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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
35/913

26 雨上がりの空


 袁嗣side──


昼頃から降り始めた雨。

その所為で日が暮れるのがいつもより早い。



「…鬱陶しい雨だ」



廊下の途中で立ち止まり、空を見上げる。

今夜は止みそうにない。



「今頃は雨に打たれる屍となっているか…くくっ…」



自然と口角が上がる。

高笑いしそうになる衝動をどうにか噛み殺す。



(いかん、いかん…

下手に見られては私の謀と噂されかねん…)



実際に自分の謀略だが。

無駄に風評を悪くする事はしたくない。

漸く、邪魔な小娘共を始末出来るのだからな。



(袁術は所詮、何も知らぬ傀儡に過ぎん…

だが、孫策を手元に置いたのは余計だった

彼奴の所為で袁術を自由に動かせなかったが…ふっ…

それも後少しの事だ)



もう直ぐ自分の時代だ。

袁家を支配し、この袁嗣が都を築き上げる。



「…ふ、ふはははっ…

見える、見えるぞ!」



脳裏に浮かぶ繁栄と栄光に気持ちが昂る。

抑え切れずに声が出た。



「何が見える?」


「はは────は?」



不意に掛けられた声。


──聞き間違えか?


そうとしか考えられずに、無造作に振り向いた。

瞬間、頭が真っ白になる。


視界に映った姿。

暗がりの中、手にした盞の灯りに照らされた顔。

それは見間違えぬ者。

此処に居る筈の無い者。



「どうした?

まるで…“幽霊”でも見た様な顔をして…

まさか、私が“死んだ”とでも思ったのか?」


「──っ?!、い、いや…

い、何時、御戻りに?」



混乱した思考を無理矢理に働かせて会話を繋ぐ。



「つい先程だ

少し待てば止むかと思って雨宿りしていたが…

止む気配が無かったからな

お陰で、ずぶ濡れだ」


「そ、そう…ですか…」



他愛無い話題を他所に頭は警鐘を打ち鳴らす。


──知っているのか?

──全てを知ったのか?


どう出る?、どうする?、どうすれば──



「ああ、そう言えば袁嗣、お前が言っていたな

近頃は物騒だと…」


「え、えぇ…」


「外もだが、内にも配慮を忘れるな

“内”にも、な…」


「──っ!?」



たった一言。

それで十分だった。

“全てを知っている”事を確信するには。


“娘”なのだから似ていて不思議ではない。

だが、孫策程に血を色濃く感じなかった。


しかし、今は違う。

その眼光、その微笑…

まるで、孫文台と対峙している様だった。



──side out



 孫権side──


戻っても風呂にも入らず、ずぶ濡れのまま歩く。

高笑いする袁嗣を見付けて声を掛ければ案の定。

“予想通り”の反応。

此方も“予定通り”に事を運んで行く。



「所で袁嗣、人手は十分に足りているのか?」


「…人手、ですか?」



袁嗣の問いに首肯。

敢えて声にはしない。

そうする事で袁嗣に勝手な誤解をさせる。

人手を──此方側の手勢を増やす、と。



「…いえ、十分かと

現状でも人手には十二分に余裕が有ります」



そう答える袁嗣。

しかし、本当に欲しいのは其の回答だ。



「そうか…なら安心だ

安心して──私は此方から離れられる」


「…………は?」



私の言葉に呆然とする。

まあ、当然の反応か。

私が袁嗣の立場でも同様の反応だっただろう。



「明日、此方を離れる」


「な、何を…その様な事が許されると!?」



声を荒げる袁嗣。

姉様に報告すると思ってか慌てている。

それとも袁術に対してか…

まあ、何方らでも良い。



「許されるも何も無い

お前は勘違いしているな」


「か、勘違い?」


「私は袁術殿の要請を受け当主・孫策の命によって、“補佐”として此処に居る

私自身が“要職”に在る訳ではない

そして、私が此処を離れる理由は孫家の問題だ

袁家には関係無い

人手が十分ならば問題無く離れられる」



反論させる間を与えずに、一気に言い切る。


孫家の力を分散させる為の策略だろうが此方に権限を持たせない為の“立場”が仇になったな。

尤も、二度は使えない。 直ぐに対処される可能性が高い一回限りの奇策だ。



「明日の昼には引き継ぎを済ませて発つ

私が此処に戻る事は無い」



返す言葉の無い袁嗣の脇を通り過ぎる。



「その方が“お互いの為”…そうだろう?」


「──っ!!」



擦れ違い際に呟く。

息を呑んだ袁嗣を置き去り慌てる事無く立ち去る。


廊下の角を曲がった所で、少しだけ早足に。

一目散に風呂場へ向かう。


脱衣を済ませ、湯を身体に掛けると緊張が解けた。

深く、大きく一息吐く。



「…心臓に悪いわ…」



大丈夫、袁嗣の反応を見る限り上手く出来た筈。


何度不安に押し潰されそうになったか。

しかし、その度に甦る。

“自信を持て”そう言った彼の声と姿が。

そして、私を強くする。



「…不思議な人…」




降り頻る雨の中、木陰へと移動する事さえ出来ず佇む私の前に再び現れた。


そして再び私の心を揺らし容赦無く抉った。


なのに──その言葉は強く私を惹き付け導く。

その温もりは優しく全てを包み込む。

私の全てを受け入れる。


私自身でさえ否定していた“私”までも。



「…私は…変われるの?」



その腕に抱かれながら私は顔を上げて見詰める。


──何故、なのだろう。


いつもならば不安に苛まれ顔色を気にし、演じる事で誤魔化していたのに。


もし、見捨てられたら…

もし、見放されたら…

もし、見限られたら…


失望、幻滅、疎外…

私が何より恐れていた筈の事だったのに。


今は何も、感じない。

否、今までの様に“恐く”感じない。



「お前が望むのなら──」



微笑みながら紡ぐ。

仮面を剥ぎ取り、殻を壊し私を見詰める双眸。



「俺が導いてやる

お前だけが至れる場所へ」



初めて、かもしれない。

私を──“私”として見てくれた人は。


“私”を認めてくれた。

“私”を見付けてくれた。


私自身諦めていた。

有りの侭の──“私”を。


静かに身体が離れる。

身体を離す事が寂しいと、その温もりが恋しいと。

そう感じながら。


直ぐにでも抱き付ける…

飛び込んで行ける距離。

其処へと、ゆっくりと差し出される右手。


一度、目を落とし再び顔を見上げる。



「お前の歩む“道”は?」



その一言で理解する。


孫家の孫仲謀か──

私としての孫仲謀か──


今、此処で、決めろ、と。

この手を掴むか否か。

決めるのは私自身。


悩んで然るべき問題。

──なのに、心は穏やかで落ち着いている。


孫家に止まる──

いつか、私も認められて、皆に必要とされる様になる“かも”しれない。


けれど──


今の私には“それ”が酷く滑稽に見えた。

惨めに縋り付く“だけ”と理解した為に。


知ってしまったが故に。


私の“未来”は此処に──

この手に在ると。



「私は──貴男と共に」



迷い無く告げ、手を掴む。


後戻りは出来無い。

するつもりも無い。


私は“進む”事を選んだ。

ゆっくりでも、不確かでも“一歩”ずつ。

“私”自身の遺志で。



「さて、それじゃあ先ずは“筋”を通して、だな」



そう言って彼は笑った。


まだ止まない雨。

けれど、一緒に歩きながら“悪くない”と思った。




夜が明けた。

今までに感じた事の無い、清々しい朝。



(…本当に不思議な物ね)



気持ち一つで、こんなにも全てが違って感じる。



「さあ、張り切って片付けしないといけないわね

旅立ちは綺麗でないと!」



気合いを入れ身仕度を整え慣れた自室を後にした。


引き継ぎ作業は滞り無く、淡々と進んだ。

袁嗣は顔を見せる事は無く私は屋敷を後にした。


厩から出されて待っていた慶閃は旅立ちを祝ってか、鬣を編んで貰って少しだけ嬉しそうだった。


慶閃の手綱を引いて約束の場所へと向かう。


ふと、思い出す。

昨日一緒に乗っていた時に経緯を聞いたが人馬揃って助けられていたとは。



「…合縁奇縁、ね」



そう呟くと慶閃も同意する様に小さく鳴く。

その鼻先を優しく撫でると嬉しそうにする。



「…貴女にも新しい仲間が出来ると良いわね…」



私の我が儘に付き合わせる事を心苦しく思う。

しかし、そんな私の考えを見透かすしたに慶閃は頬を私の側頭部に打付ける。

目を見れば“何を今更”と言わんばかり。

呆れと、ちょっとの怒り。

“私は貴女の何なの?”と問われた気がした。

気のせいではないだろう。



「…そうね、ありがとう

貴女は私の大切な家族…

共に在る朋友…」



当たり前過ぎて見失ってた掛け替えの無い存在。

それでも、こんな私の側に居続けてくれた存在。



「これからも宜しくね

大好きよ、私の慶閃♪」



“勿論っ!”と答える様に慶閃が嘶いた。


私は“独り”ではない。

だから、もう大丈夫。

私は進んで行ける。

歩いて行ける。

未だ見ぬ遥か先へと。



(見てて下さい、お母様)



雨が過ぎ去った空を見上げ私は目を細める。


あの日見た空は果てしなく青く、高く、遠かった。


けれど、今は少しだけ空を近くに感じる。


青の下を一歩一歩進む。

約束の場所へ。


この空の“青さ”は私達の“未熟さ”で──

それはきっと、知り得ない“可能性”だと。













約束した茶屋に着き慶閃を係留柵に繋いで中へ入る。

賑わう店内、不意に此方に向けられた視線。

その中に彼を見付けると、自然と顔が綻んだ。



「お帰り」



その何気無い彼の一言に、私の心は歓喜する。


有り触れた挨拶。

けれど、私は初めての様に想いを込めて言葉を紡ぐ。



「ただいま」



──side out




「…ぁうぅ…冗談で言っただけなんですよぉ…」



孫権を見て仲達が頭を抱え卓に突っ伏した。

視線で公瑾に訊ねると苦笑しながら孫権を見る。



「いきなりで失礼ですが、昨日、遠乗りに出掛けられていましたね?」


「…え?、あ、ええ…」



まだ自己紹介も済ませない状態では話の流れも掴めず孫権は戸惑う。

まあ、普通そうだろう。



「実は昨日、茶屋の店員と話している所に居合わせて貴女の──孫家の事が少し話題になりまして…

その時、彼女が飛影様なら“次は彼女を”…と」



公瑾の説明で納得。

当事者の孫権は今一要領を得られず小首を傾げる。



「つまり、俺がお前の事を“口説き落とす”可能性を冗談で言ったら、次の日に現実になった、と」


「成る程、そう──って、く、くくく、くどどっ!?」



事態を理解した途端、顔を真っ赤にしてどもる。

初々しいのぅ。

周りが積極的だから余計に新鮮に感じるな。



「女として退けぬ戦なれば攻勢有るのみです」



当然と言わんばかりの笑顔で言う漢升。


だから、思考を読むな。

あと、反応を期待するな。

しないからな、絶対。


“残念ですわ”と頬に手を当てながら微笑み、孫権に自己紹介を始めた。

“女の勘”…恐るべし。



「ああ、孫権はまだ正式に臣従した訳じゃないからな

真名の交換は後にしろ」



俺がそう言うと全員が顔を此方に向ける。

此処で説明しても良いが、時間が惜しい。

促す様に席を立つ。



「続きは道中でな」



支払いを済ませて店の外へ出ると慶閃が居た。

撫でてやると甘えるまではして来ないが、嬉しいのは伝わってくる。

クーデレか、やるな。


慶閃を新たに加えた馬車で新野を出発する。



「北、という事は宛に?」


「ああ、孫権はまだ孫家の家臣だからな

当主の孫策に会って決意を伝えないといけない

ついでに袁術にもな」



公瑾の質問に現状の説明を交えて話す。

細々した経緯各々で聞けば良いだけだしな。



「宛までは…二日ですね」


「実質は凡そ一日半だな」



仲達と公瑾が所要時間から予定を組もうとしている。

だが、甘い。



「後手を踏む前に話を纏め上げる必要がある…

という訳で“飛ばす”から掴まっておけよ」



口々に反応しようとするが氣を流し、栗花達と馬車を強化して走らせた。


悲鳴と文句は後に消え──俺達は風になった。




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