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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
354/915

        肆


陣に戻り、祭さん達に向け伝令を出し、明命に揚州に行って貰う様に伝えた。


その一方で、静かに今後の流れを考えていた。



(孫呉独立が俺達の一番の目標な事は確かだけど…

“その先”の事まで考えておかないと駄目だよな…)



“原作”──ゲーム上とは違って、現実では遣る事が山程存在する。

宅の面子でも主力と言えば“原作”のキャラと同様の面々が上がる。

だけど、それ以外にも多く文官・武官は居る。

以前は各地へと散っていた孫家の家臣達も戻って来た事だしな。

人材が増えるのは喜ばしい事では有るが、それに伴い人件費も増加する。

今の孫家や領地の状況では十分な給金は出せない。

ただまあ、そこは先代から仕えている面々とも有って理解してくれている。

無暗に徴兵や徴税をしない限りは民の反感を買う事も起きないだろうし。

故に最優先は領地の再興。

これに他ならない。



「とは言っても、簡単には出来無いだろうなぁ…」



穏や雛里ではないが眼前に積み上げられている書簡・竹簡の山が見える。

戦略SLGとか好きだけど現実じゃ“システム”とか有る訳じゃないから自分で全部遣らなきゃならない。

“原作”って概念が有るとどうしても“ゲーム”感が思考に介入してしまう。

こればっかりは他の誰かに相談出来無い問題。

自分自身で乗り越えないといけない事だ。

…まあ、そういう風な事を考えている時ってのは大抵“現実逃避”に近い状況の思考をしているんだけど。

現代人が戦乱の時代に突然放り込まれても平気で順応出来る方が異常だよな。


そう思いながら、溜め息を吐いて苦笑を浮かべた。



「何か困り事か?」



不意に声を掛けられて振り向いたら春蘭が居た。

意外──ではないか。

“脳筋”キャラ化が目立つ描写だったが、基本的には面倒見も良く頼れる。

改めて“原作”って概念は重視しない方が良いんだと思わされるよ。



「…あの〜、もしもし?

ウチも居るんやけど?」



そう言って春蘭の後ろから顔を出して来た真桜。

うん、知ってたよ。

春蘭の頭の両側から紫色の髪が生えてたからな。



「ちょっと考え事をね

で、二人はどうしたの?」


「ああ、この間拾って来た連中が目を覚ましたぞ」


「それは良かった

それじゃあさ真桜、雪蓮を呼んで来てくれる?」


「ええ〜…」


「なら、書類仕事を──」


「行ってくるわ〜!」



言い切らない内に回れ右で一目散に走り去る真桜。

やれやれ、相変わらず宅の中では書類仕事を嫌う輩が多くて困るよ。

まあ、詠や霞が入ったから少しは楽になるかな。

…そう言えば亞莎って宅の中に居るのかな?

帰ったら探してみよう。



──side out



 張勲side──


──十月十日。


あっさりと連合軍は解散し退屈しているお嬢様に対し進言してさっさと帰還。

幸いな事に途中で賊徒等に襲われる事は無かった。

先に撤退した孫策さん達が片付けてくれたのかも。

どうでも良いですけどね。


お嬢様も途中から袁紹様の“お馬鹿”に気付いた様で遣る気を無くされていた為余計な被害は出なかった。

途中の夜襲被害は痛かったですが終わった事。

今更気にしても仕方が無い事なので気にしません。

お嬢様と無事に帰ってくる事が出来て何よりです。


時代は確実に動いた。

それは、ある意味では予定調和だとも言える。

一つの時代が世に終わりを告げたならば、巡り来るは新たなる時代なのだから。

洛陽の大炎上によって漢の時代は完全に終焉を迎え、世は混迷する群雄割拠へと移ろってゆく。

訪れた乱世の中、英雄達が覇権を争う事だろう。



「──まあ、私達には特に関係無いんですけどね〜」



お嬢様が“妾が皇帝になるのじゃあ〜♪”なんて言い出したりしない限りは。

まあ、そうなったらなった時に考えますけど。

お嬢様も、暫くは大人しくしていてくれる筈ですし。

袁紹様みたいな“醜態”は晒したくはないですから。



「さて、私は私のお仕事を片付けましょうか」



ふふ〜ん♪と鼻歌混じりに留守中に滞り机上に高々と積み上げられた書簡・竹簡へと手を伸ばす。

別に書類仕事が好きという訳ではないですよ?

ただ溜まってしまった物は仕方が無いですからね。

片付けない限り片付かずに有り続けるのだから。

それならさっさと片付けてしまう方が利口という物。

尤も、私が遣る事と言うと“割り振る事”だけ。

だって──“それ”が私の仕事ですからね。

地位・権力万歳です。



「ふむ、これは此方で…

あ〜、これは彼方ですね

あら?、もうこれは関係の無い物じゃないですか〜

ちゃんと分けて置く様にとあれ程言ったのに…

間違ってしまった物は仕方無いですけど…

懲罰は確定ですね〜♪」



テキパキと書類を確認し、内容や担当者毎に仕分けて積み重ねてゆく。

簡単そうに見える事ですが意外と大変なんですよね。

適当に任せれば良いという物では有りませんから。



「…ん?、これは…

ちょっと困りましたね…」



半分以上終わったが辺りで出て来た竹簡。

その内容を確認して小さく眉根を寄せてしまった。



──side out



 袁紹side──


──十月十一日。


私の軍は山裾の平地を選び陣を構築していた。

既に陽は山に姿を隠し始め空は夕焼けに染まる。

日中は兎も角、日没以降は冷えてくる時期。

早く城に帰りたい所。



「どういう事ですのっ!?」



そんな思考も気持ちも忘れ私は戸惑っていた。

苛立ちも無くはない。

その理由は右の手に握った文に有った。


南皮への帰路の事。

留守を任せた有能な文官の“何平(かへい)”に対して伝令を出してみれば何平は居ないという返事を持って伝令が返ってきた。

最初は何事か起きたのかと考えもしたのだけれど…

伝令が差し出してきた文に目を通して愕然とした。


“何平なる文官は袁紹様の麾下には居りません

また、城内の者達に確認を取った所、我等共も含めて誰一人として、その者には心当たりが御座いません”──という内容。


何を質の悪い冗談を──と否定したかった。

けれど、その文を寄越した相手は郭図。

自分が幼少の頃から袁家に仕えている古参。

彼に置く信頼は厚い。

それ故に書かれている事が事実であると言えた。

それが信じ難い事でも。


ただ、念の為にと猪々子を呼んで何平の事を訊いたが彼女も知らなかった。

…いや、当然だと判った。

猪々子や郭図が何平の事を知らなくても可笑しくなど全く無かった。

何故なら、何平と合う時は“必ず”私と二人きり。

他に誰かが居た事は無い。



「…ですが、私の指示した事は確かに伝わっていたし実行されていましたわ…」



もしも、何平という存在が私の造り出した幻想だったとしたなら、或いは城内に侵入していた刺客の類いとしたなら、何かしら異変が有って当然。

しかし、実際には無い。

可笑しな点が有るとすれば私しか何平の事を知らず、それでも私の意識や記憶に間違いが無いという事。

噛み合わない筈の事実が、普通に噛み合う。

それは正しい様で異常。



「………まさか、幽霊?」



自分で呟いておきながら、その可能性が高い気がして背筋が寒くなった。

思わず文を放り出し両手で身体を抱く様にする。

居るとは思わないけれど、居ないとも証明出来無い。

それが幽霊という物。



「い、いい猪々子さんっ!

猪々子さんっ!!

其処に居ませんのっ?!」



天幕の外へ向かって叫ぶ。

まだ彼女が出て行ってから然程時間は経っていない。

その辺りに居る筈だと思い私は彼女を呼び続けた。



──side out



 公孫賛side──


──十月十二日。


慣れ親しんだ居城の一室。

自分の執務室の椅子に座り窓辺で外の庭を眺めながら少し冷めた茶を飲む。


如何に優秀な施政者でも、遠征をすれば仕事は溜まる一方だろう。

最終的な採決を自身がせず誰がすると言うのか。

それが統治者の責務だ。

…本当は楽がしたいけど。

そう思いながら苦笑する。


騎馬故の移動速度も有るが意外と早く城に戻れた。

正直な事を言えば、途中で賊徒等と遭遇する可能性を危惧していたからだ。

だが、実際には平和な物で拍子抜けした位だ。

もしかしたら、連合軍への夜襲を行った賊徒は各地の集結した物だったのかも。



「…いや、それはないか」



自分で考えておきながらも突拍子も無い考えだと思い苦笑を浮かべて否定する。

第一、どんな事を遣ったら各地の賊徒共を集結させ、連合軍を攻撃させるなんて真似が出来るのか。

もし仮にそれが出来るなら“第二の黄巾党”が生まれ出て来る可能性が有る事になるだろう。

単なる可能性だとしても、考えたくはない事だ。

黄巾党の被害が何れだけの命を奪ったのかを考えると民の犠牲は避けられない。

故に絶対に繰り返させてはならない事だと思う。

幽州の州牧として。



「…州牧、か…」



静かに呟き、目蓋を閉じて頭の中に思い浮かべる。


──幽州・州牧。

それは“漢王朝”に於ける地位を指す。

しかし、その漢王朝は既に過去の存在となった。

世は乱世──群雄割拠へと歩みを進めた。

洛陽と皇太子の何方らかが健在で有ったなら、結果は少し位は違っていたのかもしれないが。

結局は同じだったと思う。


──曹操の魏の建国。

それが全てだろう。

曹魏が誕生した時点で世の流れは決していた。

漢王朝が終幕を迎える事も魏の存在が物語っていた。

“次の時代”だと。


…いや、そうではない。

黄巾党という存在が現れた時点で漢王朝の命脈は尽き果てていたのだ。

それを“曹操が”時を待ち延命させていただけ。

全ては彼女の掌の上。


改めて冷静に考えみれば、意外な事に答えは最初から示されていた。

その事に気付いてしまうと苦笑しか出来無い。

明らかに“器”が違う。


彼女こそが時代の申し子。

時代(れきし)”を築き、刻んでゆく存在だ。




──では、“今”の私とは何なのだろうか?


州牧の地位は既に飾り。

漢王朝が無くなった現状、諸侯は好き勝手出来る。


ふと、思い出す。

連合軍からの撤退を決めて幽州へと向かう前の事。

孫策が挨拶に来た時。

その別れ際の一言。




「宅の者からの助言よ

貴女は人を疑う事が苦手…

だけど、守りたいと思える何かが有るのなら諸侯には気を付けなさい

それと──もし困った事が有れば頼って来なさい

共に曹操に“踊らされた”仲だしね♪」




そう言っていた孫策だが、表情は楽しそうだった。

…恐らくは、彼女もまた、“舞台”に上がる事を世に求められた英傑だろう。


そう思った瞬間だった。

胸の奥が鈍く、痛む。


──ぴたんっ…と、右手の甲を叩かれた感触に思わず目蓋を開いた。

だが、視界は滲んでいる。

…何だろう、これは?



「──ぁ…」



その疑問の答えは、直ぐに見付かった。

いつの間にか俯いていて、いつの間にか溢れ落ちる。

手で拭うか覆ってしまえば簡単なのだろう。

しかし、出来無かった。


降り注ぐ雨に濡れながら、両の掌を握り締める。

強く握り込まれた衣服には大きな皺が出来る。

力が強過ぎて破れてしまうかもしれない位に。



「…ははっ…馬鹿だなぁ…

私って…本当に馬鹿だ…」



溢れているのは悔しさ。

曾て、桃香と出会った時に私は初めて理解した。

この世には、どう遣っても敵わない存在が居ると。

能力云々ではない。

存在の“器”が、だ。


連合軍に参加し、曹操達を見て私は無意識に敗けた。

戦う事すら無かった。

彼女達はそれだけの存在。

勿論、彼女達と共に戦えた事は誇らしく思う。

仕えてみたいとも思う。


…でも、だけど、違う。

そういう事じゃない。



「──私は、進みたい」



不確かな“未来(みち)”と判っていても。

安全に終わりたくない。

私は“私”のままで自分の可能性に挑みたい。

だから、私は踏み出そう。

この群雄割拠という名の、荒れ狂う時代の暴力の中へ怯む事無く。

蒼天へ私の“(いし)”を掲げよう。

我が命を懸けて。



──side out。



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