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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
369/915

        捌


自分の父親を知らない。

それは決して珍しいという事ではない。

寧ろ、有り触れている。

その理由は様々ではあるが特別な“不幸”ではない。

中には、知らない方が良いという場合も有るだろう。

どう考えるかは結局の所は個人次第だが。


桃香様の場合に限っては、父親に関して負の感情等は抱かれていない様だ。

と言うより、気にしてない様にも感じる。

恐らくは、母親が意図的に教えなかったのかも。

そう考えると納得出来る。



「でね、お母さんが一人で私を育ててくれたの

まあ、一人って言ったって独力でって訳じゃなくて、色んな人の助けが有っての事なんだけどね…」



少し砕けた様な言い回しで苦笑を浮かべる桃香様。

しかし、その言葉や表情の裏には確かな信頼や尊敬の意思を感じられる。

ただ如何にそうだとしても年齢的に恥ずかしく思える部分なのかもしれない。

事実受け取り様によっては“親離れ出来ていない”と勘違いされそうだ。

多分、私でも桃香様の様に誤魔化すか話を逸らす。

恥ずかしいからだけでなく特に大切な想いだからこそ揶揄われたりしたくない。

そういう感情も有るから。



「そのお母さんも三年前に亡くなっちゃってね」



三年前、と言うと伯珪殿の領地で出逢った時には既に亡くなられていた訳か。

ある意味、桃香様が場所に拘らない理由は家族が──帰る場所が無いという事に有るのかもしれない。

一概に良し悪しを言う事は出来無い事だが。




「でも、その亡くなり方が何とも言えなくて…

それがもう、吃驚でね?

私が街に莚を売りに行って家に帰って来ら──」



其処で脳裏に浮かんだのは家の中で倒れている妙齢の女性の姿。

しかし、何故だか背格好が貂蝉そっくりだった。



(…これは暗に私は貂蝉の死を願っているのか?)



瞬間的に湧いた疑問に対し即座には回答を得られず、胸の奥が微妙に燻る。

別に貂蝉の事が嫌いという訳ではない。

何方等かと言えば意外にも話や気が合う。

恋愛対象には絶対ならないだろうがな。

それはお互い様だが。


──と、逸れた思考を戻し桃香様の話に意識を集中、言葉を継ぐ様に訊ねる。



「…亡くなられていた?」


「ううん、その日の晩御飯“猪鍋よーっ♪”て大きな猪を背中に担いで、山から降りて来たの

私、思わず熊と間違えてね

悲鳴を上げて、逃げそうになっちゃったもん」


「それは…また…何とも…

凄い方ですな…」



無理して態と面白可笑しく話しているという感じなど全くしない。

本当に、そういう方だったのだなと思うと、僅かだが戦慄を覚えた。

熊と間違える程の大きさは一体何れ程なのか、と。




何とも言えない表情をしてしまったのか、此方を見た桃香様が苦笑する。

…すみません、正直私にもどうしようも有りません。



「まあ、星ちゃんの反応も無理無いと思うからね〜…

気にしないでね?」


「はい…」



気不味い、と言うよりかは居心地が悪い。

逆に気を遣われてしまった事に対して。

何をしているのか、私は。



「まあ、ずっと見てたから“可笑しい”だなんて全く思わなかったんだけど…

実際、知らない人が見たら驚くみたいだしね」


「そう、でしょうな…」



私自身、驚く自信が有る。

そして危険な事も。

既知である桃香様でさえも思わず逃げ出しそうになる状況となれば下手をすれば私の様な武芸者は反射的に攻撃をしてしまう可能性が高いと言える。



「…因みに、なのですが、母君は何か武芸を?」


「ううん、全〜然

でもね、狩りとか漁とかは物凄く上手だったよ

………私とは違って…」



そう言うと明るい雰囲気は一転して暗くなった。

誰の目にも明らかな位に、沈んだ様子は正に曇天。

今にも降り出しそうだ。



(あぁ…まぁ…えぇ…

落ち込む気持ちは判らない訳では有りませんが…)



やはり気にされていた事を改めて再認識した。


桃香様は御世辞にも狩りや漁が上手とは言えない。

はっきりと言ってしまえば“命を奪う”行為が、だ。

日々、密かに剣術の稽古を積まれている事は主以外は皆知っている。

よく稽古相手を務める私は特に判っている。

桃香様の剣は“殺す”為の術ではない。

飽く迄も身を守る為。

或いは、何かを守る為。

戦いには不向きな剣だ。



(美徳で有り欠点、か…)



以前、桃香様の事で朱里や貂蝉・卑弥呼と話した際に四人が四人共桃香様に対し抱いていた評価だ。

因みに、主と鈴々と沙和は参加していない。

何方等かと言えば“裏”に当たる話し合いだからな。

向き不向き故だ。



(こうして改めて考えると我々の所は“汚れ仕事”が出来る者が居ないか…)



勿論、その様な役回りなど無いに越した事はない。

しかし、世の中や政治とは決して綺麗事だけで何とか出来る物ではない。

必ず、そういった事が要る場面は生じるだろう。

そうなった時、一体我々の誰が担うのか。



(私も…覚悟をせねばな)



朱里は覚悟をしている。

だが、朱里が出来る範囲は限られている。

朱里一人では足りない。

ならば、それを共に担える者は私以外には居ない。

貂蝉達には“別の何か”を背負っている様な雰囲気が有るからな。


そして、何より。

私自身の意志を示す。

その為の、覚悟だ。





「…うん…よし、え〜と…

そうそれで、お母さんの事何だけどね」



復活された桃香様の言葉に我に返って意識を向ける。

別に励まし難いから意識を逸らしていた訳ではない。

それは単なる偶然だ。



「その猪を取って帰って、お鍋にして食べた次の朝、起きたら亡くなってたの」


「……………………は?」



桃香様の言葉に対し思わず間の抜けた声が出た。

いや、それしか出なかったというのが正しいだろう。

一旦頭の中が真っ白になり声を出した瞬間から改めて今までの情報が順序立てて整理されてゆき──再び、其処に来て停止する。

疑問・仮説・推論・検証が頭の中で繰り返されるが、訳が判らない。

混迷していく一方だ。


そんな私の様子を見てから桃香様は苦笑。

“死んでまで人を驚かせるなんて困っちゃうよね〜”とでも言う様な感じで。

私の主観──心情が多分に入り混じった観点なので、正しいとは言えないが。

そんな風に私には見えた。



「目が覚めて、顔を洗って服を着替え終わっても全然起きないから何処か体調が悪いのかと思って揺すって起こそうとしたら…

もう…冷たくなっててね」



桃香様の静かな声を聞いて頭は思考を破棄し、黙って集中する事に切り替える。

色々と思う所は有ったが、全てを後回しにした。



「…最初はね、私も突然の事に“…え?”って感じで訳が判らなくなってた…

でも…不思議なんだよね

よく考えてみたら、私ってお母さんの寝顔見たのってそれが初めてだったの…

それまでの私の知っているお母さんはいつも笑ったり怒ったり、たまに拗ねたり凄く無邪気な人だったし、元気な人だったから…

だから、気付かなかったの

ずっと、私に心配させたり気を遣わせる事が無い様に頑張ってたんだって…」



独白、とも言える言葉。

私に話している様で有り、桃香様自身が自らに対して思い出しながら戒める様に言い聞かせている感じにも受け取れてしまう。

…その両方かもしれない。



「だから、なんだと思う

お母さんの寝顔を見てたら自然に受け入れられた

お母さんは死んだんだって

今でも不思議な位に静かで穏やかな気持ちで、ね…」



そう言ってゆっくり目蓋を閉じて僅かに俯く桃香様の浮かべた儚く思う微笑みを私は静かに見詰めていた。




私も──私達姉妹も早くに両親を亡くしている。

先ず、兵士だった父が賊の討伐で戦死。

私が七歳、妹はニ歳の時。

故に、妹は父の事は殆んど覚えていない。

幸か不幸かは私には何とも言えないが。

次いで母が流行り病により急死した。

それが三年後の事。

両親を亡くし、まだ子供の私達だったが、路頭に迷う事はなかった。

父方の祖母が健在だった為私達は祖母に育てられた。

私達が武芸を習った相手が祖母だったりする。

一度も勝てなかった人だ。

正直、今の私ですら勝てる気が全くしない。

とは言え、桃香様の母親の様な吃驚する怪力の持ち主という訳ではない。

年齢と共に積み重ねてきた研鑽故の強さ。

真に武芸者と言える人。


その祖母が亡くなったのが私が二十歳の時。

それを機に私は旅に出た。

その旅の途中で親友である稟や風に出逢った。

伯珪殿に出逢った。

桃香様や主達に出逢った。

その全ての結果、今の私が此処に有る。



(…しかし、もうそんなに経っていたのか…)



こうして思い返せば判るが既に四年以上も妹に会っていない事になる。

旅は楽しい事ばかりでなく辛い事・悲しい事・悪い事・苦しい事も有った。

それでも郷愁を感じないで歩き続けて来たのは単純に我武者羅だったから。

振り返る余裕など無い程に無我夢中だったのだろう。

“何に?”と訊かれると、一つでは答えられない。

これまでの全てに、だ。



(全く…無責任な姉だな)



そう自覚してしまっても、変に罪悪感を感じない辺り自分は姉としては失格なのかもしれない。


ただ、私達姉妹の在り方がそういう物なのも確か。

あれは祖母が亡くなって、私が旅に出ようとしながら躊躇っていた時のだ。

珍しく妹が──宙が機嫌が悪い様で苛立ちながら私に話し掛けてきた。




「なあ、姉貴、私は姉貴の“お荷物”じゃないんだ

それを判ってんのか?」



私の心を見透かす様に言う宙の言葉に思わず息を飲み声を詰まらせた。

昔から変に鋭い所が有り、其処らの男より男らしい。

私が姉妹ではなく男ならば間違い無く惚れていたかもしれないと思う位に。



「…姉貴の人生は姉貴の、私の人生は私の物だ

だからな、姉貴は私の事を気にすんな

自分の遣りたい様に遣れ

御祖母様も言ってたろ?

“誰しも人生は一度きり、後悔したくなかったら己を偽らずに生きろ”ってさ」





そう言って迷う私の背中を押して送り出してくれた。

だから、心配していない。

気にならない訳ではないが信じているからだ。

私が生き抜いてさえいればいつか必ず、また何処かで再会出来る事を。


そう思いながら空を仰ぎ、目を細め小さく笑む。

この空の下、今も何処かで元気にしているだろう。

稟や風と同じ様に。



「星ちゃんはどうなの?」



不意に声を掛けられて顔を桃香様へと向ける。

表情には母親の死に対する“翳り”は無い。

形は違えど、桃香様もまた“そういう”在り方だと、理解しているだろう。

何と無く、そう思った。



「妹が一人居ますな

身内は両親と祖母だけで、皆亡くなっております」



悲しみも哀れみも要らない事を互いに雰囲気で察し、理解している。

だから、その会話は意外と思うよりも何気無い。

寧ろ、内容の割りに穏やかだと言えるだろう。



「へぇ〜妹さんが居るんだ

星ちゃんに似てるの?」


「いえ、其処までは…

性格的にも私とは真逆で…

寧ろ、鈴々みたいですな」


「そうなの?…う〜ん…

何か想像し難いかも…」



右手人差し指で右の蟀谷を押さえながら眉根を顰めて想像しようとする桃香様を見て苦笑する。

確かに知らなければ中々に想像し難いかもしれない。

実際には鈴々程に猪という事も無いしな。



「でも良いなぁ〜

私は一人っ子だったから、兄弟姉妹は羨ましいよ〜」


「そういう物ですかな?」



良い事ばかりではない。

私にも宙とは喧嘩をしたり“姉”ながらこそ嫌な目に遇った覚えも有る。

まあ、結局の所は関係次第なのだろうがな。

絶対本人に面と向かっては言えない事だが…

居てくれて、私の妹として生まれて来てくれて本当に良かったと思う。

…私が姉で良かったのかは私には判らないが。



「あっ、そうそう!

朱里ちゃんもね、妹さんが居るんだって♪」


「ほほぅ…朱里の妹…

それは初耳ですな」



他愛の無い話で盛り上がりながら街を歩き、思う。

いつかまた、共に、と。



──side out。



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