参
凌統side──
──十一月七日。
魏の首都・晶。
その名が示す様に曹家の、華琳様と子和様の思想等を現実とする国の象徴。
晶だけが特別な訳ではなく各地の都の全てが国を支え形成する大事な一部である事は言うまでもない。
ただ、それでも晶は内外に“特別”だと思われる。
その最大の理由とは王城が有る事だと思う。
それはつまり“国の中心”という事なのだから。
その王城を包み囲んでいる城壁の上から街を見下ろし髪を撫でる風に目蓋を閉じ風の唄う歌に耳を澄ませ、吹き行く風の感触を感じ、風が運ぶ季の香を楽しむ。
これは子和様に習った事。
気持ちや思考等に胸や頭がモヤモヤとしたら、此処でこうしている。
ただ、そうしているだけで“現在”自分が“何処”に居るのかが判る。
そうすると自然と落ち着く事が出来るから不思議。
因みに──子和様としては“城壁が無くても問題無いだろうけど、色々と拙い為城壁を設けている”との事だった。
それを華琳様に話したら、子和様が逃げて行った。
物凄い速さで。
私もあれ位速く走れる様に成りたい。
そう言ったら苦笑しながら華琳様に頭を撫でられた。
子和様と出逢い、曹家へと迎えられてから早いものでもう八ヶ月が経った。
同い年という事で子和様に紹介された二人の女の子、藤奈ちゃんと瀞良ちゃんは私にとって、凄く仲の良い友達になった。
二人共は仲良しなんだけど時々、喧嘩?、もする。
特に子和様絡みで。
私にはよく判らないけど。
二人は共に軍師見習いで、私は軍将見習い。
だから別々になる事も多く最初は少し寂しかった。
それでも、黄巾の乱の中、青州への遠征が終わった後子和様から一人の女の子を紹介された。
姓名は韓当、字は義公。
真名は夏涼。
青州で蜂起した黄巾党へと参加していたらしい。
ただ、その事を聞いた途端藤奈ちゃん達が何故なのか物凄く拗ねていた。
…今でもどうして拗ねたか判らないまま。
聞いても二人はどうしてか教えてくれないし。
本当、何でなんだろう。
それまで、乱の事なんかはお話では聞いていたけど、実際に夏涼ちゃんと話して初めて判った気がする。
黄巾の乱が如何にして起き其処へと至ったのか。
私は人里を離れて山の中で暮らしていたから世情には本当に疎かった。
それはある意味では幸いと呼べるのかもしれない。
そういう現実を経験せずに済んだのだから。
ただ、そうだからと言って今後も無関心で居るなんて出来無い事だと思う。
その事をきちんと理解し、繰り返さない様にする事が私達に託された大切な使命なんだと思うから。
だから、私は頑張る。
失わない様に大切な人達を守りたいから。
「ん?、乙鳥羽か
こんな所でどうした?」
風を感じていたら後ろから不意に声を掛けられたので目蓋を開けて振り向く。
声で判っていたのだけど、時々、子和様達に声真似で悪戯されるので先ずは見て確認する癖が付いた。
「姉様っ!」
振り向いた先に居たのは、私にとっては父親や叔母の大切な家族である思春様。
考えるよりも速く無意識に抱き付いていた。
普段、人目が有る場所では公私を分けて接するけど、そうでない時にはこうして“姉様”と呼んでいる。
実際、思春様と私は姉妹と言える位に歳はそんなには離れていない。
流石に子和様を“兄様”と呼ぶ事は出来無いけど。
…実は以前子和様に訊いた時には“別に構わない”と言われたのだけど、実際にそう呼んだ場面に華琳様と思春様達が居合わせた為、駄目という事になった。
ただ、二人だけの場合には今でも“兄様”と子和様を呼ばせて貰っている。
思春様にも内緒でね。
「やれやれ…甘えん坊め」
ちょっと呆れた様な感じで言いながらも、左手で私を抱き寄せ右手で頭を優しく撫でてくれる。
感じる温もりが心地好い。
「──で?、こんな場所で一人で何をしていた?
今日は夏涼に杏・美桜緒と雷華様の直接指導の筈だが?」
「それは午後からです」
ちょっとだけ拗ねてしまう辺りは私がまだ子供である証拠なのだろう。
でも、こうして甘えている時には何も考えたくないと思うのは私だけかな?
今度皆にも訊いてみよう。
で、今、思春様が言っては二人は黄巾の乱の終息後に子和様に連れられて曹家に迎えられた女の子達。
つまり、私達と同じ。
先ず一人目は姓名は丁奉、字は承淵、真名は杏。
詳しい事は判らないけど、どうしてか蓮華様が彼女を気に掛けている。
杏ちゃんも知らないらしく不思議そうにしていた。
もう一人は、姓名は羊怙、字は叔子、真名は美桜緒。
夏涼ちゃんを含めた私達は将来的には藤奈ちゃん達と一緒に曹魏を支えて行く。
──事になるらしい。
正直、実感は無いけど。
ただ、そう成れたらいいな──じゃなくて成りたいと──でもなく、成る。
その意志だけは有る。
藤奈ちゃん達にはそれとは違う目標が有るみたい。
何かは教えてくれないけど華琳様達は判っている様で苦笑されていた。
…難しい事なのかな?
でも、成れると良いね。
──side out
甘寧side──
見回り、という訳ではないのだが偶々見た城壁の上に人影を見付けて遣って来て視界に映ったのは凌統──乙鳥羽だった。
目蓋を閉じて天を仰ぐ様に静かに佇む姿に悪い印象は感じなかった。
ただ、何と無く気になって偶然を装って声を掛けた。
雷華様から“心配性だ”と言われているが仕方無い。
自覚はしている。
しかし、判っていても私もどうしようもない。
因みに蓮華は丁奉──杏を同じ様に気にしている。
詳しい理由は知らないが、孫家の縁者ではないらしく個人的な理由らしい。
雷華様からの情報だ。
私を見て直ぐに抱き付いて来た乙鳥羽を抱き締める。
普通なら怒っている筈が、怒れない自分に困る。
雷華様には“我が子の方が厳しく出来るだろうな”と評された。
…自分でもそう思う。
(しかし奇妙な感じだ…)
乙鳥羽は今十二歳。
次の誕生日を迎えれば歳は十三になる。
そして、燕が亡くなった時彼女は八つだった。
雷華様が生まれ変わりだと仰有った事が引っ掛かって後で訊ねてみた。
雷華様の御話では時として“時間の流れ”を遡る様に魂が生まれ変わるという事が起きるそうだ。
二人の場合その極めて稀な状態だろうとの事。
その最大の要因は…その…私と燕の想いが引き合った結果ではないか、と。
“一緒に居たい”という、その想いの起こした奇跡。
そう、仰有られた。
本来、“同じ魂”が同一の時間軸上に存在するという事は有り得ないそうだ。
故に普通に考えれば別人。
しかし、雷華様の御話では“世界”が肯定した場合は例外なのだとか。
言い換えると…私達が共に生きる事を赦されている。
そういう事らしい。
嬉しくもあり、恥ずかしいとも感じてしまう。
だが、悪い気はしない。
(欲を言えば燕のままで…
いや、それは違うな…)
燕が死んだからこそ、私は強く望んでいるだけだ。
当時は他愛無い日常に対し“特別”という認識は全く無かったのだから。
燕の死が教えてくれた。
私達の生命は儚く、脆く、けれど強く、尊いのだと。
燕は死んでしまった。
だが、彼女の生命は今でも私の中に生き続け、存在している。
私が生き続ける限り。
何処までも、共に。
だから、乙鳥羽は乙鳥羽。
彼女の人生を歩む。
それが、正しい在り方。
彼女が望むのなら燕の──私の親友の、彼女の叔母の話をしてやろう。
色褪せぬ、想いと共に。
──side out
Extra side──
/小野寺
空を仰ぎ静かに流れる雲を見詰めながら、思う。
これから未来は一体どんな風になるのか。
正直、今の曹魏が他勢力に積極的に侵攻する姿なんて微塵も想像出来無い。
…まあ、群雄割拠の狼煙を上げるのは袁紹だろう。
袁紹vs公孫賛が開幕戦。
(……ん?、あれ?
ちょっと待てよ…)
ふと、思い浮かぶ違和感。
それが何なのか思い至り、理解したら冷や汗が首筋を伝い流れていく。
(…公孫賛、どうなる?)
本来、袁紹との戦いに敗れ落ち延びる公孫賛は嘗ての親交を頼りに劉備の元へと身を寄せる事になる。
しかし、その劉備が連合後領地とする筈だった徐州は疾うに泱州に併合。
曹魏の国領となっている。
それでも、平原郡に劉備が健在だったなら、頼る事は可能だったかもしれない。
ただ、その平原郡は冀州。
即ち袁紹の支配地の一部に当たる訳だから、劉備にも袁紹から帰順の話が来ても可笑しくはない。
それを了承してしまえば、公孫賛との戦いに参戦する事は避けられないだろう。
上手く行けば、逃がす事はだとは思うが。
実際には劉備は泗水関後、平原郡には戻っていなくて行方不明という状況。
多分、袁術の領内か益州の何処かに潜んでいるのだと思うんだけどな。
そういう状況な為、劉備を頼る事は難しいだろう。
では、曹魏に向かうか。
無い、とは言えない。
しかし、曹魏を取り囲んだ外壁が有る事を考えると、何処からでもは入れない。
つまり、限られた場所から入るしかない為、その所を知っている者にしてみれば実に判り易い事になる。
それは敵軍に追い付かれる可能性を高める。
故に、賭けになる。
リスクとリターンを比べて遣る価値は有るとは思う。
公孫賛が遣るか、どうかは何とも言えないが。
(…また、明命に頼む?)
こっそりと誘導して貰う。
明命なら出来そう。
ただ、問題はタイミング。
既に南に劉備が居る。
つまりは“原作”より早く益州入りする流れ。
それは袁紹vs公孫賛の後、袁紹vs曹操戦までの間隔が短くなるという事。
それだけならまだ此方側も動く前だと思うから何とか出来る気はする。
正直、公孫賛は欲しい。
地味だ普通だと言われるがその汎用性は才能。
抑、“原作”でも家臣数が少ない孫呉にとっては広く人材を集めないとな。
孫権・周瑜・甘寧の不在は骨子を失ったも同然。
…本当、大変だな。
「お待たせ〜」
大きく一息吐いた所に声を掛けられて振り向く。
其処に居るのは相変わらずマイペースな我等が主。
雪蓮、その人だった。
「いや、雪蓮にしては結構早い方だから大丈夫」
「ちょっとぉ〜…それってどういう意味な訳ぇ〜?」
笑顔で切り返したら眉間に皺を寄せ、頬を膨らませて拗ね顔で抗議する。
どういう意味も何も…
誰よりも雪蓮が心当たりが有るでしょうが。
次いで祭さんだけどさ。
春蘭は意外に仕事に関して真面目だったりする。
…あの破天荒さが強過ぎて誤解してしまい勝ちだけどよくよく思い出すと仕事はきちんと熟してるんだよ。
行動や過程・結果等に時々問題が有るだけでさ。
…“だけ”って言っちゃあ駄目なんだけどなぁ〜。
「自分の胸に訊いてみて」
目の前の方々が更に困った問題児──子供じゃないが──だから霞みます。
とか、思っていたら雪蓮は右手で自分の右胸を下から掬い上げる様に持ち上げ、頭を傾け右耳を胸に当てて“実際に”訊こうとする。
ま、まさか…馬鹿なっ!?
雪蓮の胸には不可能という文字は無いのかっ?!
ああ、はい、すみません。
巫山戯過ぎました。
で、でも、これだけは今、言わせて下さいっ!
──あの胸、俺のだから。
「祐哉が厭らしいって♪」
「否定は出来無いっ!──って、そうじゃないから!
物凄い誤解されそうな事を此処で言わせるっ?!」
「えぇ〜、だって、祐哉が勝手に言ったのよ?
私の所為じゃないわ
そ・れ・に〜♪
さっき物凄い目付きで凝視してたじゃない」
「べ、別に、雪蓮が綺麗で見惚れてただけで俺は胸を見てた訳じゃないからっ!──って、違っ──」
からからと笑う雪蓮を前に思いっきり自爆・誤爆し、自分から深い泥沼へと足を突っ込んで行った俺には、冷静さは無かった。
雪蓮は雪蓮でどうやら壷に嵌まったらしく大爆笑。
故に、雪蓮も含めて気付く事が大いに遅れた。
その結果、二人にとっての“黒歴史”が刻まれた。




