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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
359/915

        玖


何れ位の間だろうか。

そうしていたのは。

いつ以来だろうか。

そうしたのは。


落ちる雨は止み、風だけが吹き続けていた様に。

何も考えず、感情のままに自分を晒したのは。



「……どぉぅ…がぁ……」



声に成らない声。

ただでさえ正面に発声さえ出来ていなかった状況で、無理矢理に叫んだ。

それにより無意味に声帯を傷付けたんだろう。

そんな風に客観的に考える程度の余裕は出て来た。

冷静になると恥ずかしくて逆に顔を上げ辛い。

だから余計に桃香の胸元に顔を埋めて隠した。

…桃香のが凄く“豊か”で良かった。


そんな事を考えてしまったからなんだろうか。

少し離れた場所から強烈な殺気が溢れ出した事を感じ俺は──そして、桃香も。

身体を強張らせた。


二人して、ギギギギッ…と錆び付いたかの様な動きで其方らへと振り向いた。



「随分と御元気そうですね

とても、安心しました」



そう、笑顔で告げる朱里が其処に立っていた。

側に鈴々や星も居るのだが今は気にしていられない。

いや、本音を言えば二人を気にする事が出来たなら、どんなに楽だろうか。

そっと話を逸らすだけでも可能なら遣りたい。


だがしかし、“魔王からは逃げられない”というのが暗黙の了解だ。


笑顔なのに笑っていない、言い表せぬプレッシャーに晒されながら冷や汗を流しブルブルと震える。

宛ら、猛虎を前にしている仔兎の様に。

本能が恐怖に怯える。


静かに俯いた朱里を見ても安堵なんて出来無い。

寧ろ、不安が高まる。

周囲の景色が歪んで見える様な気がする。

錯覚なんだとは思う。

ただそれでも、俺は何かを言わないといけない。

そんな気がしていた。

と言うか、そうしない限り現在の状況から脱する事は不可能だと。



「……じゅ゛…り゛……」



──って、忘れてたっ!

今の俺って正面に喋れない状態じゃないか!

なら無理じゃん!

って言うか、何っ?!

“じゅ゛り゛”って何?!

まるでモンスターが獲物を見てから舌舐め擦りしてるみたいな音じゃん!

いや、そりゃ朱里は可愛い訳だから俺も食べたいとは──って違う違うっ!

そういう状況じゃない!

今は──



「──御主人様」



ビグンッ!、と抑え様にも抑え切れずに身体が反応。

どうにもならなくて震え、見られたという気不味さも加わって更に強まる。

俯いている為、表情が全く見えないから余計に怖い。

普段なら、もう一度位声を掛けられるんだけど…

今の状態じゃあ無理。

朱里の反応を待つ。


──と、唐突に顔を上げた朱里の両目に浮かぶ涙。



「心配、したんですよ?」



そう言われて、胸が痛む。

桃香だけじゃない。

皆が心配してくれていた。

その事を理解し、桃香から身体を放し皆の方へ向いて笑顔を見せ、拙い声だけど精一杯に込めて伝える。

“ありがとう”の想いを。



──side out。



 華雄side──


──十月二十三日。


あの虎牢関での戦いから、今日で二十日が経過。

今では巷にも袁紹の放った使者達によって伝えられた報により、漢王朝の終焉は誰もが既知となっていた。


尤も、使者達の話の中では“袁紹が、董卓を討った”とされているが、現実的に不可能な事は私達が誰より理解している。

詠や霞が動いている様子も聞かない事から、恐らくは月様は無事なのだろう。

…亡くなられているという可能性も無くはないのだが正直考えたくはない。

ただ、何と無くでは有るが月様は今、笑って居られる気がしている。

故に、私は大丈夫だと信じただ己が責務を果たす事に尽力している。


──で、その責務だが…



「くっ、ま、待てっ!」



私を嘲笑うかの様に容易く目の前を横切って手の先を掠めて逃げて行く“奴”を恨みがましく睨む。



「──っ、何故だ…」



思わず、己が無力さを憂い両手を付いた。

ヂャプンッ!、と水飛沫が宙を待って髪や頬を濡らし激しく動き火照った両腕をひんやりと冷やす──水。

私は今、川の中に居る。

川に入って魚を捕まえる。

それが、私の責務。



「ですから〜、威嚇しちゃ駄目なんですよ〜…」



そう言われて顔を向けると私を姉の様に慕ってくれる女性の部下が居た。

文才以外にも私の部下には意外と女性も多い。

まあ、他と比べて、だが。

霞の所など騎馬という事も有る所為か男ばかりだが。

“男臭くて敵わなんわ”と言葉とは裏腹に笑っていた姿が印象的だった。

…皆、元気だろうか。



「む〜…お姉様〜?

ちゃんと聞いてます〜?」



拗ねた様な声に我に返ると軽く睨まれる。

今のは私が悪い。

怒らせても仕方が無いな。


私と同じ様に川に入り魚を捕っていたのだが、彼女が左手に持つ笹の枝には魚が十数匹連なっていた。

…因みに既にその笹の枝は四本目だったりする。

一体、何が違うのか。



「威嚇しているつもりなど私には全く無いんだが…」


「魚を見付けたら?」


「くわっ!、と目を見開きしゅばっ!、と素早く手で掴み捕るだけだっ!」


「其処、其処ですよ〜

くわっ!、ってなった時に殺気が出てるんですって」


「むぅ〜…そう言われると否定は出来んな…」



明らかな“威嚇”ではなく結果的に、そうなる。

自分ではどうしようもない気がしてしまう。




取り敢えず、魚は捕れた。

実質的には殆んどが彼女の成果ではあるが、私自身も皆無ではない。

寧ろ、大きさだけで言えば私は大物専門だったというだけの話だな。

…実際は大きいから簡単に逃げられずに捕まえる事が出来ただけだが。

結果的に無駄に終わってはいないので良しだ。


──で、何故、私達が川で魚を捕っているかと言えば単に食糧難だ。

私と共に脱出した者の数は直属だった三百名に加え、私の事を慕って付いて来た一般兵が約五十名。

その総数、約三百五十名。

戦場では少ない人数だが、平時の生活で考えてみれば決して少なくはない。

そして、当然の様に私達は食べなくては餓死する。

故に食糧は必須となる。


私達にとって最後の戦場の虎牢関には長期戦を考慮し十二分な量の糧食が倉庫に備蓄されていた。

脱出の際、一ヶ月程度なら問題無い量を一部の部下を先行させて持ち出させた。

勿論、今の人数より多目を想定した量をだ。


しかし、現実には食糧難に陥っている状況。

まあ、食糧難とは言っても直ぐに飢え死にをしそうな状況ではない。

飽く迄も所持していた物が無くなったというだけ。

事実、こうして山に川にと食糧を調達出来る場所なら存在しているのだからな。

ただ、それらも有限。

私達も“追われる身”故に一ヶ所に留まり続けたりはしないので、それを根刮ぎ食らい尽くす事は無い。

…まあ、一時的に激減する事は否定出来無いが。


──と、考えていた時だ。

ダンッ!、と何かを叩いた音が聞こえて我に返る。

其方らへ顔を向けると魚を慣れた手付きで捌いている文才の姿が有った。

…ただ、包丁を持って魚を見付める眼差しには怒気がはっきりと浮かぶ。



「…あの小娘ぇ…

次遇ったら、必ず息の根を止めてあげます…」



その様子に文才の周囲から人気が無くなった。

皆、八つ当たりを受けたくないからな。


で、文才の言う“小娘”は陳宮の事だ。

虎牢関を脱出後、三日して陳宮の部隊と遭遇。

飢え死にしそうだった為、糧食を分け与えて十日間程行動を共にしていた。

だが、つい三日前だ。

朝起きたら残っていた筈の糧食と共に、陳宮の部隊は消えていた。


故に文才の憤怒も最もだが起きた事は仕方無い。

そう割り切る事にした。

皆を死なせない為にもな。



「…ん?…何…だ…──」



唐突に身体から力が抜け、地面へと崩れ落ちる。

暗くなっていく視界。

薄れゆく意識が文才の声を聞いた気がした。




暖かく、柔かな感触。

心地好い温もりが私の事を包んでいる。


それを認識すると、閉じた目蓋をゆっくりと開く。



「……見知らぬ天井だな」



視界に映ったのは天井。

まだ頭がぼんやりとするが最低限必要な事は思い出す事が出来る。

自分達が最後に居た場所は山中の開けた平地。

自分が何らかの理由に因り意識を失った事。

そして今、自分が居るのは“室内”である事。


此れ等から推測すると私を心配し近くの街か村の宿にでも運び込んだか、或いは民の家に世話になっているという所だろう。

そう考えながらゆっくりと上体を起こし頭を動かして室内を見回すと──ふと、違和感に気付く。

その正体にも。

宿屋や民家にしては室内の家具や装飾が上等だ。

明らかに“高級”であると経験から判る。



(…此処は一体…私は…)



嫌な想像が脳裏を過る。

胸中で動揺し冷や汗を流す私を追い詰める様に部屋の扉が開かれた。

心身に緊張が走る。



「あ、気が付いた〜?」



──が、拍子抜けする程に明るく暢気な声を聞いて、思わず寝台の上から落ちてしまいそうになる。

何とか、右手を床に付いて避ける事は出来たが身体に上手く力が入らず、結局は上半身がズリ落ちる格好になってしまった。



「ちょっ、ちょっとっ!

病み上がりなんだから無理しちゃ駄目だってば〜!」



それを見て、慌てた様子で私に駆け寄り身体を支えて寝台に戻してくれた。

見れば、まだ幼い少女。

背丈は月様や詠と同じ位。

感情を隠さない表情を見て“天真爛漫”という言葉が脳裏に浮かび、納得する。

少女を表すに相応しいと。


──ただ、一目見て判る。

“彼女”の縁者だと。



「…すまない、助かった

私の名は華雄だ」


「どう致しまして〜

私は孫尚香、宜しくね♪」



その名を聞いて、納得。

“ああ、やはり…”と。

あの苛烈さは長女の孫策が受け継いでいたが、彼女が戦場で見せた無邪気さは、末娘が受け継いだ様だ。




「──ねぇ、貴女

良かったら宅に来ない?」




戦場で相対した初見の私に彼女は無邪気な笑顔を向けそう言った。

懐かしい、大切な記憶だ。



──side out



 孫尚香side──


久し振りに勉強が無くなり周々と善々を連れて散歩に出掛けた。

流石に街中だと目立つから行き先が山や森になるのは仕方無いんだけど。

それはそれで構わない。

人目が無い事で解放された感じが強いから。


のんびり散歩していたら、人の騒めきが聞こえた。

其方へ行ってみたら格好が軍隊っぽい人達が居た。

しかも、凄い慌ててる。

だから私達に気付いてないみたいだったから近寄って声を掛けたら驚かれた。

主に周々と善々を見て。

取り敢えず二匹を待たせて事情を聞いたら隊長さんが倒れたらしい。



「──で、それなら直ぐにお医者さんに診て貰う方が良いでしょって事になって連れて来たの

毒茸に中ったんだって

“アレを食べてよく気絶で済んだな…”って、物凄く驚いてたよ

大抵は死ぬらしいし…

因みに、診たのは華佗って旅のお医者さんね

もう街にも居ないけど〜」


「そうだったのか…」



経緯を説明したら、華雄は納得して頷く。

うん、自分が死んでたかもしれない事実を知った人の反応じゃないよね。

間違い無く、戦の人だ。



「隊の者達は?

今もあの場所に?」


「ん?、此処に居るよ」


「…………は?」



私の言葉に驚く華雄。

まあ、他の皆も同じ感じで驚いてたから言いたい事は判るんだけどね。



「だって皆あんなに華雄の事心配してたんだよ?

それだけ慕われてる華雄も含めて悪い人じゃないもん

だから、皆纏めてシャオが面倒見てあげる♪」


「──くっ、はははっ…」



そう言ったら、華雄は急に笑い出した。

でも、何でかな。

腹が立つ気はしない。

寧ろ“何で?”って感じで不思議に思う。



「ははっ…では、御言葉に甘えさせて頂こう

真名を預けたいのだが…

生憎と私は真名も字も無い卑賤な身故…」


「えっ?、そうなの?

不便じゃない?」


「不便、という事は考えた事が無かったな…」


「ん〜…あっ、じゃあね!

シャオが華雄の真名と字を考えてあげるね!」



そうと決まれば、ちゃんと良いのを考えないとね。



──side out



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