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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
356/916

        陸


司隷の統治。

それは判るのだが、脳裏に引っ掛かりを覚える。



「なあ、そういや司隷って今“何処”の領地なんだ?

やっぱ、袁紹か?」



洛陽は炎上したとは言え、司隷が漢王朝の中心だった事に変わりはないし。

元々、袁紹が欲した理由は自分が“一番上だ”と他に知らしめる為だ。

洛陽でなくても司隷ならば十分に価値は有る筈。



「そんな訳無いでしょ…」



しかし、呆れた様に桂花は溜め息を吐きながら否定し小さく肩を竦めた。

どうしてか、という理由は判らないが、馬鹿にされた事だけは判った。

腹は立つが理由を知る為、ぐっ…と我慢する。



「馬鹿だ暗愚だと言っても袁紹も一応は施政者です

既に司隷にはそんな価値が無い事位は理解している事でしょうから自ら領有権を主張する事はしません」



そう説明してくれる泉里。

言われてみれば確かに。

袁紹も、それすら判らない馬鹿ではないだろう。

曲がりなりにも州牧という立場に有る訳だし、何より事実名門である袁家の娘で現当主なんだ。

袁術と派閥争いをしているとは言っても無能であれば疾うの昔に敗れている。

…まあ、袁術の方は完全に“御輿”では有るが。



「尤も、自分自身で洛陽や司隷の価値を貶める行為を行ったとは今でも露程にも思っていないでしょうね」


「“自分こそが正しい”と勘違いしているしね

自他を問わず、その人物の“器”を計れないからこそ身の丈に合わない事ばかり考えるのでしょうけど…

いい加減気付きなさいって言いたくなるわ」



と、容赦無く泉里と桂花の追い打ちを掛ける言葉。

この場に本人は居ないが、多少気の毒に思う。

自業自得なんだけどさ。


そういう二人とは対照的に結と月は静かな物。

二人とも“そういう風”に思ってはいても、口に出す性格ではないからな。

別に陰口って事は無い。

それらは大体は事実だし、個人的な評価だ。

と言うかな、この二人なら袁紹や袁術を前にしてても平気で言うだろうな。



「事実を事実として言って何が悪いのよ?」


「そういう風に評価される言動等をしている者自身に責任が有るのでは?」


「いや、私に訊くなよ…

って言うか、何で考えてる事判るんだよ?」



そりゃあまあ、私も自分で言うのもなんだけどさ…

嘘が上手いとは思わないし演技力が有るとも言えない事は判ってるよ。

でもな、感情的な部分なら当てられても細かい所まで解るものなのかね。



「あのねぇ…私達は曹家の軍師な訳よ、判る?

其処らの軍師と一緒じゃあ遣って行けないわよ」


「抑、雷華様の意図を汲み取ろうと思えば、観察力は勿論ですが他者の思考等を深く迄読める様でなければ出来ませんからね」



溜め息を混じりに言われて納得した。

確かに“常人”の域じゃあ難しい事だよな。




話しながら料理を口に運び一息吐いてから改めて元の質問に戻す。



「んで、結局の所、司隷は誰の領地なんだ?」


「誰のでもないわよ」


「──へ?」



桂花の素っ気ない言い方と予想外の内容に口へと運ぶ料理が箸から落ちる。

反射的に左手に持っていた取り皿を動かして受け止め難を逃れたが。

基本的に作法等には寛容な雷華様だが、食事関係には結構厳しかったりする。

それも“どんな食べ物でも粗末に扱ってはならない”という事からだ。


自分達が満足に食べられる状況だからと思っていても満足に食べられない人々が居ない訳ではない。

常に食べ物は大事にして、それを作る農家の人達への感謝を忘れてはならない。

我々は決して自分達だけで日々の生活を成立させてはいない事を心得よ。


それが雷華様の教え。

当たり前の様では有るが、満たされた生活が常となる程に薄れてしまう事。

こういう事を常と出来る。

その一点だけでも雷華様を素直に尊敬する。

…まあ、雷華様の場合だと多過ぎるんだけどな。


因みにだけど、雷華様には農耕──園芸の趣味が有り華琳様だけではなく私達も手伝う事も有る。

何気に学ぶ事や再認識する事が多いのも特徴。

人間──生物とは“食”を無くしては成り立たないと痛感させれた事も有る。


そんな思考はさて置いて、私だけではなく他の四人も料理を溢さなかった事には安堵していた。

こういう時、“連帯責任”になる場合が多いからな。



「──ったく、危ないわね

何やってんのよ…」


「わ、悪ぃ…ちょっと意外だったからさ…

と言うか、さっき言ってた司隷が誰の領でもないって本当なのか?」



そう訊ね返したら桂花から白い目を向けられた。

え?、何?、そんな馬鹿な事訊いたのか?



「はぁ…ついさっき言ったばっかりでしょうが…

いい?、洛陽を失った今、司隷の価値は急落した訳よ

あの連合の結成前だったら誰が欲しがっても可笑しくなかったでしょうね

勿論、宅は除いてよ?

でも、今はそうじゃないわ

誰も無理をして──いえ、下手な真似をしてまで手に入れたいとは思わない

“皇帝の都”“国の中心”その価値が無くなった今の司隷の優先順位は低いわ

自身の支配領地を持たない馬鹿でさえ手を出そうとは思わないでしょうね」





桂花の説明を聞いて納得。

──はしたのだけど、ふと頭に浮かんだ疑問。



「ん?、何でだ?

領地が無い連中にとっては領主の居ない状況の司隷は手に入れ易い訳だろ?

なのにどうして手に入れる事をしないんだ?」



そう桂花に訊ねたら桂花は深々と溜め息を吐き泉里を見て頭を少し動かした。

見た通りなら、“任せる”という意味だろう。

桂花は私から視線を外すと自分の取り皿に有る料理を食べ始めたし。

明らかに“もう面倒臭い”という意思が窺えた。


後を任された──と言うか丸投げされた泉里は脇へと箸を置いて口許を拭うと、御茶を一口飲んで口の中を綺麗にしていた。

作法云々の前に“育ち”が窺える仕草だと思う。

私だと、そこまで丁寧には整えないからな。



「貴女も司隷の在る位置は御存知ですよね?」


「ああ、勿論判るさ」


「では、今現在司隷に隣接している領地──“州”は幾つ有りますか?」


「それは………あ!」



泉里に言われて、頭の中で漢王朝の地図を思い浮かべ言いたい事を察した。


元々、漢王朝に有った州は全部で十三。

洛陽の在る司隷を中心とし豫州・涼州・兌州・徐州・青州・揚州・冀州・幽州・荊州・并州・益州・交州。

しかし、豫州・兌州・徐州・青州は“泱州”となり、今や“魏国”と成った。

便宜上、今でも州区分的に泱州と呼ぶ事も有るが。


それは以前の漢王朝時代の勢力図を書き換える上では大きな意味を持つ。



「確かに貴女の言う通り、領地を持たない者にとって司隷は魅力的でしょう

しかし、司隷を手にしても“未来”は有りません

東には魏が鎮座しており、北には袁紹、南には袁術が領地を構えています

その西には月──董卓軍が抜けた関係で領地を拡げた韓遂が居ます

并州は北方との睨み合いが絶えませんし、益州も良い状況とは言えません

つまり、司隷という領地は周囲を強敵達に包囲された“死に体”という訳です」



泉里の言う様に余程の馬鹿でない限り手を出そうとは思わない状況だな。

私は軍将という立場だから深く考えていなかったけど一勢力を束ねる立場ならば理解していて当然の事か。

通りで、袁紹や袁術ですら手を出さない訳だ。



「後、付け加えるとすれば洛陽の民の“謎の失踪”も気味悪がられて嫌厭される理由の一つでしょうね」



……雷華様ぁあーっ!?

何遣ってんだよっ?!

泉里も暢気に御茶飲んでる場合なのかっ?!

…何か私の方が馬鹿みたいじゃないか、これ。

……私が可笑しいのか?

…うん、考えるの止めよ。




何と無く、萎えてしまった気持ちをどうにか切り替え目の前の食事を楽しむ事に集中しようとした。

──が、まだ根本的な所が未解決な事に気付いた。



「…なあ、雷華様から話が有ったんだよな?」


「ええ、そうですよ」



眉一つ動かさず平然として答える泉里に静かに食事を楽しんでいる結と桂花。

唯一、月だけは私の心情を察してくれているらしく、困った様に苦笑を浮かべて私を見ていた。


そう、抑、可笑しい。

そんな状況下の司隷なのに何故、雷華様は態々四人に“統治の計画”なんて事を遣らせるのか。

だって、誰も欲しがらないというのなら此方が簡単に手に入れられるのだから。

態々“計画”を練る必要は何処にも無い。

物凄く単純な案件だ。


故に、四人に計画を任せるなんて事は、普通に考えて有り得ないと私でも思う位判りきった事だ。

“普通”は、だが。


私が“それ”に思い至った事を見透かす様に微笑み、泉里が私を見詰める。



「曹魏の──実質雷華様の思い描く将来的な勢力図は覚えていますよね?」


「ああ、孫家──独立するだろう孫策の勢力と共存、“外敵”としては劉備って奴を置くって奴だろ?」



正直、群雄割拠になったら当然“天下統一”を目指すしかないと思っていたのは私だけじゃないと思う。

それだけに雷華様の口から“漢王朝時の全領地を獲る気は無い”と聞いた時には吃驚した物だ。

勿論、その理由を説明され自分達の考えている理想が如何に“短期的な最善”か思い知らされた事は記憶に鮮明に焼き付いている。

…その…更に惚れたしな。



「ええ、その“外敵”には劉備以外にも複数の対象が含まれているのですが…

その内には袁紹や陶謙達も入っている訳です」


「って事は…ああ、うん、成る程なぁ…

そういう事かぁ…」



漸く事の核心に辿り着き、雷華様の意図を理解出来て感心してしまう。


つまりだ、現段階で司隷を宅が簡単に獲ってしまうと袁紹達が“南下”出来無くなるって事だよな。

地図上で言うと、位置的に大陸の中央を横切った事で北方の勢力の“通り道”に蓋をしてしまう事になる。

それは方針からして避けて然るべき状況だ。

だから、司隷を獲る上では“時期”が重要になる。

その為の計画、という事。


泉里達は兎も角、加入して日の浅い月にとっては結構大変な仕事になるだろうが頑張って欲しいな。

陰ながら応援してるぞ。



──side out



目蓋を閉じれば視覚以外の五感は研ぎ澄まされる。

それは生物の持つ基本的な適応本能という物。


例えば、事故や病気により視覚に致命的な損傷を受け視覚を失ったとした場合、それを補う様にして聴覚や触覚が発達する事が有る。

身体や感覚の“異常発達”とは違って、それは正常な生存適応能力の一端。

全ての生命が内包している“進化の可能性”と言える能力だろう。


そして、その能力は日常の中でも発揮される。

俗に言う“慣れ”である。



「ふふっ…こうして静かに過ごすのも良いですね…」



嬉しさを隠そうともしない穏やか声音。

その声の主の指先が自分の髪を優しく梳き、少しだけ戯れる様に指先に絡めては解いてゆく。

“彼女”の性格を映す様にそっと寄り添いながらも、甘えたい気持ちを密やかに伝え様とする仕草。

それを“愛おしい”と思う様になったのも互いを繋ぐ関係が変わったから。

自然と、そう思う。



「…しかし、良いのか?

“膝枕”なんかで…」



閉じていた目蓋を開けば、木漏れ日に照らされながら目を細めている紫苑。

その表情には曾てや閨での積極的な──肉食系の顔は窺えない。

寧ろ、超癒し型草食系。

てっきり、有効時間一杯に搾り取られる事も覚悟して望んだだけに拍子抜け。

いや、平和だから俺的には凄く大歓迎なんだけどね。



「ええ、良いんです

だって、“夫婦”になってこうして過ごす事は…

私は初めてですから…」


「………」



ゆっくりと目蓋を閉じて、自分の太股に掛かっている重みを、温もりを、存在を感じる様に微笑む紫苑。


その言葉を聞き、頭の中で思い返せば華琳以外の妻とこう遣って過ごした記憶は意外に少ない。

まあ、隙有らばイチャつく方が多いもんな。



「…そうだな…群雄割拠が終わったら夫婦水入らずで一ヶ月位のんびりするか」


「ふふっ…楽しみですね」



時に、こんな穏やかな日が癒しと活力になる。

そう実感した。




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