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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
334/915

13 深淵に潜む悪意 壱


漸く見付けた手掛かり。

若干の緊張を覚えながら、慎重に近付く。

接触するまでは大丈夫だと思うが警戒は忘れない。


周囲の水泡群に紛れる様に漂いながらも他とは違って規則的な動きをしている。

動きは一見しただけだと、不規則に見える。

しかし、よく見れば一定の長さで“繰り返している”事が判ってくる。

ランダム擬態パターン。

一見しただけでは判らない擬装技法だ。


其処から解る事が有る。

こういう小細工をした為に逆に特定されるという事を知らないのだろうな。

施術した者は技量は兎も角“経験”不足だという事。



(まあ、無理も無いか…)



施術者が于吉自身であれ、その于吉も左慈同様であれ決定的に足りない。

それは時代的な物だと言う事も出来無くもない。

高度な“騙し合い”を経験しなければ判らない。

だが、そんな相手が居ない場合には経験は積めない。

また、策略や“先見”では二手三手先がいい所か。

“歴史”という永い年月の蓄積した情報量を持たない身では当然だと言えるが。


そういった意味では俺達、“天の御遣い”は脅威だと言えるだろうな。

…ああ、そう言えば確か、“天の御遣い”を強制認識させられた時、華琳が俺の“同類”だとしたら絶対に戦いたくないと言っていた意味が判った気がする。

こんな風に客観的になって漸く理解出来る辺りにも、“当たり前”で有るが故の弊害が有ると言えるか。

熟、“非常識”だと言った皆は正しいと思えるよ。

尤も、その“非常識”へと皆も順調に成長しているんですけどね〜。



(さて、そろそろ覚悟して向き合おうかな…)



先程から目の前には静かに浮かんでいる一つの水泡が存在している。

どうやら触れない限りは、反応しないみたいだ。

その点は助かった。

近付いただけで反応されて弾き出されたら最悪だし。

そんな事になったら暫くは引き摺りそうだな。

考えている暇は無いだろうから直ぐに切り替える事になるとは思うけど。



(これだとは思うんだが、万が一ミスったらと思うと緊張するよなぁ…)



水泡に触れ、場景を見る。

それは一瞬の事。

その当たり外れに関わらず取り敢えず見る事は可能。

その直後に弾き出される事になるだろう。


だから、ミスリードされて外れを掴まされていたなら完全に相手の思う壷。

悔しいが、俺の完敗だ。


常に最悪を想定する様にと皆に指導している訳だが、こういう時は良い結果だけ想像して挑む方が良いな。

精神衛生上でもストレスが軽減されるしね。




一息吐いて、右手を水泡に伸ばして──触れる。


刹那、変化する景色。


青々と葉が生い茂る木々。

それを見上げる様に根元に寝そべっている。

枝葉の隙間から射し込んだ陽光は木漏れ日ではない。

眩しさと共に鬱陶しい程に照り付ける日差し。

木陰から出てしまった肌を容赦無く肌を焼く。


本来ならば“風情”の筈の蝉の鳴き声は大合唱により耳障りな騒音と化す。

暑さと相俟って、不快感を一層高めている。



「………くそ暑ぃなぁ…」



思わず、そう漏らす。

隠そうともしない不快感は誰の目にも明らかだった。

しかし、不快感を口にしたそれは自分の声ではない。

場景の主観者である左慈。

“本来の”左慈の物だ。



(生者相手だから仕方無いとは言ってもなぁ…

まあ、どうしようも無いんだけどさぁ…)



記憶を覗く場合、対象側の生死によって“主観点”の違いが有ったりする。

死者の場合には同調視点と第三者視点とが有る。

以前の“黒龍”の場合には“世界”が相手だったが、もしアレが二人の何方らか一方だけの記憶を元にした“追体験”だったとしても第三者の視点は可能。

死亡した時点で肉体という一種の“規制”が外され、単純な記憶から俯瞰を含む場面情報に切り替わる為。

いきなり殺されて犯人すら判らずに死んでしまっても霊魂と化した時点で自分が望めば、その瞬間の情報を“世界”が補完してくれるという感じでだ。


それに対し生者の場合には同調視点のみに限られる。

それは魂魄の結び付き故の事象なので仕方無い。

この同調視点という状態は文字通りに対象者と同調し五感は勿論、感情・思考も感じ取る事が可能。

また、術者の力量によって同調率は調整が可能。

力量が低いと同調率が低く同調感覚が限定されたり、同調しない様にしたくても出来無かったりする。

因みに、今の俺は全部同調している状態である。

勿論、リスクも有る。

催眠術等の実験で対象者が“思い込み”で火傷をする事が有るが、それと同様に同調感覚が多く強い場合は術者も危険を伴う。

下手をすると瀕死になって現実の自身にも反映される事も有り得る。

尤も、俺はヤバくなったら即座に“絳鷹”を顕現させ脱出するけどね。

引き際を見誤って死にたくなんてないからな。

格好悪過ぎだし。

得する事が無いんだから。




得られる情報から推測して“記憶上の現在”の時期は夏だろうと思う。

流石にまだ情報が少なくて年月までは判らないが。



(とは言え、“境界線”の前後から推測すると早くて三年前位だろうな…)



一番遅くて俺が“此方”に来た時期と同じ位。

まあ、去年の夏が時期的に最後なんだから当然だが。



(…問題は“この記憶”が何処まで続くか、だな)



記憶というのは面白い物で人が感じている──いや、考えている“記憶”という定義とは少し違う。

一般的に言う記憶の通りの形の物が殆んどではある。

しかし、そういった記憶は“印象的”な程に強調されはっきりとしている。


例えば、学校の行事。

“運動会の記憶”と訊けば大抵の人が思い当たる事が出来るだろう。

しかし、それ以上の内容を限定しない場合には各々が最も印象に残った出来事を“運動会の記憶”として、回想する事だと思う。

その時、運動会全体の事を記憶とする人達も居れば、その内一場面だけ、或いは場面毎に記憶とする人達も存在する。

つまり、個人の印象具合で記憶その物の長さや密度が異なるという事だ。


同じ学校、同じクラスでも人によって違ってくる。

運動会当日だけの記憶。

前後日合わせての記憶。

一週間も前からの記憶。

それらは等しく記憶であり間違いではない。

ただ、個々にその記憶──“印象度”や“重要性”で区切り方が違うだけ。

数日を一纏めにする者も、一日を幾つにも分割する者だって居るというだけ。

良し悪しは無い。


そういった事情から左慈の記憶が何処までなのか。

それが、今は俺にとっての悩み所だったりする。

ただ、途中幾つか見てきた左慈の記憶の纏め方の傾向としては一纏めにしてある可能性が高い。

何より、内容が内容だ。

意図的に関連する全記憶を一纏めにされているという風にも考えられる。



(脳医学や精神医学等とは関係無いけどな…)



それは飽く迄も術者として述べる見解。

勿論、全くの無関係だとは思ってもいない。

所謂“記憶喪失”だったり“トラウマ”の治療とかで映像と感情とを結び付けて行う方法が有る様に、人の記憶とは多種多様な要素で構成されている。


“記憶”をどう定義して、どうアプローチするか。

ただ、それだけで幾重にも分岐していくだけの話。

それ程に記憶という存在は未だ“あやふや”な物。

真に解明され、誰もが納得出来る形で定義される日が軈て来るのかどうか。

俺には判らない事だな。




昼寝をしていたのか。

左慈は日差しを疎みながら瞼を閉じると右腕を日除け代わりに顔に乗せる。

日差しから逃げる様にして身体を横に向け、深い闇に意識を沈め様とする。


だが──蝉達の声は決して子守唄には成らない。

一種類の蝉だけだったなら幾らかは耐えられたのかもしれなかった。

けれど、俺が判別が可能な範囲内でも六種は居る。

……ああいや、違うな。

一種類は蝉じゃない。

これは………鋸か。



「…………っ、ちっ!…」



苛立ちを隠しもしないまま左慈は上を向いて、両腕を付いて上半身を起こした。

そのお陰で視界が変わり、新しい情報を得る。


左慈の睨み付けている先に汗だくになって作業をする大工達の姿が有る。

自分で頭──視界を動かす事が出来無いのが面倒だが仕様なので仕方無い。

…決して、駄洒落ではない事を胸中で弁解する。


気を取り直して視界の中の情報を掻き集める。

青空を彩るのは白い雲。

燦々と輝く太陽。

深緑の木々と山々。

炎天下の中、鋸を動かして仕事をしている大工達。

数は…二十三人。

一人、作業の合間に指示を飛ばす男が居る。

彼が棟梁なのだろう。

日本の呼び方で良い事には今更突っ込まない。


時間は…午後2時位か。

やはり季節は夏の様だ。

だが、風が無い。

その所為も有ってか左慈の機嫌は良くはない。

……いや、はっきり言って悪いの一言だけどね。


──と、不意に影が射す。

左慈が面倒臭そうに欠伸をしながら気怠さを堪えつつ顔を上げた。

すると、其処には眉を吊り上げた十二歳前後の少年が此方を見下ろしている。

…訂正、今年で二十三歳になるらしい。

“この世界”の極一部だが女性が容姿が“不老”性を窺わせる事は知っていたが男にも居たのか。

……いや、ただ単に童顔なだけなんだろうな、彼は。



「おいっ!、左慈っ!

いつまで休憩してんだっ?!

さっさと仕事に戻れっ!」


「ったく…喧しいっての」


「無駄に文句を言っている暇が有るなら急げ…

近くで賊が見付かった…」


「──っ!、馬鹿、それを先に言えっ!

だから頭が“何拉(から)”なんだよ、お前はっ!」


「誰の頭が“空”だっ!

と言うか、人の名前で遊ぶ真似はするなっ!」



青年──何拉の言葉を聞き左慈は口角を上げて笑い、傍らに置かれていた直剣を掴み取って立ち上がる。

“戦い”を待ちわびる心は若い兵士達と同じ。

自分の力を疑う事を知らぬ未熟で愚かな、英雄を志し散って逝った若人達と。




何拉と一緒に走っていった先には数名の兵士達。

数は…三十人程。

重なっているから正確には把握出来無い。

こういった不自由な部分がもどかしいんだよな。



「遅いぞ、左慈!」



どうやら皆同じ部隊らしく左慈を怒る様に声を出した人物が隊長の様だ。

身長180cm程の細身。

しかし、鍛えられていると手足や身体の動きで判る。

珍しい角刈り頭も有るが、鋭い目が任侠者を連想させ奇妙な感じがする。

若干懐かしいけど。

甲範(こうはん)、三十歳。

妻子有り、恐妻家──との左慈の思考からの情報。

ちょっとだけ、親近感?が湧いてくる気がする。

…べ、別に俺が恐妻家って訳じゃないけどね。



「すんません、何拉の奴が早く言わねぇから…」


「僕の所為っ!?」



さらっと、責任転嫁されて慌てている何拉。

顔は見えないが声だけでも彼の反応は見て取れる。

実に判り易い。

彼に関しても情報が有り、糞真面目で頭が固い。

恋人が欲しいらしいのだがかなりの奥手なのが目下の悩みの種だそうだ。

ただ、悪態を吐きながらも“親友”だと思っている。

左慈、ツンデレだな。



「確認された賊の数は凡そ四十といった所だ

しかし、此処を無防備にも出来無い為、十名を護衛に残して討伐に向かう」



甲範は慣れているらしく、左慈と何拉の遣り取りには見向きもしないで、隊員に指示を出している。

その話を聞いた事によって左慈の思考内に新しく──機能的には関連する情報を引き出しているだけの事だ──開示されたのは部隊は資材調達とその人足となる大工達の護衛を任務として此処に居るという事。

此処が何処か判らないのは左慈が気にしていないからかもしれないな。

大雑把な性格をしているとこういう時厄介だな。


それは置いておくとして、賊の接近は偶然。

つまり、賊討伐は現場判断だって事になる。

まあ、見た感じ腕は下手な官軍よりは増しだろう。

人数的には倍ではあるが、一人当たり二人のノルマ。

十分可能だろう。


ただ、先程視界の隅っこに僅かに映っていた陰った雲が気になる。

形からして積乱雲。

戦闘中に雨が降るとなると“地の利”が高まる。

それを得るのは、何方らになるのか。




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