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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
349/915

        玖



1秒?、1分?、1時間?

何れ位の時が経ったのか。

玉座の間は誰も居ないかの様に静まり返っている。

だが、その中には対峙する二つの人影が確かに在る。

互いを睨み付ける様にして無防備に佇んでいる。


重い沈黙が支配する中で、先に動いたのは于吉。



「──フッ…如何に天下を欺いた曹子和と言えども、私の前では赤子も同然…

見事に嵌まりましたね」



“悪役”っぽい決まり台詞を口にしながら肩を揺らし小さく笑い声を漏らす。

そんな于吉に対し、余裕の態度で遣り返すかの様に、肩を竦めて見せる。



「──はっ、戯言を…

貴様の策など全て見透かし態と乗ってやったという事にすら気付かないとはな

やはり三流の様だな?」



そう嘲笑う様な台詞を返し于吉を見据える。

互いに挑発的な言葉を吐き不敵な笑みを浮かべる。


──それだけを有りの侭に受け取ったのなら緊迫した1シーンにも思える。

だがしかし、両者の顔には朱が差している。


──決して、お互いの事を意識している訳ではない。

俺に“其方”の気は無いし于吉は左慈一筋だからな。

先ず有り得ない事だ。


それでは、その反応は一体何なのかと言うと…

平たく言えば羞恥心だ。


于吉と行った壮絶なまでの“語り合い”は優に三時間オーバーという激戦。

しかし、互いに熱と勢いが続いたのは二時間程。

何しろ議論でもなければ、対比でもない。

ただの“惚気合い”だ。

当然ながら話は噛み合わず無意味に不変的な平行線を辿ってゆく訳で。

そうすると熱と勢いは衰え互いに冷静になってゆく。


けれど、簡単には喋る事を止められない。

お互い──“愛”故に。

その結果として一時間もの“落とし処”を互いに探し違う意味で頭を働かせた。

ただまあ、“負ける”事は許容出来無いが故に互いに譲らないから長引いた。

最終的に互いに肯定否定は一切せずに痛み分け。

恥を晒しただけだった。

と言うか、本人は勿論だが他人に話した事の無い事を暴露していた。

冷静になった後、お互いに“何を遣ってたんだ…”と憂鬱になった事も有って、敵対する立場にも関係無く静かに酒でも飲みながら、励まし合いたくなった。



「…于吉、提案なんだが…

互いに全て秘匿を厳守し、墓場まで持って行くという事にしないか?」


「…ええ、そうですね

立場も含め、誠に遺憾な事ではありますが仕方が無いですからね」



別に互いの想いを異常とは思わないし、言わない。

恋愛は自由だ。

だが、それを暴露するのは意味が違ってくる。

所謂“黒歴史”という物。

故に、その“命約”は必然の結果だと言えた。




互いに晒した痴態を忘れ、仕切り直す様に一息吐いて改めて対峙する。

シリアスな筈の場面だが、可笑しな方向に走った為に場の雰囲気は微妙だ。

それでも救いなのは当事者二人だけだった事だろう。

左慈は居るだけで、俺達の話は聞こえていない。

…まあ何だ、左慈にしても知らない方が幸せだろうし知りたくもないだろうから良かったのかもしれない。

……知りたくないよな?


完璧には否定出来無いから眉根を顰めてしまう。



「…一応、貴男に確認しておきたいのですが左慈には如何わしい類いの事は何もしていないのですね?」


「全く、一切していない」



念を押す様に確認してきた于吉に断言する。

お前の考えている様な事は何もしていない。

する気も無いから。

と言うか、さっきまで何を聞いていたんだよ。



「気絶した左慈を玉座まで抱えて運んだだけだ

──“次の戦い”の邪魔にならない様にな」



そう言って此方から闘気と殺気を出して臨戦態勢だと示し、威嚇する。

…本音を言えば、また変な流れになる前に強引にでも正面な流れに変えたくて。

これ以上馬鹿な事をしては帰った後が怖い。

未だに“女の勘”は俺にも完全には破れないからな。

…バレたら厄介なんだよ。


それは兎も角として。

奇しくもだ、“時間稼ぎ”という于吉達の目的は十分過ぎる程に達せられた。

こんな形で、という事には于吉達も──特に左慈には複雑かもしれないが。

結果として見れば俺の方が後手に回ったと言える。

尤も、于吉が此処に遣って来ていた時点で術の準備は完了したと見て間違いないのだろうが。



「──っ…成る程…

通りで、あの左慈が素直に“敗け”を認める筈です

私の傀儡を見抜いた事からかなり高い腕前の術者だと思っていたのですが…

まさか、これ程とは…」



俺の気を受けて目を見開き額から頬へと冷や汗を流す于吉だが強がる様に笑みを浮かべて俺に称賛の言葉を贈ってきた。

だが、張り付けた笑みすらぎこちなく歪んでいる。

…ちょっと強過ぎたか?

でもまあ、仕方が無いし、何方らにしても戦う事には変わらないのだから此方は怯まれても、警戒されても一向に構わない。

何より、漸く今回の舞台の“終幕”らしくなってきた所だからな。

喜劇で締めたくはない。

遣る以上は“面白く”するつもりでは有るけどな。




 于吉side──


どうにか術の準備を済ませ左慈を援護する為に急いで玉座の間へと向かった。

こういう時、対象地よりも地下、それも陣の範囲内に入る様にと考えて術式場を設けなくてはならない辺り不便だと思ってしまう。

それだけの効力を持つから条件が厳しいのは仕方無い事かもしれないのですが。



(待っていていて下さい

今、私が駆け付けます

そうすれば私達の“愛”の力で…フ、フフフッ…)



脳裏に浮かぶ場景は左慈に抱き締められながら二人が突き出す重ね合わせた掌を起点として表現し様の無い光が撃ち放たれ、あの男を消し去ってしまう所。

決着が付くと──



「かなり危かったな…」



額を伝う汗を拭う事もせず安堵の息を漏らす左慈。

余裕の無い姿は珍しい為、ついつい揶揄いたくなる。



「…フフッ、貴男にしては随分と弱気ですね?

流石に一人だけで戦うには厳しかったですか?」



そう笑顔で訊ねてみれば、ジロッといつもと同じ様に睨み付けてくる。

けれど、続く筈の罵倒等の言葉は出て来ない。

変わりに一つの溜め息。



「…そうだな」


「…左慈?」


「正直、舐めてたな

いや、一人じゃ勝てたとは今でも思えねぇよ

俺一人じゃ、無理だった」



そう言うと、繋いだままの掌を引っ張って自分の胸へ私を強引に引き寄せる。

突然の事だったので足元は踏ん張りが利かずフラつき寄り掛かる様に左慈の胸に顔を押し当てた。



「…于吉、お前が援護しに来てくれた時、本当言うと俺は諦めてた…

それ位に奴は化け物染みた強さを誇ってやがった」


「…ええ、確かに人間とは思えませんでしたね」



まあ、そういう存在故に、“天の御遣い”と称されるのでしょうけど。



「でもな、不思議なんだよ

お前が来てくた

たったそれだけで感じてた絶望が消え去った…

そして漸く気付いたんだ

俺にはお前が必要だって」



真っ直ぐに此方を見詰めて話す左慈の姿に思わず瞬きしてしまう。



「どうしました?

何か悪い物でも拾って来て食べましたか?

揶揄うならもう少し上手く遣って下さいよ」


「揶揄ってなんかねぇよ

俺は──本気だ」


「さ、左慈?」


「だから、良いよな?

お前の事食っちまっても」



私からの返答を待つ事無く左慈は私の唇を奪い塞ぐ。

ググッ…と両腕は強く強く私の身体を抱き締める。


いつも想像はしていても、いざ現実となると戸惑う。

けれど、拒む理由はなく、覚悟を決めて目蓋を閉じて私は左慈に全てを委ねた。




──と、甘い、甘〜いっ!

展開を頭に思い描きながら駆け付けてみれば──



「──っ!?」



な、何と左慈が、あの男に抱き抱えられていた。

しかも、左慈は意識が無い様で身体は弛緩している。

死んではないない様なので一先ずは安心したした。

ですが、あの男が玉座へと左慈を下ろす様子はまるで“恋人”を思い遣る様な、優しい態度をしていた。


ですが、二人は“敵”同士なのです。

そんな筈は──



(──ま、まさかっ!?)



落雷に撃たれたかの様に、衝撃的な可能性が脳裏へと浮かんでしまった。

それは理解したくはない、信じたくもない事。

しかし、現実を見る限りで他の可能性は全く思い付く事は無かった。


故に、私が悪いという事は有りません。

ただ、私の左慈に対しての愛故の先走りです。


まあ、そんなこんなが有り十分過ぎる程に時間稼ぎも出来てしまいました。

左慈には申し訳無いですが赦してくれますよね?



(──はっ!?、実はこれは絶好機なのではっ?!)



あの男に私が勝って左慈を守った事にすれば、先程の想像を現実にする事なんて決して難しくは──



「──っ!!??」



──と、思考していた時、遠慮無しに放たれた闘気と殺気を受けて我に返る。

ただ、立っているだけ。

それだけの事なのに全身が小刻みに震え出す。

服装が丈長でゆったりした造りな事と暗闇という事も有って、パッと見だけでは判り難いでしょう。

ただ、額から頬へと流れる冷や汗は隠しようも無く、見付けられている筈。

強がって張り付けた笑みも自分でも判る程に歪んで、端から見れば随分と滑稽な醜態を晒しているのが今の私なんでしょうね。

左慈に見られていない事が唯一の救いでしょうか。

……いえ、仮に見られたら見られたで慰めて貰う為の口実にはなりますね。

それに、その事で責められ苛められるのも悪くはないでしょうから。



(──嗚呼っ!

何という事なのでしょう!

折角の好機がっ!)



思わず両手で頭を抱えると天を仰いで頭を左右に振り膝から崩れ落ちると両手を床に着いて項垂れた。


世界は本当に残酷ですね。

そう簡単には思い通りには事を運ばせてくれない。

何処までも意地悪です。

私を苛めて良い存在は世に左慈だけなんですけど。


やはり、私は今の“世界”なんて大嫌いです。

滅ぼしてしまいたい程に。



──side out



怯んでいたかと思ったら、急に雰囲気と気配が変わり妙に余裕を感じさせた。

歪だった笑みも“自然”で逆に此方が気圧される様な錯覚を感じた。

別に闘気や殺気にではなく“嫌な感じ”にだが。

静かに観察すれば出ていた冷や汗は引いている。

その事から考えると此方の威嚇からは脱した様だ。

素直に感心出来無いが。


気配や態度には出ない様に気を付けながら于吉の事を見据えていると再び様子が一変した。

急に両手で頭を抱えると、天を仰いだ。

そのまま何かに抗う様に、否定する様に上体を左右へ大きく振り回す。

錯乱・混乱している様に。


その様子を見て俺の脳裏に思い浮かんだのは洗脳とか憑依等の対象者が自我との鬩ぎ合いの際に見せる事が多い光景だった。

そして導かれる様に浮かぶ一つの可能性。



(まさか、左慈への想いが于吉の中の“災厄”に対し打ち勝ったっ?!)



有り得ない──とは言えぬその想いの強烈さは誰より俺自身が知っていた。

故に正直に言ってしまえば“無い無い、有り得ない”と切り捨てたい所だ。

だが、それを許さない程の“強い想い”が于吉の中に存在しているのも事実。

どうしても悩んでしまう。


その間にも于吉自身の方は変化を続けていた。

力が抜け落ちたかの様に、膝から崩れ落ちると両手を床に着いて項垂れる。


だが、様子が可笑しい。

いや、そんな状態な時点で可笑しいのは確かだが。

そういう粗探し的な意味で可笑しいのではない。


蹲ったままの于吉。

ただ、呼吸が乱れていたり脂汗を掻いているといった急激な変化に伴って身体に掛かる負荷の影響が全くと言っていい程見えない。

気配も静か過ぎる位だ。

どうするか、逡巡する。


だが、此方の判断より早く事態は動いた。



「──全て滅んでしまえ」


「──っ!?」



何気無く呟かれた一言。

それと共に于吉の身体から噴き出す様に立ち上るのは人の身には猛毒とも言える黒く濁り穢れた氣。

それは左慈の中に巣食って支配をしていた“災厄”の欠片とは比べ物にならない程の量だった。




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