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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
368/915

        漆


 劉備side──


星ちゃんと一緒に陣を離れ少しだけ遠いけど、人々の往来の多い街に来ていた。

陣と街とを往復するだけで凡そ四日も掛かってしまうけれど仕方無い。

背に腹は代えられない。

本当は御主人様の傍に居て御世話してあげたいけど、今は少しでも私にも出来る事をしないといけない。

皆に任せっきり頼りっきりという訳にはいかない。

私の理想を実現する。

全てはその為の戦いであり歩みなのだから。



(──うん、よ〜し!

私も頑張らないとねっ!)



むん!、と両手を握り締め気合いを入れる。

こういう事は苦手だけど、そんな事を言っていられる状況じゃあないし。

出来る人、遣れる人が先に動かないとね。

それに私も一応“主”って立場なんだから。

御主人様にばっかり任せて背負わせてちゃ駄目。

私も一緒に背負わなきゃ。



「それじゃあ、星ちゃん

先ずはどうしよっか?」



隣に立っている星ちゃんに訊ねてみる。

やっぱり情報収集と言うと食堂や雑貨屋みたいに人の集まる場所かな?

──あ、お茶屋とか甘味処なんかも重要だよね。



「そうですな…取り敢えず肩の力を抜きますかな

今のままの桃香様ですと、失敗する姿以外に全く思い浮かびませんので」


「えぇ〜っ!?

そ、そんな事無いよ?

私だってちゃんと…」



歯に衣着せない星ちゃんの言葉に反論しようとして、脳裏に浮かんだ光景。

それは過去、幾度も自身が繰り返してきた事。

途端に星ちゃんの言葉から目を逸らしたくなった。

…心当たりが有り過ぎて、正面に目を合わせられなくなってしまう。

星ちゃん、今の皆の中だと一番付き合いが短いけど、本当、よく見てるよね。



「…ふむ、桃香様、御判り頂けましたかな?」



私の考えや気持ちを見抜く様に察して、してやったりという顔で訊く星ちゃん。

ニヤッ…と態とらしく笑い私の事を揶揄っている事を隠そうともしない。

星ちゃんって、いじめっ子なんだよね。

酷い事はしないけど。



「…星ちゃんの意地悪…」


「はっはっはっ♪

先程の様に誰が見ても判る反応をされては“どうぞ、私を揶揄って下さい”等と言っているのも同然…

揶揄わぬ方が失礼ですな」



失礼でも良いもん。

私は揶揄れたくないです。

そう思いながら小さく頬を膨らませて拗ねた様にして星ちゃんの事をじぃ〜…と睨んだ。

──と、星ちゃんが笑みを消して私を見詰めた。



「ですがな、桃香様

この程度の会話で意地悪と言っている様では情報収集など務まりませんぞ?」



星ちゃんの最もな指摘に、私は返す言葉が無くて黙り静かに俯くしかなかった。



──side out



 趙雲side──


“皆頑張ってくれているしこんな時だからこそ立場に関係無く、私も出来る事を遣りたいのっ!”と真剣な表情で言われ、結果として押し切られる形で承諾し、桃香様を連れて街に行って情報収集する事になった。

桃香様に“朱里ちゃんにはこの事は内緒だからね?”と言われたが、当然ながら了承はしていない。

溜め息を吐き、苦笑をして見せただけである。

桃香様は勘違いしたらしく追及しては来なかった。

この純粋さは美徳なのだが致命的に成り得る弱点でも有るから困る。

しかも、本人に自覚は無い上に注意も出来無い。

ある意味、そんな方だから人を惹き付ける訳だしな。

儘ならない物だ。


で、当然だが朱里には事の概略を話した。

思いっきり顔を引き吊らせ深々と溜め息を吐いた。

まあ、私の考えている事と大体同じだろうから朱里の気持ちは理解出来る。

本当ならば説教して立場を理解して貰い自重して貰う事が一番だろう。

しかし、桃香様のそういう姿勢が今も軍に残っている兵士には良い影響を与え、忠誠心や結束力等を高める事に繋がるのも確か。


故に朱里は渋々許可。

と言うか、黙認した。

私は護衛を頼まれ桃香様が無茶をしない様に朱里からお目付け役を拝命。

これも当然の事だな。

桃香様は妙な所で大胆で、頑固で、行動力を発揮する事が稀に有るのでな。


朱里に話した事は当然だが桃香様には秘密だ。

朱里が演じきれるかどうか個人的に楽しみなのだが、それはそれ。

私の予想としては桃香様の報告を受けている最中に、何処かで失敗をして慌てる気がしているがな。

早く見たいものだ。


そんな訳で、主の事を含め留守は鈴々と朱里・沙和に任せて出てきた。

鈴々には先ず無理だしな。

朱里は噛み噛みになっては情報収集も儘ならないし、沙和は心身共に万全だとは言えないし、今は人の目を凄く気にしているから先ず無理だろう。

…普段、お洒落や流行等に敏感な娘だからな。

傷痕が気になるのだろう。

本人が無理をしている事は皆判っているが、慰めすら意味を成さない気がして、気付かない振りをするしか出来無いのが実情。

掛ける言葉さえ見付からぬ自身の不甲斐なさが悔しく苛立ちを覚える。


まあ、こういう場合は主に任せるのが妥当だろう。

満場一致での暗黙の了解で丸投げする事になったが。

信じておりますぞ、主。

精も根も尽き果てる覚悟で頑張って下され。


街へ行く道中。

陣の有る方を見詰めながら胸中で声援を送った。




陣を発って三日目。

目的地とした街に到着。

初めて訪れる事も有ってか桃香様は時折笑みや驚きを浮かべて辺りを見回す。

端から見たなら、明らかに余所者且つ田舎者だとしか思えないだろうな。

まあ、朱里から今回の件が“桃香様にとって気分転換になれば良いですから”と言われてもいる。

だから余計な事は言わない様に自重した。


今回は遠出という事も有り私と桃香様の二人だけ。

これならば旅人と言っても怪しまれないだろう。

尤も、今の御時世に旅する輩は世情に疎いか、余程の実力者か、単なる馬鹿か、或いは余程の“訳有り”になるのだろうがな。

その辺りは桃香様と事前に打ち合わせをしてある。


私達は従姉妹で、黄巾党の悪行で故郷を失い、ずっと放浪の旅をしている。

そういう設定だ。

相手の同情心を突く悲劇が入っている点が巧妙。

誰しも“女の涙”には弱いという物だからな。

ただまあ、桃香様が演技が出来るかが心配であるし、最大の問題だろう。

…慎重に行った方が良いのかもしれないな、これは。


そう結論着けると桃香様に声を掛けられた。

見るからに肩に力が入り、不安を煽られる。

気合いや遣る気が有る事は悪い事ではない。

そう、決して悪くはない。

だがしかし、力み過ぎると“空回り”する者が居る。

稀に、では有るのだが。

桃香様はそんな稀少な方。

そしてその空回りっ振りは実に盛大である。

全てが全て、そうなるとは限らないのだが、得てしてこういう時には悪い方へと傾き転がる物。

不安にならない訳が無く、直ぐ様殺ぎに掛かる。

折角の御気持ち。

それ故に桃香様には申し訳が無いのだが。

此処は心を鬼にする。

でなければ、態態此処まで来た意味が半壊するので。

今の我々には遊びに使える無駄金は無いのだから。

成果は上げなければ。


そんな感じの一心で言葉を選んで、桃香様を諭す。

普段の私と違い過ぎぬ様に態度にも気を付けてな。

こういう時、自分の性格や普段の言動が厄介に思う。

もう少し素直に気持ち等を伝えれば良いのに、と。



(…そう言えば、宙の奴は元気にしているだろうか)



不意に思い浮かんだのは、もう数年の間会っていない妹の姿だった。

確かに私よりは素直だし、はっきりと物を言う。

思い浮かんでも不思議では無いのだが、気付いた。

自分は妹の性格を羨ましく思っていたのだと。




そう思い至ったら、思わず苦笑してしまいそうになり桃香様から顔を逸らす。

今、こんな表情をしている所を見られては拙い。

自分が揶揄われるとかいう問題ではなくて。



「…ごめんね、星ちゃん

それから──ありがとう」


「──っ!?」



沈んだ声音で謝られた事に思考を切り替えて振り向き不意打ちでの感謝の言葉。

それも苦笑とかではなく、屈託の無い微笑みで。

一瞬、息をするのも忘れて見入ってしまう。

直ぐに我に返ったが。



(…危ない所だったな…)



しかし、運が良かった。

そう胸中で安堵する。

恐らくだが、表情に驚きは出てしまっただろう。

完全に虚を突かれてしまい無防備になったのだから、それは仕方の無い事。

今更気にはしない。

ただ、見惚れていた部分は気取られていないだろう。

桃香様も主と同様。

自身への好意等には意外に疎い──と言うより、鈍い方だからな。



(…しかしまあ…桃香様のこれは良くも悪くも才能と言わざるを得ないな…)



実際に“体感”してみて、初めて実感出来る。

不意打ちで心の奥の奥へとスルッ…と侵入してくる。

防ごうと思うなら最初から警戒し、敵愾心等を抱いていなければ難しいだろう。

もしも、桃香様が自覚して意図して出来る様になれば非常に強かに交渉を進めて優位に立てるだろう。



(…いや、それはないな)



自分で考えおいてなんだがもし仮にそうなった時には桃香様の“魔性”とさえも言える魅力は無くなる。

無自覚──邪念や詐謀等が無いからこそ、純粋無垢で魅力が有るのだから。

其処に桃香様自身とは言え僅かでも何かの“他意”が介在してしまえば、輝きは一瞬にして失われる。

そしてもう二度と輝く事は無くなってしまう。

そういう危うい物だ。



(矛盾している物だ…)



無垢で有り魔性。

同時には存在し得ない様に思える二つが生み出すのはあまりにも危うい魅力。

だが、それ故に眩い。

細かな事など気にならなくなる程に、眼も心も眩ませ惹き付ける。



(…全く…罪な御方だ…)



理解すれば苦笑する事しか出来無いだろう。

もしも、桃香様が男としてこの世に生を受けていたら曹操でさえも魅了したかもしれない。

そんな有り得ない可能性を想像させてしまう。

それ程に桃香様の魅力とは大きな“武器”だ。




桃香様への返事の代わりに笑みを浮かべると顔を街の通りへと向ける。

此処で何かを言い返すのは少々恥ずかしいので。



「さてと、それでは適当に歩いてみますかな」


「──え?」



そう言って歩き出す。

茫然としている桃香様には振り向かない。

もし此処に沙和が居たなら“置いて行くの〜っ!?”とツッコミを入れてくれる所なのだろうな。

彼女も早く本調子に戻って貰いたい物だ。



「ちょっ、まっ、待って!

星ちゃん待ってよ〜っ!」



漸く、我に返った桃香様が私を追って駆けて来る。

ちょっと走っただけだが、急な事だからなのか僅かに息が乱れている。

それが妙に艶かしい。

嗜虐心を刺激されてしまい思わずもっと意地悪をして揶揄いたくなってしまう。

勿論、自重はするが。

本音を言えば、惜しい。

実に口惜しい。

これが朱里を相手にならば倍増しだっただろう。

…何気に二人共、私よりも歳上だったりするがな。



「そう言えば、桃香様」


「はぁ…はぁ…な、何?」



呼吸を整えながら桃香様は私の隣に並んで私の言葉に訪ね返した。

如何に“身内”とは言え、無防備過ぎですな。



「今更、という気もしない訳でも無いのですが…

桃香様の御家族は?」


「…ぁ…ぅん…それはね…

もう、居ないの…」



少々迂闊な質問だったか。

私自身が(かぞく)の事を思い出したから、ついつい何とも思わず訊ねた。

完全に配慮に欠けていた。

ただ、言ってしまった以上変に誤魔化すのも雰囲気が悪くなるだろう。

此処は踏み込むしかない。



「…もし差し支えなければ御聞かせ頂けますかな?」


「…うん、大丈夫だよ」



一応、話すか否かの選択は桃香様自身に委ねた。

意外にすんなりと承諾した事には少々驚いたが。



「私のお父さんはね、私が産まれる前に亡くなってるから詳しくは知らないの

だから私が知ってる事って官吏だったって事位かな」



その口調や声音は他人事の様にも思えた。

だが、知らないのであればその様な物かもしれない。

血が繋がっていたとしても過ごした時が皆無ならば、存在を肯定も否定もし難いだろうから。




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