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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
339/915

          陸


息遣いさえも雨音に飲まれ掻き消されてしまう。

茫然となる中、最初に我に返ったのは左慈だった。



「密集しろっ!」


『──っ!!』



短く判り易い指示を受けて即座に背中合わせになって先程よりも小さいが円陣を形成する。

──と、背後にて違和感を覚えた左慈。

“まさか…”という言葉の続きが脳裏に浮かび掛け、必死にそれを否定する。

“そんな事有る筈が無ぇ”“絶対に有り得ねぇだろ”“異常所の話じゃねぇぞ”──と考えれば考える程に逆に濃厚になっていく様な気がして仕方が無い。

しかし、確認しない事には先に進む事も出来無い。

恐怖に負けたままで居ては死からは逃れられない。


意を決した左慈は息を飲みゆっくりと振り向くと右肩越しに後ろを確認した。



「──っ!?」



声が出なかった。

いや、出せなかった。

それが幸か不幸か判らないのだけれど、仲間が気付き恐怖に錯乱する事を避ける事は出来たのは確か。

他に“四人”居る筈なのに視界に映ったのは“二人”だけだったのだから。


二人、また二人と消えた。

左慈を含めて、残り三人。

自分自身の感覚ではないが異常さは理解出来る。



(俺の“影”みたいな術の類いなのか?)



最初に脳裏に浮かんだのは自分の能力の例。

“影”は生物は不可能だが“死体”なら可能。

つまり、一瞬で殺害して、取り込めば出来る。

理論上では、の話だが。

難しいポイントとしては、一瞬で殺害して回収。

一瞬で死亡が確定する様な方法を取ったのなら死体が残るとは先ず思えないし、逆に死体を残して殺害する方法を取ったのなら死亡の確定には少しばかり時間を必要とする。

実質、不可能に近い。


その可能性を否定した後、別の可能性を考える。

幾つか思い浮かんだ内容の可否を即座に判別。

その中で残った物は有るが検証するには至らない。

己が“傍観者”で有る事が実にもどかしい。



(左慈が“上空”に視線を向けてくれればなぁ…)



そう、胸中で愚痴る。

──すると、視界が動いて顔を上向いた。

一瞬、意志が通じたのかと錯覚しそうになる。

そんな筈が無いという事を理解しているのにだ。

それ位に絶妙なタイミングだったと言える。


左慈自身、特に意図を持ち動いた訳ではなかった。

それは左慈の生存本能──或いは危機察知能力というべきかもしれない。

ゾワッ…と背筋を駆け抜け突き動かした悪寒。

“死”に誘われるかの様に双眸は現実を映した。




衰える事無く、更に強まる雨脚と雨音が世界を支配し包み込んでいる中。

左慈は双眸を見開いた。

それは確かに現実の筈。

なのに、非現実的な光景が其処には有った。



「…な、何だよ…これ…」



茫然となり、漏れた声。

身体を、木々を、大地を、激しく叩く雨音に飲まれて掻き消されてしまう。

直ぐ隣に居る筈の仲間にも聞こえたかどうか。

そんな脆弱な声だった。


無理も無いとは思う。

俺の様な特異な環境下での人生を送っている者ならば“慣れている”事だろう。

“有り得ない”という事が起こっている事実に。

そういう事が“常”で有る認識の中に居るのだから。


だが、左慈は違う。

彼は間違い無く一般人。

“異常”を前にして戸惑う事は仕方が無い。

それでも左慈は懸命に頭を働かせていた。

把握しようと目の前に有る信じられない光景を見詰め情報を得ようと。


激しく降る雨の中。

曇天を背負いながら空中に浮かんでいる仲間の姿。

ダラリとした四肢を見れば意識が無い事は明らか。

半開きとなった双眸からは光が消えていた。

──既に、死んでいる。

そう直感させるには十分。

同時に左慈を我に返らせて残った仲間の存在の生存を優先させた。



「直ぐに走──れ…?」



叫びながら振り向いた先。

自分の傍らに居る筈だった二人の姿が消えていた。

一瞬、頭が真っ白になる。

それでも一度視認した事で“現実”として受け入れる事が出来ていた。

故に、思考の再稼働は早く弾かれる様に頭上へと顔を向けていた。



「──っ!」



其処には手足を動かして、もがいている二人の姿。

此方を認識する余裕なんて全く無い様で、また何かに怯えている様にも見えた。


ただ、訳が判らない。

“何も無い”空中でもがき苦しんでいる。

何がどうなっているのか。

さっぱり理解出来無い為、二人の事を助け出す方法も考える事さえ出来無い。


──取り敢えず、剣を宙で振り回してみるか?

…いや、駄目だ。

無闇矢鱈に振り回しても、二人が平常でない事も含め傷付ける可能性が高い。

暴れているからこそ二人の動きが邪魔をする。

それに二人の身体が空中に浮いている理由が不確かで迂闊な真似は出来無い。


それはつまり今の左慈にはただただ、見ている事しか出来無いという事。

己の無力さを痛感せずには居られない状況だった。


握り締めた右手の剣の柄。

其処から刃へと向かって、赤く染まった雨が伝い流れ鋒から滴り落ちた。




左慈を通して見ている。

それは左慈に見えない物は俺にも見えないという事。

──その筈だったのだが、何故だか俺には“それ”がはっきりと見えていた。



(……どういう事だ?)



左慈とは違った意味で──いや、“非常識”という事では同じ様な物だろう──戸惑ってしまう。

ただ、その事に必要以上に囚われてしまっては折角のチャンスを不意にするので直ぐに思考を切り替える。


取り敢えず、目の前に有る存在を観察してみる。

“左慈の視界”とは違って“俺の視界”には映るのは部隊の皆や大工達の身体を各々絡め捕る様にしているウネウネとして触手の様に蠢いている透明な物体。

パッと見だと水系の術とか水妖・水魔の類いだろう。

中国的に言えば“蛟”とか代表格だと思う。


しかし、此奴は龍や蛇より蛸か烏賊に近い。

一つの長い身体の中に飲み込んではいないからだ。

複数の触手が捕まえる様に蠢いて対象を包み込んで、水球を形成している。

プチトマト等が実っている様子にも似ているか。

幾つかに枝分かれした先や途中途中に実となる水球を付けている感じ。



(…個体生命じゃないな)



一見すれば、本能や欲求に従って“捕食”していると思えなくもない。

だが、一々対象を捕らえて“溺死”させるなんて先ず有り得ない事だ。

面倒臭いだけなのだから。

まあ、誰かに命令されての可能性は有るだろうが。



(“全て”が自分の感覚で感知出来れば楽なのに…)



視覚情報だけでは推測にも限界が有るという物。

重々、無い物強請りな事は判っているのだけれど。

どんな名探偵だって情報が無くちゃ謎は解けない事を教えてやりたい。

と言うか、“名探偵”って読者・視聴者の為に必要な解説・進行役でしかないと言ったら…駄目だろうな。

解決者の居ない推理小説は解答者の居ない試験問題と同じだからな。

つまりは需要と供給。

二つが存在するからこそ、互いが意味を持つって事。

関係無い話だけどさ。



(…まあ、今の状況でなら“出題者”が現れてくれるとは思うんだが…)



そう考えているのを密かに読み取っていたかの様に、水の触手の一つの上に乗り頭上から下りてくる。

其処に居たのは“未来”で行動を共にしている存在。

この雨の中で唯一濡れずに存在している者。

静かに薄い笑みを浮かべた“于吉”だった。




捕らわれた最後の二人。

その、本当に最後の一人が息絶えた瞬間を見計らって姿を現した。


“左慈の視界”では空中に突如として現れたかの様に見えていた。

また甲範を含む面々の姿は“まだ”左慈には見えてはいない状態だった。


于吉を眼にしたと同時に、左慈は静かに俯いた。

現実を認めたくなくて?

いや、そうではない。

感情を読む必要も同調する必要も無い事だ。

先程までよりも強く強く、握り締められた両手。

雨音に掻き消されながらも当事者の頭の中には明確にギリリギギッギギギィ…と響き渡る歯を食い縛る音が何よりも物語る。



「…………か……」



俯いたまま静かに呟く。

当然だが、雨音に飲まれて聞こえはしない。

しかし、于吉は別だ。

“氣”を使っているのなら問題無く拾えるだろう。



「おや?、何ですか?」



その人を食った様な口調は“未来の左慈”の記憶上の于吉と変わらない物。

聞いている側の神経を実に上手く逆撫でする。

もしも彼が他勢力下に入り外交を担当する立場になる様な事が有れば宅の外交を担う軍師陣の“遊び相手”になるかもしれないな。

…飽く迄も可能性だが。


于吉の言葉と態度を受けて左慈の感情が限界を越え、一気に爆発する。



「──手前ぇの仕業かって訊いてんだよおぉーっ!!」



全力で地を蹴って目の前の于吉に向かって駆ける。

その距離は約10m。

于吉は地面からは3m程の高さに浮いている状態。

だが、そんな細かい事などお構い無しに左慈は只管に真っ直ぐ于吉を目指す。


激情を露にし、動いている左慈とは真逆に俺は冷静に状況を分析していた。

感情という面で言うのなら左慈の気持ちは理解出来る物だと言える。

嘗て復讐に走った故に。

まあ、そういった経験等が有るからこそ大抵の事では滅多に平静を失う事なんて無くなったけどな。


正直、左慈の素養や資質を如何にして見抜いたのか。

其処が気になっていた。

一番簡単な方法としては、“蠱毒の法”だが。

元々は解毒不可能な強力な毒蟲を造る為の技術。

様々な毒蟲を一つの壺等に入れて互いに殺し合わせ、食らい合わせる事によって“変異”を強要する。

生き残る為に生命は進化と適応を行う。

それを利用する訳だ。


同様の事を“人間”で遣り最後に生き残った存在。

それが左慈だった。

と言うのなら判り易いし、納得も出来る。

ある意味では俺も、環境や歩みが同様の効果を齎した結果だと言えなくはない。

…この話は華琳達には絶対禁句だな。

説教と“涙”しか頭に思い浮かばない。




だが、実際には違う方法で于吉は左慈を選んだ。

そうでなければ現状を説明出来無い。

無を有には変えられない。

“成長”させる事は出来るけれど“後付け”する事は出来無いという事だ。



(…まあ、“例外”が無い訳ではないんだけど…)



と言うか、それが特殊だと言った方が正しいな。

先ず、類似する事は無いと断言出来るのだから。


そう考えるともしかしたら左慈は“血統者”なのかもしれないな。

それなら内在する可能性が有っても、全く不思議な事ではないし。

加えて“龍族”側ではなく“災厄”側の血統だったら更に発見は容易くなる。



(…そうなると“災厄”の手札は多いのかもな)



于吉・左慈、“望映鏡書”だけではないだろう。

だが、今は使えない。

“世界”の新生によって、“秩序”が書き変わった為今持っている手札が全てと言えるからな。

先に“聖地”を押さえれた事は地味に大きい。



(…もしかしたら于吉達は洛陽に陣取ったのは地下の“アレ”を狙ってか?)



以前回収した物質。

アレが“災厄”の手に渡る事は先ず考えられないが、可能性が皆無だと言い切る事も難しい。

既に終わった事だが。


兎に角だ、于吉は最初から左慈を狙って仕掛けた。

それは現在も隠したままの甲範達の死体も“使える”からに他ならない。


左慈を捕まえて“術”等を施すだけなら、こんな様な面倒な真似をする必要とか無いのだから。

“遊んでいる”場合は別の話だけどさ。


態々左慈の精神を追い込み感情を掻き回し、その上で憤怒と憎悪だけに染めて、自分を狙う様に仕向ける。

少し冷静になって見れば、怪しさてんこ盛り。

“その手”の遣り方を知る者にしてみれば、バレバレだとしか言えない。


そして──まあ、逆時軸の立場だから言えるんだが、于吉は“傀儡師”だ。



「──なっ!?」


「…さ、左慈…?…

…どう、して…だ…?…」



突進して来た左慈の眼前に何拉の“死体”を持ち出し左慈に貫かせた。

御丁寧に、台詞や表情までセットで。

数有るファーストフード店顔負けのサービスだな。

絶対に欲しくはないセットだが効果は抜群だろう。




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