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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
365/915

        肆


俺と雪蓮が我に返ったのは何故、こうしているのか。

其処の部分に言い合い──というよりはイチャイチャしている様にしか端からは見えない会話──の果てに到って、だった。


ピタッ!、と言動を停止し二人して錆びたロボットの様にギギギギッ…と其方へ顔を向け、“彼女”を見て申し訳無くなった。

耳まで真っ赤にして両腕の袖で顔を隠して俯いている姿に胸が痛んだ。

明らかに場違いな雰囲気。

しかし、呼ばれて来ている以上は俺達に無断で離れる訳にもいかなくて、此処で自分の声と気配を殺して、ただ只管耐え続ける事しか出来無かった訳で。

本当に、どんな言い訳すら意味が無い状況。

いや、羞恥心という点では現状では俺達よりも彼女の方が上だろうな。

…後々は俺達なんだけど。



「──こほんっ…

初めまして、で合ってると思うのだけど…」



雪蓮が咳払いして雰囲気を変え様と話し掛ける。

今、俺に出来る事は無い。

何と無く、そう思った。

だって、こういう場面って殆んど経験した事無いし。

有っても雪蓮達が相手で、揶揄われて終わりだし。

だから、黙って見守る。



「──ひゃっ、ひゃいっ!

お、おおひゃちゅに──」



──だ、黙って…居るのは難しい気がする。

ああ、でも、元々俺と話す時にも緊張しまくってたし俺が声を掛けたら逆効果になりそうで仕方無い。

ちらっ…と雪蓮を見詰めて“頼む”とアイコンタクトで伝えると“全くもう”と言いたげな表情で息を吐き彼女へと声を掛ける。



「ああ、はいはい…

慌てない、慌てない…

ゆっくり、深呼吸して…」


「…すぅーっ、はぁーっ、すーっ、はーっ、す〜っ…は〜っ…す〜…は〜…」



深呼吸って、偉大だなぁ。

なんて感慨深く思う。

見る見る落ち着いていった彼女を見て“雪蓮も流石に当主だな〜”と感心。



「落ち着いた所で改めて、私は孫伯符よ、宜しくね」


「わ、私はっ、せ、姓名を呂蒙っ、あ、字を、子明と申します!

孫策様に御会い出来た事を心より光栄に思い──」


「そんなに緊張しなくても大丈夫だから、もっと肩の力を抜きなさい」


「──えっ、あの、でも…あ、は、はいぃ〜…」



風船が萎み、湯が沸く。

その二つを混ぜたかの様に両腕の袖で顔を隠しながら耳まで赤くして俯く呂蒙を見て雪蓮が苦笑。

俺に視線を向け“この娘、本当に大丈夫なの?”と、訊ねてきた。

大丈夫………な筈。

若干、不安な部分は有るが緊張のし過ぎが原因。

緊張さえ解れれば、特には問題無いだろう。

…あ〜でも、穏にも此処に居て貰うべきだったかも。

其処は失敗したなぁ。



──side out



 呂蒙side──


孫家に御仕えする様になり早五年が経った。

元々の切っ掛けは五年前、文台様に御仕えし千人長を務めていた父が亡くなった事に始まる。

文台様御自身が弔問をして下った時の事。

私を見て、父から武の才が有ると聞いていたそうで、“宅に仕えてみない?”と御声を掛けて頂いた。

実は母もまた父と結婚し、私を身籠るまでは文台様に文官として御仕えしていた事を初めて聞かされた。


最初は“私などでは…”と御断りしようと思った。

でも、その一方で文台様に御仕えしたいという想いも確かに有った。

…いえ、正確な事を言えば御息女である孫策様に。


私がまだ七つの時の話。

母の言い付けで父を訪ねて城内に入った事が有る。

その時、私は迷子になってどうしたら良いのか判らず困り果てていた。

元々、人見知りが激しくて内気だった私にとっては、見知らぬ大人の人達に対し自分から声を掛ける事など出来る訳がなくて。

同時に逃げ隠れる様にして人気の無い方へ無い方へと進んでしまった。

その結果、暗い倉庫の様な場所に行き着いていた。

蜘蛛の巣が沢山張られて、人の出入りが久しいという事が一目で判った。

“私、こんな場所で独りで死んじゃうのかな?”等と思ってしまった。


今は大袈裟に思える事でも当時の幼かった私にとって本当に真剣に感じた事。

だから、子供のそういった気持ちは私には笑えない。

誰より私自身が知っている事だから。


そんな恐怖から声も出せず泣いていた私に不意に声が掛けられた。



「──あら?、貴女誰?」



その声は“何でこんな所に居て、泣いているの?”と疑問を含んでいた。

だけど、そんな事を考える余裕は私には無かった。

目の前に現れた“彼女”を見て一心に思った。

──助かった。

そう思うと同時に、状況をどう説明したら良いのか。

頭の中がぐちゃぐちゃで、私は狼狽えているばかりで正面に喋る事も出来無い。


そんな私の頭を撫でながら抱き締めてくれた。

その温もりが、その存在が私を真っ白に染めてゆき、声を上げて泣いた。


私は極度の緊張も有ってか知らない内に泣き付かれて眠ってしまったらしい。

目が覚めた時には空は赤く染まって、父に背負われて家に帰る途中だった。


その時、父から聞かされた“彼女”の名が、孫策様。

その時から、私にとっては誰よりも憧れの英雄。


だから、意を決し文台様の御誘いを受けた。

いつの日か、立派になって孫策様の御役に立ちたい。

そう、胸に誓って。




最初は、兵士見習いという形で大人に混じって訓練を受けていた。

文台様から直々に御指導を受けた事も何度も有る。

とても光栄な事だった。

覚えていらっしゃるのかは判らないですが、黄蓋様に御指導を受けたも。

…御酒の臭いがしていた為自信は有りません。


そんな日々が続く中で──“あの日”が訪れた。

文台様が亡くなられた。

それにより状況は一変。

孫策様達姉妹はバラバラにされてしまった。


そんな中、私は自ら希望し間諜に転身した。

理由の一つは、人見知りが中々改善しなかった為。

他人から“目付きが悪い”と言われる事も有ったので対話が苦手だったし。

二つ目に間諜という事なら兵士よりも孫策様の御側に居られる機会が増える為。

文台様の様な事にならない様に御護りしたいから。

そして、三つ目。

孫策様御姉妹達の手により敵討ちが叶わなかった時、刺し違えてでも“彼奴”を絶対に討ち殺す為。


けれど、状況は中々良くはならないまま時が経つ。

大きな転機となったのは、妹君である孫権様が孫家を離れてしまった事。

その際、孫権様の残された“置き土産”により孫家の状況が好転した。

ただ未だに孫権様の行方は判らないのですが。

孫策様はと言えば孫権様を特に御心配されている様な感じでは有りません。

きっと孫権様の事を御信頼させているのでしょう。


それから一年以上が経ち、何の前触れも無く私の前に一人の男性が現れた。

その御方は小野寺様。

今や、孫策様にも孫家にも掛け替えの無い存在。

同時に最も存在を秘匿する様に指示を受けている。

故に知らない筈が無い。


その様な御方が私を訪ねた事に混乱してしまう。

何か失敗が有ったかどうか真っ先に考える。

有る様で無い様な、微妙な感じでしか判らない。


けれど、それは単に始まりに過ぎなかった。



「呂蒙はさ、本とか読むの好きな方かな?」



御挨拶を済ませて、簡単に幾つかの質問。

特に変な事も無かった。

ただ一つ、その質問

その事に何気無く頷いたら思わぬ方向に話が進んだ。



「それじゃあさ、呂蒙

宅の“軍師”に成ってみる気はないかな?」


「………え?」



予想だにしない言葉を聞き茫然としてしまったけれど私は可笑しくないと思う。

急展開にも程が有ります。




そんな突飛な事が有って、僅か二日後には孫策様との顔合わせとなった。


小野寺様に会った日の夜、お母さんに事情を話したら“貴女の思う様にすれば”と言われただけ。

…もう少しは一緒になって考えてくれてもいいのに。

そう思ったけど、結局の所これは私の人生なのだから私自身が選択しなければ。

そう考えたら、お母さんの意図も理解出来た。


で、小野寺様に案内されて中庭にて孫策様を待つ。

その間も私の緊張は刻々と高まっていく一方。

自分の鼓動が聞いた事など無い位に大きくて煩い。


そして、そんな緊張の中、孫策様が御越しになられて小野寺様と…その…あの…仲睦まじい感じで…二人で“御話し”されました。

暫くして御二人が私の事に御気付きになられたけれど私も対応に困り、俯くしか出来無かった。

…は、恥ずかし過ぎます。


何とか、孫策様が雰囲気を変えようと話し掛けられ、答え様とする。

しかし、緊張からか上手く喋る事が出来無かった。

孫策様に促されて深呼吸し何とか落ち着いた。

やっぱり、孫策様は凄いと改めて感心した。

…ただ、“初めまして”と挨拶された時にはチクリと胸の奥が痛んだ。

でも、仕方無いと思う。

たった一度だけの面識。

それに、孫策様にとっては“特別な事”ではなかったかもしれないから。



「──で、祐哉から今回の話は聞いているわよね?」


「は、はい!」



“肩の力を抜きなさい”と孫策様は仰有られたけれど自分でもどうしようもない位に身体が強張る。

そんな私を見て孫策様達は苦笑を浮かべた。

“すみません”と謝りたくなってしまう。



「じゃあ、率直に訊くけど“軍師”として私達の事を助けて貰えないかしら?」



その言葉は──私にとってとても嬉しい物。

直ぐにでも頷きたかった。

けれど、自分に出来るのかなんて判らない。

人見知りな事も有る。

寧ろ、不安しかない。


二つの感情が鬩ぎ合う中、トンッ…と、背中を押され振り返ったら、小野寺様が笑顔で頷いてくれた。

其処に、生前の父の笑顔が重なって見えた。

思わず、驚き見開いた眼に映る父が口を開く。

“大丈夫、自分を信じて”

そう言われた気がした。



「──っ…」



何も言えず、ただ反射的に息を飲んだ。

そして、顔を戻して静かに目蓋を閉じ俯いた。



不安な事を数え出せば色々有り過ぎて切りが無い。

でも、その逆なら簡単。

私の中に有る理由は昔から唯一つしか無いのだから。


一つ深く大きな息を吐き、ゆっくりと目蓋を開けると顔を上げたら、真っ直ぐに孫策様を見詰める。

先程までの気さくな表情は消えて真剣な──凛々しい顔で私を見詰められる。

普段なら──先程までなら私は緊張してしまっていた事だろう。

でも、今だけは違う。

漸く、伝えられる。

私がずっと抱き続けてきた根幹となる意志を。



「“今の”私には軍師など務まらない事です…

ですが、いつか必ず皆様の御役に立てる様に頑張って相応しく成ります

至らない事も多々有るとは思いますが…どうか、何卒宜しく御願い致します!」



そう言って頭を下げると、抱拳礼をして孫策様からの御返事を待つ。

静寂、と勘違いしそうな程全ての音が消え、私自身の鼓動だけが鳴り響く。

それはとても長い気がして本の少しでも気を抜いたら気絶しそうな位に緊張して嫌な汗を掻く。

実際には本の僅かな間なのかもしれないけれど。



「いつか、なんて悠長には待てないわ」


「──っ…」



最もな御言葉。

私だって理解している。

群雄割拠の時が訪れた今、何より求められているのは即戦力となる人材。

故に、育つのを待っている余裕なんてない。

もう“戦の足音”は私にも聞こえているのだから。



「──だから、今度は誰も貴女を背負って歩くなんてしてくれないわ

“泣いている”余裕なんて無いと思いなさい」


「──っ!?」



その一言を聞いて反射的に勢い良く顔を上げた。

ニッ、と揶揄う様な笑顔で孫策様は私を見詰める。

目が合い、理解する。

あの日、私を背負ったまま歩いてくれたのは父以外にもう一人──孫策様。



(…孫策様、あの日の事を覚えていて下さったんだ…

恥ずかしけど…でも…)



思わず、泣き出してしまいそうになる程、嬉しい。

泣かない様に堪える。



「貴女の真名は?」


「あ、亞莎と言います!」


「私の真名は雪蓮よ

期待しているわよ、亞莎」


「──はいっ!」



真名を預け、御預かりし、胸の奥で改めて誓う。

そして、決意する。

今度は私が背負って歩ける様になると。



──side out。



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