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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
350/915

        拾


ゾワッ…と、背筋を悪寒が一撫でした。

生憎、その程度で怯む様な可愛い性格はしていない。

しかし、余裕綽々という訳でもなかったりする。


いや、実力的には于吉との力量差は全く問題無い。

左慈もそうだった訳だが、華琳達は勿論、宅の軍将の直属隊なら三対一以上なら十分に勝てる。

二人以下だと少々拙いが、勝てなくはないだろう。

飽く迄、純粋な個人の力でという話でだが。

…改めて思うが、強いな。


まあ、それは兎も角として問題が有るとすれば于吉を“助けられない”可能性が出て来た事だろう。

もしも、今感じている氣が“災厄”の欠片だとしたら于吉は左慈以上の器。

当然、“災厄”も簡単には手離さないだろうしな。



(…いや、そうなのか?)



ふと、抱いた疑問。

確かに、左慈は術者である于吉の護衛役だろう。

ただ、今目の前に存在する于吉ならば護衛の必要など無い様に思える。


そうだとすればだ。

何かしらの目的が有っての左慈の存在という可能性も此処に来て出て来る。



(まあ、それも碌でもない事なんだろうが…)



一番無難な所で挙げると…

文字通りの“器”か。

但しそれは“災厄”の力を身体に受け入れる為という意味だけの事ではない。

術を発動させる為に必要な負の氣を溜め込み、発動と共に“引火”させて、術の威力を爆発的に高める為の“火薬庫”的な役割としてという意味でだ。



(命を使い捨ての駒としか見ていない奴だからな…

遣っても可笑しくないか)



疑問・異論を挟む事も無く納得出来てしまう辺りは、左慈の内界で僅かとは言え接触したからだろう。

軽々と嫌悪感を通り越して絶対に相容れない存在だと本能的に理解したからな。

于吉が術で死ぬ事になんて微塵も興味を抱いておらず寧ろ“我が為に役に立って死ねるのなら幸福だろう”などと考えていても不思議ではないだろう。

独裁的・自己中心的にしか物事を考えていない。

そういう奴は過去に腐る程見て来たしな。



(“他者の命を利用する”という点では俺も強く言う事は出来無いし、表立って批難する気も無いが…)



好き嫌いは別の話だ。

“弱肉強食”こそが無二の真理である事は確かだが、それを享受するだけの者と施行する者とでは在り方が大きく異なる。

その事を理解しているのかしていないのか。

たったそれだけの事だが、隔絶した違いを生む。


少なくとも俺の見立てでは“災厄”は理解した上での傲慢さを持っている。


だからこそ、絶対に負ける訳にはいかない。

似て非なる道を歩むが故に決して赦してはならない。

そんな在り方だから。




さてと、どうやって于吉を術の効果から助けようか。


術を発動させなければ一番簡単なのは確かだ。

しかし、どんな術なのか、何が真の狙いなのか。

それを確かめる為にも術は発動させたい。

其処が悩み所だな。

“災厄”の思い通りに事を運ばせたくはない。

けれど、手の内を確認しておきたい。

我ながら我が儘な事だ。



(とは言え、不可能って訳でもないだろうし…)



事は矛盾してはいない。

両立が可能な筈だ。

焦点としては術を発動させ尚且つ于吉を生存させる。

それを如何にして成すか。



(于吉自身が“器”だから発動させると必ず術による危険に晒される…

それは避け様が無いか…)



術式その物を知っているか解析する事が出来ていれば強引にでも割り込みをして途中にバイパスを造る事も可能なんだが。

現状では不可能。

解析する時間をくれるとは思えないしな。



(下手したら使える時間を失って術の発動させられてゲームオーバーだな…)



慎重に為らざるを得ないが実際問題俺が使える時間も限られている。

恐らく、打てる手は多くて三つまでだろう。

それも于吉や“災厄”には気付かれたりしないままで進められて、だ。

現実的に考えるなら一手。

僅か一手で敵陣を突破し、王手を打ち込む。

ルールを無視でもしないと不可能な事だが、直面する問題は“縛り(ルール)”が緩いし、必ずしも厳守する必要性も無い。



(…一撃で仕留める為には確実に于吉の急所を狙って突かない事には無理だな)



左慈の時に比べると極端に情報が少ない。

難易度は格段に高い。

それでも遣らないとな。


先ず、于吉が執着している事は“左慈”だろう。

ただ、その様子を見る限り“誰か”の代替という事は無さそうだ。

つまり、于吉の左慈に対し抱いている感情とは“共に過ごす中で”育まれた物。

“災厄”の影響の外に在る物だと言えるだろう。

何方らかと言えば、于吉に“生きたい”と強く意識を持たせる為の鍵だな。


突くべきは、于吉が堕ちる要因になった事。

…中々に厳しい要求だ。



(………いや、待てよ…)



確か、于吉は言っていた。

“全て滅んでしまえ”と。

“滅ぼしてやる”でもなく“滅べばいい”でもない。

何気無い言い方ではあるが言葉には意識が表れる。

その一言に込められている意思や感情を読み取る事で見えてくる物が有る。

堅牢な防壁を突き崩し得る砂粒程の“隙間”が。




 于吉side──



(──嗚呼、そうでしたね

それが私の望みでした…)



唐突に沸き上がった感情。

破滅を願い、望み、叶える事だけを志す自身。

それは私にとっての原点。

私が“あの御方”の理想に意志に惹かれた理由。


ただ、思い出したくもない事だからこそ普段は全くと言っていい程に意識せず、心奥へと沈ませている。

常に意識していては気分が悪くて仕方無いから。



(全く…最悪ですね…

折角の左慈との楽しい時がこんな形で終えるとは…)



左慈の事は大切ですよ。

ですが、私にとって何より優先される“大願”を前に“下らない感情”は霞んで消え去ってしまう。

──いえ、抑、左慈と共に“新たなる世界”で生きる事こそが正しい。

つまりは、“古き世界”の終焉こそが先に在る訳で。

それが成されない限りは、私の求める物は得られない訳なのですから。



(愚人共の空気に触れて、毒されましたかね…)



静かに目蓋を閉じて俯き、自嘲する様に口角を上げて小さく息を突いた。

これ以上“天の御遣い”に付き合う理由も無し。

さっさと片付けましょう。



「──哀れな人形だな」



唐突に放たれた言葉。

その一言に意識は向かう。


──さて、彼は一体誰の事を言っているのでしょう?

自分の事──ではない。

左慈の事──でもない。

気絶していますからね。

という事は、この場に居る者は三人だけで、残る一人になる。

──私、という事に。



「…面白い事を言いますね

私が哀れな人形?」



フフフッ…と、笑いながら肩を竦めて顔を上げ静かに睨み付ける。

あの男の憐憫の籠った眼が私を見詰めていた。

交わる視線が鬱陶しい。

強い苛立ちを覚える。



「ああ、そうだ

多くの命を奪い傀儡として操って来たお前だが…

その実、お前自身が滑稽な傀儡だったって事だ」


「何を言うのかと思えば、訳の判らない事を──」


「お前は左慈とは違う」



ピクッ…と身体が動く。

何処が、という事はなく、全身の彼方此方が。



「自分の“弱さ”を他者の所為にして逃げた挙げ句に八つ当たりしているだけの我が儘なだけの子供よりも質の悪い、愚か者だよ」



憐憫の眼差しが一転。

侮蔑を込めた眼差しになり見下してきた。

その眼に、顔に、態度に、自然と怒りが沸く。

強く強く奥歯を噛み締め、両手を握り締めると射殺す様に睨み付けた。




沸々と、汚く淀み粘付いた沼底の泥の様な暗くて歪な感情が漏れ出す。

脳裏を過るのは嘗て自分を蔑んできた“糞”共の姿。


ギリギギッ…と歯が鳴り、両方の拳の指の隙間からは紅い雨粒が滲み、滴る。



「……っ…貴様に…

“天の御遣い”等と呼ばれ持て囃されている貴様に…私の何が判るっ?!」


「何も?」


「──っ!?」



悪びれもせず、興味も無いという態度で肩を竦めて、そう宣った。

ブチッ!、と自分の内側で何かが切れる音がした。



「──巫山戯るなっ!!

嘗て私がどんな思いをして生きていたと思うっ!?

最初は天才だと持て囃され褒め称えながら、自分より優秀だと判ると変人だ何だ蔑み罵り掌を返したっ!

何故私がそんな扱いを受けなければならないっ?!

一体私が何をしたっ?!

私の何が可笑しいっ?!」


「──ああそうだ、お前は“特別”なんかじゃない

本の少し他者より何かしら優れていただけの凡人だ」


「──っ!!??」



冷めた眼差しと共に自分に対して向けられた一言。

何か、言い返したかった。

だが、何も言えない。

呻き声すら出て来ない。

力が抜け出る様に膝が落ち地面へと座り込む。



「お前が受けた“悲劇”は幾らでも転がっている

然したる珍しさも無い

人の世に生きている限りは誰にでも有り得る事だ

だがな、それを理解出来ず他者の所為にして“自分は特別なんだ”って顔をして勘違いも甚だしい戯れ言を叫ぶ奴は何だと思う?

なあ、お前から見て其奴はどんな風に見える?

俺に教えてくれないか?」



──……さい…うるさい、うるさいうるさいうるさい煩い五月蝿い煩いウルサイ煩いうるさい五月蝿い煩いウルサイウルサイうるさい五月蝿い煩いうるさい煩い煩い五月蝿い煩いウルサイウルサァアアイィッ!!!!!!



両手を地面へと叩き付けて術を発動させる。



「──消え失せろぉっ!!」


「──左慈ならば俺に何と言っただろうな?」


「──っ!?」



脳裏に浮かんだ左慈の姿。

冷めた眼差しで見詰めると背を向けて去って行く。

その背中へと右手を伸ばすけれど届かない。

どんどん遠退いてゆき──私は地面に倒れ俯く。



「馬鹿野郎、手前ぇ自身に負けてんじゃねぇよ

…でもまあ、どう遣っても駄目だってんなら──

俺が手前ぇを信じてやる」



そう言われ顔を上げると、笑う左慈の姿が其処に有り右手を差し出していた。

恐る恐る、その手を掴むと心身を温かさが包み込み、意識は白く染まった。



──side out



 袁紹side──



「な、なな、なななっ…

何なんですのこれはあぁあぁああぁあーーっ!!!???」



思わず叫ばずには居られず力の限り声を上げた。

視線の先で月明かりの中に悠然と佇む筈の皇帝の都。

それが一体何という事なのでしょうか。

闇夜を染める程に眩く輝く紅蓮に包まれている。

その姿は、逸そ見事とさえ思える美しさ。

何も考えなくて良いのなら御酒でも飲みながら静かに眺めて居たい程に。



「うっひゃあ〜…

派手に燃えてんなぁ〜…

ねぇ、麗羽様、一体何処が燃えてんですかねぇ〜」


「猪々子っ!、何を悠長に御馬鹿で暢気で馬鹿な事を言っているんですのっ!

洛陽ですわよっ!」


「へぇ〜…って麗羽様!?

今何気に“馬鹿”って二回言いましたよねっ?!」


「今はそんな下らない事はどうでもいいですわっ!

一体何故、“私の”洛陽が燃えているのですかっ!」


「いやいや、麗羽様?

まだ麗羽様のって決まってないんですけど?」



…全く、この娘は今更何も言っているのかしら。

まあ、状況が判っていないのも仕方有りませんわね。

この光景を目の前にしては混乱もするでしょうから。



「猪々子、連合軍の華麗で勇ましく優雅な総大将とは誰の事なんですの?」


「え〜と、麗羽様です」


「今、連合軍に総大将たる私以上に洛陽を手にするに相応しい、美しく雄々しく聡明で美しい者は?」


「麗羽様、“美しい”って二回言って──あ、はい、麗羽様ですっ!」


「そう、私ですわっ!」


「ちょっ!?、危なっ!?

れ、麗羽様っ!、抜いた剣仕舞って下さいっ!」



──あら、私とした事が。

猪々子があまりに私の事を誉め称える物だから、つい昂って剣を抜いてしまったみたいですわね。



「──という訳ですわ

猪々子、ちょっと洛陽まで行って様子を見て来なさい

ああそれと序でに都の火も消しておいて頂戴」


「ええぇ〜…──っ!

あ〜らほらさっさーっ!」



慌てて走っていく猪々子を見送り洛陽を見詰める。

…まだ住めるかしら。



──side out。



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