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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
360/915

        拾


 華雄side──


何と言うか。

実に自由闊達な気性だな。

“彼女”を見ている様で、思わず可笑しくなって声を出して笑ってしまった。


笑いながら、思う。

果たして、こんな風に私が笑ったのは何時以来か。

自分自身でも思い出すのが難しい程、昔の事。

そう思うと奇妙な物だ。

笑顔、という意味でならば月様の元に皆と居た頃でも有った事だ。

だが、こんな風に笑う事は無かったな。


今、漸く理解出来た。


“月様の為に”という想い故に直向きだった。

軍将という立場も有った。

時には霞は勿論、詠にさえ“肩の力を抜きなさい”と言われた事も有る。

それ位、私は気付かない程必死だったのだろうな。


私をそうさせたのは月様や立場ではない。

私にとって“根源”とすら呼ぶ事の出来る存在。

“彼女”──孫文台に私は認めて貰いたかった。

ただ、それだけ。

その“理想(せなか)”を、追い求めた。


けれど、彼女の死によって私の想いは行き場を無くし心の奥底に沈んでいた。

私自身でさえ気付かない程深い深い深淵に。



(全く…皮肉な物だな…)



その想いを再び呼び起こし自覚させてくれたのもまた“彼女”なのだから。

いや、その娘が──違う。

孫尚香が、だな。


真名や字が無い事を聞いて“不便”だと言った者など一人も居なかった。

月様達は馬鹿にせずに私の名を大切にして下さったが自分が付けるという提案は無かった。

普通はしないだろうしな。

だから、彼女だけだ。

私の目の前で真剣な表情で悩んでいる彼女だけ。



(…今に思えば、あの日…

彼女と出逢った時点で私の到る場所は決まっていたのかもしれないな…)



彼女に掛けたられた声が、初めて向けられた言葉が、私を導いたのだろう。

そう、柄にもなく思う。



「──うんっ、決めた!」



その明るくはっきりとした声に我に返り、彼女の事を静かに見詰めると得意気な笑顔を見せる。



「華雄って真面目そうだし御母様から一字を貰って、字は公堅ね」



実に軽く言った言葉だが、私には驚きだった。

まるで、私の想いを知って考えられた様で。



「で〜、真名は皆と想いで繋がってて、皆や…私との出逢いを大切にして欲しい意味で“繋迦(けいか)”」



そして真名にも込められた彼女の想いが、嬉しい。

どうしようもなく。



「……どうかな?」



不安そうに見詰める表情は先程までの明るい雰囲気が薄れてしまっている。

その翳りが“嫌だ”と感じ私に決意をさせる。



「我が姓名は華雄…

字は公堅、真名を繋迦…

最初に貴女に御預けする」


「──うんっ♪」



私の言葉に、意味に。

彼女は屈託無く笑う。

この笑顔を守る。

それが、私の新たな誓い。

新たな(いし)だ。



──side out



 董卓side──


──十月二十五日。


日が沈み、夜の帳が降りてある一室に私は居た。

子和様との──ふ、夫婦のし、寝所に…です。



「──という感じで華雄は無事に孫家に加入した

まあ、華雄に接触する機を窺っていた小野寺にしたら良い方向に予想外だったに違い無いがな」


「…そう、ですか…」



子和様から華雄さんの事を教えて頂き、思う。

本来、真名は親から子へと与えられる最初の贈り物。

それだけに私が名付け様と考えもしなかった。

でも、字は違う。

私は“自分では不相応”と謙遜する“振り”をして、逃げていたのでしょう。

若しくは、そうしてしまう事で彼女を私に縛り付けてしまう様な気がして。

…結局は言い訳ですね。



「誰だって全てを十全には理解し、行えはしない

失敗したって構わない…

後悔する事も有るだろう…

大切なのは、結果を見詰め己の糧にする事だ」



そう言って私を抱き寄せ、頭を優しく撫でてくれる。

それだけで安堵する。

胸の奥が熱くなる。


緊張していた筈が気付けば落ち込んでいて、自分でも思考も感情も混乱している事を感じる。

ただ、そんな中でも微塵も揺れ動かない想い。

子和様への想いが有る。

自分勝手で自己中心的な、そんな自分を穢く思う。

相応しくないのでは、と。

それなのに求めてしまう。

願ってしまう。

子和様に愛される事を。



「…私は…どうしていたら良かったのでしょうか…」



思わず零れた一言。

本音で有り、愚痴の様な、けれど真面目な苦悩。

子和様に──誰かに訊ねる事ではないと判っていても無意識に出てしまった。

故に、困ってしまう。

ただ、若干の期待も有る。



「“たられば”ってのはさ言い出せば切りが無い

それって、どんな事にでも言えるからだ

だからな、一つだけ訊く

お前は“現在”が嫌か?」


「そんな筈有りません!」



私にしては珍しい大声。

反射的な答えだったけれど一切の虚偽や計算は無い。

紛れも無く、私の本心。

それだけに顔が熱くなり、紅潮するのが判る。



「過去が違えば現在も違う可能性だって有る

現在が大切に思えるのなら過去を悔やむより、未来を良くする事を考えよう…

一緒にな、“月”」


「──っ…はいっ…」



一人で背負わなくて良い。

一緒に歩む人が居る。

だから一歩を踏み出そう。

失敗や後悔を恐れず。

全てを受け止めて。



──side out



 呂布side──


──十月二十六日。


夜が来たから、朝言われた通りに部屋へ遣って来た。

──それなのに子和様から“駄目だ”と言われた。

納得が出来無い。



「…約束、した…」


「いや、まあ、そのだな…

確かに約束したんだが…」



約束したのに破ろうとする子和様の事を睨む。

こんな事で怯むとは微塵も思ってはいない。

でも、華琳様・月達からの助言等によると、こうした方が効果的らしい。

…どういった効果なのかは判らないけど。



「…ぅっ……この様子だと彼奴等“教育”を放棄して強行手段に出たな…

…まあ、理由や意図が全く判らないでもないが…」



ブツブツ…と何かを呟いた子和様を見ながら首を傾げ不思議に思う。

何が駄目なのだろうか。

“女として、自分の愛する男に抱かれて子を成す事は大きな幸福の一つよ”と、華琳様から言われた。

子和様の事は大好き。

愛している…と思う。

自分の中では、好きと愛の違いが不確かだけど皆から訊かれた事に答えた結果、私の想いは“愛”らしい。

ただ、“恋愛”を理解していないとも言われた。

…“恋”って何だろ。

私の真名と同じ字なのに、よく判らない。



「…どうしても、駄目?

子和様…恋の事、嫌い?」


「──っ………はぁぁ〜……覚えてろよ、お前等…」



皆に習った“上目遣い”で訊ねたら子和様は溜め息を吐いて私を見詰める。

──トクンッ…と胸の奥で一際大きな鼓動が響く。

同時に身体中に拡がる様にじんわりと熱が生まれた。

初めて知る不思議な感覚。

だけど、嫌じゃない。

寧ろ、心地好く感じる。



「…あの時にも訊いたな

生きて、何を望む?」



二度目の問い。

前は答えられなかった。

だけど、曹家に来てからは短いけど色々学んだ。

…武の鍛練より勉強の方が多いのは辛いけど。

でも、以前よりは楽しい。

その理由も判る。



「私のまま、皆と生きたい

子和様の赤ちゃんが欲しい

もっともっと、強くなる」



難しい事は判らない。

ただそれだけは間違い無くはっきりと言える。



「…親になるのは大変だ

まだまだ色々な事を学んで身に付けないといけない

頑張ろうな、“恋”」


「…ん…」



暫し見詰め、苦笑した後で優しく微笑み、頭を撫でて初めて真名を呼ばれた。


ずっと、探し求めた物。

それが何かははっきりとは判らないけど、今の此処に在ると思う。

この未来(さき)にも。



──side out



 other side──


深く、深く、濃く、濃く、何処までも暗い深淵。

果て無き闇だけが其所には存在している。

その闇に漂う様に浮かび、静かに無限に等しい時間を退屈しながら過ごす。


“果て無き”と言っても、無限に“広がっている”訳ではないだろう。

実際には平均的な大きさの水田一つ分程度の広さなのかもしれない。

ただ、全方位を囲う様にし張り巡らされた結界により隔絶された上、全境界面が繋がる事により果ての無い空間となっている可能性も十分に考えられる。

いや、現実的な事を言えば其方らの可能性が高い。


けれど、実証は出来無い。

何しろ、全てが闇なのだ。

そうだとして“境目”など判る筈も無い。

探すだけ徒労という物。


──と、そんな闇の中へと“一滴”が落ちた。

闇の中に波紋を生む。

尤も、その波紋を追っても拡がっていくだけに終わり“境目”は判らないが。



「…フン…役立タズメ…」



“外界”と流れを異にする為に正確な事は判らない。

だが、仕込んでいた手駒は最低限の役目を果たして、死んだ様だ。

…まあ、全く役に立たずに終わった訳ではない。

“あの術”が起動したなら“三身”の内、最も厄介な存在を破滅させる事に成功したという事。

矮小な輩の生命だとしても十分な成果と言えるか。


ただ、我が力の欠片を与え知識等も植え付けて遣った以上は我の“目覚め”までしっかりと熟して欲しい所ではあったがな。

如何せん、今暫くは時間を要するだろうからな。



「…ククッ…ダガシカシ、確実ニ、其ノ時ハ近イ…」



我が大願の成就する時は、もう間も無く訪れる。


幾度も辛酸を舐めさせられ戦い続けた訳ではない。

奴等の存在が如何なる物が確と見極めた。

如何に“世界”から庇護を受けていようとも関係無く“あの術”は効く。

たった一つの、致命的な、その穴を突くのだから。



「ソウ、奴等サエ…イヤ、“アレ”サエ使エヌノナラ我ノ勝利ハ揺ルガヌ…」



これが“最後”だ。

絶対に、次の戦いは無い。

我が勝利により長きに渡る戦いは終幕を迎える。

そして、実現するのだ。

我が大願がな。


──嗚呼、愉しみだ。

目覚めが実に待ち遠しい。



──side out



──十月二十八日。


私邸の中庭に佇み、静かに空を仰ぐ。

澄んだ蒼、白い雲。

其処に風と戯れる飛雲。

何とも平穏な光景だ。



「八師十六将、ニ十四柱…

予定通り揃ったわね

面子としては貴男から見てどうなのかしら?」



そう定位置である左に立ち訊ねてくる華琳。

顔を向けずとも揶揄う様にニヤついているだろう事は理解出来る。

その質問の意図もな。



「別に“歴史”に名が遺る存在だからじゃない

しっかりと一人一人を見て選び抜いた“支柱”だ

不満なんて有るもんか」


「ふふっ…ええ、そうね」



判っていて訊ねているから此方の乱雑(てれかくし)な言葉を楽しそうに肯定。

我ながら、未だにこういう揶揄われ方には慣れなくて困ってしまう。

自信持って言えるんだけど後から“効く”んだよな。



「…いよいよ、だな」


「…ええ」



“何が”と説明する必要は二人の間には無い。


華琳の始めた戦い。

それは飽く迄“新時代”と群雄割拠を指す。

確かに其方も大詰め。

言い換えれば大本番。

気を抜く事は出来無い。


しかし、此処で言う本番は俺達にとっては“宿縁”と呼ぶ事が出来る戦い。

即ち、“災厄”との決戦。



「…まあ、そうは言っても奴さんの影も形も無い以上どうしようもないけどな」


「はぁ〜…全く、貴男は…

此処で気が抜ける様な事を言わないでくれる?」


「今から気合い入れてたら肩が凝るだろ?

気楽で良いんだ、気楽で」



そう言いながら左腕を腰に回して抱き寄せる。

抵抗も無く、溜め息を吐きながら完全に俺に対し身を任せてくれる華琳。

この感じが心地好い。



「──貴男の居場所は?」


「決まっているだろ──」



その答えは唯一つ。

過去も、現在も、未来も、決して変わりはしない。




 天より零れたる対の雫


 水面に波紋を生み描き

  時さえも揺るがす


 軈て流れと成り交わり

  大河へと縒り紡ぐ


   そして、到る

 運命という名の大海に




    四章 國志ノ伝

         了



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