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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
375/915

        肆



「参考になりましたか?」


「──っ、は、はい!」



少し茫然としていた様子の瀞良に笑みを浮かべながら纏めに掛かった。

これ以上は私も恥ずかしいですからね。

早めに切り上げます。


瀞良は思う所も有った様で思考していたのか少しだけぼんやりしていましたが、糧に成れば良いですね。



「…なあ、紫苑」


「何ですか?」



翠に話し掛けられ無警戒に応じてしまった事を、次の瞬間に後悔しました。



「互いに意識したりとかは無かったのか?

“三弓”って呼ばれる位に比肩されてたんだろ?」



悪気は無いのでしょうけど個人的には一番訊かれたく無い質問です。

かと言って、これだけ直に訊かれてしまっては流石にはぐらかす事は困難。

諦めて話す方が楽ですね。


そう判断すると一息吐いて間を置いて口を開く。



「全く意識しなかった、と言えば嘘に成りますね

私から見れば二人は歳上になりますから、ある意味で目標とも言える存在だった訳ですから…」



そう言って目蓋を閉じて、僅かに顔を俯かせる。

出来れば此処で話を終わりにして欲しい所です。

将師の中では最年長ですがそれ故に若い頃の話等には羞恥心が伴います。

…ちょっとした“見栄”と言えなくもないですね。

皆の前では特に“大人”で在りたいという感じです。



「──ん?、あれ?

でもさっき“面識と呼べる程の事は無い”って言ってなかったか?」


「そう言えば…確かに…」


「言っていましたね…」



翠の的確な疑問の一言に、彩音と葵が気付いたらしく皆が私を見詰めている事を向けられた視線を感じ取り理解します。

“余計な事を…”と胸中で愚痴りながらも、体裁的に言い出せない自分の小さな自尊心に呆れてしまう。

どうしようも無いけれど。



「はぁ…全く…人の過去を根掘り葉掘り訊こうとする事は感心出来ませんよ?」


『…うっ…』



流石に悪いと思ったらしく殆んどの者が唸る。

ただ、唯一斐羽だけは私の心中を察したのか苦笑し、静かに見詰めている。


…仕方無いですね。

まあ、此処まで来て話さず終わってしまえば、殊更に気にさせてしまう事になるでしょうからね。

話す方が良いでしょう。



「“面識”を、どの程度と考えるのか、です

文字通り顔を知っている、見た事が有るというのなら私達は面識が有ります

ですが、“知り合い”だとすれば微妙でしょう…

私達は一言すら会話をした事が無いのですから」


「…え?、そうなのか?

挨拶も無いって事?」


「ええ、そうなります」



そう、私達は互いに言葉を交わした事は無い。

恐らくは黄蓋と厳顔。

彼女達二人の間でも。





「雷華様と出逢った時には益州の巴郡に居ましたが、二つ名で呼ばれ始めた頃は荊州の長沙郡に居ました

当時、黄蓋は文台殿の元、領地の揚州に居ましたし、厳顔は益州に居ました

地図の上で見れば、私達は横並びに一州に一人という状況でした

そういった事も有った為に“三弓”という呼び名へと繋がった訳ですね

ですから、私達にとっては二つ名は然程意味の有る物では有りません」



例外は黄蓋だけです。

抑、二つ名という物は自ら名乗る物では有りません。

常に他者によって与えられ広まっていく物。

それ故に単純に秀でていたという話だけではない。

言い方は悪いですが諸侯の“見栄の張り合い”という一面も有った事でしょう。

“自分の元には優秀な者が居るんだ”と内外に示して名を広めようとした。

そんな思惑を孕んで。

尤も、文台殿に限ってなら逆に家臣の黄蓋を他の者に自慢する様な事は有っても自身の事を誇示する真似はしなかったでしょうけど。

あの方は華琳様や雷華様に通じる所が有りましたし。



「それを聞くと何て言うか微妙に感じるなぁ…」


「しかし、二つ名の類いは少なからずそういう意図が介入している物では?

近い所では恋の“飛将軍”という二つ名など典型的な例と言える事ですから」


「あぁ〜…確かになぁ…」



彩音の言葉に翠は納得し、皆も小さく頷いている。

事実、恋ちゃんの二つ名は黄巾の乱を含め、世の中に名実共に“その人在り”と存在を轟かせた華琳様への対抗心に因る物。

勿論、月ちゃんは関係無く消え失せた老害達による物でしたけれど。



「私が二人と出逢ったのは何れも戦場での事です

敵対関係ではなかったので交戦してはいませんけど、所属が違いますからね

同じ戦場に居ても気安くは話し掛けられません

ただ、言葉を交えずとも、理解し合う事は出来ます

互いの力量や意志は…」



私の説明を聞いて場景等を想像しているらしく一様に皆が静かになる。

ただ、その状況で私の事を加味して考えて貰わないと首を傾げてしまう事になるでしょうけど。

私の方が“後輩”の立場になりますからね。

此方から話し掛けるという事は難しい訳です。

そういう点では宅の関係はとても気さくですね。

当然上下関係は有りますが必要以上に立場を誇示する事は有りませんから。

本当に良い環境です。




さて、私の話はこの辺りで流してしまいましょうか。

その為にも話題を別の事に逸らしましょうね。



「面識、という事でしたら私は馬騰殿とも御逢いした事が有りますよ」


「──へ?」



完全な不意打ちを受けて、翠は間の抜けた声を出して目を丸くする。

そんな翠を他所に藤菜達は新しい話題に興味を移して期待に目を輝かせる。

そんな二人の様子に優しく笑みを浮かべてみせる。

“聞きたいですか?”と、言外に問い掛けて。

二人は察して、頷く。



「私達将師の中でも父母が名を馳せた傑物である者は何人か居ますよね?」


「先程話にも出た蓮華様や翠様・結様・雪那様…」


「存命の方々では華琳様を筆頭に、冥琳様・桂花様・珀花様になります

直系では有りませんけど、泉里様も近い立場ですね」



私が訊ねると藤菜と瀞良が名前を上げてくれる。

よく理解していますね。

本人を“その子供だから”という眼や意識で見る事は褒められた行為とは宅では言えない事です。

ですが、それが変えられぬ事実で有る事も確かな事。

それで悩む事は有りますが今は関係無い事ですから、置いておきましょう。



「その中で華琳様とも縁が有った方が馬騰殿です

以前、華琳様は騎馬戦術と馬術の指南をして頂いたと仰有っていましたよ

私も馬騰殿に御逢いした際馬術を教わりましたしね

何かと縁の深い方です」


「──ちょっ、紫苑っ!?」



感慨深そうな態度で語り、藤菜達の好奇心を煽る。

そしてそれは見事に成功し二人は私から翠へと興味の矛先を変えた。


一応言っておきますけど、先に矛先を突き刺したのは貴女の方ですからね。

後は頑張って頂戴。


──そう、眼差しに込めて笑顔を向けると反論出来ず翠は顔を顰める。

でも、自分を見詰めている純粋な尊敬や憧憬を宿した二対の双眸を目の前にして無視する事は出来無い事を理解して──苦悩する。



「…可哀想ですよ?」


「ふふっ…自業自得です」



翠を哀れんで斐羽が窘める様に、こっそり声を掛けて来ましたが私は笑顔のまま突き放して御茶を飲む。


自分で自分の母親を語る。

単に話題にされただけでも嬉し恥ずかしな事です。

それを自分で話すと成れば羞恥心は何れ程か。

想像したくも有りません。


“紫苑の鬼ーっ!!”という翠の涙目の視線を無視して食事を再開。

羞恥心に苛まれながらも、一生懸命に話をする彼女の様子を見詰めながら料理を楽しみました。



──side out



 夏侯淵side──


曹魏に於いて軍の基本型は一師二将である。

相手より多く兵数を揃える事を常道・正道とする中で量より質に重きを置く事は非常に珍しい。

しかし、実際に体験すれば実感して納得出来る。

万の兵を揃えたとしても、十の兵に勝てない。

そういう“高み”が在る。


それに、よくよく考えると十の兵を万の兵が囲んでも一度に交戦の出来る人数は限られているし、弓を使う事は出来無くなる。

十の兵に当たるより仲間に当たる確率の方が高い。

また、十の兵が紛れ込めば乱戦所の話ではない。

同士討ちを避け様とすれば攻撃の手は躊躇い、緩む。

しかしそれは、十の兵への攻撃が緩むのと同じ。

対して十の兵の方は仲間と離れてしまえば周り全てが敵だけになる。

つまり、一切の躊躇を捨て只管に殺す事へと集中して戦う事が出来る。


質が圧倒的に違うのなら、量は無意味となる。

勿論、これは極論であり、一例に過ぎない事だ。

絶対には成り得ない。

だが、兵数ばかりを気にし兵の質を軽んじれば兵数は勝因ではなく、敗因になるという教訓でもある。



「…いつ見ても“演習”に見えないわよね…

皆、殺気立ってるし…」


「…まあ、確かにな…」



静かに呟いたのは蓮華。

視線の先では土煙を上げて平原で激突する人の群れ。

曹魏の軍対軍の模擬演習が行われている。

紅白の鉢巻きを頭に着けて相対している。

紅軍は桂花・流琉・斗詩。

白軍は螢・鈴萌・恋。

各軍将の直属部隊に加えて大隊から各々に二千。

各軍四千、両軍計八千。

兵数としては一般的に見て中規模に当たる。


だが、その戦闘振りからは演習という感じはしない。

当然と言えば当然。

本気で遣らなければ戦場で役に立たないからだ。

“本番で出来れば…”では何の意味も無い。

刃を手にする以上、我々は“常在戦場”の覚悟を持ち臨まねばならない。

僅かな油断・慢心・過信が誰かの死に直結する。

戦場とはそういう物。

それが宅では当たり前で、雷華様が全員に一番最初に御教えになる事。


故に目の前で行われるのは決して“練習”ではない。

…まあ、もし下手をすれば雷華様の“特別指導”行きになるのだからな。

本気にもなるだろう。

私や蓮華が彼処に居たなら同じ様に本気になる。

誰だって嫌な物は嫌だし、避けられるなら避けたい。

だから、全力を傾ける。

出来るのだから遣る。

遣れば回避出来るから。


…改めて、感心致します。

上手く出来ていますね。




こう遣って他の皆が率いる模擬演習を見学する事自体珍しい事ではない。

俗に言う“他人の振り見て我が振り直せ”と同じ。

客観的・俯瞰的に見る事で学ぶ事や発見が有る。

雷華様の受け売りですが。


また今は見学中ではあれど私達の直属部隊も居る。

目の前の一戦が終われば、休憩を挟んで両軍の面子を入れ替えて、再び開戦。

多い時は四〜五戦行う。

因みに、専属で医療部隊が同行・待機している。

医療部隊の実地訓練を兼ね経験を積ませる為でもあり実に無駄が無い。



「…こうして改めて見ると末恐ろしいわね…」


「…全くだな…」



私達の視線の先に居るのは一際目立っている恋だ。

実は恋は軍隊演習は今回で二回目だったりする。

前回は華琳様・雷華様共に見ている中で。

その時には月も軍師として参戦していた。

月の評価は御二人とも高く課題点だった“厳しさ”も身に付けていたとの事。

華琳様曰く“女は恋をし、愛を知り、成長する”との事だった。

確かに、その通りですね。

実体験が有りますから。


──で、恋の方は元々単騎戦闘が中心だった事も有り指揮に四苦八苦していたと後で話を聞いた。

その為、こうして連続での模擬演習に参加している訳なんだが…



「確か…“見取り稽古”、だったかしら?」


「成る程…正に、だな」



蓮華の意図する所を察し、理解して納得する。

確か前回は僅か二戦だけで終了していた筈。

恋は月と一緒に二戦両方に参戦、敵味方で一戦ずつ。

今の私達の様に模擬演習を見学してはいなかった。

その時は、だが。



「この間、翠達の演習時に自主的に同行していたって言ってたから…」


「その時に学んだ訳か…」



言うは易し、遣るは難し。

直属部隊は軍将に同調する特化した部隊だ。

“誰かの真似”をした所で自身の部隊との同調は先ず出来はしない。

しかし、恋はまだ未熟だが同調出来ている。

その事から考えると彼女が学んだのは“呼吸”を皆と合わせる事だろう。

それは基本にして要須。

全く…大した物だな。




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