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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
370/915

        玖


 夏侯惇side──


──十一月十二日。


群雄割拠──いや、独立に向けて我々は動いている。

──が、特に忙しいという訳でもない。

確かに“仕込み”は色々と必要なのだろうが、私には無縁の事だからな。

生憎と、私の知名度は然程高くはないのでな。

故に、必然的にその辺りの仕事は祭や穏が中心だ。



(特に孫家の家臣の中でも祭は古参だからな…)



その影響力は内外に及ぶ。

私個人に限って言えばだが孫家その物に拘りは無い。

だから、孫家の立場等にも大して興味がない。

全く無い訳ではないがな。


私が認め仕える事を決めた理由は彼女が“孫家の娘”だからではない。

孫伯符──彼女だからだ。

彼女──雪蓮様が居るから私は此処に居る。



「んー?…春蘭様ー?

あれって何ですかー?」



話し掛けられて我に返り、隣を歩いていた季衣の方へ顔を向けると前方を見詰め右手の人差し指で指差して首を傾げていた。

その視線と指先を辿る様に顔を向ければ、表の通りを外れ裏の小路に入った先に何やら“塊”が有った。



「………何だ、あれは?」



思わず季衣に訊き返す様な言葉が出てしまったが私は悪くないと思う。

何故なら私達の視線の先に有る“塊”は微妙にだが、確かに動いているからだ。



「動物…ですかね?」


「…確かに、毛らしき物が生えてはいるな

だが、普通の動物にしてはやけに柄が斑と言うか…」



はっきりと言ってしまえば“継ぎ接ぎ”の様だ。

色々な布──毛色を適当に縫い合わせた。

そんな感じに見える。



「あっ、でも一つ一つだと猫っぽくないですか?」


「…猫、か…」



確かに、その様に見えない事もない。

もし此処に明命が居たなら一発で判別出来るのだが。

今は“所用”で離れていて居ないのが残念だ。



「──ん?、春蘭と季衣?

どうしたんだ?」



聞き慣れた声。

先ず間違える事の無い姿を反射的に思い浮かべながら振り返れば、不思議そうな表情をしている祐哉。



「ああ実は──」


「──兄ちゃん兄ちゃん!

それ何っ!?、それっ!」



私の言葉を遮って祐哉へと詰め寄って行った季衣。

後ろ姿でも十分に判る位に興奮している様子を見て、季衣の視線を辿ってみれば祐哉が左腕に何かの包みを抱えている。

僅かに、だが、良い匂いが鼻を擽った。

季衣が反応している事から考えても食べ物だろう。

…しかし、季衣の嗅覚には度々脅かされるな。



「ああ、これは──」



──くきゅ〜…ぐるる〜…



『………………』



不意に鳴り響いた可愛いか可愛くないのか判らない、

正直、何と言っていいのか微妙に悩む様な音。

無言のまま、三人が揃ってその音のした方──先程の“塊”へと顔を向けた。



──side out。



 Extra side──

  /小野寺


此方に来てから行き着けになっている店で新作という包子を勧められて購入。

新作、と聞くとどうしても興味を引かれてしまう。

必ずしも“当たり”だとは限らないのに、だ。

好奇心とも言える。

それに“ハズレ”だったらだったで話のネタになるしそれ程悪い事でもない。

まあ、“当たり”であれば一番文句は無いのだが。

因みに、その店の販売員を遣っている女将さんだが、中々に強かだ。

最近は新しい物好きという恐い物見たさで挑む無謀なチャレンジャーを見付けて“新作(しさくひん)”等を試していたりする。

まあ、そのチャレンジャーっていうのは俺や季衣の事なんだけどな。

安くしてくれるのは嬉しいんだけど複雑な所だ。

打率二割位だし。

いや、犠打も含めるんなら六割は越えるけどさ。


そんな事を考えながら城に帰っていた途中。

通りの端で裏路地を向いて突っ立っている顔見知りを見付けて声を掛けた。

事情を説明しようと春蘭が口を開くのと同時に季衣が目敏く──いや、鼻敏く?匂いを嗅ぎ付けて俺の方に詰め寄って来た。

流石と言うべきか。


で、俺が季衣の質問に対し答えようとしたら、何とも言えない音が響いた。

空腹っぽい音なんだけど、可愛いのか可愛くないのか言い悩む感じで。

春蘭でさえ微妙な顔をして困っていた。


その発生源と思われる方に顔を向けてみれば裏路地の一角を占拠するかの様に、謎の“塊”が鎮座していて反射的に目を擦った。



「……何、あれ?」


「さあな、さっぱり判らん

寧ろ、此方が訊きたい」



思わず呟いた一言に対して春蘭から素っ気ない言葉が返ってきた。

まあ、春蘭の気持ちも理解出来無くはない。

確かに“アレ”は何なのか一見しただけでは理解する事は無理だと思うし。



(って言うかさ、何?

まるで猫を沢山寄せ集めて固めたみたいな…)



──と、考えて、気付き、改めて視線の先の“塊”をジーッ…と、見詰めた。

異様な光景故にどうしても最初は“全体像”を視界に収め様としてしまう。

しかし、落ち着いて部分的観察を行えば違った事実が見えてくる。

ゆっくりと体毛が上下し、それが各々の“毛色毎に”起こっていた。

つまり、目の前の“塊”は文字通りに塊だという事。

数十匹の猫が“何故か”、一ヶ所に固まっている。

実に奇妙な現象だと。




──と、するとだ。

先程、鳴いた“腹の虫”は一体何なのか。

前半の可愛い音は猫っぽい感じではあったが、猫から聞こえるのかどうかという疑問が頭に浮かぶ。

後半の獰猛な音は肉食種の獣っぽい感じだから、猫のお腹の音としても可笑しい事はない。

ただ、違和感が残る。



(抑、猫って…“自然”にあんなに固まるのか?)



猫は嫌いじゃないんだけどそれ程生態に詳しいという訳でもない。

ただ、仔猫の時にだったら一緒に固まっているという印象は有るが、大きい猫が固まっているという印象はそんなには無かった。

寧ろ、一匹で居る姿の方が多い気がする。

群れていても目の前の様に折り重なって固まっている姿は記憶に無い。

絵とかではない限りは。



(…もしかして、アレって何か理由が有る?)



そういう風に考えてみるとあの“塊”は不自然だ。

ただ単純に猫が寄り集まり固まっている、とは考える事は出来無くなった。

そうすると自然と“音”は猫達とは別の“何か”から発せられたと思える。

では、それは何なのか。



「…あの“塊”の大きさ、季衣が丸まった体勢よりもちょっと大きい位か?」


「んにゃ?…あー…うん、それ位だねー」



季衣が一度俺の方を見て、“塊”を見て、両腕を回し自分の身体の大きさを見て肯定してくれる。

こういう時、変に体型とか気にしない季衣だから俺も訊き易くて助かる。

多分、明命や詠に訊いたら…考えるのは止そう。

良い光景は浮かばないし。



「それがどうかしたか?」



意図した訳ではなく素直に思い浮かんだ疑問を春蘭が口にしてくれた事により、思考が簡単に切り替わる。

“空気”は読めないけど、意外にだが春蘭の素直さに助けられる場面は多い。

疑問って空気が読めてると口に出来難い物だしね。

雪蓮や祭さんでさえ躊躇う場面で平然と言える。

それはある意味、天賦。

真似しようとしても出来る事じゃあない。

…まあ、もう少し位空気が読める様にはなって欲しい気持ちが無い訳でもないが其処も含めて春蘭の良さと個人的に思ってる。



(今は関係無いけどな〜)



二人には悟られない様に、密かに苦笑を浮かべた。





「アレってさ、よく見ると数十匹の猫達が固まってる状態だって判るんだ

猫が寝てる時の上下してる身体の動きとかで」



そう俺が言うと、俺の方を向いていた二人が“塊”に視線を向けて注視。

“──あっ!”と、揃って声を上げた。



「本当に猫だー…あれ?

兄ちゃん、何であ〜んなに猫が固まってるの?」


「其処なんだけどさ…

もし、明命みたいな感じで“猫が大好きな人が居たらあんな風になったら”って考えみたんだよ

そうしたらさ、気絶したり──は大袈裟だろうけど、猫達の事を気にして動くに動けなくなっちゃって…

なんて有りそうだなって」


「あー…確かにー…」



季衣が“塊”の事を何とも言えない表情で見詰める。

猫達に気を遣い過ぎた結果自分が“空腹”になってるなんて普通は有り得ない。

多分、明命位だと思う。

…明命じゃないよな?

今、居ない筈だけど。



「なら、放って置くか?」


「いや、流石に見捨てると後味悪いだろ?

取り敢えず──群がってる猫達を退けよう」


「そうだねー」


「やれやれだな…」



そう結論を出し、三人して“猫山”を掘る。

砂の山に棒等を突き刺して順番に砂を削り取っていく“棒倒し”みたいだ。

棒は無いんだけど。


しかし、猫達は皆、やけに大人しくしている。

もう少し抵抗されたりとか引っ掻かれるかもしれないなんて思っていただけに、ちょっと拍子抜け。

ただ、皆暖かい。

時期的な事も有り、離さず抱いていたい位だ。



(“原作”内だと季節感がはっきりしないんだけど、こんな風に明命が猫塗れになってて、もし夏だったら絶対に熱中症になってる所だよな〜…)



そんな事を考えつつ作業を進めていった末──猫達に埋もれていた存在の姿が、はっきりとした。



「────」



“彼女”の姿を見て思わず声を失ってしまった。

多分、作業に集中している状態だから二人は気付いていないだろうけど。

隠す事も出来無かった。

完全な不意打ち。



(ど、どうして…?

どうして此処に居るんだ?

だって、“彼女”は──)



──“程翌”は魏の軍師。

その筈である。

改名しているかは判らないのだけれど。

本来なら此処に居る事など有り得ない。


でも、確かに彼女だ。

頭の上に──正確に言えば頭元にだが──“宝慧”が転がっているし。



(…あー…いや…うん…

もう既に色々違うんだから有り得ないって事は無いんだけどさ…)



ただ、唐突過ぎる。

春蘭も季衣も真桜も雛里も居る状態だけどさ。

何度直面しても驚かないで居るのは難しい。


でも、取り敢えず放っては置けないから、連れて帰るしかないだろうな。

郭嘉も近くに居るのかね。



──side out



 程翌side──


もっと知らない世界を。

もっと知らない何かを。


もっと──知らない私を。


そんな想いで生まれ育った故郷を離れ、旅に出た。

故郷は旧・兌州の東郡内の東阿県の小さな村。

官吏だったらしい祖母から色々な事を教わった。

教える時は厳しかったけど普段は優しい人だった。

祖母の膝枕で日向ぼっこをする事が大好きだった。

…旅に出た理由には祖母を亡くした悲しみと辛さから逃げる意味も有ったのかもしれない。

今だから判る事。

それも、旅の中で得た物の一つだと言える。

一番は親友を得た事。

今は離れてしまったけれど二人は元気にしている。

そう、信じられる。


私は身体が小さい。

病弱という事ではない。

至って健康だと思う。

ただ、小さな頃から屋外で走り回ったりする事は私は苦手だったりする。

鈍い訳ではないですが。


だから、自然と屋内に居て祖母から教わったり書物を読んだりする事の方が多い生活をしていた。

そんな中、時折祖母の元を訪ねてくる御客さんが居て色々話を聞かせて貰う事が好きだったりした。

だからなのか、聞く事には慣れているのだけど自分が話す事は少々苦手。

人見知りという事は無い。

ただ人並みに警戒心を持つ事は有るけれど。


そう遣って得た知識を元に目蓋を閉じ、眠る様にして頭の中に“世界”を描く。

想像の中で、遊ぶ。

それが小さかった頃の私の密かな楽しみだった。

そんな私にとって村を出た“外の世界”は未知に溢れ期待に胸を踊らせた。


確かに興味を引かれる事は沢山存在していた。

けれど、それ以上に私には辛い現実が待っていた。

“外の世界”では私の様な“変わり者”は疎まれる。

その事を知った時、祖母の言葉を思い出して、言葉の意味を理解した。


“自分の世界”は心地好く

楽しい物。

でも、浸り過ぎてしまうと“現実”に嫌われる。

だから辛くても苦しくても“現実”に生きなさい。




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