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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
353/916

        参


 孫策side──


──十月九日。


連合軍を離れて五日目。

長沙への帰路は順調。

当初予定していたよりも、疲労・疲弊は軽い。

まあ、実質的に虎牢関での一戦だけだった訳なんだし当然と言えば当然。

それでも、黄巾党討伐へと北征した時の事を考えれば段違いに皆元気だと思う。

変に不満や苛立ちが残った訳でもないしね。


また、物資・糧食も無駄な消費を増やさずに済んだ。

この点に関しては穏達から嬉々として報告された。

まあ、私も長沙郡の太守に成ったとは言っても、突然裕福に成る訳ではない。

ある程度の権限は得ても、結局の収入源は民から税を徴収する事なのだから。

領地が豊かであれば税収も期待は出来る。

それでも最初は元々持った金子で遣り繰りしなくてはならないのが現実。

寧ろ、袁術や劉表の所為で長沙郡は貧しいと言える。

黄巾党が横行した影響等も完全には消えていない。

ただ、私が太守になった時からしてみれば民の表情は随分と良くなった。

これに関しては袁術達より私の方が確実に良い統治をしていると言える。

自分じゃ言わないけどね。

と言うか、袁術達の統治が酷過ぎるだけよね。

袁術は言うに及ばず。

劉表も直接は民を苦しめる事は遣ってはいないけど、周辺の地位の有る官吏とか発言力の有る有力者とか、財力の有る商人に対しては優遇していたけど一般人は蔑ろにしていたし。

民からの信頼を得るなんて全く有り得ないわよ。

まあ、そんな事は気にしてないんでしょうね。

自分さえ良ければ良い。

そういう連中だもん。


けど、今回の一件で何より良かった事は自軍から一人として死者が出なかった事でしょうね。

負傷者は仕方無いけど。

とは言うものの、この事は私達の功績ではない。

単に曹魏の手腕だ。


董卓軍だけではない。

敵味方含めた上で限り無く犠牲者を減らす。

それが私達の一番重要且つ難題と思っていた事。

勿論、“敵味方”の内容に“害虫”は入っていない。

結果を見れば曹魏・私達・公孫賛・董卓軍の四つのみ無傷で戦果を得た訳よね。

劉備は可哀想だったけど、自業自得でしょうね。

考えずに目の前の“餌”に飛び付くから“痛い目”を見る羽目になるのよ。

だけどまあ、劉備も此処で“退場”って事はないとは思うのよね。

私の“勘”だけど。


“群雄割拠”の時代。

その足音が私にはっきりと聞こえてくる。

同時に高鳴る胸の鼓動。

恋愛にも似た高揚感。

けど、それは全く違う物。

互いの信念や理想を掲げ、命を賭して覇権を争い合う“英傑達の狂宴”だ。

時代に選ばれた、許された者達だけの舞う乱世。


一人の武人として。

心が躍らない訳が無い。

私の中の“獣”が吼える。

“血”を滾らせて。





「──やっと見付けた…」



不意に声を掛けられ後ろへ振り返る──が、其処には誰も居ない。

それも当然と言えば当然。

だって、私が居る場所って木の枝の上なんだし。

だから、視界に映る景色は空の青と雲の白、山の緑と本の少しの土の茶から成る色彩だった。

こういう風景を眺めながら一杯飲むのも楽しい。


まあ、今は自重する。

声で“誰か”は判っているのだから。

視線を下の方へとズラせば肩で息をしながら、両手を膝に付いて前屈みになって呼吸を整える祐哉の姿。

その様子を見て、少しだけ意外に思う。

宅の主力陣の中でも体力は有る方の祐哉だけに。



「──穏に襲われた?」


「──先ず其方っ!?」



ガバッ!、と頭を上げると物凄く驚いた顔をしながらツッコンでくる祐哉。

こういう“面白い”反応を返してくれるから、私達もついつい揶揄いたくなる。

…まあ、祐哉にしてみれば勘弁して欲しい所なのかもしれないけどね。


そんな事を考え、口元には自然と笑みが浮かぶ。



「冗談よ、冗〜談♪

第一、今の穏は“此処”に居ないんだから」


「…判ってて遣ってるのは質が悪いからな?」



じと〜っ…とした眼差しで私を見上げてくる祐哉。

その様子を見て、悪戯心がウズウズと疼く。

腰を下ろしている枝の上に寝そべる様に体勢を変え、泣き崩れるみたいな感じで態とらしい表情を作りつつ祐哉を見詰める。



「…もしかして…私の事…嫌いになった?」



“私の事捨てないで?”と縋り付く様な声色と口調で問い掛ける。

不安を装う体で。

だけど“仮面(えんぎ)”の下にひっそりと隠している“不安(ほんしん)”を直に伝えられない変に不器用な自分がもどかしい。


こういう時“似てる”って熟思い知らされる。

基本的に自分に素直な私も誰にでも可愛がられているシャオも。

独りきりで悩み続けていた不器用な蓮華と。

“もしかしたら…”と思う様にもなった。

姉妹だけではなく“母娘”としても似ているのかも。

だって、私達がこんなにも“意地っ張り”なのって、絶対に“誰か”に似ている所為だって思うもの。

そうなると、“誰か”って一人しか該当しない訳よ。



(この事を直接“本人”に確かめられないのが残念で仕方無いわね…

──ねぇ、母様?)



戸惑っている祐哉を他所にそっと見上げた空。

其処に顔を顰める母の姿を幻視した気がした。




その後はというと…

慌てながらも真っ直ぐに、自分の気持ちを伝えてきた祐哉に満足し──自分から言わせておいて照れた事は内緒だけど──枝の上から降りて地面に着地する。


その際、よろけた様に見せ祐哉の方に倒れ込みながら慌てた様子で私の事を抱き止めてくれた祐哉の唇へと不意打ちで唇を重ねる。

本当は閨の中の時みたいにじっくりしていたいけど。

今回は軽く触れ合う程度で我慢しておく。

…つもりだったんだけど、祐哉の驚いてる顔を見たらもう少し意地悪したくなる気持ちが溢れてくる。

恋愛って困った物ね。


小さく苦笑を浮かべながら儘ならない自分の気持ちを抑えに掛かる。

流石に時と場所を選ぶ位の常識は私にも有るしね。

穏じゃないんだから。



「──雪、雪蓮さん?」



ただ、祐哉は戸惑う。

勿論、祐哉だって私以外に何人かと関係を持ってるし多少は慣れている……筈。

ま、まあ、それは兎も角、戸惑うのも無理もない。

だって、両手を首に回してしっかりと抱き付いている状況なんだしね。

祐哉の胸の上で、私の胸がむにゅ〜っ…と潰れながら自己主張しているもの。

自慢じゃないけど自分でも中々の魅力だと思う。

祐哉が“小さい方”が好みじゃない限りは、だけど。


…とは言え、このままだと本当に駄目だから終了。

回した両手を外して身体を離したら揶揄う様に笑って気持ちを誤魔化す。

そうでもしないと気持ちを切り替えられないから。



「ふふっ、どうだった?」


「な、なななな何ガっ?!」



裏返った声を聞いて祐哉が自分を意識してくれている事が判って嬉しくなる。

その際、本人が意識せずに私の胸に視線が向かうのも擽ったいけど心地好い。

…本当、恋愛って厄介ね。


改めてそう思いながらも、自分から話を切り出す。



「で?、何か有ったの?」


「ぇ?──あ、ああそう!

ついさっき穏と祭さんから連絡が届いたんだ」



慌てていた態度が一転。

自分の遣るべき事に気付き真面目な表情に変わる。

その変わり様に当の本人は全く気付いていないのだと思うけど、意外と見惚れる相手は多い。

私も慣れているとは言え、時々判っていてもドキッとしてしまうもの。

まあ、普段が頼り無さ気な感じだから余計に頼もしく見えるのでしょうけど。

可笑しな物よね。



──side out



 Extra side──

  /小野寺


長沙へと戻る途中の事だ。

“原作”でも行っていたが“群雄割拠”──即ち独立へと向けての“仕込み”の為に穏と祭さんが隊を離れ行動を開始した。

本来なら周瑜という中核が総指揮を執る所なのだが、彼女は行方不明。

まあ、状況から見て曹魏に居そうなんだけどさ。

どんだけ人材を抱えながら隠しているんだろう。

…マジで恐るべし、曹魏。


──って、それは置いて。

宅の今の陣容はというと、軍師に穏と雛里。

軍将に祭さん・春蘭・季衣・真桜・明命。

あ、小蓮はノーカンね。

孰れ合流して貰う為に動く事にはなるけど。

それで、なんだけど…

荊州で“顔”が利くのって二人だけなんだよね。

平たく言えば知名度。

明命は裏方が多いから民に知られていないし、春蘭は放浪の身だった。

季衣や真桜も無名。

雛里は恩師こそ有名だけどやっぱり無名な訳です。

故に、二人しか出来る人が居なかったんだよね。

まあ、留守中の事は雛里を中心に俺もサポートをして頑張る予定。

此方は問題無い。


問題が有るとすれば一つ。

“原作”とは独立に向かう流れが大きく違う事。


先ず、三国どのルートでも袁紹が劉備を攻撃する事に起因して始まる。

基本的には其処から曹操と袁紹、或いは袁術を加えた同盟の形で戦いが起こる。

所謂“官渡の戦い”だ。


その後の流れは三者三様で孫呉独立は成る。

──訳だけど、何れも先ず揚州を手にしている。

しかし、現状で独立と共に現・揚州を手に入れる事はかなり難しい。

と言うか、泱州に加わった旧・揚州の領地は事実上の不可能と言ってもいい。

だって、“原作”を超える曹魏の領地だもん。

奪還云々の可能性じゃなく民が拒絶するだろう。

魏内の情報は殆んど入手が不可能に近いけど行商人に聞く限りでも曹操に対する信頼・支持は絶大だから。

如何に雪蓮が“孫堅の娘”だったとしても民の生活を脅かす真似は出来無い。

可能性としては交渉して、だろうな。

先ず無理だと思うけど。


勿論、穏と雛里、雪蓮達も理解している。

よって、先ず荊州を入手し独立する事が最優先という方針に決まった。

其処で祭さん達が各地へと“仕込み”をしに向かった訳なんだけど…なぁ。


二人の認めた竹簡を読んで慌てて雪蓮を探しに走り、色々有って心身共に疲れた事は取り敢えず忘れた。





「…これ、本当?」



手渡した竹簡を読み終えて顔を上げた雪蓮が物凄〜く渋い表情をして訊ねる。

その気持ち、よく判る。



「二人がいい加減な情報を報せると思う?」


「…思わない…はぁ〜…」



俺の言葉に認めるしかなく雪蓮が大きな溜め息を吐き項垂れてしまった。

そうなるのも無理はない。



「…まさか、皆が連合軍に参加している隙を突いて、曹操が仕掛けてたなんて…

これじゃあ無意味ね…」



二人から齎された情報。

それは荊州──特に長江の北側の領郡内で曹魏に対し支持が高まっているという信じたくない事だった。

連合軍のへの参加に伴って袁術の行った無理な徴兵や徴税を利用した一手。

“餓死”という辛い現実が目の前に迫った中、民衆に手を差し伸べた曹操。

無償で糧食の配布。

これが被災地等でも曹操の評価は高まるだろう。

しかし、それ以上に今回は袁術への“反感”が高まり袁術の今後の行動如何では一揆や反乱が起きる。

つまり、袁術は自らの手で断頭台の刃を磨いだという事になる。

客観的に見れば感心するが自分達に遣られたとなると生きた心地がしない。



「…これ、袁術の所だけな訳ないわよねぇ〜…」



雪蓮の呟きを聞いて思う。

確かにその通りだ。

袁術“だけ”を狙う理由は曹操には無い…と思う。

断言は出来無いから。


普通に考えると狙いとして筆頭に上がるのは袁紹。

因縁という意味でも二人の戦いは避けられない事だと俺だけでなく雪蓮達からも同意の声が有るし。

どんだけ仲が悪いのか。

“喧嘩する程〜”ってのも例外は有るんだろうな。


とか、考えている目の前で雪蓮がブツブツ言って何か考えていると、不意に顔を上げて俺を見た。



「祐哉、祭達に引き上げて戻る様に伝令を出して

それから、明命には揚州に行って貰って同じ様な事が起きてるのか確認する様に伝えて頂戴」


「揚州に?」


「そう、明命が帰ってから詳しい事は話すから」



此処で追及しても無駄だと察して頷いて急いで野営地へと走っていく。

勘も有るのかもしれないが何かしらの考えが有っての指示だろうからな。

今は自分の仕事に専念して遣るべき事を遣るだけだ。




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