ええ、まあ…

理解出来るわ、色々と…」



何と言ったら良いのか。

言葉に悩む蓮華の気持ちが本当によく判る。

決して、悪い姉ではない。

互いに尊敬の念は有る。

ただ、手放しで誉められる程ではない。

寧ろ、若干の恥ずかしさを伴うと言ってもいい。

思い出自体は“子供の頃”だと判っていても、な。



「そう言えば宅は“妹”が結構居るわよね…」


「ああ…確かにな…」



蓮華の言葉に思考を巡らせ顔触れを見て、納得。

私に蓮華、花円・水那・宙・葉香…泉里も一応は妹。

一人っ子も多いが、意外に“姉”は少ない。

蓮華と泉里は妹でも有り、姉でも有るのだが。



「…ふむ…なぁ、蓮華」


「ん?、何?」


「“姉”というのはだな、どういう物なんだ?」


「…また難しい質問ね…」



何気無く──ではないが、それ程深く考えて訊いた訳ではないのだが。

だが、逆に“妹というのはどういう物なのか?”等と訊かれたら、私も返答には困るだろうな。

少々悪い事をしてしまったとは思うが──聞きたい。

その好奇心に負けてしまい静かに蓮華の言葉を待つ。



「…先に産まれただけ?」


「間違いではないが…」



“それはないだろう?”と言いたい気持ちを抑える。

流石に私が文句を言うのは蓮華に申し訳無いしな。



「ふふっ…冗談よ

でも、難しい質問だから、飽く迄私の考えだけど…」



蓮華には珍しい事だけに、思わず一言返しそうになる自分を自制する。



「姉妹や兄弟等に限らず、その数だけ“形”が有ると思うのだけど…

私にとって姉は“背中”、妹は“眼差し”、かしら」


「…ふっ…成る程な…」



蓮華の言葉は私の心の中に馴染む様に入ってきた。

一度だけ視線を重ね合わせ互いに笑む。

言葉にせずとも伝わるのは妹として知っているから。

姉の──その背中を。



──side out



陽が沈み、月が輝く。

秋も深まり、虫の歌声さえ聴こえなくなった。

冬の足音が聞こえる様に。


夜風を素肌にて感じれば、思わず身震いして暖め様と摩擦しそうになる。

しかし、面白い物で夜空は澄んで見える。

寒さに耐えながらでも見る価値は有るだろう。

(つれ)が有れば、寒さも緩和するしな。


縁側に座り、一人盃を手に夜空を眺め、目を細める。



「…ふっ…らしくないな」



不意に脳裏に過った光景。

それは“彼方”の世界での記憶に他ならない。


華琳に出逢い、恋をして、愛する事を知った。

誰かと共に生きる事。

その大切さと難しさを。


華琳と出逢う以前の自分。

それは“生きていた”とは今は言い難い。

自暴自棄とまでは言わないにしても、目標という物は何一つとして無かった。

“現在”を見詰め生きる。

そう言えば格好良く思えるかもしれないが、実際には只のその日暮らし。

自慢出来る事ではない。



「人生、判らない物だな」



“此方”に来て、俺の手は多くの物を掴み、得た。

昔の俺からは想像出来無い“現在”だろう。

…捻くれている性格は昔の名残なんだろうな。

若しくは師の悪影響だな。



「…墓も無いっていうのは今になってみれば良かったのかもしれないな…」



両親も、師も、肉片一つも残さず消え去った。

だから、墓も敢えて造らず命日に供養の想いだけ捧げ過ごしていた。

ある意味では、受け入れる事が出来無いだけだったのかもしれないが。

正直、何とも言えない。

自分でも判らない事だ。


ただ、“彼方”には一つの未練も残さずに済んだ。

それだけは、確かだ。



「……未練、か…」



“乱世だから仕方無い”と一言では片付けられない。

多くの命が散って逝った。

それは曹家の民ではなく、時代の犠牲者達。

俺達が“糧”として殺し、死なせてきた命。



「…だからこそ、進もう」



右手の盃を月に向け掲げ、笑みを浮かべた後で口元に運んで一気に飲み干す。

死せる命を我が身に宿し、糧として、生を誓う。

この命の在る限り。




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